地下城塞 5
ドラクエ7がリメイクされるわけだが、PVに主人公と仲間たちが風を切って進む船の先を胸躍る様子で眺めるシーンがある。
あのシーン、主人公もガボも他キャラたちも船の進行方向を眺めているが、ただ一人、マリベルだけが主人公を見ていることにお気づきだろうか。
そう、他の誰もが「未知への冒険」にわくわくしている中、マリベルだけは「主人公との冒険」に胸躍らせているのだ。
得てしてそういうちょっとしたところに、クリエイターがキャラの心情を思わせぶりにしておくのはよくあること。
この調子なら、他のムービーにもそんな仕掛けが期待できるかもしれない。
やはりマリベルはかわいい。
ただ、こう言ってはなんだが、ドラクエ7のムービーと言えば「例のあの」ムービー。
令和に出す作品に期待するのも酷だろうが、あのムービーはあのまま、当時のまま、手つかずで実装されてないものだろうか。
あれがないと、なんかこう、調子が出ないというか、物足りないというか、ドラクエ7じゃないというか。
おそらく、習近平もそう思ってるはず。
「淫…魔…ッ!?」
イリスの段々になった特徴的な角に、ドンズの妻が強張る。
瞬間、公太郎は開かれた玄関のドアの隙間にさりげなく足先を差し込んだ。もしも問答無用で閉められてしまえば、二度と開かれることはない…は言い過ぎにしても、かなり面倒くさいことになる。
「…さっきから男どもが大騒ぎしてる淫魔ってのは、もしかして、あんたのことかい?」
「はい、そうだと思います」
しかし、ドンズの妻はむしろドアを開き、のそりと外に出てきた。ドンズの妻は公太郎には目もくれず、至近距離でイリスを頭のてっぺんからつま先までまじまじと観察し、大きくため息をつく。
「はぁ~っ。ったく、あのボンクラどもは、ほんと情けないったらありゃしない。淫魔ったって、まだ子供じゃないか。あの女じゃあるまいし」
「あの女…ですか?」
その時、問い返そうとしたイリスを押しとどめる手があった。白いグローブを着けたラピルのものだ。いつの間にだろう、ラピルは虫よけのローブどころか旅用に着替えた服ではなく、普段のメイド姿になっていた。
「失礼いたします」
ラピルは一言断ってから、イリスとドンズの妻の間に染み入るように割って入り、体を張って妻を数歩ほど下がらせる。
「どうぞ、お控えください。こちらは、大魔王様がご息女のひとりであらせられる、魔王…イリス様でございます」
恭しく頭を下げたラピルに、ドンズの妻が固まった。…ついでに公太郎も固まった。今、それ言うと…ややこしくなっちゃうじゃん。
「……魔王、だって?この淫魔の娘が、かい?」
「え…ええー、そうですー。この方が私どもの主、魔王イリス様で間違いありませんー…」
ドンズの妻の「おまえ、マジで言ってんの?」というトーンに、公太郎が苦し紛れで返答をどうにかひねり出す。
正直、ここでイリスの立場を明らかにするのは避けたかった。なにせ裏付けるものが何もない。パッと見れば、イリスはただのかわいらしい獣耳の女の子だ。ドンズの妻のうさんくさいものを見るような座った目も当然だった。
だがそんなことはラピルだって百も承知だろう。それでもなお魔王と明かしたのは、イリスの顔を間近で値踏みするようにじろじろと眺めるなど、主へ対する不作法がよほど我慢できなかったに違いない。ましてそれをやるのが、淫魔を、主を蔑むような種族なのだから。
だがこれで、ドンズの妻に説得力のある説明、つまりイリスが真に魔王であると証明できなければ、この後の展開がかなり難しくなるのも事実である。
やれやれ困ったな、と公太郎は切り抜ける手段を探り始めた。繰り返しになるが問題は明白。イリスの魔王たる裏付けの欠如だ。今のままでは単なる自称:魔王に過ぎない。
────……いや、方法ならあるか。
考えてみると、解決策は意外なほどあっさり見つかった。先ほど、この世界には名刺が無くて不便だなと思ったが、撤回する。そんなものに頼らずとも、明白に身分を証明するものがこの世界にはあるじゃないか。
「奥様が信じられないのも無理はありませんー。いきなり我が家に『魔王様』が訪ねてくるなど、想像できる方がどれほどいらっしゃるでしょうかー。ですがこちらをご覧くださいー」
公太郎は中空に自分の『リレキショ』を呼びだし、内容をすばやく確認してからドンズの妻へと向ける。
「職業:魔王イリスの従者…そう書かれてますねー?どうかこれをもって、私どもの身の証と代えさせてくださいー。さすがに主のリレキショまでは、開示いたしかねますのでー」
「…わたしなら、かまいませ…」
「お控えくださいー、イリス様ー」
そばでリレキショを開こうとするイリスを、公太郎は被せ気味に制止した。仮にも魔王たる者が、軽々しく己の情報を開陳するべきではない…というそれっぽい立派な理由から…と胸を張りたいところだが、なにより、イリスのそれに何が書いてあるかわかったもんじゃないからだ。
実を言うと、公太郎は今、ドンズの妻に履歴書をさらしつつも、さりげなく指で隠している部分がある。経歴のところに問題の一文があったためだ。
そこには、『婚約者:魔王イリス』と書かれていた。
こんなものをドンズの妻に見られれば、どうなるかは言うまでもない。そして間違いなく、イリスの履歴書にも同じ一文が記されているだろう。開示などできるはずもない。
「なんとまあ、こんな女の子が、本当に魔王様かい…」
幸い、ドンズの妻は公太郎の指の下の情報など興味も無いようで、感心したとも、あきれたともとれるような短いため息をついた。そんな一応の納得を得た妻の様子に、「押し時」の気配を公太郎が嗅ぎ取る。
「どうでしょうー?先ほどのお話は、どうやら込み入った事情もおありのようですしー、私どもからお伝えしたいことも、立ち話で済むようなことではございませんがー…」
「そうだねえ、それじゃあちょっと上がってもらって…魔王様には、せまくて汚いところだけど」
ドンズの妻は玄関扉を大きく開くと、一足先に中へ入り、手招きをした。
────なんとか、なったか…
さしあたっての第一関門を突破し、公太郎はほっと一息つく。妻によるとドンズは影響力を持つ者ではないそうだが、それでも彼らが抱える問題の一端くらいは知ることができそうだ。ここからどういう展開になるにせよ、現状を把握しなければどうにもならない。
それにしても。
結果からすると、ラピルの紹介は、妻の一定の信用を得るという意味で大成功であった。…というか、ラピルはきっとそこまで見通してたんだろう。
しかしそうであるなら、こういった交渉事は、今後一切合切ラピルに丸投げしたいところなのだが…
「お見事でございます」
公太郎の想いを知ってか知らずか、ラピルがにこりとほほ笑む。
「もしもわたくしが交渉を承っておりましたら、このようにうまくはいかなかったでしょう。先ほどもわたくし、思わず手が出そうになるのを必死に我慢しておりましたので」
「え、そ…そうなのー?」
「お恥ずかしながら、わたくし…その、あまり気が長いほうではございませんので。よく大失敗をしております。その点、さすがはリュナ様の見染められた殿方。頼りにさせていただきます、ハムタロ様」
「は…はは、はぁー…」
穏やかに物騒なラピルに、公太郎は乾いた笑いしか出なかった。
「そうですよ、ラピル。ハムタロはとってもすごいんです。なんてったって、わたしの勇者さまですからっ!!」
イリスはイリスで両手をにぎりこぶしにして、公太郎としては過大もいいところの評価をラピルへ力説しはじめている。
どうにもネゴシエーター役を代えてくれそうな雰囲気は無いようだ。公太郎はマンガのように「トホホ」と頭をかいた。
その時。
「ふざけるなっ!!淫魔なんぞを、家に上げるんじゃないっっ!!」
薄暗い屋内より大声が響き、誰もが押し黙る。
「…旦那、だよ」
訪れた痛い沈黙の中、ドンズの妻が眉間を指でもみながら忌々しそうにつぶやいた。
TIPS:キリがいいからと、ただ家に入るだけのことに2話も使ってしまった。




