竜の卵 2
スパロボが終わってないのにファイナルファンタジータクティクスが発売されてしまった。
来年はどうやらドラクエ7も出るらしい。それ以前に今年は1・2もある。
やりたいことがたくさんあってとてもうれしい。やれる時間はあまりないけれど。
でも直近で一番楽しみなのは、やはりもうあと1週間もすれば発表になるノーベル平和賞。
これが誰になるのか、毎日気になって仕方がない。
君たちは誰が受賞すると思う?
わしはもちろん、
習近平
簡易的なかまどを囲んで、公太郎たちは皆、言葉少なく塒の地面に座していた。火にかけた鍋から、ぐつぐつと煮えたシチューのいい香りがする。そろそろ食べごろだ。
「はい、グリちゃんの分ですよ」
「うむ、苦しゅうない」
シチューをイリスが小さな器に取り分け、『グリ』と呼ばれた卵へ差しだした。
「グリちゃん、パンにつけるジャムはイチゴとリンゴとブルーベリーがあるけれど?」
リュナが魔法カバンから瓶詰のジャムを取り出して卵に見せた。イリスの村で公太郎が果実を実らせ、イリスが手ずから砂糖漬けにした自家製ジャムたちだ。
「グリはイチゴがいい」
「いいわ。塗ってあげる」
「うむ、大儀である」
リュナはイチゴジャムの蓋を開くと、かまどで香ばしく焼いたパンにかいがいしく塗り、グリへ手渡した。
同じ要領で全員の元へ食事がいきわたり、「いただきます」をしてかぶりつく。
「んまっ!!」
殻の中にシチューの器を引き入れたグリが短く感嘆した。どうやら一息で食べてしまったのか、すぐに殻からにょきっと空の器を持った手が出てくる。その食べ方に公太郎はふなっしーが水を飲む時を連想した。
パチッパチッと薪のはじける音がする。夜空に月と星はあれど、かまどの火がなければ、あたりはほとんど真っ暗闇だ。すでに塒での夜はとっぷりと更けている。時計はないが、なんとなくの体感で地球時間にして21時を回ったくらいだろうか。かなり遅めの夕食だ。皆いうまでもなく空腹だったが、かまどの暖かい明かりと、パンとシチューの味わいに、誰の表情もほっとして柔らかい。
────少し場面は巻戻る。
結局、卵については「よくわからないがとりあえず保留」というところに落ち着いた。とにもかくにも見た目が謎すぎるのだが、幸い卵がこちらに敵対する意思を持っているわけでもなく、どういった存在なのかとあれこれ本人に聞いたところで、『これだ』と腑に落ちる回答を得られるわけでもなかったからだ。そうであるなら別に目立った不都合もないので、時間も時間ということもあり、取り急ぎ公太郎たちは手分けして今晩の寝床の設営に移ることにした。
「卵の名前は…とりあえず『グリモア』でいいんじゃないかー?お母さんから受け継ぐ…ってことでー。あとで自分の気に入ったのが思いつけば変えたらいいだろうー」
「ふむ。さしあたりとしては悪くないな」
特に深く考えた案ではない。公太郎にしてみればただなんとなくの間に合わせ、魔法で簡易的なかまどを組み立てながら出した提案に、卵はあっさりと同意した。
「ハムタロ…貴様、それはなにをやっておるのだ?」
LV1の土魔法で地面をこねる公太郎の横に、グリモア(仮)がぴったりと並んでしゃがんみこむ。腕にあたる卵の殻が、つるりとしていながら弾力があり、ほどよく温かいことに公太郎は妙に感心した。これぞ言葉通りの卵肌というのだろうか。
「魔法でかまどを造ってるんだよー。ここでイリスが料理してくれるー。イリスのご飯はうまいぞー」
「ふーん?」
グリモア(仮)はわかったようなわからないような返答をすると、ぐるりと周囲を見渡した。リュナはテントの設置を、イリスは野菜や干し肉といった食材を小型のテーブルに並べて下ごしらえに取り掛かろうとしている。先にグリモア(仮)が興味を示したのはイリスのほうだった。
「イリスは料理ができるのか?」
「ええ、今日は時間がないので煮込むだけの簡単シチューにしようかと思います。本当はもっと手をかけたいんですけど。でも、野菜とお肉はもう少し小さく切らないと」
トントンと小気味よい音を立てて包丁をさばくイリスの手元を、興味津々にグリモア(仮)が見つめる。なにがそこまで興味深いのか、ぐいぐい身体を密着させ、のぞきこむグリモア(仮)の圧力にイリスがどんどん端へとおいやられていく。
「………やってみます?」
「やってみたいっ!!」
根負けしたイリスが察して声をかけるとグリモア(仮)が嬉々として即応する。
「じゃあ、そうですね…わたしは野菜の皮をむいていきますから、グリちゃんは食べやすい大きさに切ってください」
「…グリちゃん?」
突然の愛称呼びに、包丁を手渡されたグリモア(仮)が固まった。
「え?ああ、うっかり気安かったですね。ごめんなさい、グリモアさん。では、こちらの食材を…」
イリスはきっと無意識だっただろう。あるいは背格好(?)が同じくらいという親近感がそうさせたのか。だが、意識外の偶然とはいえ、イリスの愛称はグリモア(仮)の琴線を大いに刺激した。
「いや、いいっ!!竜にあだ名とは、剛毅なり。…よい、よいぞ!!許す!!存分にグリちゃんと呼ぶがいい!!」
「ええ!?…あ、はい。…ではグリちゃん、よろしくお願いしますね」
「まかせよ!!」
上がったテンションのまま、凄まじい速度で野菜を切り刻んでいくグリモア(仮)に、イリスはなんだかわけがわからないという顔をしている。イリスはこちらへちらりと視線を送り、「どうなってるんですか、これ?」と言外に答えを求めたが、公太郎は「わからん」と肩をすくめた。とはいえイリスには悪いが、その実、公太郎にはおおよそ見当がついている。
うれしいのだ、あだ名が。
先代のグリモアはナユタを唯一の友としていたが、話を訊く限り、あだ名で呼びあうような気安いものではなかった。
だからこそ、この愛称呼びという一見なんでもない出来事は、孤高の存在である竜にしてみれば、かなりレアなイベントのはずだ。特に1000年もの孤独に耐えたグリモアの記憶を受け継ぐグリモア(仮)には、なおさら覿面だろう。ましてグリモアは孤独を良しとする性質でもなかった。その内心たるや雀躍となっても不思議ではない。
だがたとえわかっていても、それをいちいち口にして解説するのは無粋というか、分別が無いというか、公太郎はなんだか気が引けるのだ。
「グリちゃん、こっちも手伝ってくれないかしら。テントの端を押さえてほしいのだけど」
初心者がきざんだ不揃いの食材をイリスが鍋で煮込みはじめたころ、リュナもまた手すきとなったグリモア(仮)に声をかけた。
「まかせよっ!!」
グリモア(仮)は初めてやることなすことが楽しくてたまらないのか、これまた嬉々として飛んでいく。
「ええ、そう。そのカドをもう少し右に。…そうよ、グリちゃんはじょうずね。ありがとう、助かったわ」
「ふふんっ、グリは竜だからな!!これくらい容易いのだ!」
グリモア(仮)が手を腰に「どうだ」と胸(?)をそらした。いつの間にか一人称が「我」から「グリ」へと変化している。よほど気に入ったようだ。
その後もリュナはグリへあれこれと簡単なお手伝いを頼み、イリスを交えて三人(?)の仲は急速に発展していった。
反面、公太郎といえば、かまどを制作した後はほとんど手持無沙汰である。できることといえば、イリスと交代してシチューが焦げつかないようかき混ぜながら、彼女らがキャッキャッウフフと盛り上がるのを遠目にするくらい。なんだか疎外感みたいなのをを感じる…とまではいわないが、正直…ちょっぴりさみしい。
まあ…いいけど。
「ふー」
食事の締めにイリスが淹れてくれた熱いハーブティーを飲むと、公太郎は自然にため息が出た。皆とかまどの火を囲んで地面に腰かけているが、気温が下がって冷えてきたこともあり、マグカップの温かさが手にしみる。村でゼナが持たせてくれた茶葉は一般的な紅茶よりも酸味が薄く、口にすると鼻に通る清涼感があり、疲れた体の芯を溶かすようだ。考えてみれば、山登りなどいつ以来だったか。今日はそれはそれはよく眠れそうだ。
「グリモアさん…はこれからどうするんだー?俺たちは明日、イリスの村に帰るんだがー」
公太郎は、同じく卵の殻の中でハーブティーを嗜んでいるだろうグリモア(仮)に今後の展望を尋ねてみた。
しかし。
「…………」
しっかり聞こえてはいるだろうに、グリモア(仮)は何事もなかったように微動だにせず、なにも答えない。
「…あのー、グリモア…さんー?」
「…………」
やはり再度声をかけてもなんの反応もなかった。完全に無視である。
────なにかいらんことでもしたか、俺ー?
急に訪れた怪訝な雰囲気に、公太郎は直近の記憶を探ってみたが、まったく身に覚えなどない。なにせグリモア(仮)と名付けてから、ろくすっぽ話もしてないのだ。
「…ハムタロ、ハムタロ」
困惑する公太郎を見かねてイリスが耳打ちしてくる。
「…グリちゃん、って呼ばなきゃだめですよ」
「…ええー?そういうことなのー?」
どうやら、よほど愛称で呼ばれることががお気に召したらしい。そうならそうと言ってほしいものだが、そこは誇り高い竜のことだ、自分からはいい出しにくいのかもしれない。…いや、知らんけど。
「…コホンッ。グ、グリちゃんー?俺たちは明日帰るんだが…」
「そうか。もっとゆっくりしていけばいいものを。まあまた気軽にやってくるがいい。貴様らならいつでも歓迎してやる」
試しにグリちゃん呼びでいくと、イリスの言ったとおりあっさりと返答が返ってきた。…が、新しい問題が発生している。
「…えっ!?グリちゃんはわたしたちと一緒に来てくれないんですか!?」
「…??イリスは面妖なことを口にするな?塒はグリの家だぞ。ここにいるのは当然ではないか」
「え…でも…」
なにかおかしいところがあるか?というグリの様子に、イリスが困って公太郎を見る。
イリスが言いたいことはいうまでもない。こんなところ…と言ってしまうのはやや失礼だが、岩山の頂上にさっき生まれたばかりのグリをひとり残して去るのは、心情的にかなり抵抗がある。たとえ竜の生態が、そういうものだといわれようとも。
そしてさらに言えば、実はこれ、今後…街をつくっていく中で、必ず直面する頭の痛い問題なのだ。
未来の、仮定の話になるが、新しい街がつつがなく完成したとして、そこに人々がスムーズに移り住んでくれるかという問題。
新しい街へ移住するというのは、逆にいうなら「故郷を離れる」ことを意味する。イリスのような若い者はさしたる抵抗も感じないだろうが、年長者ともなるとそうはいかない。必ず、「自分は故郷に残る」という者が出てくるはずだ。そんな簡単に割り切れるなら、将棋の駒をそうするように人が動かせるなら、日本に過疎地域など存在するはずないのだから。
とはいえ、その対策はすでにいくつか考えてある。ましてグリは若く、好奇心も旺盛のようだ。たぶん今、頭に浮かんでる方法でうまくいく…はず。
「俺たちは、グリちゃんを『招待』したいんだー」
「招待?イリスの村…とやらにか?」
「家に、だよー。俺たちは今、こうしてグリちゃんの家におじゃましてるわけだー。なら、今度はお返しにお招きしたくなるのは自然だろうー?『友達』としてー」
「と、友として…い、家に!?」
目論見通りグリが食いつく。愛称呼びにこだわることからも、グリはいわゆる「普通の友人関係」に憧憬があるのは明らかだ。そこをくすぐっていく。
「ただ、少々問題があってなー。イリスは村に家があるからいいんだがー、俺には家が無いー。村の人の家に間借りしてる身の上だー。だから、明日すぐ俺の家にご招待ってわけにはいかんー。でも、もちろん自分の家を造ろうという考えはあるー。…というか、家のついでに俺たちは新しい街を開く計画してるんだー。冬が来るまでに、今から3ヶ月以内でー」
「…3ヶ月で街?家のついでに街?一体なんの話だ?なにを言っているのだ」
「後で話すけど、ちょっと込みいった事情があるんだよー。だけど現実として、俺たちの力だけで3ヶ月以内に街ってのはかなり難しいー。不可能すぎて荒唐無稽で、ばかばかしさすらあるー。そこで…」
公太郎はすかさずグリの前に回り込み、膝をついて目線を(卵の殻でわからないから大体のところで)合わせ、頭を下げた。
「俺たちに、グリちゃんの力を貸してくれないかー?竜の知恵と権能を、街づくりに…ぜひとも頼むー!!」
「…グリの力を?」
「ああー。そうだ、どうせなら…街にはグリちゃんの家も建てようー。そうすれば俺たちはグリちゃんとすぐ会えるし、一緒にご飯を食べたり遊んだりできてうれしいー。どうかなー?」
「…グリの家は塒だ。貴様たちには借りがあるから、力を貸してやるのはやぶさかではないが、塒からではいかんのか?」
「塒はやや遠いんだー。俺たちはここまで飛竜で数時間かかるだろうー?」
「……たしかに、人の身からは遠かろうな。塒は転移魔法の着地点も近所にない。頻繁に顔を突き合わせて話すには向かぬ」
────来た。
グリの返答に公太郎の目がにわかに光る。交渉において最も大事なのは、話の中で相手の小さな共感と同意を得ていくこと。今、グリが口にしたのがそれだ。ここから勢いでたたみかける。
「そうー、俺たちはグリちゃんと、もっと気軽に会いたいのさー。ちょっとした相談もすぐできるし、今日みたいに一緒にご飯を食べたりもできるー。もちろん塒がグリちゃんの一番の家だから、そうしたいなら好きな時に帰ってくればいいー。いわば…別荘を建てようって話だー。別荘を建てながら、みんなで…友達と協力して、一から好きに街を造るって、想像してみろー。きっと楽しいぞー?」
「うむぅ…」
ずいっと身を乗り出した公太郎の気圧され、グリがわずかに身じろぐ。
「ふ、ふむ…友と力を合わせる、か。なるほど、まあ…悪くはないな。…考えもしなかったことだが言われてみれば、竜の塒が複数あっても誰がとがめるわけでもない。……いいだろう。その話、乗ってやる」
「わぁっ!本当ですか、グリちゃん!!」
公太郎が導き出したグリの同意に、そばでうかがっていたイリスがうれしそうに飛び跳ねた。
「それじゃあ…グリちゃんは、わたしたちと一緒に来てくれるんですね!?」
狙ったわけではないだろうが、図らずしもイリスによるコミットメントのダメ押し。話の方向を決定づける完璧なタイミングなサポートだ。
「うむ、そうだ。貴様らにはグリがともにいてやる。うれしいか?」
「うれしいですっ!!」
「そうか、そうか。そうだろうとも。カーッカッカッ」
イリスとグリモアはテンションが上がったのか、その場で腕を組み、仲良く回りだした。飛竜で数時間移動し、山を登り、戦闘し、その上でこの夜も更けた時間に、このバイタリティー。現代人の公太郎にしてみれば圧倒されるというか、半笑いになるしかない。
まあ、話がうまくまとまって、公太郎自身も少し小躍りしたい気分ではあったが。
「…アンタ、すごいわね。ハムタロ」
「リュナ?」
それまで口を挟まず事態の推移を見守っていたリュナが、公太郎の耳元にそっとささやいた。
「竜を仲間に引き入れるなんて、あのアニキだってできないわ。たぶん、歴史的に見ても2度目。勇者ナユタ以来の1000年ぶりよ」
「グリモアとの関係性って素地はナユタが築いてて、俺はそれに乗っかっただけさー」
おだてるリュナに、公太郎は「とんでもない」と首を振る。
そう、別に大したことはやったつもりはない。もしも貸し借りのないゼロベースの関係性であったなら、グリは自分とともに来てくれただろうか。やはりナユタが場を整えてくれていたことが大きい気がする。
「ともかく…竜の問題が無くなって、イリスの領地の魔素はだいぶ薄くなるなー。これからはまともに作物が育つようになるはずだー。街造りも一歩前進ってことでいいんじゃないかー?」
「そうね」
はしゃぎまわるイリスとグリを姉の眼差しで見つめながら、リュナが公太郎の横に立った。夜風にたなびいたリュナの長い髪が、さらさらと公太郎の頬をくすぐる。恩寵の呪熱のこともあり、いくつかの場面を除いてリュナは公太郎と一定の距離を保ってきたが、なんだか今は妙に近い。ともすれば指先がリュナの肌に触れ合ってしまいそうだ。
「ねえ…?アタシにも言いなさいよ?」
「…ん?」
「『俺に力を貸せ』って。『俺と一緒に来い』って。そしたらアタシ、なんだって…」
言葉の意味がわからず、公太郎は首をかしげる。
「…?リュナはもう、たくさん力を貸してくれてるじゃないかー。今日だってリュナがいなかったら、俺もイリスも山の頂上まで来られてないだろうー」
「…ふふっ。まあ…そうなんだけど」
遠くの夜空を見つめながら、リュナが髪をかき上げてかすかに笑った。
「感謝してるよ、リュナー。ありがとうー」
公太郎への返答代わりに、リュナはバンッと公太郎の背中をたたくと、手を振って自分のテントへ向かっていった。
「そろそろ寝ようかー。イリスー、グリちゃーんー」
「「はーい」」
イリスたちを促し、公太郎も寝支度をはじめる。さすがに疲労も限界だ。
長い一日がようやく終わろうとしている。振り返れば得るものの多い、価値ある日であった。
なにをおいても竜の助力を得られたのが大きい。そしてLV1魔法の可能性、その限界に触れた悔しい経験も。
それはさておき。
今夜は街の計画を考えながら床につこう。
きっと…すぐに眠りに落ちて、ほとんど忘れてしまうだろうけれど。
TIPS:街造りってどうやるの…




