暴凶竜グリモア 6
FFタクティクスのリマスターは、皆が期待するような新要素はないらしい。
新ジョブとか新アビリティーとか新マップとか追加エピソードとかね。
それどころか獅子戦争版の追加要素すらもカットされてるそうな。
もちろん習近平が出てくる可能性などあろうはずもない。
わしは涙が止まらないよ。
「オレは…わからなくなった」
ナユタは眉間に苦悩の皺をよせ、目を伏せる。
「グリモア…お前は本当に、悪竜なのか?」
その問いは、我に向けられてるようでいて、そうではない。視点がどこか遠くにあるような目を見ればわかる。自問自答。ナユタは今、我を通じて己と対話しているのだ。
「お前と出会ったころ、オレはまだ駆け出しで、人から『勇者』と呼ばれて浮かれる子供だった。いい気になっていたのだ。自分は選ばれたのだと、特別なのだと。子供ゆえ…というべきか、当時はふわっとした妙な使命感のようなものに駆られていたのをおぼえている。とにもかくにも『勇者となったからには、人の助けにならなければ』という感じだ。勇者として、勇者にふさわしい、立派な行いやふるまいをしたいと意気込むものの、そこに具体的な『何をするか』などは一切ない。結果、頭にぼんやりと思い描いた勇者像を元に、オレは場当たり的に勇者を演じていた。…まあ、子供が急に勇者などと祭り上げられれば、こんなもんさ」
上空を渡り鳥の群れが過ぎていく。ナユタがそれを目で追ったので、我も思わずつられてしまった。そういえば、冬が近い。
「一方で、子供心にもわかっていた。今のオレは勇者の剣を抜いただけ、それを扱えるだけで、勇者と称されるようなことはなにも成していない。このままでは人々は遠からず、オレを勇者と呼ぶこともなくなるだろう。オレはそれを恐れた。なぜなら、周りから勇者、勇者と持ち上げられることが、すごく気持ちよかったからだ。オレは元々孤児で、いわゆる”持たざる者”に属する。そんなオレには、勇者に対する他人の羨望や希望、期待のこもった眼差しが麻薬のように作用したのだ。ひとたび知ってしまえば、とても手放せるものじゃない。ならば、とオレは考えた。人が永久にオレを勇者と称えることを成そう。そうだな…途方もなく長い間、皆が畏れてきた、あの『暴凶竜グリモアを倒す』なんてどうだ?…というように」
気がつけばナユタは、どこか追い詰められた犯人が自供する時のような顔になっている。
「オレがグリモアとはじめて戦った時、オレは『勇者として、人々のためにお前を倒す』なんて見栄を切ったな。…そうさ、あんなのは嘘っぱちだ。オレはオレのため、手前勝手な理由でお前に挑んだに過ぎない。お前のことをよく知りもせず、お前の都合を考えもせず。…ふふふっ、これが勇者ナユタの正体だ。勇者なんておこがましい、俗物なんだよオレは。見下げたやつと失望しただろう?」
「…よく…わからぬ。貴様が俗物ゆえ、我を斬らぬ…といいたいのか?」
「いいや。まあ、そう急くなよ。…といっても、そこからは大体お前も知ってのとおりだ。オレは暴凶竜グリモアに歯が立たなかった。甘く考えてたんだ、お前を。なにせオレは勇者で、駆け出しのころですら王都にオレより強い奴はいなかったから。うぬぼれに聞こえるかもしれないが、まあオレも、それなりに努力はしてたのさ…勇者として。だから、きっと竜にだって勝てると思っていた。本気でな。…だが現実は、手も足も出なかった。俺は焦ったよ。これは、無理なんじゃないか?…とね。だけど周りにはグリモアを倒すと吹聴してたし、今さらやっぱり辞めますなんていえるはずもない。そして同時に、思い知ったのさ。今までのオレの努力は努力なんかじゃなかったんだと。オレは考えも実力も、なにもかもが浅薄で甘かった。グリモア、お前がオレの世間知らずに伸び切った長い鼻を叩き折ってくれたんだ」
そこでナユタは一息ついた。矜持ある勇者として、最もいいにくい部分を、己の醜い場所を、ようやく吐露できたというような長い嘆息だった。
「それから…オレは真の努力を、文字通り血のにじむような鍛錬をはじめた。だが、不思議と辛くはなかったよ。お前という目標があったからだ。その甲斐もあり、オレの腕はみるみる上達した。…そうだろう?お前には一向にかなわなかったが」
「……あえて訊かずとも、今こうして我を追い詰めたのがすべてではないか」
我の声色には、我の返答には、今日の一連の状況への不満がにじみ出ている。機嫌の直らぬ我に、ナユタは困ったように頭をかいた。
「お前に敗れるたび『次こそは』と心に秘め、オレは研鑽を積んだ。そんなオレが『おかしさ』に思い至ったのは、ある日、王都の冒険者ギルドで受けた一件の魔物の討伐依頼がきっかけだったと思う。それまでもオレは修練と日々の稼ぎを兼ねて、こうした依頼を頻繁に請け負っていた。勇者といっても生活には金がかかるからな。…が、その日の討伐対象は様子が違った。一目見て、すぐわかったよ。そいつは”二ツ名”だった。本来は腕に覚えのある奴らが、何人も束になってかからなければならない凶種の魔物の中でも特に危険な個体だ。ギルドの手違いか、依頼に不備があったか、その両方か。とにかくオレは二ツ名を相手に独りで戦うはめになった。何度も死を覚悟する窮地の連続で、正直、今…思い出してもゾッとする。それでも紙一重で生き残れたのは、わずかばかりの運と、お前に勝つため鍛え上げた心技体のおかげだ」
「二ツ名…」
『二ツ名』とは、本来の名と別に通り名を持つ、凶暴で凶悪で危険な存在を指す。我の”暴凶竜”もそれだ。魔物につけられることが主だが、魔族や人間がその対象になることもある。
とはいうものの、同じ二ツ名であっても、我とナユタの滅したそれの力には天地の差があろう。眼中にすら入らぬ存在だ。
しかし我のあずかり知らぬところでナユタが死の危機に瀕していたと耳にすると、その二ツ名とやらに得も知れぬもどかしさというか、もやというか、ともすれば八つ裂きにしてやりたいとまでの悋気にも似た感情が胸の内に湧いてくる。
ナユタにとって命をかけるような、そういう相手は我だけでよいのだ。………いや…、待て。…なにを考えているのだ、我は。
首を振り、頭に浮かんだ妙な考えを追い出そうとする我を横目に、ナユタは続ける。
「二ツ名をどうにか仕留めた安堵感で、オレはその場に腰を抜かしながらこうつぶやいた。『危なかった、負ければ命はなかった』…至極当たり前のマヌケなセリフだ。だが、肩で息をしながら、ふと疑問がわいた。どうしてオレは、グリモアに負けても『次こそは』…なんて考えてるんだ?…おかしいじゃないか。魔物に敗北とは即ち、ほとんど死を意味する。なのにオレは、”次”があると当然のように思っているんだ。おかしいじゃないか。…胸を占めはじめた疑問を、オレはどうにも無視することができなかった。なにか重大な思い違いをしてるのではないか、と。そして思ったとおり、それから幾度もお前と剣を交えるうちに手ごたえから確証を得た。やはりお前には、お前の攻めには、決定的なところに殺意がない。暴凶竜グリモアは、どうしてかオレを殺すつもりがないようだ。それどころか、オレを育て、導こうとする意志すら感じる。オレはお前を滅ぼそうとしている男だ。お前にそんな義理はあるまい。……なぜだグリモア、お前は一体なにを考えてる?」
「我の考え…?」
今度こそ、ナユタの問いは真摯に我へ向けられていた。
だが、
─────我の天啓が、お前を育てることだからだ─────
…と口にするつもりはない。竜の生涯の命題は、その竜だけのものだからだ。他者に話して理解や共感を得たり、まして協力を求める類のものではない。竜の誇りにかけて我が独りで成させねばならぬ。
しかしそうなれば、真剣に問うているナユタには悪いが、別の答えが必要だ。真相でなくとも、そこに近い、それらしく聞こえる答えが。
「………く、くだらんことを訊くな。貴様を滅する気がなかったから、悪竜ではないとでもいいたいのか?貴様がどう思うと知ったことではないが、勘違いするなよ小僧。我は貴様の期待するような、心優しい竜などではないわ。我がその気になれば、貴様などいつでも塵芥にできた。竜の足で踏みつぶしてしまえばよいのだからな。そうしなかったのは、ただなんとなく面倒だっただけよ」
うしろめたさを見透かすようなナユタから目を背け、我は早口でまくし立てていく。
「…そうとも。考えてもみろ、そんなことをしてなにが楽しい?血肉が飛び散り、我と塒が汚れるだけではないか。その始末は誰がする?…いいか、貴様にはわからぬかもしれんが、あまりに力の差がありすぎると、バカバカしく面倒なだけで相手をするこちらが疲れるのだ」
「…それは答えになってないぞ、グリモア。面倒だったから、オレを生かした?…なのにお前はこれまで数年、オレの相手をし続けたのか?」
「うぐっ…」
だが、その場しのぎの我の嘘はあっさりと看破された。
「そ、それは…貴様が竜にたったひとりで挑むなどという命知らずだったからよ。向こう見ずとも、蛮勇とも、無謀とも思える貴様の勇気。さすがは勇者と呼ばれることはあるというべきか、勇者とはまさにかくあるべしというべきか、我も正直…感じ入るところがないでもなかった。その気概に免じて、少しばかり導いてやったにすぎん。わずかに、そう…わずかに興が乗ったのだ。だがその程度のことでほだされるとは、ふんっ…貴様も他愛がないな!」
言葉に信ぴょう性を持たせるため、腕を組み、鼻をツンと高くし、居丈高にふるまう。
とはいえ、面倒だったというのもあながちすべてが嘘ではない。実際、面倒なのだ。過去を振り返ると、しばしば我のもとには羽虫どもが大挙やってくることがあり、そのうっとうしさたるや自明であろう。
「竜を倒して、一帯を盤石に支配したい」「名を上げたい」「竜のため込んだ宝を手に入れたい」あるいは「竜を陣営に引き入れて利用したい」等々。羽虫どもの思惑や目的は様々だが、我にとっては利などひとつもなく、迷惑千万この上ない。……ナユタくらいだ。逢ってやってもいいと思えるのは。
「…他愛もなくほだされた、か。まさにオレもそう思った」
ナユタはそんな我の様子に一寸の腹を立てることもせず、大きくうなずく。
「そこでオレはグリモアのことを調べはじめた。今さらだが、考えてみればオレはお前のことをなにも知らない。人々が「暴凶竜」と呼び、畏れている…それくらいだ。なのに聞いたままお前を悪竜と断じ、滅ぼすを良しとしていいのか。オレはもう、胸の内の迷いを無視することができなかった」
「我を…調べた…?」
ドキリとする。今に至るまで我は、我の思うままに生きてきた。それはわがままに、暴虐の限りを尽くしてきたということではない。端的にいえば、道理の筋が通っているかどうか。
以前にも述べた通り、我に生贄を差し出し、自分たちだけが安寧でいたいなどという下種を滅ぼしたのも筋に反していたからだ。その過去の行いに、竜として恥ずべき点はない。…けれどもそれは我の理屈であって、羽虫どもからすればまさに「暴凶竜」であったはずだ。
そんな話を耳にしたとして、ナユタはどう思っただろうか。なんだ、やはり悪竜ではないか、と…我に、失望…しただろうか。そうだとしたら、その…なんというか、うまくいえないが…苦しい。
「結論からいおう。オレはグリモアを悪竜とする依り代を見つけられなかった。各地を回り、様々な人に話を聞いたが、お前に直接手を下され、害された記憶を持つ者は誰もいなかった。皆、オレと同じく、伝聞や言い伝えでしかお前を知らず、ただ暴凶竜の響きだけが独り歩きしてたんだ!」
「…それは、そうであろう。だが、知らんだけだ。羽虫どもの命は短い。我が最後に暴れたのはいつだったか。今を生きる者に記憶がなくとも、我はたびたび羽虫どもを滅ぼしてきた。貴様には悪いが、我はそういう竜なのだ」
黙っていればいいものを、と頭で思う反面、我は自ら口走っていた。話さないままナユタの中でなにやら実体より清く正しく美しい我の像が造られ、あとになって落胆されるのが、怖い。
「その話は知っている。けれどオレの聞いたのとは少し違うな。オレが会ったのは、その昔、グリモアに救われた者たちの末裔だった。彼らが語ってくれたのは、生贄に捧げられる者を助け、力なき人々の代わりに戦った竜の話だよ。なあ、グリモア…オレにはお前がその過去をどう思っているかわからないが、そういう者を人は『勇者』って呼ぶんじゃないのか?」
「わ、我が…勇者…?」
ナユタの思わぬ一言に我の思考が真っ白になる。
「プックックック…フフッ…ウハハハハハハハハッ。そ…そんなわけあるか!くそっ!ナユタよ、貴様…存外面白いではないか。ほ、褒めてやる。…いいか、勇者とは己より強い者に恐れず立ち向かう心意気を持つ者のことだ。貴様のようにな。我は我の思うまま、取るに足らぬ羽虫どもを蹴散らしただけ。そのんなものは勇者ではない。…だが、そうか。あの生贄の娘たちは無事、生きながらえたか…」
─────100年以上前のことだ。もう、あの娘らの顔も名前も思い出せぬ。ともすれば名など訊きさえしなかったかもしれん。それすら記憶の彼方であるが、娘らが子孫を残し、命が継がれているというのは、ささやかながらもそれに関わった身として、なかなか誇らしい気分になるものだ。
「だが本当をいうと、オレはその話を聞いた上でも、心のどこかで踏ん切りが、納得がつかなかった。九割九分九厘グリモアが悪竜ではないと思ってはいる。しかしグリモアという存在について、今度こそ他人に聞いた話ではない、自分の手でつかみ取った確かなものが欲しかったんだ。それはお前と改めて剣を交えねば手に入らない。愚図や愚鈍と笑ってくれ。オレは剣を通してでしかお前を理解できない不器用な男だ」
「それが今日、この日、この時の立ち合いというのか」
ナユタが小さく首を振る。
「前回のことだ。かくしてオレは答えを手に入れた。…以来、後悔している」
「後悔…?」
「あの時オレは、迷いを断つように無心で全力で剣を振り、結果、お前の翼を落としてしまった。どうしてかそれを、お前は我がことのように喜んでくれていたが、オレの心は違う。偉業への達成感や、高みへの到達感などありはしない。ただ胸に目に見えない大きな穴が開き、血が噴き出すような痛みがあるだけ。すまない、本当にすまない…グリモア。オレはオレの確信のためだけに、お前に…友であるお前に、取り返しのつかない傷をつけてしまったのだ…」
「と…友…だと!?」
申し訳なさそうにナユタが頭を下げ、我の翼のことに詫びているようだがまるっきり耳に入ってこない。「友」という響きが我の脳をグルグルとかき混ぜている。
いうまでもなく、我の生涯において友などひとりとしていない。竜とは本質的に孤独だ。宿命といっていい。生物としての力にあまりの差があり、対等になれないからだ。もちろん、一時のかりそめの友誼ならば結べるかもしれぬ。しかしイビツな力関係は、たとえ我がよくても、いずれの破綻は免れない。
竜に唯一比肩するのは他の竜だが、竜同士というのは基本、利益背反。ひとたびナワバリに踏み入れば、争いになるのが常であり、そこに友情など介在する余地はない。
だがなるほど、ナユタであれば、我を超えるナユタであれば、真の友となりうるのではないか。
我は目から鱗が落ちる思いだった。
「…お前からすれば、ちっぽけな人間風情がなにをと、おかしく聞こえるかもしれないな。…けれどグリモア、お前を尊敬している。いつからかはわからない。友達だと思っている。これまでの数々の無礼を許してほしい。そしてこれがオレのお前を斬らない理由だ」
「そ…そうか。…友ゆえ、なのか。…そうか。ならば、仕方ない…な」
なにが、「仕方ない」のか。ナユタが我を斬らねば、つまるところ我の天啓は成就することはない。だというのに我は、友愛とはいえナユタが我に好意を持ってくれていることにすっかり浮かれてしまっていた。
しかし浮ついた我の気持ちも、次にナユタが発した言葉で一気に地へ叩き落されることになる。
「グリモア…オレは今日、お前に別れを告げに来た」
TIPS:グリモアの一人称で書き始めてしまったため、勇者の内面を台詞でべらべらしゃべることになってしまった。しかしそれよりも…回想が長い…。こんなに長くなるとは…。ハムタロとかの一人称やしゃべりかたを忘れそう。多分もうすぐ終わるけど。




