その3:冒険者ギルドでのできごと 1
思ってたより書いても書いても話が進まなくて草。
いや、森。
『冒険者ギルド:ハローワーク』
露店の老婆から飴玉5個の購入と引き換えに場所を教えてもらった冒険者ギルドは、外から見ると一般的な小屋組みの屋根と漆喰の壁でできた三階建ての建屋だった。
しかしその看板にはやけに聞きなじみのある名称が書かれている。
老婆によればギルドの二階から上は冒険者たちの拠点…早い話が安価な宿屋にもなっているそうだ。
「ハローワーク、かー」
目抜き通りからギルドまでの道中、公太郎は心の切り替えを完了していた。
元の世界にはしばらく帰れそうにはない。会社のクビは免れられないだろう。しかし考えてみれば、元々ブラック気質の職場で安月給。できることなら転職したいと前々から考えていた。
昔から実家との折り合いが悪く、両親とも疎遠。学生時代の友人たちとは、お互い忙しかったので就職を機に一度も会ってない。
現状、一番の心残りをあげるとすれば、今日プレイしてたネトゲが召喚で中断されたので、一緒に遊んでたフレンドに迷惑がかかったかな、くらいだった。
思えばそれほど元の世界に帰りたくなる動機が見当たらない。
そうであるなら、このめずらしい機会に、めずらしい環境を目いっぱい前向きに楽しまなければ損だ。今、あるものに感謝しよう。
座右の銘「足るを知る」の自分は、トラブルやハプニングが起きてもあまり悩まないことが取り柄なのだ。
…魔王と戦うとかそんな気は毛頭ないけれど。
『カラーン』
公太郎が揚々とギルドの扉を押し開いてみると、備え付けのドアベルが小気味よく鳴った。
入り口から十歩ほどの正面に、中年の男が立つカウンターが見える。ギルドの受付のようだ。
右手には各種の依頼書がびっしり張り出された掲示板と二階から上の宿へつながる階段がある。
もう昼過ぎだからか、仕事を請け負ったものはとっくに現場へ出ているようで、カウンターの受付の男を除けば、長剣と軽装の皮鎧を装備したニ、三人の冒険者たちが掲示板の前で談笑してるくらいだ。
左手は建物の敷地を半分占める酒場になっており、こちらも冒険者であろういかつい四、五人の男女達が、木製の丸いテーブルを囲んで酒とカードを手にガヤガヤと切った張ったの大勝負をしている。
公太郎が中へと踏み出すと、入り口付近から奥へ、さざ波が伝播するように彼らの視線が順々と公太郎へ集まった。
それは己のテリトリーに入ってきた、見慣れぬ人間を油断なく値踏みする歴戦の戦士たちの視線…などではなく、「何だこいつw」という珍妙なものを見る好奇なそれである。
当然だった。彼らからすれば、異世界の部屋着そのままの公太郎は、さぞ変なかっこうで頭のおかしな人物に見えるだろう。
「うおー、まじで冒険者がいる。すげー」
とはいえ、好奇心をくすぐられるのは公太郎にしても同じだった。異世界モノのアニメで見たことのある人々や風景が今、目の前にある。むしろ城や王様より、こちらの方が見たかったくらいだ。テンションが上がらずにいられるだろうか。
しかし初対面の連中、それも荒くれ者ぞろいの冒険者を相手にニヤニヤしていては、いらぬトラブルを招きかねない。公太郎は思わずこぼれそうになる笑みを押さえつけた。そして努めて真面目な雰囲気で受付カウンターに向かい、立っていた係の中年の男に「何か仕事を探してるんですがー」と短く告げた。
受付の男はもちろん、奇妙なかっこうをした公太郎がギルドに入った時から、もの珍しそうに彼を観察していた。しかし、さも「今、気が付きました」というように顔を上げると、あらためて公太郎のつま先から頭のてっぺんまで値踏みするように眺めた。
「…妙なかっこうのあんちゃんだな。見ない顔だが、ギルドは初めてか?」
「さっきこの街に着いたところですー。冒険者になりたいんですが未経験で、ちょっと勝手がわからないから、いろいろ説明もしてほしいんですがー」
そう聞くと男は少しイヤそうな顔をした。初心者相手にイロハを教えるなんてめんどくせえ、今日はツイてねえぜ…という心の声が聞こえてくる。
しかし、それから男は「ちょっと待て」といい、ガサゴソと受付の引き出しをあさると、ペンと一枚の紙を取り出した。
紙には冒険者登録用紙と書かれている。記入欄はシンプルに名前と職業、そして恩寵。
またオリジンかー、と公太郎は少々げんなりした。
「…別に難しいことはねえ。登録用紙に必要なことを書いて、そこの掲示板から受けたい依頼書を持ってくる。それだけだ」
「それだけ?」
「そう。冒険者なんてバカでもできる。腕さえあればな」
公太郎は男から用紙を受け取ると、まずは名前を記入し始めた。職業からの欄を埋めるのは正直気が重く、文字を書くスピードが上がらない。
男は手持無沙汰にあごを撫でまわしながらその様子を見ていたが、ふいに「おっと」と何かを思い出すと、恩寵の欄を指差した。
「あんちゃんのリレキショを確認しても?一応、ギルドはそいつの恩寵の傾向で大まかに仕事を割り振ってんだ。『戦闘系』や『生産系』とかな。生産系のヤツにモンスター討伐とか酷だろ?ギルドとしても依頼の失敗は評価に響くんで困る。いるんだわ、たまに嘘の恩寵を書いて適正外の依頼で死ぬマヌケが。…まあ、討伐なんか報酬がイイからな」
「…なるほどー」
公太郎はうなずいた。オリジンの欄があるならリレキショの確認も当然、と想定していたので是非もない。
それよりも、男がごく自然に「依頼で死ぬ」というフレーズを使ったことに少しどきっとした。ここは日本より死がありふれた世界なのだ。
(ステータス!)と公太郎が念じると、手元にリレキショ画面が開いた。どうやら画面を呼び出すにはその意思さえあれば、ステータスでもリレキショでも名称はどうでもいいらしい。
「どうぞー」
公太郎はリレキショを指でくるりと表裏反転させ、男に向けた。
『リレキショ』
名前:伊藤 公太郎
職業:無職
経歴・前職等:
特技・資格等:特に無し
恩寵:特に無し
「…イトウ、クオチャロ?なんか呼びにくい名前だな。ってかなんか白くないかこのリレキショ。ほとんどなにも書いてねえ。ま、どうでもいいけどよ。ええと…恩寵、オリ……んん?」
男は目を細めると、カウンター越しにぐぐっと顔をリレキショ画面へ近づけた。
「えっ、なにこれ?え?嘘っ…そんなことある!???…え??」
目の前にあるものが信じられない、という表情で男が画面と公太郎を幾度も交互に見比べ始める。やがて、みるみるうちに男の頬が紅潮し始め、膨らみ、口がワナワナと震える波線のようになってきた。
「と…『特に無し』…て、え?何?あんの?ブフッ、えっ??こんなこと、ある?フヒッ、特に無いて、恩寵、フフッ、無いって、おまっ、嘘だろwwwwwwwwwwwwwww!!?」
男は沸き上がるものをどうにかこらえようと、必死に手で口を押えたが、とうとう我慢できずに吹き出してしまった。
公太郎と男を遠巻きに見ていたその場の者たちは、しばらく男の様子にポカーンと口を開けていたが、
「「「ギャハハハハハハハwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」」」
瞬間、ギルドが大爆笑に包まれた。
カウンター奥の他の職員も、依頼書を吟味していた冒険者も、酒場のいかつい客も、給仕の若い女も、みんな腹を抱えて苦しそうにその場でうずくまっている。
「無いみたいですー」
公太郎が極めて平静なトーンで答えたので、周りがまたドッと沸いた。
「マジかよww」「どんだけーww?」「どうやってwww生きてwwきたのwww」「パねぇわアイツwww」など次から次へと聞こえてくる。
「ハハハー…」
公太郎は頭をかきながら苦笑気味に周囲に頭を下げた。
たぶんバカにされてるのだが、公太郎は特に腹が立つわけでもなかった。オリジンが無いと笑われたところで、それがどんなにヤバいことなのか全然実感がわかない。元々そんなものが無い世界から来た身だし、それを無いといわれてもなぁ…ってなもんである。
「ククッ…いや悪い。笑うつもりはなかった。まさかすぎてな。悪気はないんだ、許してくれウフフッ」
必死に笑いをかみ殺そうとしながら(全然噛み殺せていなかったが)、受付の男が手で「すまん」というジェスチャーをした。
「気にしてないですー」
「だが困ったな、どうすっかな。恩寵が無いってなると、冒険者登録もしようがないっていうか。ギルドも依頼の割り振りようが…」
「どんな仕事でもいいんでー、なんとかなりません?」
公太郎としては仕事を選り好みしてる場合ではない。ジジーはギルドで仲間を募れと言ったが、まずは先立つものを確保せねば。ジジーの50エンは飴玉に消え、正真正銘の文無しなのだ。
最悪、一晩の宿代くらいになればいい。見知らぬ世界で初日から野宿はごめんだ。
「…どんなでも、か」
男は指でこめかみを押さえ、わずかに考えると、いくつかある依頼掲示板の一番端を顎で示した。
「そこの依頼なら、あんちゃんにもできるんじゃねえか?好きなの取って来い」
「わかりました。ありがとうございますー」
公太郎は男にぺこりと頭を下げると、さっそく端の掲示板に向かった。貼られた依頼書は他の掲示板のに比べると色褪せ、ぱりぱりしている。一つ一つ順番に目を通していくうちに「なるほど」と男の考えが公太郎の腑に落ちた。
『ドブさらい』『井戸の修理』『ハチの巣の除去』『飼い犬の散歩』『新薬の実験台』『家畜の世話』『農地の警備』といった多岐にわたる依頼がある。しかし、そのどれもが共通して報酬が安い。
リスクとかかる労力ばかりが大きく、誰も受けない「凍結案件」が並んでいた。男…ギルド側としては公太郎が受けてくれればめっけもの、ということだ。ブラック企業が社員を使いつぶして捨てるのに近い。
(この世界も世知辛いなー)
公太郎は思わずため息がつきたくなった。
とはいえ、四の五のいってる場合ではない。
(『家畜の世話』にしようかなー。住み込み可、だし)
報酬額はともかく、宿泊先のアテが得られるのは大きい。そこを拠点にできたなら、その後のことはそれから考えよう。場面で。
『カラン』
公太郎が依頼書に手を伸ばすと、入り口のドアベルが短く響いた。
思わず誘われたように目をやると、ホコリで薄汚れたフードとマントに包まれた子供が、肩から下げた大きなカバンを扉に引っ掛けないように難儀しながら入ってきたところだった。
(あれ…?)
最初、公太郎は自分の目に映ったのが、単なる錯覚だと思った。子供のマントの裾から、動物の尻尾のようなものがちらりと見えた気がしたのだ。
しかし、今の公太郎の立ち位置は、入り口の扉から差し込む日の光がやや逆光となっている。子供はカバンを肩から下げているから、その影をきっと見間違えたのだろう。
子供はそのままトコトコとカウンターの方へ歩み寄ると、頭にかぶっていたフードを小さな両手でそっと脱いだ。
下から大きな獣の耳がぴょこんと現れた。見間違いなどではなかった。やはり尻尾もある。よく見ると、子供の額からは小さな角も生えているではないか。さらに…
「魔族だ!!」
その時、冒険者の誰かが叫んだ。
ギルドの空気が凍てついた。
tips:子供は女の子。用語に日本語由来のものがあるのは、わかりやすくするため以外の理由はない。