死にたがりの竜 2
どこぞの大統領さんよ
辞書の中で最も美しい言葉は tariff ってバカじゃねーの
最も美しい文字列は 習近平 に決まってんだよ
ちなみに
この世で最も唾棄すべき言葉は 左打ちに戻してください だ
件の竜の山までは飛竜で3時間ほど。途中で休憩を入れながらイリスとリュナの2頭立てで空をいく。
はるか下に見える足元の景色は、のんきなほどゆっくりとした進みだ。しかし実際は、顔に感じる風の強さでかなりの速度が出てることがわかる。気を抜くと振り落とされそうだ。公太郎は飛竜の鞍に備えられた手すりに力を込めた。
鞍は手すりこそ金属だが、本体は飛竜に負担をかけないよう、軽い木材でできている。操者はこの鞍にまたがって、手綱で速度や高度の指示を入れるクラシックな仕組みだ。
しかし先にバラしてしまうと、飛竜の操作技術が確立してから数百年、その過程で飛竜は人語を解するように進化した。よって飛竜との信頼関係さえ築ければ、本来、手綱操作は必要がない。もっとも、それが誰にでもできれば苦労しないし、格式や伝統の関係で、飛竜操者のほとんどが手綱式を好むそうだが。
「……たいの!?」
前方で手綱を握るリュナが、先ほどからなにかを大声で叫んでいる。
「…なんだってー?」
空気圧で目を開けることすら難儀しながら、公太郎も懸命に叫んだ。飛竜の速度が巻き起こす「ゴォォ」と暴風の吹き荒れるような轟音が、ふたりの声をほとんどかき消してしまう。手を伸ばせば届く距離ですら、会話するのも一苦労だ。
公太郎は村からリュナの飛竜に同乗していた。接触事故の防止のため、イリスの飛竜は離れて並走している。
もちろん当初は、呪熱のことも考え、イリスの飛竜に乗せてもらうつもりであった。だが、操作技術の熟練度という観点で「お義姉さまの方が安全です」とイリスに強く勧められた結果、リュナの後ろでこうして遠慮がちに座しているのだ。
「死・に・た・い・の・!?っていってんの!!」
「…聞こえ…ないー!!」
口の動きを見ればリュナがなにかをいってるのはわかるが、なにをいってるかはまったくわからない。チラチラと頻繁に後ろを振り返り、なんだか落ち着きもない。同乗させてもらっておいて申し訳ないが、もっと前を向いててほしい。
「あー」
閃いた。
「『風』魔法ー」
公太郎は自分とリュナの頭部を包む、ひとつの空気泡を作った。空気の層が暴風の音をやわらげる。完全になくなることはないが、トンネル内を走る自動車の中くらいになった。目を開けられるし、会話も無理なく可能だ。
「聞こえるかー?悪いがもう一回、たのむー」
「手すりじゃなく、アタシにつかまってなさい!もうすぐ竜の山よ!あの辺の気流は荒れるんだから!」
「ま、まじかー」
リュナは厳しい剣幕で、まだ大声だ。…というか、とんでもないことをいってる。
────つかまるったってどこに?呪熱…とかの前に、女の子の体に気安く触ったらだめでしょ。
公太郎は考えた末、マントの上からリュナの両肩をつかませていただくことにした。おずおずと。
途端にリュナから怒声が飛んできた。
「そんなんじゃだめよ!!もっとしっかり抱きつくの!!突風がきたら耐えられないでしょ!!」
「ええー!?ど…どこにー?」
「どこだっていいわよ!!なんのためにアタシが、わざわざマント着てると思ってんの!!」
口ぶりから察するに、リュナは最初から公太郎を後ろに乗せてくれる気だったようだ。それならそれで、ビキニアーマーじゃなく、もっと肌の露出が少ない恰好をしてくれればいいのに。
「あ、あとで文句いうなよー?」
公太郎は思い切ってえいっとリュナの腰回りに腕を回した。せめて一番無難というか、そこしかなかったからだ。
……リュナの腹部は、マント越しだがほっそりしてて柔らかい。
だが。
「もっとよ!もっと体ごとくっつけて!重心がブレると危ない!」
「まじかよー」
────ええいっ、もう知らん!ヤケだ!!
公太郎が頭を背中に押しつけると、リュナがようやく黙った。バイクの二人乗りのようだ。ヘルメットがない分、それより距離が近い。
ドッドッドッドッドッドッドッド
リュナの背中を通して、早鐘を打つような心臓の鼓動が聞こえてきた。
見上げると、リュナは耳の先まで真っ赤になっている。
口もきっちり真一文字に結んでるが、形はあわあわと波線だ。
そんな反応をされると、公太郎の方も恥ずかしくなってきてしまう。
だが、それより。
「リュナー…」
「な、なによ」
「……武者震いかー?」
公太郎に指摘され、リュナが一瞬ぴくりとする。
震えていた。
腕から伝わってくるリュナの体のわずかな振動。飛竜の羽ばたきの揺れや、向かい風で起こるものとは明らかに毛色が違う。
「…アンタねぇ、アタシを戦闘狂かなんかと思ってんの?」
呆れたようにいいながら、リュナが一瞬、全身に力を入れて震えを止めようとした。しかし無駄な努力と悟り、短くため息をつく。
「怖いのよ、竜が。普通に」
「…?出発前は、自信満々って感じだったのにー?」
「義妹の前で、義姉が情けないとこ見せられるわけないでしょ」
「イリスにいうんじゃないわよ」とリュナが釘を刺してくる。
「…そんなにやばいのか、竜はー?」
「魔族の間じゃ、竜は自然災害みたいなもんなの。竜と戦うことを『嵐に向かって剣を振る』なんてバカにする言葉があるくらい。大魔王でも、たぶんやらないわ」
「災害かー」
怪獣映画の怪獣みたいな評価だなと公太郎は思った。そりゃ、ゴジラと戦えとかいわれても冗談じゃない。会いに行くだけでも相当厳しい。
「ゼナ様にはああ言ったけど、もし万一…戦いになったら、アンタはイリスを連れてすぐ逃げなさい。今のうちから覚悟を決めておいて。こういうのは先に頭に入れとかないと、いざって時にすぐ動けないから」
「リュナは…?」
「仕方ないから、時間を稼いであげる。殿がいるでしょ。恩に着ることね」
竜と戦闘になった場合は、ためらわず自分を置いていけ。リュナはそういっている。
しかし。
「それはー、不可能なんじゃないかなー?」
「…バカにすんじゃないわよ。このアタシが命をかけるのよ?竜相手でもそれくらいしてみせるわ」
「そうではなくー、イリスはリュナを置いていくような子じゃないってことー。その盤面ならイリスは当然、戦闘モードに入ってるだろうー?俺に止められると思うー?」
「む…たしかに、そうね。…ならあとで、イリスにいっとかなきゃ。あなたがハムタロを連れて逃げなさいって」
「…ハハハ、俺、どんだけカッコ悪い絵面なのそれー」
イリスの脇に抱えられながら逃げる場面を想像してみると、あまりに情けなくて公太郎は苦笑いが出た。
「けど、リュナの気持ちはうれしいが、それも遠慮するー。俺は震えてる女の子を残していくほど堕ちちゃいないー。これでも勇者なんだぜー?一応」
「……ハン、生意気。でも、アタシは現実的な話をしてるの」
「大丈夫だー。万一の時は、みんなで逃げられる奥の手は考えてあるー」
「…へぇ?アンタって、ほんと頼りになるのね」
ふいにリュナが素直に感心したので、公太郎は逆にずっこけそうになった。こうなるとなんだか却っていい出しにくくなる。
奥の手なんて見栄を切ってみたが、その実、大した話ではない。ヤバくなったらイリスの転移魔法で脱出、ただそれだけなのだ。
「と、ところで、今さら気になってることがあるんだがー。リュナは山に、なんで着いてきてくれてるんだー?」
「はぁ!?」
リュナの声色には明らかに「本当に今さらなにいってんだコイツ」という感情がこめられている。
「いやー、リュナの仕事はフェルズとの連絡要員でしょ?村で待っててもよかったのではー」
「アンタを守るために決まってるじゃない」
「…えっ!?あ、そ、それは、ありがとう…ございますー」
痕を消してからというもの、リュナは衒いなく考えを言葉にすることがある。
社畜生活で擦れてしまった身には眩しすぎて、公太郎は丁寧語になってしまった。
「もちろん、イリスもよ。それと…アタシ、個人的に訊きたいことがあるの。竜に」
「訊きたいことー?」
「そう。ハムタロこそ、どうなのよ?アンタ、竜になにしにいくの?」
「…………え?」
────そういえば、なにしにいくんだ俺?
ゼナの夢見で行くことにはなったが、それはきっかけで、目的じゃない。
考えてみれば、竜と会ってどうしたいとかはノープランだ。
そりゃ、一目見たいとは思ったけれど…………って遠足かよ。
あれれ???
TIPS:イリスの転移魔法が万能最適解すぎて邪魔になってきたなあ




