その2:王城正門前でのできごと
小高い丘の上に建つ王城は堅牢な三重の城壁でぐるりと囲まれていた。
そのもっとも外郭にあたる正門前。
「うおー、でけー門」
公太郎はジジーと近衛兵たちに玉座の間からせっつかれるように連れ出されながらも、そのありように嘆息した。
ごつごつとした石造りの頑丈な門と城壁は物見を兼ね、およそ5階建てビルほどだろうか、高いところを数人の歩哨が行きかうのが見える。
門の直上には兵士の詰め所が設けられており、有事の際には門自体がそのまま小さな砦として機能するようになっていた。
日中は何事もなければ普段からそうしているのか、観音開きの黒く分厚い鉄扉は城内の方へと開けっぱなしたままだ。
玉座の間の儀礼的、装飾的で優雅で風雅な造りとは異なり、城門や城壁は機能的というか、いやに武骨で実戦的な印象を受ける。
門からは馬車が2台ほど難なく行きかうことができる幅の跳ね橋が、水堀の上に渡されていた。
その先は堀を縁取るように備えられた防火林の植え込みをはさんで、城下町の目抜き通りへとつながっているようだ。
すでにあたりは公太郎とジジーに門番の衛兵しかいない。近衛兵たちは公太郎を門外へ叩き出すと、そのままそそくさ城へ戻っていった。
「勇者よ。おお、これから魔王討伐へと旅立つ勇者よ。お前の旅は苦難と試練に満ちていよう。せめて神のご加護があらんことを…」
ジジーはミュージカルのように、大仰に両手を開いて公太郎への見送りの言葉を述べた。その反面、抑揚はなく全くの棒読み。一応義務なので口にしましたくらいのトーンである。
じゃ、と踵を返しかけたジジーのローブの裾を公太郎がつかんだ。
「あのー」
「なんじゃい。離さんか」
「さっきもいったけど、明日仕事なんでー。元の世界に帰してくださいー」
「…あのなぁ」
ジジーは心底めんどくさそうに公太郎へ向き直ると、ローブから公太郎の指を払い、きょろきょろと周囲をうかがうようにして声を潜めた。
「…いいか、お前の召喚には3年分の国家予算がかかっておる。3年じゃ。帰すにしても同じだけかかる。今すぐできるわけなかろう」
「ええー!?」
思わず叫びかけた公太郎の口をジジーは手でふさぐと、門番の方をそっと盗み見た。門番は公太郎とジジーのひそひそしたやり取りをちらりと一瞥したが、やがて我関せずといった風にあくびをした。
「そんなの困るー。無断欠勤で会社クビになるー」
「莫大なカネがかかるというておろう。それに…たとえ今ここにカネがあっても無理じゃ。いいか、国家予算というのはつまりワシらの税金。ただで帰すとなると誰も納得すまい。それこそ魔王を倒した勇者くらいでなければ…。そう、お前はおのれの世界に帰るためにも、その手で魔王を倒さなければならんのじゃ!!」
「んな、無茶苦茶なー。知らないよー、勝手に呼びだして勇者で魔王て。ジジーもそう思うでしょー?あの、何だっけー?オリジン?もない俺にできるわけないじゃーん」
「……」
公太郎の訴えにジジーは答えず、犬の糞でも見るようにジト目でささやいた。
「ええい、お前のせいでワシも今、非常にピンチなんじゃ。いやもう、ほんとかなり危うい。3年分の国費で無職を召喚したんじゃからな。この大チョンボ、普通ならコレよコレ」
ジジーは右手の指をそろえると自分の首筋をトントンと叩いた。それがクビなのか、ともすれば処刑なのかは公太郎に判断がつかないが、この世界でもそのジェスチャーは同じような意味を持ってるんだなとなんだか感心する。
「とにかく、これからワシは王や大臣の尻を舐めてでも立場を守らねばならん。そのためにはお前にも無理だろうがなんだろうが、魔王討伐に出てもらわねばワシの立つ瀬がないわ。術者のワシが失脚すれば、お前も絶対に帰れんぞ。わかったら協力しろ」
「いやそんなこといったって俺、何も持ってないし。お金も武器も。素手だよ素手ー。それどころか…」
公太郎は自分の足元を指差した。
「靴すらないー」
公太郎は裸足だった。部屋でネトゲ中に召喚されたから、そらそうだった。
ちっ、とジジーは舌打ちすると両手で印を結び「あまねく万物の理を、我が糧を持って歪めたるは雄々しき神の腕…」などと早口でホニャララ唱え始めた。
するとすぐに公太郎の足元が光を放ち始める。
「こ…これはー!?」
やがて光が収まると、確かに裸足だった公太郎の足が、古びた革製のブーツに包まれていた。
ブーツは日焼けしてかなりほこりにまみれているが、その場で少し足を踏みならしてみれば公太郎にもすぐわかるほどしっかりした作りでオーダーであつらえたかのようなフィット感がある。
「どうだ、城の倉庫から召喚してやったぞ。かつて勇者が履いていたと伝わるブーツじゃ。これで文句はないな?それからついでにこれも支度金として持っていけ」
ジジーは懐をまさぐると、何か小さなものを取り出し、公太郎に握らせた。
「えっ…」
手の平を開いた公太郎は最初、それが何かわからなかった。というか、わかりすぎてわからなかった。
いつもどこかで見慣れた円形の物体。鈍く銀色に輝き、真ん中に丸い穴が開いている。
「50円だ」「50エンじゃ」
仲良くハモったので公太郎とジジーは思わず見つめ合った。こほんとジジーが咳ばらいをひとつする。
「それでは勇者よ、まずは冒険者ギルドで仲間を募るのがよかろう。よき旅を」
ジジーは公太郎の肩をポンッと叩き、ローブをひるがえすと今度こそ城に帰っていった。その背中はあまりにも堂々とした風体だったし、これから彼は保身のため魍魎跋扈する宮廷闘争に明け暮れるのだと思うと、公太郎はそれ以上声をかける気にならなかった。
手の平の50エンを改めてみると、やはり日本政府が発行する50円とそっくりだった。違いといえば元号が『王国歴』となってるくらいで、おそらく日本の自動販売機でも使えるだろう。
公太郎は門から橋を渡り、丘を下って目抜き通りに出た。街並みは中世ヨーロッパ風の建築物で統一されており、行き交う人々の喧騒であふれている。きょろきょろと見回すと、通りの一角に老婆の営む小さな露店が目に入った。公太郎は露店に立ち寄ると、老婆から飴玉を5個買った。
50エンはなくなった。
tips:この時ジジーは手持ちで3万エン持っていたが、ブーツを召喚したので50エンになってしまった。でも召喚術を使わなかったら3万エンは公太郎に渡さず、パチンコに使ってたぞ。