外伝 夢見のむかし 3
習近平、今頃どうしてるかなあ
静かに訪れた最初の違和感は「頻度」だった。
毎日のようにやってきたルチルが、2日に1回とか3日に1回とかしか顔を見せなくなった。
時期的に冬が訪れる前だったため、その支度でルチルも忙しいのだろうとボクは勝手に納得していたが、それでも彼女の顔を見れない日は、やはりなんだかさみしくなってしまう。
ならば、次はいつ会おうと約束すればいいのに、友達とそんなことをしたこともないボクはそれがどうにも気恥ずかしく、顔を合わせても結局いい出せず別れるなんて日々が過ぎていった。
「好きな人ができたの」
その日、ルチルがぽつりと発した告白。衝撃でボクは文字通り飛び上がった。
「え? うそ? 誰?」
誰と訊いてもルチル以外のハイ・エルフに知り合いなんかいないから仕方ないのに、ボクは頬を上気させて食いついた。
これが世にいう女子会、女子トーク、その花形の恋バナか!…なんてひとりでテンションが上がったのを覚えている。
しかしルチルは困ったように笑うと、膝を抱えてうずくまるように座り込んでしまった。
「ねえ、ゼナ。ゼナの両親てどんな人?」
ルチルの問いで、ボクは事態をほぼ完璧に理解した。
それまでルチルは、そこにひと言も触れたことがなかったけど、ボクの銀髪が…ボクがダークハーフというのは、エルフ種であれば誰でもわかることだ。
「好きな人 村の人…じゃ ないんだね?」
ルチルは返事をしなかった。でも沈黙が雄弁に答えを示している。
「ゼナのお父さんとお母さんの話、聞かせて?」
「それは…」
親友の頼みに、ボクは言葉を詰まらせた。だってそうだろう?何をいえばいい?父は祖父に殺され、母は無理やり他の男に嫁がされました。そんな話…できるはずもない。
「ごめん。よく しらないんだ。父は 人間だった らしいけど。どちらも ボクが小さいころ 亡くなったから」
ボクは半分嘘をついた。母のことはよく覚えている。その結末も。
「そっか。わたしこそ、ごめん。変なことを聞いちゃった。今日はもう帰るね。…また、来るから」
「うん また…」
ルチルは立ち上がると、肩を落とすようにして去っていった。ボクはその背中を見送りながら、心に焦燥の炎が立ち上がるのを強く感じた。
まずいことが起ころうとしている。
それからほとんど毎晩、村人から未来視の依頼がない限り、ボクはルチルの『夢見』を試みた。
ボクの『夢見』は、眠る前にその人のことを考えることで発動する。普段でも『夢見』はなにも見えず、失敗することもあったが、そこは数でカバーするのだ。
だが不思議なほど、ルチルの『夢見』は毎回成功した。
といっても具体的なものがはっきり見えたわけではない。
ルチルのこの先の運命が、例えるなら澄んだ池に大量の泥を投げ込んだような、濁りの広がるイメージを感じられるだけだ。
雲をつかむようなふわっとした感覚だが、ボクにはわかる。これは「悪い夢」だ。
ボクはボクの『夢見』の正答率を6割から7割と見積もっている。未来は移ろうものだから。
だけど、何度も同じ夢を見るなら、その未来はほぼ100%に近い。
それなのにボクは、ルチルに『夢見』の結果を告げることができなかった。なんなら『夢見』をしたことすら知らせていない。
いつか、なにかのきっかけで、未来がころりと形を変える、そういう都合のいい流れを期待してたのだ。
まだ可能性があるなら、ボクはあえて黙っていよう。
そんなボクの決意が決壊したのは、ルチルの言葉がきっかけだった。
すでに冬が来ていて寒かったから、いつものようにボクたちは肩を寄せて木の根元に腰かけていた。
あれから空気はなんとなく重たい雰囲気で、あまり言葉を交わすこともなく解散することも多い。
でもあの日はそうではなかった。
「子供が…できたかも」
あまりのことにボクは目の前が真っ暗になった。
ボクが現実的なところでこの件の解決をイメージするなら、ルチルと恋人が別れるという展開しかありえない。
だが事態はボクが考えるよりもずっと先に、深刻に、不可逆に進んでしまっていた。
「生む…の?」
「…うん。そのつもり」
ルチルは愛おしそうに自分の下腹部を撫でる。その姿を見てボクは、頭の中でなにかが切れる音を聞いた。
気がつくとボクは、ボクの実の両親がどうなったとか、ダークハーフの子供がどういう扱いを受けてきたとか、一時の感情に流されるなとか、生まれてくる子供に無責任だとか、そんなことを洗いざらい、まるでこれまでの人生のうっ憤を晴らすかのように、ルチルへぶつけてしまっていた。
「最悪 子供は ボクとルチル ふたりで どうにかしよう。でも その男は だめだ!別れるんだ!!」
子供はどうにかするって、一体どうするつもりなんだボクは。
そこまでいって、ボクはハッとした。
これは…ボクが嫌いなボクの祖父が、ボクの母にいったことじゃあないのか!?
しかしルチルはボクの言葉に憤ることもなく、さみしそうに笑うだけだった。両目からとめどなく涙を流しながら。
「うん。ゼナは正しい。そりゃゼナもそういうよね…」
「ご、ごめん ルチル。ボクは ただ…」
「でもゼナもいつか恋をすればわかるよ。人の気持ちって、想いって、正論や理屈じゃないんだ」
「ルチル!!」
ルチルは立ち上がると黙ったままハイ・エルフの土地の方へ歩いていき、振り返った。
「わたし、もうここには来れない。きっとゼナに迷惑がかかるから。ごめんね、今までありがとう」
「待って ルチル!!」
後ろ髪を引かれる想いを断ち切るように、ルチルはサッと踵を返すと、そのまま村の方角へ駆け出して行った。
ボクはといえば、自分の犯した大きな過ちに胸が張り裂け、立ち上がれすらしない。
ボクがルチルにかけなければならなかった言葉は、「なにもかも捨てて、ボクすら捨てて、恋人とどこか遠くへ逃げろ」だったのに。
正しさなんてどうでもいい。ボクだけはルチルの心に寄り添って、味方であり続けなければならなかった…。
どんなに後悔してみても、その言葉が彼女へ届くことは永遠にない。
それがボクの見た、ルチルの最後の姿だったから。
TIPS:やっぱこのエピソード終わるまであと2回くらいかかるわ




