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能無し勇者は知恵とLV1魔法でどうにかする  作者: (^ω^)わし!!!
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呪熱の女帝 4

習近平が日本に来たら見に行く

 「呪熱の女帝」の原理はふたつの可能性があると公太郎は推測した。


 ひとつめは電子レンジ。


 リュナは素肌で触れることで男の血中水分を振動させ、発熱を起こしている。


 ふたつめは気圧の低下。


 通常、水は100度で沸騰するが、高所だとその温度が下がる。真か定かではないが、一説によれば人は気圧のない宇宙空間に生身で出た場合、一瞬で血液が沸騰するらしい。


 リュナは触れた男を気圧から隔離し、血液を沸騰させている。



 二者択一、確率でいえば前者の方が現実的だ。後者はさすがに眉唾度合が高すぎる。


 とはいえ、どうして男にだけとか、なぜ肌に触れる必要があるのかとか、そういうことはわからない。

 そもそも恩寵(オリジン)という存在自体がまったくの未知な力なのだ。そこをとことん追求する学者的な才覚は公太郎に存在しない。


 ただ、「触れた男の血液の温度を上げ、沸騰させる」という結果だけを考えると、打てる手はいくつかあった。



 「アンタ、まさか…平気なの!?」


 震えるような声色が、リュナの動揺をありありと示している。


 珍妙な光景だと公太郎は思った。端から見れば、誰もが恋人同士の抱擁と考えるだろう。実態は襲撃を受けてる最中だというのに。


 「実は女です、なんてことはないでしょうね!?」

 「まさかー…わわっ…やめてくれー」


 リュナが確証を得るために公太郎の体をまさぐりだす。公太郎は慌てて体をよじり、抵抗を示した。

 リュナがわずかでも動くたびに、押し付けられた胸がいやでも魅惑的な感触を主張してくるのだ。今、股ぐらなどに侵入を許したらたまったものじゃない。

 

 「なら、どうしてなにもないのよ!おかしいでしょっ!!」

 

 リュナがムキになってさらに強く公太郎を抱きしめた。恩寵への絶対的な自信が、力となってリュナの両腕にこめられていく。


 「ちょ、ちょっと…。ぐ、ぐるじー」


 公太郎はたまらずうめいた。呪熱を防ごうとも、リュナは戦士グルガを圧倒する膂力なのだ。もはや抱擁などと甘酸っぱいものではない。エドモンド本田も使うサバ折りである。


 「うぐぐぐぐぐぐ…」

 

 リュナは公太郎の様子に気づかず、力を弱めるどころかさらに締め上げてきた。呼吸も満足にできず、酸欠を起こしかけ、目の前が暗くなってくる。


 「し、しぬー」


 藁をもつかむ思いで公太郎は必死に手を動かし、つかんだ。

 下から、すくうように。


 おおきく、やわらかい、ふたつの毬を。


 ぽよん。


 「「あ」」


 ふたりで同時に同じ声を上げる。


 ばしこーん!!


 次の瞬間、公太郎の頬に平手打ちが炸裂した。


 「ぶべーっ!!」


 鼓膜の真横で風船が割れたような音を聞きながら、公太郎は3メートルほど吹っ飛んだ。


 「…アンタ、よほど死にたいらしいわね」


 土の味を存分に堪能させられた公太郎の頭上から、リュナの怒気をはらんだ声が降りかかる。


 「うぐぐ…、すみませんー」


 たぶん聞き入れてはもらえないだろうが、吹き出た鼻血を手でぬぐいつつ公太郎は謝罪した。さっき繰り出した社畜のその場しのぎなそれとは違い、心を込めて。


 なにしろ、酸欠で必死でよく覚えてないが、手に残った感触的に十中八九、「直」でいったと思う。服の上からではなく、下から。なんなら、頂点の突起のこりっとした生々しい記憶すら指先が覚えている。


 …だというのに公太郎はこの時、リュナの見せた意外なほどの優しさに、心中ひそかに感動していた。リュナが本気の怪力でビンタを繰り出せば、今ごろ自分の頭はつぶれたトマトだっただろう。ああ、なんと慈悲深い。


 「わざとじゃ、ないんですー。事故で……あ」


 よろよろと立ち上がりつつ振り返った公太郎は、いいかけた言葉を詰まらせた。羞恥で真っ赤になったリュナの素顔が、月と星明かりの下にさらされている。ビンタされた時のどさくさで、公太郎の腕が彼女の仮面を弾き飛ばしたようだ。

 

 「きれいだー…」


 無意識に、素直につぶやいていた。


 仮面の下に隠されていた目元は兄のフェルズと同様、切れ長の系統。だが(ふち)を長いまつ毛に彩られているためか、兄とは異なり女性らしいクリっと丸みを帯びて大きく愛らしい印象を受ける。

 瞳は燃えるような髪色をさらに深くした艶やかな真紅のルビーアイ。気の強さを象徴するようなツンと尖った鼻梁。

 さすがは美形フェルズの妹。もともと露出していた濡れるような唇、スッと細い輪郭との絶妙なバランスですさまじい美貌だ。

 

 しかし、公太郎が最も惹かれたのは、左目の周辺につけられた、炎のような形の青黒い古傷だった。

 一見それは完璧の語源である宝玉につけられた一筋の欠損。ゆえに彼女の美貌は完璧ではない。いうなれば完『壁』。漢字テストで「玉」と「土」よく間違えるあれだが、今を表すのにそれこそこれほど『完璧』な文字列は他にない。


 されども海賊のアイパッチを思わせる痕が、ともすれば完璧すぎる美が持つ一種の嘘くささ、具体的には画像AIが出力した美女の写真や絵から受ける独特な気持ち悪さのようなものを打ち消している。

 

 「え…?」


 公太郎のぽかんと口を半開きにした間抜けな表情を見て、リュナが違和感に気づいた。リュナは両手で自分の顔をさぐると、事態を呑み込みサッと血の気が引いていく。


 「見るなッッ!!」


 サーチライトに照らされた怪盗のように、リュナが手で顔を覆いながらそっぽを向いた。もはや公太郎などどうでもいいといった風で、首を振りながら必死に仮面の行方を捜している。


 だが、茂みの中できらりと光る仮面を先に見つけたのは公太郎だった。


 「あのー、これ…」

 「触るなッ!!!」


 公太郎は仮面を拾おうとしたが、すごい勢いで飛んできたリュナにはねつけられた。リュナは荒っぽく仮面を手に取り、土汚れも気にせず顔に装着する。


 気まずい沈黙が流れた。


 リュナは公太郎に背を向けたまま、黙って微動だにしない。公太郎もまた、リュナのあまりの剣幕に立ち尽くすしか術がなかった。


 「…たら、殺す」

 「えー…?」


 リュナがぼそりと何かを口にしたが、声が小さすぎて聞こえない。


 「誰かにしゃべったら殺す」

 「やけど…のことー?」


 ドンッという音と衝撃で、公太郎は壁に叩きつけられたことを認識した。口元だけでさまじい形相だとわかるリュナが公太郎の襟首をつかんでいる。


 「()()()は何も見なかった。いいな?」

 「べ…別にそんなつもりはないー。ただ、きれいといったのも嘘では…」


 ゴンッと鈍い音とともに、公太郎は地面に頭をぶつけた。リュナに拳で殴り下ろされたらしい。痛みがくるより前に、地面とはこんなに硬かったのかと驚く。これじゃ凶器だ。あと少しでやってくるだろう痛みが恐ろしい。…きた。


 「い”っ”…で…」

 「い・い・な?」


 本当に痛い時、人は声も満足に出ない。目の前が頼りなくぐにゃりとゆがみ、耳の奥はぐわんぐわんと騒々しい。すぐにも回復魔法を作動しなくてはまずい。ひどく酒に酔った時ですらここまで前後不覚にはならなかったのに。


 波打つ視界の端では、芋虫が脱皮する前のようにうずくまった公太郎(じぶん)をリュナが冷たく見下ろしていた。


 先ほどまでのリュナが発していた圧やキツイ言動などはただの戯れ、まるで児戯。

 今のリュナはむしろまったく圧など感じさせない。この後の返答を間違えれば、是非もなく単なる作業として命を奪いにくるだろう。そういう無機質なスゴ味がリュナにはある。


 だがそれでも、公太郎はそんなリュナがどこか悲しく思えた。


 「そ…そこまで気になるなら、なんで治さないー?お…俺が、治してもいいが…」


 公太郎の頭の位置に、リュナのピンヒールのかかとが無慈悲に振り下ろされる。危機一髪。公太郎は地面をはいずるように回転し、すんでのとこで避けた。


 「う、嘘じゃないー!見ろ!」


 公太郎は左腕の袖をまくり、前腕をリュナに見えるように向けた。肘先に大きな青黒い十字傷があるのを確認したリュナの動きが止まる。


 「数日前、リュナさんのお兄さんにつけられたやけど痕だ。お兄さん…たぶん思いっきり手加減した上で、脅し代わりに()()()()()だけなんだろうけど、後で見たらこうなってたよ」


 かすっただけだったのに、やけどは相当ひどかった。回復魔法がなければどうなってたことか。

 もっとも…フェルズが炎の不死鳥の羽根を飛ばしてきたのは、公太郎が挑発したせいでもあるので、特に恨み言をいうつもりはない。ちなみにその際、当然衣服も焦げて穴が開いたが、イリスが布を裏当てしてつくろってくれた。


 「ここ以外にも数か所、こんなやけどがあったけどー、それはもう『治した』。これは形がかっこよかったから、なんとなく残しておいただけー」

 「『治した』…!?」

 「今から実際に見せるよー。『回復』ー」


 より正確にいえば、公太郎の十字傷は、受けた後すぐに回復魔法で治してある。だって痛いし。だからこの傷はただの痕にすぎない。しかし公太郎が指先に灯した回復魔法でなぞると、消しゴムをかけたように痕はきれいさっぱり消えはじめた。


 「…うそ…なんで!?おかしいじゃないっ!!どうなってるの!?」


 リュナはその現象を呆然と眺めていたが、我に返ると共に猛然と詰め寄ってきた。


 「どうって、ただの回復魔法だけどー。LV1の」

 「レベ…ル、1!?そんなわけないでしょ!!だって、どんな高位の回復魔法でもアタシの痕は…」

 「…え、まじでー?」


 逆に公太郎のほうが絶句してしまった。その様子が不審だったのか、リュナはガッと公太郎の左腕をつかむと。入念に調べ始める。もはや「呪熱の女帝」などおかまいなしだ。


 「まさかアンタ、幻影魔法でごまかすとか舐めたまねしてるんじゃあないでしょうね!?」

 「いででででー!そんな強くつかまないでー!ほんとにただのLV1回復魔法だってー」

 「そんな…うそよ…。ありえない…」

 

 リュナは公太郎の腕を開放すると、動揺で膝が笑っているのか、数歩後退してからその場にへたり込んだ。


 「俺はリュナさんの痕、イイと思ってる。これはまじだー。でもリュナさんが消したいってんなら協力したい。…どうするー?」

 

 公太郎の問いにリュナはしばらく黙ったままだった。


 しかしやがて震える指で銀仮面を外すと、小さくいちどうなずいた。

TIPS:呪熱の回避方法について書くつもりだったのに、流れがそれを許さなかった。そのうち書く。でも誰かいい回避方法を思いついたら、そっと教えてくれてもいいよ?

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