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能無し勇者は知恵とLV1魔法でどうにかする  作者: (^ω^)わし!!!
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その9 夢見の巫女の村 2

約一か月前、はじめて投稿した第一話。ありがたいことに、拙いそれを13人が読んでくれた。彼らを「エピック・サーティーン」と勝手に呼んでるのだが、おそらくその内ひとりは習近平。

 イリスの生家は村の入り口から一番奥の小高い丘にあった。いやしくも魔王の住処のはずなのだが、とりたてて他の家々との大差はない。

 境界として木の杭を打っただけのような敷地に、かやぶき屋根の母屋とふたつほどの木造の小屋、井戸と小さな畑が併設されている。

 イリスはここで祖母のゼナに育てられたらしい。より正確にいえば、ゼナは日に20時間ほどの睡眠を必要とするため、村全体でということのようだ。


 広場で村人たちと別れ、ここまで足を運んだのは公太郎とイリスとグルガの3人のみ。他の者たちはすでに各々の家で夕餉の支度にいそしんでる頃だ。シロクーマの肉を焼いているのか、村中から香ばしい煙が漂ってきて食欲をそそられる。


 「ただいまっ!!」


 家に着くとイリスは、もうしんぼうたまらないとばかりに、玄関の扉を開くやいなや中へ転がるように駆け込んだ。


 「転ぶぞー、イリスー」


 公太郎は一応注意を促したが、おそらく聞こえてはいないだろう。

 

 開け放たれた扉から確認できた屋内には部屋の区切りがなく、ひとつの空間がリビングと寝室を共有するシンプルな造りだった。

 公太郎が地味に意外だと感じたのは、玄関の扉の先が一畳ほどの土間であり、靴を脱ぐ習慣が見て取れるところだった。

 イリスも履いていたブーツをもどかしそうに脱ぎ捨ててから、裸足で家に上がっている。

 別に地球上において、家で靴を脱ぐのが日本固有の習慣なわけでもないが、異世界でも存在するとなると奇妙な親近感があった、


 内装を彩る家具は必要最低限といった風で、土間の左手は火を起こす()()()と水薪の束。玄関から直接つながるリビングは無造作に木を削りだしたような食卓が目を引くくらい。

 他には背もたれのない椅子と簡素な木棚に水瓶、壁際に置かれた白いシーツのかかったシングルベッド、これらがそれぞれ二対ずつ。

 奥の窓際にある一脚の安楽椅子が、この家で唯一の個性を放っている。


 公太郎はイリスの背中越しに、安楽椅子から髪の長い女性が立ち上がるのを見た。


 「おばあさまっ!!」


 イリスが勢いのまま、女性の胸に飛び込んだ。

 女性は体当たりのようなイリスに少しよろめいたが、しっかりと受け止め、包み込むように抱きしめた。


 「あれが…ゼナさまー?」

 「…驚かれましたか」


 はじめてゼナを目にした公太郎は、横に控えたグルガへ思わず確認せずにいられなかった。

 しかし、どうやらグルガはこの反応を予想していたようで、にやりと首肯する。


 イリスの生家とはいえ、許可を得る前から家に入るわけにもいかず、公太郎は玄関の扉の前に立っていた。大きな家ではないが、ゼナのところまで10歩かそこらはあるだろう。間近で見た、とはいえない距離である。


 だというのに、公太郎はゼナとイリスが血縁者だとは到底思えない相違を感じた。祖母と聞いて、頭の中ではもっとイリスと近しい姿を想像していたのに。


 実際…ゼナの立ち姿は、孫と同じく透き通るような銀髪が、足首まであろうかという異様な長さもあいまって非常に神秘的だ。

 だが共通点は髪色と側頭部から水平に伸びる長い耳くらいで、イリスのような獣耳や尻尾、ツノはなく、肌も褐色に近い。


 しかしながらその上で、それらの差異がどうでもよくなるほど…若い。とにかく、若い。


 ゼナの外見年齢は、まだ二十歳にすら至ってないようなあどけなさを残している。仮に、ふたりの関係性を何も知らない人物に紹介する機会でもあれば、ゼナはイリスと歳が片手の指ほど離れた姉、とした方が通りがよかっただろう。


 「おかえり イリス」


 ゼナは(たお)やかな指でイリスの頭を包み込むように優しくなでると、そのまま両手で孫の頬を思い切り引っ張った。


 「いたたたたたたたたたっ!!」


 イリスがたまらず悲鳴を上げるが、ゼナはまったく気にも留めずに上下左右と遠慮なくぐねぐね手を動かしまわす。


 「たしかに イリス。ボクは 王都に 行けと いった」

 「ひゃい」


 ゼナの声は風鈴の音のようだった。静かでありながら、胸にどこか郷愁を想わせる響きを持っている。


 「でも 正しく は?」

 「グルガと行け、でふ」

 「そう」


 ゼナの指がイリスの頬を開放した。


 「で、でも…あの頃は、ラファがまだ小さかったし、グルガを連れて行くわけには…」

 「イリスも 小さい ね」

 「うぅ…」


 澄んだ水を(たた)えた湖面のような目で諭されては、イリスもそれ以上返す言葉がない。


 「2年間 ボクが どれほど 心配だったか わかるかい?」

 「ごめんなさい…」

 「…まったく。寿命が 300年 縮んだよ」


 イリスはゼナの胸に顔を埋めると、肩をふるわせながら謝罪した。ゼナもまた、孫の体をかき抱き、存在を確かめるようにイリスの額に口づけをする。

 血縁者に見えない、なんて印象は浅はかな間違いだった。家族だけの不可侵の領域が、確かにそこにある。


 「…ハムタロ様」


 グルガが公太郎にそっと耳打ちをした。


 「今夜は手前の家にお泊りください。あばら家ですが、子供たちも喜びますゆえ」

 「…そうだなー」


 グルガの提案はありがたかった。イリスとゼナ、家族の久しぶりの再会に水を差すのは心苦しい。

 公太郎は玄関の扉をそっと閉じ、グルガと共にその場を去ろうとした。


 「まってくれ」


 しかし扉が閉まり切る寸前、ゼナの呼び止める声が響いた。

 半べそをかいて目の下が赤くなったイリスの手を引きながら、ゼナが玄関までやってくる。

 

 (うわっ、すっげー美人)


 間近になったゼナに、公太郎はたじろいだ。


 ゼナから放たれる美人しか持ちえない特有のオーラが、公太郎の全身を照り付けるように圧倒してくる。公太郎の額に冷や汗が浮きはじめた。


 はっきりいって、公太郎は自分のルックスにまったく自信がある方ではない。人生の中で、特に異性から褒められたことなどみじんもない。

 だからというか、まだ子供のイリスとはじめて会った時ですら「そう」だったが、この手のビジュアル上級国民を前にすると、たとえ卑屈といわれようが足がすくんでしまうのだ。


 ゼナの特徴的な長い耳が、呼吸に合わせてわずかばかり上下に揺れている。艶とハリに満ちた褐色の肌。床に擦れそうなほどの豊かな銀髪が、ゼナのちょっとした仕草に合わせてさらりと音を立てる。


 ダークエルフ…でいいのだろうか。


 どこか気怠く、眠たげな表情をしているが、それがくっきりとした目鼻立ちに妖しいアクセントを添え、ミステリアスな美を形作っている。

 まったくもって顔の作りは似てないが、纏う雰囲気に、公太郎はどこかダ・ヴィンチのモナリザを連想した。


 ゼナは膝下まである白地の貫頭衣を腰で帯をしめただけの質素な出で立ちだった。忌憚なく評すれば、大雑把に作られた衣服である。

 だがそれゆえに、動きやすさの機能性を持たせるためか、首から下げたペンダントが目を引く胸元は大きく開いており、下半身部分は横に大きく切れ込みが入って布が()()のようになっている。


 そういった空隙(くうげき)からちらりと露出する女性らしいラインが、褐色の肌と白地の布のコントラストをからめて必要以上に存在を主張してくるので、公太郎は目のやり場に困ってしまった。


 「ハムタロさん だね。ボクは ゼナ。夢見の巫女 だ」

 「どうもー、ハムタロですー」


 公太郎の内心など知るはずもなく、ゼナが顔をのぞきこんだ。ゼナは公太郎より頭ひとつ背が低い。どうしても見下ろす形になるため、気を抜くとそんなつもりはないのに胸元へ視線がいってしまいそうになる。

 公太郎は難儀しつつ、ゼナと合わせた目を外さないように努めた。


 「孫が 大変 世話になったと フェルズの 使いから 聞いてる」

 「い…いえー、とんでもないー」


 美人のプレッシャーで動転したからか、染みついた社畜の悲しさゆえか、いつも仕事でそうしてた通り、公太郎は条件反射のような中身のない返事をしてしまった。


 とはいえ、むしろ恩寵の宝珠(オリジン・コア)の件だったり、道中の炊事だったり、右も左もわからずイリスに助けられっぱなしだったので、「世話になった」なんてそういう意味で「とんでもない」だ。意図せずとも結果的に己の心象的に最適な返答だったかもしれない。


 「今夜は うちに 泊っていって くれ」


 ゼナは昔のRPGみたいというか、かなり特徴(クセ)のあるゆっくりとした口調で、これまたとんでもないことをいい出した。


 「あ、おかまいなくー。先約がありますので、本日はこれでー」

 「申し訳ありません、ゼナ様、ハムタロ様は我が家の子供たちにお話をしていただく約束で」


 公太郎が助けを求めるのを察して、グルガも口添えをしてくれる。


 「孫の恩人を なにもせず 帰すわけには いかない」


 ゼナはガシっと公太郎の手首をつかんだ。その強い握力に意志が込められている。


 「ええ?いやほんと、おかまいなくー」


 イリスが一緒にいるとはいえ、ゼナはどう見ても初対面の妙齢の女性。目を(みは)るほどの美人の家に、男がのこのことやっかいになる絵面を想像してほしい。……やばすぎだろ!!


 「せめて お茶だけ でも」

 「ハムタロ、おばあさまの顔をたててあげてください」


 どこかアンニュイな気配を漂わせてるようで、ゼナはかなり強引だった。加えて、イリスに援護射撃をされては白旗をあげるしかない。


 「まあ…、お茶くらいならー」

 「うれしいな」


 普通に、素直に、ゼナが笑ったので、公太郎は少しどきっとした。しゃべり方でなんとなく無表情キャラにカテゴライズしてたが、別にそういうわけでもないらしい。


 そんなゼナの様子にグルガが「やれやれ」と首を振る。


 「ゼナ様はいい出したら曲げませんな。…ハムタロ様、手前は先に戻り、子供たちと準備しております。また後程」


 グルガは公太郎に彼の家の位置を伝え、暗くなってきた道をのしのしと帰っていった。


 その背中を見送りながら、ゼナが「どうぞ」と公太郎を手招きする。


 「ハムタロさんも イリスも つかれてるだろうから クコの ハーブティーに しようか」

 「わたしも、おてつだいします!」

 「ありがとう イリス。お茶の葉は いつもの とこ」

 「はい!」


 イリスが勝手知ったる家の棚に駆けていく。


 「では俺が魔法で火をおこしましょうー。こちらのかまどを使わせてもらってもー?」

 「お客様に お願いするのは 気が引けるな。でも 助かるよ。ボクは 火の魔法が できなくてね」

 「おやすいごようですー」


 公太郎は薪を数本かまどに入れてから、細目を一本手に取り、魔法の火を近づけた。キャンプの火おこしなら枝や新聞紙などからはじめるが、その手間が省ける魔法は本当に便利だ。


 「泊っていっても いいんだよ?」


 かまどに種火を差し入れようとした公太郎に、ゼナがそっと耳打ちした。




 ……いや、泊まらねーから。

 

TIPS:ゼナはダークエルフではなく、ダークハーフエルフ。純血種のエルフとダークエルフは金髪であり、他種が混じると銀髪などとなる。イリスの銀髪もそのため。

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