その1:異世界召喚から玉座の間でのできごと
主人公は一応サラリーマンの設定だけど、別に年齢も属性もそれぞれ読者に合わせてもらって大丈夫。50代でも60代でもご自由に。
描写もどのくらい書くのが適正かわからないので、とりあえず長々書いている。読み飛ばしても大丈夫。
改行も段落も読みやすければいいな、くらいの感覚でしか変えてない。そこに深い意味はない。句読点もそう。
そんなテストも兼ねて、では行こう
『子供達には無限の可能性がある!!』
テレビ番組の最終回でヒーローが悪役の親玉に向かって言い放ったキメ台詞を、まだ小学校低学年の頃の「伊藤公太郎」少年は「そうか?」と訝しんだ。少なくとも、一般的に子供とカテゴライズされる自分の可能性が無限とはとても思えない。
公太郎は当時10にも満たない少年だった。
だが、単に「未定」であることを大人がその狡さで「可能性」と聞こえの良い言葉へ置き換えている、そんな欺瞞に実生活の中で薄々勘づくほどには小賢しい子供であった。
具体的な彼の論理は以下の通り。
────クラスのA君はかけっこがとにかく速い。B君は算数の計算が得意だ。C子ちゃんはポスターの絵を描いて賞をとったし、D美ちゃんはとてもピアノが上手らしい。
彼ら彼女らが将来プロスポーツ選手や学者、アーティストといった特別な存在になれるかどうかはわからない。現実はそんなに甘くないだろう。でも、無限の可能性っていうのは、特別な存在につながる道みたいなのが、たとえどれほど細かろうと目の前に在ることを言うのではないだろうか。
だが、自分にはそれがない。かけっこも算数も他の色んなことも、凡庸。何かを熱心に取り組んでみても、そりゃあ…やる前よりは上達するけど全体で見れば可もなく不可もなく。とびぬけた特別な存在への道、時に人が「才能」と呼ぶものだが、そんなもの最初から気配すらない。やはり子供の無限の可能性なんて嘘っぱちだ────
しかし誤解のないように断っておきたいが、公太郎少年がその後、それを不満に思いながら成長したわけではない。
むしろ大活躍した野球選手がその私生活まで報道にスッパ抜かれたりするのを目にすると、余計な波風のたたない自分の人生に感謝すら覚えたくらいである。
特別な存在…テレビ番組の主人公なんかも含めてだが、「英雄」なんてものは、たまに憧れるくらいでちょうどいいのだ。
子供のころから座右の銘は「足るを知る」の者、伊藤公太郎。面白くない人生と他人は言うかもしれないが、大過なくゆったり生きられれば公太郎はそれで満足なのだ。
今も、昔も。
異世界であっても。
「………無職じゃ。この召喚された勇者、無職じゃ」
公太郎に向けてしわがれた両手をかざし、『鑑定』を行っていた魔術士のじいさんが落胆を隠せない声でつぶやいた。
「まじかー」
公太郎はやるせなく右手で頭を掻きながら天を仰ぐと、自分の前でうなだれてしまった哀れなじいさんを、どう慰めたものかと途方に暮れながら周りを見渡した。
玉座の間。
公太郎が休日に家でネットゲームをしている時、突如光に包まれて転移した場所は、そんなところに露ほどの縁もない身ですら、すぐそうだとわからせる風格を漂わせている。
時刻は日中。天井のステンドグラスから差し込む光が、かかる梁や柱に施された複雑な意匠を照らし、大理石の壁に影絵を描いている。そこに下げられたタペストリは、この国の象徴だろうか、動物をかたどったエムブレムが刺繍されており、真下の台座には一つで小さな家でも買えるんじゃないかという調度品の壺や彫刻の数々が空間を彩っていた。足元はふかふかと毛足の長い華美な赤絨毯の敷き詰められており、その最奥には雄々しいというのだろうか、ひときわ存在感を放つ大きな玉座が静かにたたずんでいる。
どれもがこれもが五感に通してくる情報量が違う、公太郎の素直な感想だった。公太郎がゲームなどで目にするポリゴン製のそれらとは異なり、圧倒的な実物の質感で心に迫ってくるようだ。
ほんの3分前、転移した直後の公太郎が玉座の間で最初に目にしたのは、濃紺でやや地味だが生地の質の良さの伺える光沢を持ったつば広帽子とローブの魔術師のじいさんを含め、荘厳な場にふさわしく高貴さを纏った人々だった。
頭にのせた金色の王冠、肩から足先まで包む赤いマント、たくわえられた立派な白いヒゲ、絵本の王様そのままの初老の男。王様のすぐそばに控えてることから大臣であろう禿頭の中年。成金という言葉を丸めて固めて人型にしたような小太りの貴族。それから護衛を務める重鎧と槍で武装した近衛兵たち。
彼らがぐるりと公太郎を何重にも取り囲んでおり、紅潮した顔で口々に「おおっ勇者よ」とか「召喚魔法は成功だ」とか「これで世界は救われた」とか勝手に盛り上がっていた。
「え?何これナニー?」と状況を呑み込めないまま狼狽する公太郎を差し置いて、あれよあれよという間に始まったのが「異世界勇者:伊藤公太郎」の能力・特性を調べる『鑑定』であった。結果、無職。
周囲の人々から盛り上がりの熱は少し前が嘘のように吹き飛び、今はもう戸惑い半分、失望半分の冷たい視線が公太郎の全身に突き刺さっている。
「サラリーマンなんだけどなー。一応」
いたたまれず、公太郎は誰にともなく弁明した。休みの日だったのであいにく名刺は持っていない。部屋着のスウェットだからスーツでもない。裏付けるものは何もないけれど、気まずさのあまり言わずにいられなかった。もっとも、そんなものがあったとして、この世界で身分証明の役割を果たしてくれるかは知らないが。
「これを見なさい、お前のリレキショじゃ」
公太郎の様子にため息をついた魔術師のじいさんが右手をさっと振ると、公太郎の目の前にA4ノートくらいの半透明な画面がぱっと開いた。
───ステータス画面だ。
瞬間、公太郎の胸がときめいた。名称はなんだか生々しくて引っかかるが、人並みにアニメなどの媒体で異世界作品をたしなむ公太郎としては、「うおー!」と感嘆せざるを得ない現象である。
…とはいえ、内容は次の通り。
『リレキショ』
名前:伊藤 公太郎
職業:無職
経歴・前職等:
特技・資格等:特に無し
恩寵:特に無し
公太郎のステータス画面…この世界で言うリレキショは、ほぼ真っ白だった。というか、ステータス画面ではなく本当に履歴書だった。
こうした文章ではなかなか伝わらないと思うが、名前と職業以外の欄はそれなりに大きなスペースがとられている。
そういったところが丸々空白になってたり、ポツンと特に無しと書かれてるのがあまり良い印象を持たれないのは、どうやらこの世界でも同じらしい。
最後の恩寵という項目だけは意味が分からないけれど。
「おおーまじだー。まじで俺の無職て書いてるー。ってかオリジンって何?」
「……オリジンとは、神の愛。神の祝福。この世界に生まれた者なら、誰しもが持つ固有能力じゃ。例えば────」
言いながら、じいさんが今度は自分のリレキショを指でひょいっと呼び出し、公太郎へと見えるように向けた。
『リレキショ』
名前:メッチャ・ジジー
職業:王国宮廷魔術師長
経歴、前職等:○○年、アヴァロ国王立魔術アカデミー幼少部入学~(略)××年、同大学部首席卒業、同年、王国宮廷魔術師任官から現在に至る
特技・資格等:王国召喚魔術検定特一級、能力鑑定術、「魔術と魔素の相関論」・「千年前の勇者」・「魔王と竜の密約」等、論文著書多数
恩寵:異世界勇者召喚術
「ワシであれば異世界勇者召喚術じゃ。この召喚術は発動にちと金がかかるのが難点じゃが、世界でワシしか使えぬ。言わば恩寵とはその者の個性の体現。人が将来、剣聖や大魔術師、大僧正といった何者かとして花開くための可能性じゃ。イトウ、お前にはそれが無い!無職から化ける余地が無い!何もできない真正の無職なんじゃ!!」
「なるほどー。この世界、オリジンで大体決まる感じかー。人生とかー」
ずいぶん窮屈な世界に来たもんだと公太郎は辟易した。きっとこの世界のヒーローは、子供たちの無限の可能性なんて嘘でも言わないんだろう。
ともかく…ここでは誰もが持ってる固有能力、恩寵。
それもこの場合、ジジー(じいさん)や王様が公太郎に期待していたのは勇者らしい特別な固有能力…チートスキルの類のはずだ。
───そんなものあるわけない。公太郎は心の中でつぶやいた。
俺は習近平やイーロン・マスク、大谷翔平じゃない、ただの一般人だ。オリジンとかの前に、目立った才能すらない。大体、プロセスも踏んでないじゃん。異世界モノで定番の、異世界にに来る前、神様、女神様にお会いする肝心のプロセスを。家でネトゲしてて、気がついたら玉座の間。そんな俺が居場所変わっただけで急に能力を持ってたら逆に変だって───
『ドタンッ!!』
ふいに何かを引き倒したような音で公太郎の思考が中断された。
見れば、夏の道端のセミのように王様がひっくり返っている。
「無職…3年分の国費で喚んだ…勇者が無職…」
ブクブクと口から泡を吹きながら、王様がそのまま気を失った。
「王様!!」「お気をしっかり!!」「侍従医!!侍従医を呼べ!!」「だから私は召喚なんてヤメロと言ったんだ!!」「この召喚、3年分の国家予算てマジ…?」「また増税せんと…」「では一体誰が魔王と戦うのだっ!この国はどうなる!?」等々、王様に駆け寄るジジーと近衛兵、頭を抱える大臣たちで場がごったがえす。
「うわー、大丈夫…ちょっ、押すと危ないー」
一気に騒然となった玉座の間で、皆からの興味を失った公太郎は、倒れた王様を中心とする人の輪の外へあっという間に押し出されてしまった。
それでもなんとか様子をうかがおうとすると、人垣の隙間から王様を助け起こすジジーの姿がわずかに見え隠れする。アヘ顔でピクピクしてるだけなので、どうやら王様は大丈夫そうだ。
「あのー!!俺、明日仕事なんで帰してもらってもいいですかー?」
大事なさそうなので公太郎が遠巻きからジジーに呼びかけると、輪の一番外側にいた貴族の男が苛立たしげに振り向いた。
「ええいっ!その役立たずを今すぐ叩き出せ!!」
大枚はたいたソシャゲのガチャの結果が、とんでもない産廃だったトーンで、男が近衛に命じた。
tips:ジジーの召喚術にはお金がかかるが、全てのオリジンがそういうわけではない。習近平は書いておくといいことがあるらしいので偉人として書いといた。