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声は体を表す。

窓から見える夕空を眺めていた。

リュークは一度溜め息を零した。


(……さっき、「マーク」の名前が出た時は驚いたな……)


リュークがライタニアに来て、3日目の夜を迎えようとしていた。


(……捕虜として捕らえられた時はどうしようかと思ったけど……)


緋色に蒼黒を混ぜた空をぼんやりと見つめていた。そろそろ夕飯時だと思いながら。ぼんやりとして時間を潰すのは特技だが、あんまりしていると時間感覚が分からなくなる。

……まぁ、他にすることなどないが。



「リューク、起きてるか?」



途端、扉から柔らかな高い声が聞こえて、リュークの体が飛び跳ねる。その拍子にガタン、と大きな音を出せば、すぐに扉が開いた。



「すまない、驚かせたか?」



銀髪に金の瞳の少女は、すぐさまリュークに駆け寄って膝を着いた。


手や足を、怪我がないかと観察する様子にリュークは内心ドキドキしていた。

思ったよりも近い距離感に鼻を擽る花のような匂い。


女の子はみんな、こんなに良い匂いがするのだろうか……?


確認し終わった少女はリュークの方を見あげて、笑みを零した。



「怪我はないようだな」



その言葉に、リュークはうんうんと頷いた。



「なら良い。

さ、今日の晩御飯だ」



いつもならメイドが持ってくる晩御飯を今日は少女が持ってきてくれた。

その事に舞い上がってしまいそうになる。


彼女は部屋の中央に置かれた丸テーブルに食器を置いていく。

レフリクトでは食べられなかった御馳走を目の前にリュークは目をキラキラさせて乞うように少女をみた。


少女は少し困ったように笑った。



「いいよ」



少女の言葉にフォークを掴んだ。


捕虜としてだが、一日中この部屋にいることは不憫ではなかった。けれど、如何せんすることはない。そんな生活で一日の楽しみは3回の食事と、少女に会うことだった。


少女は微笑みながら対面の席に座って、頬張るリュークを見つめている。



「美味しいか?」



少女の言葉にリュークはうんうん、と頷いた。


もぎゅもぎゅと口を動かしながら、リュークは少女を見つめた。


優しく微笑む少女はリュークの視線に気付いて、首を傾げた。



「どうした?」



自然と上目遣いのような視線になった少女の行動にリュークは頬が赤くなるのを感じながら、左右に頭を振った。


___________________

いつもなら少女は朝とアフタヌーンティーの時間、夜の数時間、リュークに会いに来てくれるが、今日はやけに忙しいようで顔を出したのは夕飯時の時だけだった。

普段よりも長く感じる夜だ。


リュークはすることもなく、ぼんやりと天井を見上げていた。


ぼんやりして時間を潰すときのコツは、好きなことを思い浮かべること、妄想すること。


そう気付いたのはレフリクトでの生活でだった。今もリュークは好きなことを思い浮かべて、明日の楽しみまで時間を潰している。

そんなリュークが最近ずっと思い出してやまないのは……。


(……マキア、だったよね)


リュークを担当する尋問官のあの少女。

銀髪に金の瞳という、レフリクトでは見かけないなんとも神秘的なマキアという名の少女のことだった。

リュークは牢屋で一目見た時から、マキアに釘付けになっていた。マキアの稀有な美貌は、遠い昔に呼んだ「神様」が出てくる話と似ていた。

神様の使いは銀髪に黄金の瞳をしているんだとか。本当に存在するなら、神様の使いはこういう容貌をしているんだろう、と思った。


そして、リュークがこんなにもマキアを意識してるのにはもう1つ理由があった。


(女の子……同じ年頃の)


リュークは十数年生きてきて、初めて同じ年頃の女性と対面していた。今までリュークの世話をしていたのはベテランと呼ばれる50前後のメイドばかり。

皺のない綺麗な肌、ミルクではない花の香り、白く細い健康的な腕……。花盛りの乙女を見たのはマキアが初めて。


(……マキアはどうしてあんなにキラキラしているのだろう)


捕虜として連れてこられた敵国兵士に対して、マキアはこの上なく優しかった。アフタヌーンティーには必ずリュークを誘い、いつも柔らかな笑顔でこちらを見つめる。少しぶっきらぼうとも思える口調すら、愛嬌の1つに思えてくる。



「……マキ、ア」



久しぶりに出した声は少し掠れていた。

けれど、彼女を思い出すだけで声の掠れなどふっとんでしまう。

天井を見上げていたリュークは、横を向いて眠る体制になった。

思い出すのはあの少女の笑顔。



____________________


「マ……」


「……?」



リュークが夢現の頃、隣室で静かに報告書を書いていたマキアは顔を上げた。隣室から薄らと声が聞こえたからだ。

……しかし、隣室は喋らないのか喋れないのか分からないリュークのみがいる部屋だ。


……まさか、侵入者?


いや、しかしこの城はそう簡単に突破できるものでは無いはずだ。潜入にも気を遣い、できる限りのセキュリティを置いている。


マキアの脳裏を嫌な予感が過ぎり、マキアはそっと太ももの拳銃を握って、音を立てないように立ち上がった。

そして隣室とを遮る扉で耳をすませた。


……音はしない。


しかし、先程は確かに声が聞こえた。

マキアは訓練の甲斐あって聴力・視力ともに良い。聞き間違いではないはずだ。


……まさか、リュークは諜報員だったりするのだろうか……?

様々な想定が予想され、幹部に登りつめたマキアでさえ、手に汗をかき始めていた。

なぜなら、場合によっては多少可愛いと思い始めたリュークに銃口を向けなければいけないからだ。


そんな時。



「……ぐ」



声とも唸り声とも取れる声が隣室から響いた。

やはり、何かある。


そう確信したマキアは、そっと扉を開いて中を確認した。

心臓がバクバクと高鳴っている。



……人はいない。

であれば、先程の声は……。

そう思案した時。



「う、うう……」



室内で呻き声が響いた。

マキアは瞬時に灯りをつけた。


そして、リュークの方へ視線を向ける。


夕食の時と同じ装いのリュークはベッドに横になっている。しかし、顔は苦悶の表情を浮かべ、額には大きな汗が光っている。


魘されてる!


そう気づいたマキアは急いでリュークに駆け寄った。



「リューク!?」


「う、うう……」


「……え」



名前を呼んだ時、確かに先程の唸り声が聞こえた。それは自室で微かに聞こえた、小さな囁きに似ている声だった。


……リュークが、声を、出してる……?


この数日間、ずっと喋らなかったリュークが今は目の前で声を出してうなされている。

その事実に一瞬気を取られたが、マキアは急いで気を取り直し、リュークを呼び続けた。



「リューク!!リューク!」


「う……」



10回上呼んだだろうか、リュークが薄らと目を開けた。



「大丈夫か?リュー……」



マキアがリュークに語りかけようとした時、声が詰まった。


突然感じた温かい感触に、そちらへ目を向けた。


そこにはマキアの手に大きな手が被さっているリュークの手があった。骨を感じるように痩せた手はマキアの手を握りこんでいる。



「マ……」



リュークの手が重なったことに驚いていると、今度はまた声が聞こえ、リュークの方を振り返る。

リュークは薄らと目を開けて、眠そうにしている。

しかし、マキアの方を見て、へにゃ、と笑みをこぼした。

それはまるで母を見つけた子供のようで。



「マキ、ア……」


「っ」



マキアは驚きで体が硬直した。

聞きたいと思っていたリュークの声が、こんなにも澄んだ声だったんなんて。幼さが残りつつも、きちんと声変わりを終えた成人男性特有の艶のある声……。


手を握られている状況とその声にあてられてしまったのか、マキアは体を動かせずにいた。

ただ、じっと大きな瞳を更に大きく見開いて、リュークを見ていた。



「……え」



リュークがマキアの手を捕まえて、ぼんやりとマキアに笑いかけてもはや数分が経過した。先に平静を取り戻したのはリュークだった。

小さく、低く驚きの声を上げた。

リュークは夢現だったのだから、やっと頭が覚醒してきたのだろう。



「マ、マキア?

どうしてここに……あっ!」



先程の艶っぽい声とは別のおとぼけたような幼さの強い声が聞こえる。マキアもやっと意識が戻ってきたようだ。

しかし、そのタイミングでリュークは自分が声を出してしまったことに気付いた。


アワアワと繋いでいない方の手を、慌てて自身の口元へ押し付けるリュークをマキアはポカンと見つめた。



「リューク……君は……喋れたのか?」

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