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15 聞き忘れを尋ね直した後

 病院からの脱出は特に問題なく完了した。

 我々が病院から出ていくのを阻む職員らに対し、片端から怠惰の同意をしたのである。

 抵抗感はあるがやむを得ないし(黒白の弁明が通じなかった)、用法用量を守れば一時的な怠惰で済むことが分かった後だったので、やり過ぎない程度に暗示して乗り切った。

 ……罪悪感は募る。が、色欲の同意で乗り切るよりはマシだったのだと、己を正当化しつつやり過ごす。

 我々はしばらく車で走行の後、水戸角を適当な駅で降ろし、ハッピーデイに向かった。

 大食いチャレンジの達成条件等を鑑みつつ、水戸角に可能かどうかを車内で協議したのだが、全会一致で不可能となったからだ。……結果、水戸角は我々がチャレンジしている間、単独で調査することになったのだった。

 チケットの入手者とコンタクトを取る方法はないかとか、どうにか譲ってもらえないかとか模索する方面で、彼女は頑張ることになった。……まあ、では我々にチャレンジが達成できるのかというと、あまり胸は張れないのだが。

 とにかく、俺と黒白は、ハッピーデイ近くの時間貸し駐車場に落ち着いた。

 開店まではまだ時間があったので、車内で色々と作戦会議とかしたりしつつ、時間を潰していたのだが、……開店十分前になると店前に行列ができ始めたので、そろそろ頃合いかと車を出た。

 しかし、ある程度歩いたところで黒白が「忘れ物をした」と車に戻ってしまったので、俺は車道を挟んで向こう側のラーメン屋を、ボンヤリ眺めることにした。

【ハッピーデイ】。

 道路沿いにそびえ立つ、四角い二階建てのラーメン屋。外壁は白くて凹凸に乏しく、看板のデザインも至って簡素。

 なんというか、店構えからしてこだわりを感じない。適当な物件を見繕って、ラーメン屋の機能を内側に詰め込んでいったものの一部が、ちょっとだけ外側に滲み出ているような。

 横並びで営業している、意匠を凝らした店構えの数々の中で、ハッピーデイは浮いていた。……が、どの店も行列が出来ていない中で、ハッピーデイの前だけには十人ほど並んでいた。

 いずれも腹が出ていて、「ここまで胃が伸びていたら替え玉の七つや八つも可能かもな」と思えてくる。タイラ氏の誇張ではないのかもなと。

「大阪は修羅の国だ」

 つい最近思い出した、親父の言葉だ。

「一歩踏み入れば命はないものと思え」

 それはつまり、壱陽が牛耳っているエリアだからという意味だったのか?

 ただ、親父もお袋も、大阪市から遠く離れた東京で自殺したのだ。……あれについても結局、まだ原因は分かっていない。

 俺が極性者である以上、親父とお袋のいずれかは極性者のはずで、……極性者同士では極性同意が無効らしいから、二人のうち少なくとも一人は、俺の極性同意と無関係に死んでいる。

 では、その死因は? 俺のせいでないとしたら、誰のせいで死んだ?

 そもそも、俺と彼らが血縁だと証明するものは? 俺が犯人でないという証拠はどこに?

「顔真っ青っすよ」

 意識外からの呼びかけにビックリして振り向くと、黒白が隣からニヤニヤ覗き込んでいた。

「……まあ、今はちょっと、大食いに対してナーバスになっているので」

「まー、ここまでダルいこと続きやったっすもんね。そろそろなんか報酬が欲しいとこでしょ」

 と言って、黒白はカバーもフィルムもしていない、工場出荷時そのままのようなスマホを、……親指と中指で摘まむようにし、「じゃん」と俺に見せびらかした。

「……これは?」

「グローブボックスに入れてあるって聞いとったんすけど、すっかり渡すの忘れてましてね。……社用スマホですわ。連絡つかんと困るやろってね」

 と言った直後、黒白は手首をスナップして、俺にスマホを投げた(!?)。

 俺は慌ててスマホをキャッチし、取りこぼしそうになって、お手玉みたくしつつ何とか持ち堪え、……両手でつくった椀の上に、スマホが収まった。

「いい反射神経っすね。暴食の壱陽討伐計画に際して気が緩んどらん証拠ですな」

 厚ぼったい瞼を細めてニヤケ面を向けるのを、反発する気にもならない。呆れて物も言えぬ俺だった。

 そして行列の方を見、「また人増えとるやないすか。さっさ行かんと席埋まってまいますな。行きましょ」と歩き出す。俺もそれについていこうとする。

 その時だった。俺の真横に、箱型の赤い軽自動車が停まったのは。

 式長の車だ。

 たまたまドライブ中に我々を見かけて停まったのだろうか、とか思っていると、後部座席のドアが開き、

 水戸角が出てきた。

 そして、バスケットボールでも運ぶみたいに、式長の生首を抱えていた。

 車は走り去る。もう用は済んだとでも言うように。

 黒白はこちらを振り向き、後頭部を掻いている。この距離でも皮膚を破り抉る音が聞こえるほどに。

 水戸角は小刻みに震えつつ、血の気が引いて、息を切らしている。俯いていて目が合わない。

 式長の生首は、口の中に紙切れを突っ込まれている。

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 俺は紙切れを抜き取る。唾液で濡れている。

 同じレイアウトの、横長のチケットが三つ。

 新幹線の乗車券のような、青色のグラデーション。

 C“HORSE。船舶会社の名前。

 乗船券と記載されている。

 大阪南から那覇。往復。

 プランの項目に、【船底(ツァンティ)】の記載。

 寸分たがわず、フクミ氏に提示されたのと同じ物。つまりスポンサーチケットではなくて、大食いチャレンジの景品チケット。

 遠くでサイレンの音がする。

お読みいただきありがとうございます。


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