11 飲み会の後
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まず、【極性同意】について。
これは遺伝的性質らしい。つまり親や祖父母が極性者なら、その子孫も極性者ということになる。
また、極性者同士での極性同意は無効ということだった。水戸角が俺に極性同意しても何の影響もなかったのは、それが原因だったのだ。
ただし、黒白の場合は「おまじないのようなもの」で極性同意を無効化しているだけであり、彼自身に極性同意の性質はないということだった。
なお、補足事項として、水戸角には親含め親戚と呼べる人間が居ないとのことだった。
次に、【壱陽家】について。
これは極性同意の起源となる家柄であり、極性者のルーツにあたる存在らしい。
壱陽の家名を冠さない、俺や水戸角などについても、元を辿れば壱陽家の子孫である可能性が高いのだという。
また、この壱陽家は、家族ぐるみで大阪市全域に極性同意を行使しているという。
具体的には、……大阪市を3×3マスに分割し、スマホのテンキーのように左上から右下に一から九の番号を割り振ったうちの、1、2、3、4、5、6、9に該当する7つのエリアが壱陽家の支配下にあるという。
各エリアは壱陽本家から枝分かれした七つの家が統治しており、それぞれが受け持つエリアの嫉妬、憤怒、傲慢、強欲、怠惰、色欲、暴食を、意のままに極性化している。
例えば、大阪市東南部(平野、東住吉、生野など)の住民は、壱陽に食欲を極性化させられており、食べても食べても飢餓感に苛まれ続ける羽目になっている。その影響で住民は肥満が増加し、健康が害されている。……更に、その地域性に目をつけた飲食業者がこぞって東南部に出店してくるせいで、異常な数の飲食店が乱立し、それに比例して病床も圧迫している。
しかもタチの悪いことには、大阪市の警察組織もまた壱陽の支配下にあるらしいのだ。
元より極性同意という、見えない凶器を取り扱う犯罪組織である。警察と結託するともはや普通の方法では太刀打ち出来ず、だからこそ非公式組織が動く必要があるのだと言う。
最後に、【超越会】について。
発足は一九六五年、すなわち今から六十年前に遡る。
極性同意ならびに極性者に対し強い恨みを持つ者が寄り集まって出来た、呪いの塊のような組織。
目的は極性者の駆除。この世から極性者を一人残らず根絶すること。
また、超越会は中でも壱陽を一等敵視しており、世代交代しつつも壱陽の殲滅を最優先にし続けているとのことだった。
理由は単純明快、俺や水戸角のような分家の極性者と比較して、壱陽は他人に与える被害の規模も悪質さも頭一つ抜けているから。
そして、この説明を一通り受け終わった水戸角の感想は、
「いや、そやけどいきなり駆除はあらへんで。話し合いからとか出来んの? 極性同意使うのやめてって頼んでみたらええやん。人殺しが前提なんてやっぱおかしいわい」だった。
しかし黒白も己を曲げることなく、真っ向から反論した。
「頼んでやめるならそうするけどさ、極性同意は遺伝子に染みついた性質であって、意識してやめようと試みても無意識にやってしまうもんなんよ。……ほら、おにーさんも心当たりありそうな顔しとるわ。大方ボスから指摘されたんでしょ、『あなたは他人の怠惰に無意識に同調してしまうのです』とかってね。……ね、せやから無理なんですわ。極性者に対して極性同意をするなって言うのは、口癖とか方言を一切取っ払って標準語だけで話せって言うのと本質的に変わらんのですわ。……数分とかの間ならまだしも、一生そうしろって言われて完遂できる人間なぞ居らん。どうしてもそれをさせたいなら、殺して口を塞ぐ以外に方法はないってわけ。だから駆除するしかないんやって」
長台詞で、諭すように語る黒白。
対する水戸角は、グラス半分の日本酒を一気に飲み干し、前傾姿勢でボーッと視線を落とし、
「決めた」と、そのままの体勢で呟いた。
「……ん? 何、何を決めたって?」
「ウチはアンタら超越会に協力することにした。……嬉しいわいな? 喜んでくれてええわい」
黒白は目をパチクリし、……首を傾げ、大層困惑しつつ尋ねた。
「……いや、ありがたいけど、明らかにそういう流れとちゃうかったよね。どういう風の吹き回しなんかな」
「簡単なことや。……壱陽がどうとか以前に、あんたら超越会の方こそ野放図にしとけんって判断したんや。……まだ見ぬ同胞が酷い目に遭うのを黙って見過ごすわけにもいかんっちゅう、ウチなりの使命感に従ったまでや」
「……それ、協力と違うんよな。俺らは壱陽に関して言えば殺すの一択しかあらへんわけで、それを妨害する腹積もりってんならこっちも態度改めなあかんで」
「なぁ、口動かす前に手ぇ動かしてや。ウチが飲み干しとんのにいつまで残しとるん? 対等ちゃうくなってもええわけ?」
「ん? ……おお、それはいかんな。ついうっかりしとったわ」
黒白はグラス半分の日本酒を一気に飲み干す。
相互にお酌し、間髪入れずに水戸角が半分ほど飲む。
「ほら、追いつかな」
「無茶な飲み方するなぁ。キミも別に余裕とちゃうやろになぁ」と言いつつ半分飲む黒白。
「ウチは余裕や。余裕に決まっとるわい。……で、なんやったかな。……アレかな、洗脳してみたいっちゅう話や。頭蓋骨割って脳みそ取り出して、丸ごとクレンジング出来たら頭のモヤモヤもスッキリするんちゃうかって思わん?」
「……なんやったかな、猿脳ってのがあるわ。猿を生きたまま縛り上げて、頭蓋骨に穴開けてから中の脳みそを匙で掬って食うらしいな。……これ思うのが、本当は人間の脳みそでやっとったことを、隠蔽するためのカモフラージュとして猿に置き換えとるってことはないんかな。……だって、縛り上げて生きたままするんやで? どこぞの知らん猿にするよりか、罪人とか敵国の捕虜とかでする方が脈絡ある気がするんよなぁ。処刑も兼ねとるっていうかさぁ」
「他人に生来性犯罪者とか言える筋合いあらへんやん。悪魔みたいなこと考えとーくせに」
「脳みそクレンジングも大概と思うけどな。……人間を人間たらしめるのはモヤモヤの部分や。何に疑問を持って悩むのかってところにその人らしさが詰まっとるわけやからな。それを取り除くなんてとんでもない」
「まあ、古い町並みとかもそうやしね。……錆が付いとったり苔むしとったり、汚れとーからこそ味が出るのであって、そんなんを全部綺麗にしたっても逆に魅力が下がる感じはするかも。……不完全の美学っちゅうか、劣化の美学か」
「何でもかんでも完璧が最高とは限らんわけやな。……とか言うたら、それは完璧になることを諦めた側の人間の言い訳やとか、野次が飛んできそうな主張ではあるけどな」
等、脱線に脱線を繰り返しつつ、数十分後。
「んで、どお? ウチは超越会に協力することにしたわけやけど、おおきには?」
「……あー、それは助かりますわ。おおきにおおきに。……もうそれでええわ」
と言い残し、そのまま机に突っ伏してしまった。皿とかどけておいてよかった。
「やっぱ約束事は泥酔させてからに限るわいなぁ。……ほな、後は午護さんがよろしゅー」
水戸角も間もなく、俺の肩に寄りかかって寝息を立て始めてしまった。
その後、俺と式長とは後片付けをし、飲み会をお開きにした。……俺は黒白を軽トラックに乗せて彼のアパートへ、式長は水戸角を軽自動車に乗せて彼女の家に帰宅した。
軽自動車はやはりというか、式長の所持品だったというわけだ。彼女が免許を持っていなければ事態はもっと面倒だっただろう。
なお、途中でコンビニに立ったのもやはり、ウコンとかスポーツドリンクとか、事後処理用のグッズを準備するためだった。……黒白とのプレイを邪魔した罪悪感もありつつ、お代は俺が払おうとしたが、式長は「こういうのは一番偉い人に払ってもらうもんやから」と俺を制し、黒白の財布から抜いていた。……まあ、自分そっちのけで水戸角とばかり話していた彼に対し、思うところが皆無かというとそうでもなかったのだろう。
とにかく、そんな具合で帰路についた我々は、アパートに戻るや否や床についた。
夜とはいえ熱帯夜に外出し、当然のごとく汗はかいていたものの、……片や泥酔、片やその介抱とか諸々の疲労が蓄積し、シャワーを浴びるのすら億劫だった。
リビング兼寝室。
のはずなのだが、……いざ踏み入ってみると、そこは倉庫だった。
というのも、部屋の左半分がステンレスラックで敷き詰められていたのだ。……棚には同じ種類のコンテナばかりがズラリと陳列されていて、半透明の中にはそれぞれ青色の膨らんだ袋が詰めてある。……この光景を写真に撮って見せたら、百人が百人とも倉庫を連想するに違いない、それは業務的な収納だった。
もちろん俺は面食らうが、コンテナに貼ってあるラベルを見たら正体は明らかだった。……「スク水(旧)」、「セーラー(黒)(冬)」、「パンク系」、「紳士系」、「仮装系」、「道着類」等等々、衣類の種別が目白押しなのだ。……ラインナップからしても、これらはきっと彼のコスプレ・コレクションと見て相違ないだろう。式長の服もここから取り出されていたのだ。
……この他にも備え付けのクローゼットまであるのだが、衣類の量が明らかに趣味の範疇を超えているよな? 式長と組んで仕事でもしているのだろうか。云々。
そして、ただそれだけの一辺倒というわけでもなく、……一部のコンテナの中に筋トレ器具が放り込まれていたり、床にトレーニングマットが敷いたままだったり。……コスプレのためか何か知らないが、肉体強化にも余念がないらしかった。
後は安っぽいパイプベッド。黒白はそこに寝かせた。
俺はその隣の床で寝転んでいる。……睡眠環境としては劣悪もいいところなので、すぐには寝つけない。
……さっきの飲み会だけで、どれだけ新情報が出たことか。
超越会は六十年前から活動しており、彼岸は二代目以降のボスであること。
大阪市の実に九分の七を支配する、極性者の本元こと「壱陽家」。
極性同意は遺伝的性質であり、俺の親と祖父母も極性者であること。
極性者同士での極性同意は無効であること。
大阪市警察もまた壱陽の統治下にあり、壱陽の摘発を警察には頼れないこと。
……ああ、それと、……水戸角が超越会に加わったこともだ。
……俺と違って、彼女には仕事があるのだ。すぐに辞めて明日から同行しますってわけにはいかないんだろうが、……彼女には心底同情する。
俺みたいに自殺願望のある人間ならともかく、希死念慮の欠片も無さそうな彼女が駆除団体の監視下に置かれているというのは。……気の毒でならない。今さらどうすることも出来ないのだろうが、何かしら打開の一手を考えておいてあげたいものだ。
一回金払って寝たくらいで紳士気取りか? しかも他人の金で? 気色悪いにも程がある。
「…………………………………………」
なんか。
無性に腹が減る。……たこ焼きをたらふく食ったはずだが、どうも空腹感がある。
立ち上がる。黒白を見下ろして、「これは食べがいがありそうだな」と思う。
……ん? いや、そんなことは思っていない。
俺の腹が減っていることと、彼の皮膚の裏側に上質な赤身肉がぎっしり詰まっているだろうことは全く無関係、……いや、なんだ赤身肉って。確かに引き締まった体つきはしているが、俺はむしろ脂がのった霜降り肉の方が、…………おい、こら。
なぜ意味不明なことを考える? 俺の頭で間違いないんだよな? 脳みそクレンジングの際に他人のものと取り違えてしまいましたとか、シャレにならないのだ。重要なのは猿脳を人の脳みそでやってみた時にどんな風味がするのかとか、プリオン病には充分に気を付けなくてはならないこととか、脳みそは脂肪の塊だからきっと俺好みの味なんだろうなとか、………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
俺は寝室から出て台所に向かい、引き出しから包丁を取り出す。
洗面台に行き、顔面の傷跡を刃先でなぞる。傷口を開く。
鮮血が流れる。瀉血する程に意識が冴え渡っていく。寒気がする。
半分ほど開いたところでやめ、再び寝室に戻る。黒白を見下ろして、何らの食欲も刺激されないことを確認する。
「…………ここで寝ない方がいいな」
俺は踵を返し、一応は眠りこけた相手の方を見ながら、
「おやすみなさい」
後ろ手にドアを閉じた。
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