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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狂人共が夢の跡

作者: 有機野菜

この話に出てくる人は基本的に頭がおかしいので、特殊な名前をつけています。現実の誰かと被ったりしないようにね。

「私が悪いんです。私が殿下と親しいから、オルテロミア様が」


オルテロミアはしくしくと泣く女生徒を見つけて「はて?」と首を傾げた。まったく知らない人に、馴れ馴れしく名前を呼ばれた気がする。オルテロミアは公爵令嬢なのに。もっとも、オルテロミアは通りがかっただけで直接に名を呼ばれた訳では無いが。


もしかして同じ名前の別人かと思い、そのまま立ち聞きしたが、自分のことで間違いがなさそうだと確信した。なぜなら女生徒が泣きついているのはオルテロミアの婚約者である王子殿下で、その婚約者はオルテロミアへの怒りを露わにしている。


(あの方はなんというお名前?平民よね?)


はしたないと思いつつも、オルテロミアはそっと耳をそばだてた。よく聞こえなかったが、二人の会話内容からするにオルテロミアは彼女に酷い嫌がらせをしているのだという。


(全然心当たりがないのだけれど)


かろうじて女生徒の名前を聞き取ったオルテロミア。暫く考えながら静かに廊下を歩いていた。



「オルテロミア、話がある」

「なんでしょう?」


月に一度あるお茶会で、婚約者は冷や汗をダラダラと流しながら聞いてきた。


「婚約解消とはどういうことだ?」

「そのままの意味ですよ。1ヶ月後に婚約を解消しようと思います」


なにを当然なことを聞いているのだ、とばかりにオルテロミアはにこりと優雅に微笑んだ。


「なぜだ!?いったいどんな理由で!」


オルテロミアは不思議そうな顔をしていた。不快も悲しみもない、何故そんなことを問うのかと純粋に疑問に思っているような表情だった。


「先日に殿下があの、あらやだ、お名前を忘れちゃったわ。あの、金髪の女生徒と話しているのが聞こえまして。そこから色々考えて、婚約を解消することにしました」

「待て。いや、その、なんだ。その色々とはなんだ!?」


オルテロミアはぽやんと考える。どこから話そうか悩んでいると言うより、説明するのが面倒といった表情だ。


「殿下が好きではないので」

「は?」


想像の斜め上をいく返答をされてポカンとする婚約者に、オルテロミアもまた首を傾げた。


「私が嫉妬して嫌がらせをしたとかなんとか話していた気がするのですが。でも、嫉妬したことなんてありませんし。ですから私が嫉妬してしまうような婚約者が必要だ、と気がついたのです」

「はあ!?」


この方は大声をあげないと気がすまないのかしら、とオルテロミアは明後日の方向に思考を飛ばした。説明するのが面倒だったので、思考を放棄したとも言える。


「婚約者が他の女性と親しい場合、嫉妬しなければならないのでしょう?ですが、私は殿下が女生徒と親しげなことも、娼館に通われていることも、未亡人のもとへ通われていることも知っているのですけど嫉妬しなかったのです。これは婚約者ではないと結論付け、陛下に報告しました」


オルテロミアの言葉にざあっと青ざめる婚約者。その男はぶるぶると震えながら、口をぱくぱくと動かした。


「陛下に、報告?」

「婚約解消するならば陛下の許可を頂きませんと」


何を当たり前のことを聞いているのだとオルテロミアは不思議だった。


「好き、ではない?」

「殿下もご存知でしょう?」

「は?」

「初めてお会いした時に、殿下が仰ったのではないですか。ええと、愛はないでしたっけ?そのような内容の言葉でしたよね?ですから愛はありませんし、好きでもありません」


オルテロミアの言っていることは、一見すると筋は通っているが、その実態は目茶苦茶だ。だが、彼女はとても大真面目に話している。それが当然だと言わんばかりに。まるで1と1を足したら2だと答えるような気軽さで。


「そんな、そんな嘘をよくも!おまえがした嫌がらせの数々は!」


オルテロミアは「そうそう」と顔を輝かせ、手をぽんと叩いた。


「嫌がらせのことで殿下に伺いたいことがあるのです」

「な、なんだ。おまえ、今になって謝罪したってな」

「女生徒の両親にお願いして、彼女を娼館に入れてもらったのです。嫌がらせってこれで合ってますか?」


絶句、そうとしか表現できない。嫌味を言われたとか、教科書を破いただとか、服を汚されたとか、そんなありきたりな虐めの全てをすっ飛ばした。


オルテロミアは愉悦も憎悪も何も感じていない。彼女の中にあるのは、ただの疑問。答え合わせを待つ子供の、純粋無垢な眼差しだった。


「娼館に入れた?」

「お兄様に伝えたら手配してくれました。嫌がらせをしたいから娼館に入れて欲しいと言ったら、すぐに。ええと、名前忘れちゃいましたけど、い、い、いかすみの家でしたっけ?」

「うっ…!」


すぐに思い当たった。“刺青の館”は老若男女問わず罪人ばかりが入れられる特殊な娼館で、娼婦達は客の名前をどこかに彫られるというサービスを強要される。環境は劣悪そのもので、数ヶ月で命を落とすことが多い。


オルテロミアはただ事の顛末を訴え、あの女生徒を娼館に入れるのはどうかと提案したのだろう。だが、事態を重く見た者達がそう動いた。たかが平民が公爵令嬢を陥れようとした、国家反逆罪として。



それから1ヶ月後、オルテロミアの婚約は解消となった。婿入り先を失った王子はある大国へ送られた。祖父より年上の王の、無聊を慰める肉として。


王子は死ぬまで「あの女は頭がおかしい」と言い続けたという。



・・・



オルテロミアの“頭がおかしい”のは真実である。


「あの王子とオルテロミアの相性は最悪だと伝えたのにな」


兄のオルテクライドはそう零した。彼と母だけは、オルテロミアが気狂いだと知ったうえで上手く付き合っている。



最初にオルテクライドが妹の狂気に触れたのは、彼が9歳の頃。


当時、父親である公爵には愛人がいた。公爵はその愛人を、堂々と家に連れ帰ってきた。別邸に住まわせるならまだしも、本邸に置くというのだから公爵夫人は戦々恐々としたものだろう。


愛人は自分のほうが公爵に愛されている、自分のほうが立場が上だと勘違いしてしまった。幼い兄妹なら虐めてもいいだろうと考えた愛人は、護衛を体で籠絡して二人に近づき…


「そうだ。暖炉の火かき棒を新しくしなくては」


オルテクライドはその日のことをよく覚えている。ごうごうと炎が燃え盛る暖炉の灰を掃除しろと女は言った。普通は燃え落ちた後に掃除するものなのに。対してオルテロミアは「やったことがないので手本を見せてください」と言った。怒ってオルテロミアに手をあげようとした女は、火かき棒で肋を叩かれて体をくの字に折った。


『お兄様!灰の掃除の仕方を見せてもらいましょう?』


オルテロミアは無邪気にそう言って、女の顔をごうごうと燃える炎の中に入れたのだ。女は悲鳴をあげて飛び上がり、床をごろごろと転げ回ったのをオルテクライドは呆然と眺めていた。


騒ぎを聞きつけた公爵は愛人を家から追い出した。顔と身体に惚れ込んで囲った愛人なのに、火傷で酷く爛れた顔面になったので興味をなくしたのだ。けして兄妹を心配してのものではない。


籠絡された護衛もクビを切られ、あの日の出来事はオルテクライドしか詳細を知らない。だが、誰かに話すつもりもない。



オルテクライドは様々な狂気に触れた。


妹に嫌がらせをしようとした己の婚約者候補を池に突き落としたり。

友人の婚約者に粉をかけてきた令嬢を国境にある砦に飛ばしたり。

好色で有名な男が母を無理に連れて行ったのでアレを切り落としたり。



オルテロミアは報復のつもりが一切ない。彼女なりの結論をもとに行動しただけなのだ。そこに悪意はない、むしろ善意の可能性すらある。


「温厚な人間には無害そのものなのだが」


オルテクライドはしみじみと呟く。オルテロミアはぶっ飛んでいるが、別に加虐趣味というわけではない。優しくしてくれた人間にはしっかりと返すので、友人は多いし、忠実な使用人達からは愛されている。そのせいで彼女の狂気に気付くものは少ない。


「いい人物がいないな…」


オルテロミアは公爵家の令嬢で、公爵家の跡継ぎである兄とも仲が良い。その身分を欲した者の釣書が沢山届いた。だが、オルテクライドからすれば「どれも狂気が足りない」のだ。


オルテロミアは正真正銘の気狂いだ。彼女と結婚するならば、聖人並に善良な者か、オルテロミア以上の気狂いかのどちらかしか有り得ない。中途半端な悪意を持つ人間など、いつか彼女の狂気に呑まれることが解りきっている。


「ん?これは?」


妙に分厚い封筒を見つけ、オルテクライドは首を傾げた。中身を確認して「ひっ」と声を呑む。


かつてオルテロミアに助けられた一人の令息からの手紙が、釣書の中に紛れ込んでいた。その熱量がぎゅうっと詰まった手紙にオルテクライドの目はシパシパになる。


「うん、だが、こいつなら?」


どこかの世界で誰かがこう囁いた。ヤバいもんにはヤバいもんをぶつけるんだよ。



・・・



「ああ!オルテロミア様!お、お、お会いできて、こ、こ、光栄の、光栄の極み!」


失敗したかもしれない。オルテクライドは最初にそう思った。なにせ目の前の男ときたら既に泣いている。オルテロミアを前に五体投地しそうな勢いだ。


この男、クリスフィリマーは子爵家の三男だが、これぐらいの気狂いならと思って会った。早速それ以前の問題にぶち当たった気がする。


クリスフィリマーはかつては虐められており、しかも悪ふざけに巻き込まれて死にかけたそうだ。それをオルテロミアが助けたそうなのだが、本人はさっぱり忘れていた。


「どうしてそんなに泣いてるの?」

「う、う、嬉しくて!オルテロミア様に再び出会えたこと神に感謝しても足りません!」

「貴方は私を好きなの?」


クリスフィリマーは顔を赤くしてテーブルに額を擦り付けた。


「好きだなんて、好きだなんてそんな!おこがましい!この気持ちは崇拝、そして敬愛!オルテロミア様の生きる世界の素晴らしさに胸を打たれるばかりで!」


オルテロミアはきょとんとして、暫く考えた。そして「つまり、愛はあるのよね?」と困ったように首をひねった。なかなかレアな困惑するオルテロミアである。


「では、婚約しましょう」

「あばーーー!!!」


勝手に決めるなと言いたいオルテクライドである。


だが、なんか幸せそうだしいっかと納得することにした。


・・・


「綺麗なネックレス!次の夜会で着けなきゃ!」


オルテロミアが年相応の女性らしく振る舞っているのを見て、オルテクライドは微妙な気持ちになってしまった。


クリスフィリマーはプレゼント一つにすら命をかける。このブローチも、原石のカットから装飾まで彼の監修だ。そして恐ろしいことに、クリスフィリマーは天才で新たなデザインを次々考案した。それに職人達は泣かされているものの、新たな技術を生み出しては新商品を発表した。今や彼の実家は飛ぶ鳥を落とす勢いで潤っている。


「クリスフィリマー様にお礼をしなくちゃ!お兄様、あの新しい布を贈りませんか?」

「あれは他国から仕入れたとても高価な…いや、贈ろう。彼が手掛けたほうが良いものができそうだ」


オルテロミアは尽くしてくれた分だけ応える。プレゼントを返すだけではなく、クリスフィリマーをべた褒めし、時にはめいっぱい甘やかしている。淑女らしからぬ触れ合いもしているが、婚約者だからいいかとオルテクライドも目を瞑っていた。


こうしているとオルテロミアが気狂いだとは思えない。気狂いと気狂いが相殺し合って普通に見える。


「オルテロミア、幸せか?」

「はい。今から結婚するのが待ち遠しい!」


・・・


夜会当日、オルテロミアが友達とお喋りしていると見知らぬ男が話しかけてきた。


「このような美しい方が、たかが子爵家の三男など勿体ない!」


大仰な動きでそう嘆いてみせた男は、とある侯爵家の令息。オルテロミアとの婚約を狙っていた一人だ。彼は恭しい動作でオルテロミアの手を取ってみせる。


「私こそがオルテロミア様を幸せにしてみせます。あの男よりも貴女様を愛すると誓いましょう」


オルテロミアは驚きの声をあげる。


「じゃあ、まずは貴方に見張りをつけるわ」

「へっ?」

「クリスフィリマー様が至らないところがあれば教えてほしいと言うから、我が家から護衛を一人つけたの。他の女性と不必要に仲良くしたり、娼館に行く素振りがあったらその場で切るの。そういうものなのでしょう?」

「ひっ!」


もちろん、これはクリスフィリマーが気狂いだから可能なことである。同じく気狂いなのでオルテロミアはその異常さに気付かない。


「結婚した後にそんなことをしたら、トゲ付きの樽に入れて引きずり回して欲しいって」

「そ、それは」

「クリスフィリマー様より、なら、貴方はなにを覚悟してくれるの?」


結婚後に愛人を持つつもりであった男は冷や汗をかく。そんな彼にオルテクライドは冷たく言い放った。


「はっきり言っておこう。これは脅しではない、必ず行われる契約だ。クリスフィリマー君がそんなことをするとは微塵にも思っていないが、君はどうかな」


公爵家としての脅しではない。単純にオルテロミアなら“やる”という確信でしかなかった。


男はしどろもどろになりながら、何処かへ逃げ出してしまった。


「あの方、どうされたのかしら?」

「クリスフィリマー君より愛する自信がなくなったんだよ」


先程まで黙って様子を見ていたオルテロミアの友人に気付いたオルテクライドは、困ったように笑って取り繕った。


「ああ、クリスフィリマー君はそれだけ本気であるという表現だよ」


友人達はそういう大袈裟な表現なのだと誤解しながら納得し、オルテロミアがいかに愛し愛されているかを知った。




その後も二人の気狂いは、多くの小者を薙ぎ倒すことになる。 


オルテロミアはお金を騙し取ろうとした詐欺師を裸にして外に放りだしていたし、クリスフィリマーは強欲な婦人を逮捕させて領地と職人達をぶんどっていた。


毒を以て毒を制すとはこのこと。


安易に悪いことをするものではないな、とオルテクライドはしみじみと思う。相手が実は自分以上の気狂いの可能性はあるのだから。

全然関係ないんですが、拙作「混沌と混乱と狂熱」もどうぞよろしくお願いします。普通の恋愛ものです。頭おかしい人はいないです。

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>祖父より年上の王の、無聊を慰める肉として ここもっと詳しく書いて欲しかったですw 「いかすみの館」と張り合うくらいエグいサービスがデフォルトなんでしょうね 感想欄の皆さんが指摘している通り、嫡男…
幸せならOKですb
兄も十分おかしいと思うのですが
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