STORIES 010:ロング・グッドバイ
STORIES 010
それは、普段の生活の中では、なかなか使わない言葉。
声に出してみる。
芝居がかった感じがする。
言い方を変えてみる。
言葉そのものに残るちょっとした違和感。
別れの言葉はたくさんある。
使いやすい軽めのやつはね。
またね、とか。
じゃあね、とか。
さようなら
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押入れの整理をしていて、手紙の束を見つけた。
まだ携帯電話は普及していなかった。
だから固定電話で話すか手紙を書くか。
それが普通だった頃。
手紙は返事が届くまでに時間がかかる。
わざと返事を書かないこともある。
書いたけれど投函しないまま、ということもあった。
見つけた手紙の束をバサッと広げてみる。
目についたものを拾い上げて読む。
近況を知らせるもの。
引越しの通知。
写真を同封してくれたものもある。
そのなかに、レディースブランドの洋服のロゴが入った封筒があった。
見覚えのある文字。
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お元気ですか?
職場のほうにとのことでしたので、こちらに送りました。
とても面白かったです。
ずっと借りたまま返せなくてすみませんでした。
ありがとうございました。
さようなら
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これ、借りていくね♪
気軽に僕の部屋から持ち出されていた、何冊かの本に添えられていた手紙だった。
DM用の封筒。
用件だけの、何の変哲もない文面。
当事者以外の誰かが読めば、ね。
2年近く、半同棲のような状態で付き合っていた人からのものでなければ。
別れて半年くらいで届いた文面でなければ。
なんの変哲もない。
僕には違和感だらけの手紙だ。
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色々な原因で、僕らは別れてしまった。
暫くしてから、返したいものがあると言われたので、職場の住所を告げた。
既に別の場所で、別の女性と暮らし始めていたから。
彼女にも、新しい相手ができていたと思う。
ただお互いに、まだ新しい暮らしに慣れておらず…
もし顔を合わせたなら、どんなふうに話していいかわからなかったはずだ。
だからなのか、手紙の文面は他人行儀でぎこちない。
いや、わざとそんな言葉ばかりを選んだのだろう。
最後の1行まで…
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さようなら
僕の知る限り、これは決別の言葉だ。
教師と生徒とか、そういう関係を除けば。
暫くのあいだ、または永遠に会うことがない相手、場面で多く使われるものではないか?
次回への約束も期待もない。
だからその1行には重みがある。
行間からも色々と滲み出てくる。
とても重たく、哀しい。
どこでどんな気持ちで書いたのだろう。
手書きの見慣れた文字であることも、色んなことを連想させる。
もしかしたら、面と向かって言われるよりも、よりはっきりとした意思が伝わってくるのかもしれない。
もうあなたと会うことは永遠にありません。
これが本当に最後の言葉です。
私たちの関係性はここでぷっつりと途絶えるのです。
想い出すらも消えてゆくことでしょう。
そんな別れの言葉。
またね、じゃなくて…
さようなら