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第1章:異世界 3部: 大樹イグドラシル

どれくらい経ったのだろうか。巨大なクモが目の前に現れ、ドスきいた大きな声でしゃべってきた。何より恐ろしかったのは、その姿形だ。漫画やアニメならスリムなシルエット姿だろうが、リアルはそうはならない。黒くザワザワと逆立った毛並みに、赤く眼、大きい口に鋭利な牙、一撃で虎も刺せるであろう尖った8本の手。発する威圧感は言葉にならない。

「ご主人さまー!」

スライムが心配そうに駆け寄ってくる。その後ろには巨大なクモがいる。

スライム「少し寝てたなのー!」

「あれが友達か?」

スライム「そうなのー!友達なのー!」

クモに目をやると、クモが近づいてくる。思わず後ろに下がる。

モイ「いや、すまんかったな。びっくりさせるつもりはなかったんよ。」

「い、いや。びっくりというか、なんというか、、、。」目が怖く、なかなか見れない。

モイ「スラスラから聞いてた人間ってあんたか。前からよく見かけていたが。」

「スラスラ?」

スラスラ「ボクの名前なのー!」

名前があったのかと思いつつも、モイの言葉が気になった。

「前から?」

モイ「ああ、ワイはこの上に住んどるんよ。焚き火で気付いたんよ。」

「この大樹に?」

モイ「そそ!かんたんに登れるからの。」

大樹を見上げる。遥か高い所に枝がある。

モイ「イグドラシルはワイが守っとるんよ。ま、守るって言うてもここ数百年何もないけどな。」

「このイグドラシルって他の木と違う気がするのですが、何かあるんです?」

モイ「ああ、森の守護者なんよ。この周辺は凶暴なのは近寄れんのよ。」

「へぇ。そんなに凄い木だったのか。近寄れないのは凶暴さだけで?」

モイ「ん〜?邪悪さかな?」

見かけはとんでもなく邪悪さが凄く漂っているが、このクモは性格や性質は良い人?ぽいらしい。

「ちょっとこの大樹、イグドラシルに登ってみたいんだけど手伝ってもらえないかな?」

モイ「おお、ええよええよ!スラスラの友達なら。でも今日は遅いだろう。明日にしたらどうだ?」

「あ、そうですね。じゃ、明日の朝に。」

モイ「うむうむ。じゃ、その美味しそうな食べ物をいただくか。お腹空いた。」

スラスラ「ボクもー!」

「ええ?さっき食べたろ?」

モイとスラスラの為に枝豆やキノコを焼き始めた。その間にリンゴを目の前に置いていく。2匹とも美味しそうに食べていく。

「普段は何を食べているんですか?」とモイに聞いた。モイはリンゴを食べながら、こちらに向いて言った。

モイ「人間。」

「ええっ!?」思わずイグドラシルの穴に逃げ込む。

モイ「はっははっは!冗談だよ。冗談。はっはははっ!」

「ほ、ほんとに?」

モイ「ま、肉は食べるがな。イグドラシルに止まる鳥は多いんよ。人間はないなぁ。」

と興味ありそうな目で見てくる。怖くて穴から出られない。

モイ「はっはは!スラスラの友達は食わんよ。心配しなさんな。」

モイ「焼けてないか?早く早く。」

恐る恐る穴から出ると、焼けた枝豆とキノコをモイとスラスラの前に置いた。手が震えていたのは言うまでもない。置いている時にガブリと来たらおしまいだ。

2匹は枝豆とキノコをガツガツしながら食べていく。追加で焼いていく。お腹いっぱいになれば食べられないだろうと思ったからだ。

焼けては出す。それを繰り返していく。

枝豆もキノコもなくなった。

「これで終わり、、、です。」

モイ「おお、ついつい美味しくて進んだ。いつもは生だけど、焼くとこれはこれでまた美味いな。」

スラスラ「美味しいなのー!」と飛び跳ねて、モイの背中に乗る。

「ごちそうさまなのー!」

モイ「うむ、植物で腹満たすのは久しぶりだ。」「あ、そういえばお主、名前は?」

「え?名前?カズキ。ヤマダカズキ。」

モイ「カズキよ。ありがとうよ。またごちそうしてくれ。」また食べに来るのかと、空っぽになった穴を眺めた。

モイ「さてと、腹いっぱいになったし、もう寝るかな。ごちそうさん。」と言って、イグドラシルに飛び乗ると瞬く間に登っていった。

スラスラ「モイおじさん、またなのー!」と小さな手を出して振っている。

あっという間にあの大きな姿が消えた。

それと同時に疲れが出て、座り込む。

「凄い友達がいるんだな。」

スラスラ「モイおじさんは優しいなのー!ここをずっと守っているなのー!」

「姿は怖いけどな、、、。あ、明日の朝飯どうしよう。」

食糧はもう何もない。しょうがなく光るキノコを持ち、再びリンゴの木に向かう。幾つかリンゴをたたき落とし、自分とスラスラが持てるだけ持って戻った。戻った途端、スラスラは枯葉の絨毯に乗って眠り始めた。気楽でいいなスライムはと思いながら、取ってきたばかりのリンゴを眺め、ただ齧るだけでなくジュースや焼きリンゴをやってみるかと考えた。焼きリンゴは単に串刺しして焼けばいいだろう。だが、ジュースはどう絞って何に入れるかになる。そうなるとやはり入れ物が要る。コップとかお皿だ。木から作るのもいいが、竹から作る方が手早いなと思った。明日、モイと会ったら竹がないか聞いてみよう。話しでは数百年以上、このイグドラシルを守ってきたと言っていたから色々と詳しそうだ。少し焚き火を見守り、火が小さくなって消えていくのを見届けたあと、イグドラシルの穴に入り、眠りについた。


翌朝ーーー


少し息苦しい。

目を覚ますとーーー。

目の前に恐ろしく長く鋭利な歯が並んでいた。食われる?一瞬そう感じた。

「うわーー!」顔を背け、手を前にかざす。

「お、起きたか。」

「早くしろ。行くぞ。」

「ご主人さまー。おはよーなのー!」

「え?」顔を手から少し出す。

お腹にスラスラが、穴の入り口にモイが居た。起こしに来たようだ。迷惑な起こし方だ。

「行くって、どこに?」

モイ「ん?昨日、イグドラシルに登りたいって言わなかったか?迎えに来たぞ。」

「ああ、そうだった。」目覚め1発に恐ろしいのを見て動転した。

穴から出て、背伸びする。座って寝ていたから腰もすこぶる痛い。周りはいつもは薄暗いが、今は光るキノコのおかげで明るい。良いものを手に入れたなと思ってた。しかし目覚めは良くない。寝起きに恐ろしいもの見たら誰でも同じだろう。顔でも洗いたいが、水もない。そういえばお風呂ももうしばらく入っていないと思った。

モイ「いいか?ワイの背中に乗って、毛を掴め。絶対離すなよ?落ちたら終わりだそ。ワイがいただくからな。」と怖いことをサラッと言ってくる。

スラスラ「ご主人さま、こっから乗るなのー!」

「スラスラも行くのか。」

なるほど、モイの足をつたっていくと背中に着きそうだ。毛を掴みながら背中に着く。

「毛はこの辺でいい?」

モイ「うむ、しっかり掴んだおけ。では行くぞ。」

「ゆっくりたのー」

言い終わる前に、凄い勢いでジャンプし、イグドラシルの幹に張り付いた。その勢いが思うよりも遥かに早すぎたので愕然とした。

スラスラ「モイおじさん、凄いなのー!」と後ろで楽しんでいる。下を見るともうすでにマンションの2階ぐらいの高さになっている。身体が震えて止まらない。この時点で落ちたらタダでは済まない。思わず毛を掴んでいる手に力が入る。こうしている内にもモイは次々と脚を繰り出し登っていく。

「ちょ、ちょっと待って!ゆっくりでお願い。」

声ならぬ声を振り絞って出したがモイには届かない。瞬く間にさっきまで居た地面から離れていく。そして1分もしない内に最初の枝に辿り着いた。枝は幅広く太い、揺れずに安定している。

モイ「ここからは自分でも登れるだろう。時間はかかるがな。それとも先に天辺まで行こうか?」

「いや、こ、ここで大丈夫。あとはゆっくり見ながら行きたい。」

見上げたが、天辺は見えない。まだまだ枝がある。

「ちなみに天辺までどれくらいかな?」

モイ「そうだなぁ。ここはまだ10分の1って感じかな。ワイなら10分もせずに行けるぞ?」

「少し歩いてみたいんだ。」

そう言いながら下を見る。だいぶ高い。落ちたらペチャンコになるだろうと思うぐらいだ。生つばを飲み込み、足を滑らせないようにしないと、と自分に言い聞かせた。

枝は先までしっかりしている。歩いても揺れない。葉も大きく、瑞々しくて鮮やかな緑色で生い茂っている。所々に雨水だろうか?水を貯めたものもある。1つ手にすくって飲んでみた。少し甘さを感じる。飲んだとたん不思議と身体が軽くなった気がした。これは飲料水になるなと思ったが、入れ物は何もない。スラスラも手当たり次第に飲んでいる。

気のせいかスラスラの身体が瑞々しい水色になっている。

「モイさん、この水って雨水?」

モイ「元は雨水だが、その葉っぱに溜まっているのはイグドラシルの水だよ。溜まってしばらくしたらキレイな水になるのさ。」

「へぇ、少し甘くて美味しいね。」

モイ「そうさ。ワイもよく飲んでる。イグドラシルの力で体力が回復するからな。」

「回復?」

そういえばさっき身体が軽くなった。疲れや腰の痛みを感じない。

次に来たときは必ず入れ物を作って来ようと決めた。

「この辺に竹ってあるかな?」

モイ「タケ?タケってなんだ?」

「ええっと、真っ直ぐ高く伸びてて、幹が細くて硬くて、割ると中が空っぽな木。」

モイ「んん?一概には分からんなぁ。イグドラシルの上から見たら分かるんじゃないか?」

「なるほど、それもそうだな。」

高い所から見渡せば色んな情報が入る。地形も分かるだろう。見るもの見るものが新鮮だ。ここは知らない世界。怖くもあるが、新しいことを知るのは楽しい。スライムに大グモ、巨大なクマやオオカミ、魚。植物も前の常識を越えている。ここはどんな世界なんだろうと考えるとワクワクした。イグドラシルの大きな幹に手をつきながら、登っていく。

途中に見たことない鳥がいくつかいたが、モイが瞬く間に食べてしまった。生で鳥は食べれないが、朝食を食べてきたら良かったと思った。お腹が空いた。スラスラはイグドラシルの葉を行く先で食べている。スライムが羨ましいと思ったのはもう何度目だろうか。と思いながら葉に溜まった水で空腹を癒す。疲れは取れるが、さすがに水だけでお腹いっぱいにするのはキツい。

モイ「歩くのはいいが、このペースだと着くのは夕方になるぞ?途中から足場ない所もあるからな。」

確かに歩いてから時間経つが、まだ少ししか進んでいない。しかし乗っていくには怖い。

スラスラ「モイおじさんに乗っていくなのー。すぐに着くなのー!」

スラスラはモイの背中に飛び乗り、小さな手を振って誘っている。毛をしっかり握ってしがみついていればなんとかなりそうだが、、、その時、身体が浮かんだ。モイが服を掴んで吊り上げている。

「ちょ、ちょっと待って!」

モイ「大丈夫だ。むしろゆっくり行く方が危ないぞ。」と言い終わると同時に動き出す。慌てて毛を強く掴み、モイの背中にしがみついた。モイは軽やかな動きで次々に枝を渡っていく。周りはガラス張りエレベーターのようにキレイな景色が流れていたが、そんな余裕はなかった。今は落ちたらどうしようとしか頭にない。しばらく登り続けて、モイは動きを止めた。

モイ「上部に着いたぞ。」

恐る恐るモイの背中から顔を上げ、周りを見いやる。他の木々の枝はない。2つの太陽が青空に浮かび、地には地平線が見える。まるで超高層ビルの最上階のようだ。かなり高い位置にある。だが、風は気持ち良く吹いていて強くない。モイから太くしっかりした枝に降り立った。スラスラも枝に飛び降り、先っぽに飛び跳ねていく。

スラスラ「キレイなのー!」

あたり一面に広がる緑の絨毯、太陽の光で煌めきどこまでも続く蛇行した大河、遠くに見える大きな山々。絶景だ。

少し先に川がある。前に行った所だろうか。その川が大河に繋がっている。広大な森だ。見渡す限り海は無い。大河をたどれば海にたどり着くだろうが、どこまで続いているか分からない。眼下の森を見下ろす。このイグドラシルの枝葉で真下辺りは遮られていて見えない。周りをよく見渡すと竹林と思えるようなものがある。太陽の方角からだいたい北東だ。枝豆の木よりさらに進めば良さそうだ。

反対側も見たいが枝が離れていて難しい。

だがとりあえずおおよその地形は分かったし、竹らしいものも見つけた。これで今回は充分だ。何よりお腹が空いた。2つの太陽はもうすぐ真上に来ようとしている。

「モイさん、ありがとう。登れて良かったよ。色々見ることができた。」

モイ「おお、そうか。それは良かったな。」

「さっそく降りたいんだけど、下まで連れて行ってくれないかな?」

モイ「いいよ、いいよ。だがワイの家も寄って行かんか?降りる途中にある。」

「家?お邪魔していいのか?」

なんか食べるものをごちそうしてもらえるかも知れない。そんな期待を持った。

モイ「おお!ぜひ寄ってくれ。何もないがな。はっははっは!」

スラスラと一緒にモイの背中に乗ると、がっちり毛を掴み、背中にしがみつき、足を踏ん張った。木は登るよりも降りる方が大変なのだ。この場合は逆さまに、頭から降りる。それはジェットコースターを固定器無しで乗り、ループを回るようなものだろう。

モイ「それじゃ、行くぞ。振り落とされんように掴まっていろ。」

そう言い放すと、イグドラシルの大きな幹を貼り付くようにもの凄いスピードで走った。

モイの背中にしがみつく以外は何も考えず、何も見ることはしなかった。全身全霊でしがみついた、、、。そして数分後。

モイ「着いたよ。ワイの家だ。」

目を開けてみると、イグドラシルにぽっかりと穴が開いている。モイはスラスラと入り、その後に続いて入った。入ったとたんに何か匂う。何の匂いだろうか。少し日差しが差し込んでいるが暗い。

「暗くて見えないんだが、光るキノコとかないか?」

モイ「ワイは夜行性でな。暗い方が落ち着くんよ。」

そのとき、スラスラが身体から光を発しはじめた。

スラスラ「少しだけなら光れるなの!」

「お!凄いな、スラスラ!」

スラスラ「えへへなの!」

光るキノコを食べたことでスキルを獲得したようだ。それにひかえ、俺は何のスキルもない、、、。1人でどんよりしながら、スラスラを抱え、モイの家を見回した。殺風景だ。本当に何もない。ソファもなければベッドもない。それはそうだ、クモなんだしと言葉が話せるから少し文化的だろうと勝手に思い込んでいた。そして入ったときの匂いがする方向に目を向けると骨が山積みになっている。恐らく食事の後だろう。置いているのはなぜなんろうとモイに聞いてみた。

モイ「おお?それか。それはコレクションだ。いいだろう?この辺じゃ見かけない種類の鳥だぞ。なかなか美味かった。」

あまり、いやちっとも羨ましくも何ともなかったが話を合わせた。そのあとしばらく骨自慢が続いてしまったのは誤算だったが、、、。もうお昼だ。空腹にも限度がある。お腹から何か入れてくれと言わんばかりの悲鳴をあげた。

モイ「お?腹減ったか。鳥獲ってきてやろう。」

「え?それは助かるけど生では食べれないよ。下に降りて焼かないと。」

モイ「うむ。昨日の豆とかは美味かったな。焼くのもなかなかいいものだ。ではいったん降りよう。」

穴から出て、モイの背中に乗り、しがみつく。まだまだ高い。高層ビルの10何階という感じだ。ここから一気に降りると思うと顔が強張り背筋に冷たいものを感じる。動き始めると同時に目を閉じ、手足に力を入れて、顔伏せる。

何回も言うが、景色を楽しんだいる余裕なんてない。少し油断したら終わりというレベルだ。そんな自分の意を介さずにモイはササッと降りていく。スラスラも楽しんでいる。スライムなら落ちても身体的にダメージがないのだろう。またスラスラを羨ましく思った。

少しして、モイの動きが止まった。

モイ「着いたぞ。」

さすがに早い。エレベーターの何倍の速さだろう。怖さも数倍だが。

モイから降り、地面に足をつけて安堵した。

上を見上げると改めてとんでなく高い所に登ったんだなと思った。イグドラシルの上はここからでは見えない。

モイは2人を降ろすと、鳥を獲るために再びイグドラシルに登って行った。さっそく焚き火を起こす。スラスラは枯葉や枝を集めてきてくれるようになった。しばらく一緒にいたから覚えたのだろうか。助かる。

火が点いて、リンゴとキノコを取りに行った。枝豆も欲しかったが遠いのでそれまで空腹に耐えれそうにもない。しかし、イグドラシルで飲んだ葉っぱの水。あの水を飲んでから身体の調子が良い。

リンゴの木に着くと5個ぐらい取り、1個をスラスラに渡す。自分も食べる。美味しい。空腹時には何を食べても美味しいが、ここのリンゴは酸味も甘みが程良くて歯応えもいい。半分近く食べてからスラスラに渡し、キノコを狩り始めた。幸いそこら辺の木々に生えているので探す必要もない。持ちきれないほど集めてから焚き火に戻るとすでにモイは戻っていた。足元には狩ってきた鳥だろうか。横たわっている。

モイ「お、リンゴか。1個くれんか。」

リンゴを1個渡し、鳥に見いやる。何の鳥か見た事がない。トサカや足はニワトリぽく、毛並みや身体はハトのようだ。サイズはタカのようにけっこう大きい。

「これは何て鳥なの?」

モイ「名前?分からんなぁ。いっぱい見かけるよ。よく卵を産みに来る。美味しいからよく食べているよ。」

モイの家に骨とか羽があったが、それだろうか。モイの好物ではありそうだ。問題は俺が食べれるかだ。それと同時に大きな問題に気付いた。捌き方を知らないのと、捌く道具が何もない。魚釣りに行く予定だが、釣った後の捌きを考えていなかった。

とりあえず羽をむしり、木の枝で何とかしようとすると目の前にちょうどいいものがあった。モイの鋭い脚だ。鋭利な爪がついている。

「モイさん、鳥の羽を取り除くから、その後で捌いてくれないかな?」

モイ「おお、いいよ。羽ならスラスラができるぞ?」横にいたスラスラが鳥に飛び乗ると「羽だけ溶かせばいいのー?」

「ええ?そんな事できるのか?じゃ、羽と毛だけ溶かしてくれるかな?」

「いいなのー!」

スラスラは自身を広げて被さると、自分の数倍もある大きな鳥がすっぽり収まった。みるみる鳥の羽や毛が消えていくのがスラスラの透けた身体を通して見える。しばらくすると七面鳥の丸裸のような姿が現れた。

「じゃ、モイさん。だいたいこのぐらいのサイズに切って貰えるかな?」

両手で分厚いステーキのイメージで伝えた。

「おお、少し待っていろ。」と言った瞬間に血ふぶきが飛び散る。

うわぁっと顔をこわばらせ、逆方向に背けた。残酷だが生きるためだ。しょうがない。手を合わせ、ごめんなと心の中で謝った。

モイ「こんなもんか?」

振り向くとキレイにカットされた鳥肉が並んでいる。さっそく焚き火の元にいくつか運び、熱された石板の上に乗せた。

ジュー、ジュー、ジュー

久しぶりに聞いた焼肉の音だ。匂いもいい感じで漂った。匂いにつられたモイとスラスラが近寄って来て、一心不乱に焼けていく鳥肉を見つめている。木のお箸でひっくり返すといい焼き加減だ。調味料は何もないのが悔やまれる。せめて塩であればと思った。仕方なくキノコを合わせ、肉汁で焼く。美味しそうな香りと煙が漂う。

モイ「まだか?」

「もうちょいだ。待ってて。」

2匹は待ち切れないようにソワソワして落ち着きがない。

「よし!こんなもんか。熱いぞ、ゆっくり食べろよ。」

焼けた鳥肉をモイとスラスラの前に置いてあげる。2匹は瞬く間に口に放り込んだ。

モイ「おお?これは初めての食感だぞ!実に柔らかく香ばしい!匂いもない!」

スラスラ「美味しいなのー!食べやすいなの!」

クモが匂いを気にするのか、と思いながら次々に焼いていく。次は自分の分だ。焼けたキノコを先に口に入れながら、石板に隙間なく肉を敷きしめていく。ジュウジュウと焼ける音がたまらない。待ちきれず焼けた小さな切れ端を口に放り込む。モグモグ、歯応えがしっかり感じる。久しぶりの肉ということもあって味付けがなくても美味かった。

「これはいいな、うまい!」

焼けた肉を片っ端から口に入れていく。少し肉質は固めだが、鶏肉に近い。調味料か薬味があればもっと美味くなるだろう。箸が進む。

モイ「おい、ワシらにもくれ。」

ついつい肉を堪能すぎて、2人を忘れていた。

焼けた残りを2人の前に置き、石板にどんどん肉を乗せて焼いていく。肉はまだまだあるが2人の食べるスピードには焼けるのが間に合わなく、自分がなかなか食べれない。もっと大きな石板が必要だ。しばらくして肉はなくなった。

「もう、ないよ。それで終わりだ。」

最後の肉を食べているモイに声をかけた。

身体が大きいモイはともかくスラスラは底なしレベルで食べる(溶ける)。最後に残ったわずかな切れ端の肉を口に入れ、ため息ついた。空腹だけは逃れた。これで良しとしようと前向きに捉えた。なにぶん鳥肉が手に入るようになったのはデカい。食材が少しずつ増えていくのは楽しい。次は竹を探し、魚釣りに行こうと考えたが両方やるには時間がない。夕暮れまでは4時間ぐらいだろう。明日やるとして、枝豆やキノコなど集める事にした。

「モイさんはこれからどうするの?」

「ん?ワイは鳥取ってくるかな。また食べたいから焼いてくれ。」

よほどお気に召したようだ。

「じゃ、3匹ぐらい取ってきてくれないか?1匹じゃ足りないだろう?」と言うと、モイは楽しそう?にイグドラシルに飛び乗り、あっという間に登っていった。見送ってからスラスラと枝豆取りに出かけた。先ほどの鳥は皮も食べたが動物の皮の中にはバッグとか入れ物になることがある。革小物はやったことはないがなんとなくのイメージで作ってみよう。葉っぱに草つるで閉じただけのバッグは持ちにくい上に量が入らない。しかもすぐ破ける。

考えている内に見慣れない所に出た。

「しまった。道外れたか。」

何度か来てるため今はもう木の棒で線は引いていない。というものの、木に登ればイグドラシルの場所が分かるからだ。とりあえず来た道を戻ろうとした。その時、見慣れたものが生えているのを見つけた。ミョウガだ。

初夏の味覚として八百屋やスーパーで見かける。ミョウガを栽培しているのも日本だけだそうだ。海外では高かったりする。そのミョウガが足場がないほどに広がって生えている。これなら調味料や薬味になる。

葉の袋にいくつか入れて、次は枝豆を取りに行く。場所を忘れないように草つるを近くの木と木に線を張り目印にする。目印を張り終わり、来た道を少し戻ると枝豆への道があった。すぐ近くだったのだ。枝豆はまだ豊富にある。というより減っていない気すらある。イグドラシルの前の広場にあるリンゴのように生長が早いのだろうか。ともかく食糧に困らない状況はありがたい。水もイグドラシルを登れば葉っぱに溜まっている。竹が手に入れば筒を作り、水も溜めていける。

枝豆も手に持てるほど採り、イグドラシルのもとに戻る。モイも待っているだろう。

スラスラはまた光るキノコを食べたのか、身体を光らせながらついて来る。

30分ほど歩き、イグドラシルに着いた。

モイはもう待っている。

見かけは怖いが、面倒見がいい人?だ。

モイ「遅かったな。さぁ全部食べよう。いっぱい取ってきたぞ。」

モイの後ろには鳥が4匹ほどが横たわっていた。これらを焼くのか、、、。だがお腹は正直だ。肉が食べたい。そして新しい仲間が出来たことで、ここの生活が楽しくなってきた。

「よし!どんどん焼いてやるぞ!」


こうして、イグドラシルでの1日は終わった。

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