第1章:異世界 1部: スライムと2つの太陽
太陽が2つある光景に
しばらく思考停止した。
(どういう事だ?)
(何かの幻か夢だろう、そうに違いない。)
気を取り直して、全方位を見渡す。
富士山があるはずだ。
「ない?」
何回も見渡すが、
ずっと木々の頭しか見えない。
(ここは富士の樹海じゃないのか?)
(海外?いや、海外でも太陽が2つもある訳がない。)
(どこなんだ、ここは?)
太陽の位置から大体の方角は分かった。
「いったん降りるか。」
慎重に降り始める。
木登りは登るより降りる方が危ない。
着地!
柔らかな土を踏み締めながら、
やはり気になった。
スライムと2つの太陽だ。
どちらも普通ではあり得ない。
「もしかして、異世界?」
(いやいやいや、、、あり得ない。そんなの漫画やアニメの話だろう。)
苦笑いしながらも、異世界ならスライムと2つの太陽は納得いく。
首を横に大きく振る。
(まさかな、、、)
「とりあえず、ここは富士の樹海ではないな。」
「見渡す限りの森も日本にはないだろう。」
「考えられるのはアマゾンか。」
(アマゾンとしても、どうしてこんな所に?)
最初の疑問がいつまでも拭いきれない。
その時。ー
さっきのスライムが飛び跳ねて移動しているのが目に入った。
サッと、木の後ろに隠れる。
(ずっと探していたのか。)
スライムはしばらく周辺を飛び跳ねていたが、
森の奥へと消えていった。
(やっぱりあれ、スライムだよな〜。)
「この道は行けないから、来た道をいったん戻るか。」
(何か手掛かりあるかもしれない。)
見た道を戻り、横たわっていたスポットに戻った。
手掛かり、、、何もない。
横たわっていた所も日差しが照らされているだけで、
変わったところは何もない。
「ふぅ、、、」深いため息が出る。
「どうしたもんか。」と青空を見上げる。
「今は昼ぽいが、このまま暗くなるとマズイな。」
「とりあえずここを拠点にして、明日の朝から逆方向に行ってみよう。」
「まずは食べ物と寝る場所。あと火だ。」
「寝る場所はこのひときわ“大きな木“を背にして休むか。」
「食べ物はっと!」
「さっきキノコがあったな。あれ食べられるのだろうか?」
(でも危なそうだな、、、。)
「木の実でもないだろうか。」
“大きな木“の周辺を探してみる。
するとー。
リンゴぽい果実が実っているの木を見つけた。
いや、リンゴなのか分からない。
リンゴの様な色・形しているが、サイズがとにかく大きい。
バレーボールぐらいのサイズだ。
「リンゴってこんなに大きくなるのか?」
「大きさはともかく食べれそうだな。」
そう呟きながら、木を登っていった。
手頃なリンゴを叩き落とす。 ドゾッ!
中身がしっかり詰まっている重量感ある音がした。
(2個でいいか。)
身近なリンゴをたたき落として、木を降りる。
バレーボール並みのリンゴを1つ拾って、
“大きな木“の根本まで運び込む。
「けっこうずっしりしているな。食べ応えありそうだ。」
リンゴを2つとも運び、今度は火を起こす為、乾いた草木を拾い集める。
「う〜ん。漫画とかでよく木をキリキリさせて火を起こしているけどな。」
手頃な枝と、土台となる大きな枝、火付け用の枯葉を用意する。
見よう見まねでさっそく手のひらに枝を挟んで、回してみる。
上手くいかない。何度もチャレンジするが、一向に火が付く気配はない。
何度か力を入れて枝を回転させていく。
少し煙が立つようになってきた。
回転を続けていく。
手のひらが痛くなってくる。その時ー。
煙が強くなり、大きな枝のくぼみに黒ずみができた。
すかさず枯葉をあてる。
息を吹き込む。
点いた!
(やってみるもんだな。)
枯葉と枝に火を移していく。
「もうちょっと枝を集めておくか。」
空を見上げると、夕焼けで雲が赤く染まっていた。
「もう夕方か。急ごう。」
抱えるだけ枝を集めては“大きな木”の根本に積んでいった。
「これぐらいでいいだろう。」
「さてと、リンゴ食べようかな。」
“大きな木”の根本に座り、リンゴを抱える。
服の裾で皮を拭く。
(そういや、リンゴ拭くのは農薬を拭き取るためって、ばあちゃんが言っていたな。)
(自然のリンゴだから、まぁ大丈夫だろ。)
昔を思い出しながら、ひとくちかじる。
シャクっ!
瑞々しくて歯応えがいいリンゴだった。
「これ、美味いな〜。」
「サイズといい売れるじゃないかな。」
ジャクジャクと食べ進める。
(これは甘すぎなくて、ちょうどいい。いくらでも食べれそうだ。)
だが、大きすぎた。
半分ほど食べて、手と口が止まる。
「げふ〜っ」
(食べ切れない、、、。)
「あとで食べるか、せっかくの食料だし。」
食べている間に、日が暮れたか。周りはもう真っ暗だった。
焚き火の周りだけが明るい。
(ん〜。さっきのスライムに見つからないかな、この火。)
(消した方がいいんだろうけど、ここがどこかも分からないし、真っ暗なのは怖いな。)
(誰か人が見つけてくれるかも知れないしな。)
手頃な枝を手に取って松明代わりにして、“大きな木”の根本を見る。
「お、ここは身を隠すにもちょうどいいな。」
「今日はここで休もう。」
(今は19時ぐらいかな?)
腕にはめていた腕時計も今はない。
荷物だけでなく、服も時計もなくなっている。
(いったい誰なんだろうか。こんな所に連れてきたのは。)
(明日は歩いて、人を探そう。それでここがどこか分かるはずだ。)
「よし!明日に備えてもう寝るか!早いけどな。」
(それにしても今日1日で色んなもの見たなぁ。)
スライム、二つの太陽、大きなリンゴ。
まだいずれも納得できる説明がつかない。
(それも誰か居たら聞いてみよう。)
“大きな木”の根本にある穴にすっぽり収まり、
長くて短かった1日を終えようとした。
____________________________
翌朝、
森の奥は暗いが、空は明るくなってきた。
焚き火の火は消えかか理、煙が一筋立ち昇っている。
座って眠ったせいか、腰が少し痛い。
起き上がって、背伸びする。
「ああ〜、ん〜。」
(静かだから、けっこう眠れたな〜。)
”大きな木”の根元に置いていた2つのリンゴに目をやる。
「お?すごい酸化しているな。」
「確か果肉に含まれるポリフェノールが空気に反応して、色が変わるんだっけな。」
(食べれないこともないけど、、、もう一つの方にしとくか。)
もう一つのリンゴを消えかけた焚き火の前で、齧り始めた。
「うん、美味しい!」
「けど、、、リンゴだけだとなんかな、、、。」
「ああ、パンが食べてぇな。」
毎朝、山田一貴はパンと牛乳とフルーツが日課だった。
森の奥を見つめながら、無心でリンゴを食べ進めていた、その時ー。
目の前の木陰から、スライムが現れた!
「うおぉお!?」
立ち上がって、”大きな木”に寄りかかる。
スライムと目を合わせる。いや、スライムに目があるのか分からないが。
見つめ合ったまま、スライムは動かない。
「?」
「攻撃してこないな。」
昨日のスライムとは何かが違う。
小刻みに動くこともない。
「お腹空いているのかな?」
手に持っていたリンゴをスライムに向けて軽く投げる。
スライムはそのリンゴに乗っかかって、瞬く間に体内に取り込んだ。
(へぇ、スライムってあんな感じで食事するのか。)
足元に合った酸化したリンゴを拾っては、またスライムに投げる。
転がってきたリンゴを同じように体内に取り込んでいった。
「もう、ないよ。」「向こうにリンゴの木があるけどね。」と
手のひらをヒラヒラさせてジェスチャーする。
しゃべれるのか、言葉が通じているかも分からないが、
スライムは少し黙ったあと、リンゴの木と逆方向に飛び跳ねていった。
「ん?食べ物目当てなのかな?初め会った時はリンゴ持ってなかったから攻撃されたのか。」
「ま、いいや。とりあえず人を探しに行こう。」
(火事になると危ないからな。)
焚き火の火を足で踏み潰して、完全に消えたのを確認し、
身近にあった長い木の棒を手に取って、
昨日とは逆の方向に向かって歩き出した。
森の空気を取り込みながら、幸いにも険しくない森の中を歩いていく。
木の棒の先端を地面に線を引きながら進む。
(迷ってしまうからな、一応目印にしよう。)
道中、木の根元にキノコがわんさか生えている。
(ビタミンやミネラルが豊富だから食べれたらいいんだけど、種類がよく分からないな。)
しいたけ・舞茸・エノキなら分かるが、どれとも色味や形がちがう。
(ちょっと色形がちがうと有毒だったりするからな、、、。)
しばらく歩いていく。
かれこれ1時間は経っただろうか。
これまで長く歩いた経験は最近はない。
(少し休もう。)
側の木の根元に座り込む。
日差しが微かに届いていて、周りを照らしている。
都会の喧騒の中にずっと居たからか、
森の風、木々の葉の音は心地良く感じる。
これが森林浴というものだろうか。
「ふ〜〜っ。」
目を閉じて、息を吐き出す。
リラックスする。
(今日は確か土曜日だな。明日までに家に帰れば問題ない。)
(2つの太陽とスライム、大きなリンゴの事、話しても誰も信じないだろうなぁ。)
そんな事を思いながら、空を見つめていた。
木の枝が時々、大きく揺れては鳥の鳴き声がする。
「さてと、行くか。」
木の棒を取り、立ち上がって歩き出す。
(ここがアマゾンだったら、帰るにも一苦労だな。)
(そもそも、どうやって来たのかも分からんし。)
同じ疑問が繰り返されていく。
歩き出して30分ほど、、、。
前方から水が流れる音が聞こえる。
「川かな?」
「まいったな。渡れる大きさならいいけどな、、、。」
足早に水音がする方へ歩いていく。
近づくほど水の音が大きくなる。
さらに5分ほど歩いた時ー。
目の前に川が見えた。
それも大きな川だ。
「ウソだろー。マヂかー。」
ここまで来て、先に進めない。
「これだけ大きい川だと、やっぱりここはアマゾンか。」
「でもそれにしては涼しいな。熱帯雨林は暑いと聞いていたが。」
(5月だから気温低めなのかな。)
アマゾン熱帯雨林は、7月〜11月が乾季でそれ以外は雨季になる。
川に近づこうとしたが、TVやヨウツベの番組が頭をよぎった。
大きな蛇やワニの姿が思い浮かぶ。
思わず後ずさりした。
少し高いところに登り、川上と川下を見渡す。
川の地平線というのか、どこまでも続いているようだ。
渡れそうな所もない。
「まいったな。どうしたもんか。」
「たぶん、川沿いに行っても同じだろうな。」
いつか見た、アマゾンの長く続く川の航空画像を思い出す。
少し川から離れて、考え込む。
「この方角は無理だな。いったん戻るか、、、。」
来た道、引いてきた線を頼りに”大きな木”へと戻っていく。
なぜ”大きな木”の元へ戻ろうとしたのか、分からない。
きっとあそこにいれば、自分を連れてきた人が迎えに来てくれるかも知れない。そんな予感と、
”大きな木”の安心感だった。どこか守ってくれている気がしていた。
2時間近くかけて戻り、根元でひと息ついた。
今後どうするか考える必要がある。
太陽は真上近くに来ている。
明日中に戻らないといけない。
「よし!早い食事をとって、今度は北へ行ってみよう。
手頃のリンゴを1個採り、リンゴの木の側で
食べ始める。
(美味しいけど、飽きてくるな〜。)
(肉も食べたいけど、そこら辺に落ちてる訳でもないし、ハンティングなんて出来そうもない。)
動画サイトの某ディレクターのサバイバルを思い出しながら、モソモソと食べ進めていた。
「ん、、、これ以上食えん、、、。」
半分ぐらい食べ、残りは木の根元に置いて、立ち上がった。
「さてと行くか!暗くなる前に人か村を見つけなければ。」
長い木の棒を持ち、北と歩き始める。
1時間と30分ほど歩いただろうか。
またしても水が流れる音が聞こえる。
「まさかな、、、。」
森を抜け、川岸に出る。
(やっぱりか〜。)
川が横切っている。
「つまり東にあった川は蛇行して、ここに繋がっている。という事だな。」
「ふぅ、、、。」
(たぶん南も同じだろう。一応行って見るけど。)
その時ー。
川から勢いよく魚が飛び跳ねた。
いや、魚というには大きすぎた。
そしてその魚は口に大きな蛇みたいなものを咥えていた。
あまりの大きさと衝撃な光景に、
空いた口が塞がらない。
「ーーー⁈」
勢いよく川に戻った。
「あれ?なに?アマゾンにはあんな魚がいるの?」
食べられていた蛇もそれなりに大きかったが、魚はイルカの2倍はあるだろうというサイズだった。
立ち尽くしながらも、この川を泳いで渡ろうとしなくて良かったと安堵していた。
そもそも泳げないのだが、、、。
北の道も絶たれ、再び"大きな木“に戻った。
(まだ明るいから時間はある。)
休憩もなく、足早に南へ歩き出す。
(スライムといい、巨大魚といい、ここはどこかおかしいぞ?)
足早に進んだせいか、1時間ほどで森を抜けた。そして立ちすくんだ。
そう、またしても川である。
呆然と川を眺める。
(天然の要塞か、何かか?)
苦笑いで顔が引きつる。
あとは東しかない、さすがに川は続いてないだろう。問題はスライムだけだ。
“大きな木“に戻りながら、
スライム対策を考えていた。
(戦うのは無理だな。こんな棒じゃ勝てん。そもそも武術なんて経験がない。)
(となると、餌を与えて食べている内に通り抜ける!これだな!)
(リンゴを食べていたから、リンゴをいっぱい用意しよう。)
“大きな木“に着くと、
日が暮れようとしていた。
「マズイな、火も起こさないと!」
片っ端から枝や枯葉を拾っては、昨日の焚き火の所に集めていく。
ある程度集まり、次はリンゴを採りに行く。
慣れた感じでスルスルと木を登り、適当にリンゴを次々と落としていく。
8個ぐらい落とし、木から降りる。
「こんなもんだな。」
拾い集めている時に、北の道に行く時に置いていたリンゴが無くなっているのに気付いた。
(スライムか、それとも獣かな?)
足跡を探そうにも暗くなってきて、探しようがない。
切り上げて、“大きな木“に戻った。
リンゴを一ヶ所には集め、火を起こし始める。
2回目だからか、1回目よりは早い段階で火種が出来た。すかさず枯葉に移す。
火が付いた。
枯葉と枝を投入。周りが少し照らされる。
その明かりをもとにさらに枯葉と枝を集める。予備用だ。
「よし!」
「じゃ、早いけど晩飯にするか。」
近くのリンゴを手に取って、齧り始める。
(リンゴだけじゃあな、、、)
近くに生えているキノコに目をやる。
「焼いて少し齧ってみるか。」
いくつか散らばっているキノコを片っ端から採っていく。5株ほど集まった。
根元を引きちぎり、細い木の棒に突き刺して、焚き火にくべる。
少しすると香ばしい匂いが漂う。
「お?良い匂いするなー。」
「これなら食べれるかも!」
何遍なく火を当てていく。
少し焦がれるぐらいがいい。
(ちょっと楽しいな、これ。)
(バーベキューなんてした事ないしな。)
非日常の気分を楽しんでいる内に、
キノコが良い感じに焼けてきた。
「そろそろいいかな?ちょっと食べてみよう。」
「食べれるといいな。」
恐る恐る、キノコの端っこを齧る。
キノコは強い苦味や舌の痺れが無ければいい。と聞いた事がある。
噛んでは舌の上に転がしてみる。
特に苦味や痺れはない。
個人差もあるだろうし、後から来る可能性もあるが、食感はシイタケに似ていた。
「うん、大丈夫な感じあるな。」
次はひと口をいってみる。
香ばしい香りが口の中に広がる。
「美味しい!イケるぞ、これ!」
カサ部分を食べ、軸部分も火に当てながら食べていった。
(リンゴといい、このキノコも美味しいな。)
1個食べ終わり、残りのキノコを見つめる。
「後からくるキノコもあるからな、念の為1個だけにしとこう。」
勢いで1個食べ切った事に少し後悔していた。
リンゴとキノコを1ヶ所に集め、
“大きな木“に寄りかかって、焚き火のゆらぐ火を見つめた。
(明日には人に出会えるだろうか?)
人に会えなければ、ずっとここで過ごす事になってしまう。そんな不安が過ぎっていた。
しばらく焚き火を無心に眺めていた。
風が強く吹いたのをキッカケに気を戻す。
(さてと明日も早くから歩くから寝るか。)
“大きな木“の根元に入り込む。
すっぽりと収まるこのサイズは、まるで用意してくれたかのようだ。
不思議と落ち着く。
焚き火の睡眠効果。
火の揺らぎはリラックスする効果があり、色々考えてしまう時には無心で見るといいらしい。
焚き火の揺らぎに、いつの間にか眠りについた。
ー
翌朝。
ここに来て3日目の朝。
「ふぁ〜あ!よく寝たぁ!」
「この2日、よく寝れているな。」
よく運動しているせいだろうか?
東京では家から駅、駅から会社。
その往復だけが運動だった。
何時間も歩く事がなかった。
"大きな木"の根元から出て、背伸びする。
まだ明け方なのか、空はまだ薄暗い。
軽く体を動かし、火が消えた焚き火の前に座り込む。
体調はなんともないようだ。
横にリンゴと一緒に置いてあるキノコに目をやる。
「ひとつ食べれるものが出来たな。」
「そこら辺に生えてるから食糧には困らないだろう。」
問題は火ぐらいだった。
火を起こすのは慣れてきた。
初めより短時間で起こせる。
(塩とか醤油でもあればな〜。)
リンゴを手に取り、齧り付く。
リンゴの汁も今は貴重な水分だ。
(そういや雨季のアマゾンにしては雨降らないな。)
もう3日もいる。この3日間だけたまたま降っていないだけだろうか。
リンゴを半分くらい食べ、立ち上がる。
「さてと!行くか!」
リンゴを3個抱え、東の道へと歩いていく。
初日に会ったスライムはまた出てくるだろうか?
リンゴに食いついてくれたらいいが、、、。
今回は手にリンゴを抱えているため、
長い木の棒は持って来ていない。
少しでも道を外れたら戻って来れなくなる。
30分ほど歩いた時ー。
前の草むらからスライムが顔出しているのが見えた。
「やっぱり居たか。」
スライムは草むらを飛び出し、こちらに向かってくる。
その時、リンゴをスライムの後ろに投げた。
(どうだ?)
スライムは立ち止まり、リンゴの方に飛び跳ねる。
「よし!」
リンゴに食い付いたスライムの横を通り過ぎるが、すぐに食べたスライムはまたも追いかけてくる。
さらにリンゴをスライムの後ろに投げ、
リンゴを追いかけていくスライムを見ては走り出す。
少し走ると、後ろにまたもスライムが来ている。
「あとこれ1個だ。全力で走るか。」
残りの1個のリンゴをスライムの後ろに大きく投げ、同時に全力で走り出す。
全力で走ったのは何年振りだろうか。
ほんの数分、いや1分も経たずに息切れし、
止まった。「ぜはぜは、、ぜは」
普段から運動していない事に後悔しながら、
後ろを振り返る。
スライムの姿はない。
(まいた?)
息を整える。
その時ー。
スライムが再び目の前に現れる。
「終わったー。」
その場に座り込む。
もはや、全力で逃げる余力は今はない。
攻撃されたら、おしまいだ。
スライムの様子がおかしい。
小刻みに動くこともなければ、攻撃をしてこない。
近づいてきて、小さく飛び跳ねる。
少しして飛び跳ねるのを止め、動かなくなった。
「? どうしたんだ?」
(今のうちに逃げよう・・・)
立ち上がり、そっと歩き出す。
すると、スライムもそれに合わせてついてくる。
(なんだろう?攻撃してくる感じもない。)
立ち止まると同じように動きが止まる。
昔、飼っていた犬のようだ。
しゃがんで、恐る恐るスライムに手を伸ばしてみる。
頭?を撫でるように触ってみた。
冷たい、そして柔らかい。ゼリーのようなプニプニ感がある。
「もしかして、餌付けみたいなもんか。」
(前のような敵意みたいなものがないな。)
すり寄ってきているのだろうか、手にまとわりついてくる。
(こんなことしている場合じゃない。早く人に会わないと。)
立ち上がり、さらに東の方向へ歩いていく。
スライムもぴょんぴょん跳ねながら、後ろについてきている。
どこまでついてくるんだろうか、と思いながらも
1時間ほど歩いたところで、前方に不穏な気配を感じた。
聞いたことがない唸り声が響いている。
(まさかクマか?いやクマでもオオカミでも居てもおかしくはない。)
すぐそばの木の陰に隠れる。
後ろに居たはずのスライムはすでに姿がない。
木の陰からそっと前方を覗き込む。
『グオオオオォォ!』
『ギャワーーーーーーーーン!』
これまで聞いたことない獣声が響く。
するとーー。
大きなクマと大きなオオカミが現れた。
どうやら戦っているようだ。
いや、ーーーーー
すでに終わったのか。クマが倒れたオオカミに近づき、大きな口を開けて、かぶりつく。
クマを見たのは小学生の頃に動物園で見た以来だろうか。
その時のクマとは比べ物にならないほど大きい。
オオカミもシベリアン・ハスキーの大型犬と比べて、比にならないほど大きい。
2匹の後ろは壮絶なバトルが繰り広げられていたのか、木々が折れて倒れている。
同時に背筋に冷たい汗を感じる。
見つかったら間違いなく命はない。
(オオカミを食べている内にここから去らないと。)
ゆっくりと後ろへ下がる。
近くの木に隠れてはまた下がっていく。
少しずつ離れていった。
襲われても木に登ればいいが、
木そのものを倒されそうだった。
ある程度の距離が出き、後ろを気にしながら足早に来た道を戻っていく。
どうやらクマは食事に夢中で気付かなかったようだ。
しかしこれで東への方向も閉された。
巨大クマがいては通るのは無理だ。
(参った。どうしたらいいんだ。1番初めの場所で人を待った方がいいのか?)
倒れていたところに、木片で矢印を作っていた。
もし人が来ていたら気付いてくれるはずだ。
”大きな木”に帰り着くと、焚き火のそばに寝転がった。
もはや手がない。四方塞がりとはこの事か。
いや、あのクマが来たらもう終わりだ。
「それにしてもあのクマとオオカミ、なんで大きいんだ?」
「あんな大きい生物なんて動画でも見たことがないぞ。」
大きさでいえば、この”大きな木”もそうだ。
周りの木も大きく高いが、それと比べても何倍もサイズが大きい。
高さも突き抜けている。天辺が見えない。
世界一高い木はジャイアント・セコイアという木だと聞いたことがある。
あれはどこの国だっただろうか?
(確か北米だったかな。)
(となると、アマゾンではなくアメリカ?)
しかし、2つの太陽に、巨大な魚に巨大なクマとオオカミ。
そしてスライムが説明がつかない。
この”大きな木”に登れば、何か分かるかも知れない。
だが登るには難しすぎた。枝は高い位置にある。
ロッククライミングのように登らないといけない。
そんな自信はなかった。
足元にあったリンゴを手にとり、齧り始めた。
もう昼に近い。走ったこともあってお腹が空いていた。
齧っている時にまたスライムが目の前に現れた。
(リンゴに釣られてきたのか?)
疲れてきたのか、慣れたのか
もうスライムが居ても驚きがない。
食べかけのリンゴをスライムに向けて転がす。
リンゴに飛び乗って、体内に取り込んでいく。
(味覚はあるんだろうか?)
軽く飛び跳ねている。
残りのリンゴも転がして食べているところを眺めた。
疲れもあって食事した後のせいか、少し眠くなった。
”大きな木”の根元の穴に入る。
スライムもやってきて、足の上に乘っかかると平べったくなった。
懐いたみたいだ。
スライムを眺めながら、そっと撫でる。
触り心地はいい。プニプニ感が癒される。
(慣れるとかわいいな。)
そもそもスライムは存在しない。
架空のモンスターだ。もし実物が居たらニュースや動画・画像が出回っているはずだ。
一度も見たことがない。
その時、頭に1つの仮説が浮かんだ。
【異世界】
それなら説明ができる。
「そんなバカな。あれは漫画やアニメの話だ。」
(生物と植物は百歩譲って存在するとしても、2つの太陽は、、、。)
(ここに倒れていたのは、転生してきた?)
(あの時、駅のホームで死んだのか?)
あらゆる出来事が頭の中を巡る。
混乱し、頭の中を整理しようとした。その時ー。
スライム「ご主人さまーー!リンゴまた欲しいだのー!」
山田一貴「しゃべったーーーーーー!?」