第2章・3話「テーブルマナーの授業は危険がいっぱい!?」
「うぇ〜、マナーの特訓なんてめんどくさ〜〜い。
外で素振りしてた〜〜い」
リシェル嬢は椅子の上で足をプラプラさせている。
今日のリシェル嬢は普段の動きやすい服ではなく、髪をハーフアップにし後ろに大きなリボンをつけ、Aラインのドレスをまとっている。
ドレスとリボンの色は俺の希望で紫にしてもらった。
リシェル嬢のドレス姿を初めて見た。
天使が! 目の前に天使がいる!
今すぐリシェル嬢を抱きしめたいけど、今はマナーの先生と生徒の関係だ。
我慢、我慢。
メイドに根回ししたとはいえ、リシェル嬢が俺の瞳の色のリボンとドレスを着てくれたと言うことは、彼女も少しは俺のことを意識してくれてる?
「リシェル嬢、そのドレスとリボンとっても似合っているよ。
ところでドレスとリボンの色なんだけど……」
「メイドに汚しても捨ててもいい服を着せてって言ったらこの服になったわ。
紫ってあんまり好きじゃないし、ちょうど良かったわ」
俺の瞳の色は、リシェル嬢の好きな色じゃなかったのか〜〜!
俺は床に膝を突いて打ちひしがれていた。
「ねぇ、そんなことよりさっさとマナーの授業を始めてよ〜〜。
マナーの授業が早く終われば、残った時間で外で素振りができるわ!」
「まぁ、そう焦らないで」
リシェル嬢の前には、皿と皿の上に載ったナプキンと、皿の周りに数種類のフォークとナイフとスプーンとグラスがセットしてある。
「まずは皿の上のナプキンを二つに折って、折り目を自分の側にして膝の上に乗せて。
フォークとナイフは外側から使って、あっ、ナイフの持ち方はそうじゃないよ」
リシェル嬢、ナイフとフォークの持ち方にだいぶ苦戦しているな。
ここは彼女の背後に回り、手とり足とり彼女にフォークとナイフの持ち方を教えるチャンス!
リシェル嬢の手に触れることになるけど、仕方ないよね。これは授業だし〜〜。
上手く行けば、
『私、お父様以外の男の人に手を握られたのは初めて……』
と言って頬を染めるリシェル嬢が見られるかも?
「リシェル嬢、俺がナイフとフォークの持ち方を教えてあげ……ひっ!」
リシェル嬢が俺に向かってナイフを投げてきた。
俺の頬の横を通ったナイフが壁に刺さる。
もしかして、俺が邪な気持ちでリシェル嬢に近づこうとしたのが、彼女にバレた?!
「リシェル嬢、今のは……?」
「虫」
「えっ?」
俺が虫けら以下の男だから殺そうとしたとか?
「壁に虫がいたの」
壁をよく見ると、先ほどリシェル嬢が投げたナイフがゴ◯ブリの背中に刺さっていた。
「ああそういうこと。
でもだめだよリシェル嬢、食べ物を切るものを虫に投げつけたら」
「人以外の動くものがいると、条件反射で殺したくなるの」
誰だ! リシェル嬢にこんな教育をしたやつは!
七歳児の考え方が、熟練の殺し屋と同じとかダメだろ!
その後もリシェル嬢は、部屋の中を虫がチョロチョロとするたびにナイフやフォークを投げつけ、俺はそのたびに「ひ〜〜!」と情けない悲鳴を上げることになった。
辺境伯令嬢である彼女が、この歳まで料理を手づかみで食べていた理由がわかった。
動くものを見るたびに条件反射でナイフやフォークを投げるリシェル嬢が怖くて、誰も彼女にテーブルマナーを教えられなかったんだ。
「皇太子殿下、リシェル様、ダンスのレッスンのお時間です」
そうこうしている内にメイドが次のスケジュールを知らせに来た。
本日のテーブルマナーの収穫はゴ◯ブリ十匹、バッタが三匹、ハエが二匹……。
「皇子様、ありがとう。
私にテーブルマナーを教えた人で、終了の時間まで音を上げなかった教師は、あなたが初めてよ」
リシェル嬢がはにかんだ笑顔でお礼を言ってくれた。
俺の心臓の鼓動が早いのは、三秒前に俺の頬の横すれすれを、リシェル嬢が投げたフォークが飛んでいったからではないはずだ。
「リシェル嬢、テーブルマナーの特訓は始まったばかりだ!
俺は最後まで諦めないからね!
君をどこに出しても恥ずかしくない一流のレディにしてみせるよ!」
彼女の蔑みもからかいも含まない、可愛らしい笑顔は俺のやる気に火を付けるのに充分だった。
「期待しはしないけど、楽しみにしてるわ」
彼女の無邪気な笑顔に、俺の心臓はドキドキと音を鳴らしていた。
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