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第2章・11話「お別れのダンス」



誤解は解けたものの、辺境伯は俺がリシェル嬢の額にキスしたのを許してはくれなかった。


辺境伯はリシェル嬢が俺の部屋に立ち入るのを禁止してしまった。


なので俺は、ケガが治るまでリシェル嬢に会うことができなかった。






一か月後。


「ケガが治ったのは良かったけど、元気になったら帰国しなくちゃいけないんだよな……」


ケガがほとんど治り元通り歩けるようになった俺は、久しぶりに食堂で朝食を食べることになった。


一か月振りにリシェル嬢と顔を合わせることができた。


だけどリシェル嬢はどこかよそよそしくて、ほとんど会話ができなかった。


「やっぱり嫌われちゃったかな……?」


自室に戻った俺は、ベッドの上で反省していた。


「俺のバカバカ!

 焦るからこんなことに……!」


枕をボスボスと殴った。


幼い子の好感度は上がりやすいが、その反面すぐに下がってしまう。


一か月会わなかっただけでこれなら、俺が帝国に帰ったあとはどうなってしまうんだろう?


このまま会う機会が減ったらリシェル嬢に忘れられてしまうのかな? それは悲しいな。


トントンと窓に何かが当たる音がして、音がした方を見るとリシェル嬢がいた。


リシェル嬢は窓の外にロープ一本でぶら下がっていた。


ここは三階……!


「リシェル嬢、そんなところにいたら危ないよ!」


俺は慌てて窓を開けた。


「このくらいの高さから落ちてもかすり傷ひとつ負わないから平気よ。

 それよりお邪魔するわね」


リシェル嬢は何事もなかったように窓から入ってきた。


三階から落ちたら大ケガをするか、最悪死ぬんだけど。


リシェル嬢の手にはバスケットが握られていた。


「皇子様、ボスボスと枕を殴ったら枕が可哀想よ」


リシェル嬢がベッドを一瞥してそういった。


「えっ?」


もしかしてベッドで独り言を言いながら、枕を殴っているところをリシェル嬢に見られてた!?


死ねる! 恥ずかしさで死ねる!!


「まあその件はいまは置いときましょう。

 それよりケーキを持ってきたの。

 ピクニックの続きをしない、先生?」


「えっ?」


リシェル嬢がテーブルに取り皿とフォークとナイフとティーカップを並べ、チーズケーキを皿に乗せた。


「リシェル嬢これは?」


「卒業試験。

 マナーのレッスンも、ダンスのレッスンも途中になってしまったから」


もしかしてそのために、辺境伯の言いつけを破って俺の部屋に来てくれたのかな?


リシェル嬢の纏っているドレスは藤色で、リボンはロイヤルパープルだった。


「そのドレスとリボン、似合ってるってもう言ったかな?」


「まだよ」


「凄く似合ってるよ。

 綺麗だ」


「あら、ありがとう」


「聞いてもいい?

 君が今日その色の服を着てきた理由を」


「別に深い意味はないのよ。

 この一か月、皇子様がリハビリをしている間、私はマナーの猛特訓をしたの。

 その私がドレスを汚すことがないことを、見せつける為に着てきただけだから」


「ありがとう」


「なんのお礼?」


「君が俺を気遣ってくれたのが嬉しくて、そのお礼かな」


「おだてても何も出ないわよ。

 それより早くケーキを食べましょう」


リシェル嬢がバスケットからティーポットを取り出し、カップに上手に注いだ。


「皇子様はアールグレイはお好き?」


「君が淹れてくれたものなら全部大好きだよ。

 泥水を出されても、喜んで飲むよ」


「それは答えになってません」


「ごめん、アールグレイは比較的好きなお茶だよ」 


「そう、なら良かったわ」


君が俺の為に用意してくれたから、今日からは大好きなお茶になったよ。


俺はリシェル嬢の椅子を引いて彼女を先に座らせ、俺は彼女の向かいの席に座った。


「では、これより卒業試験を始めます」


「俺の採点は厳しいよ」


「覚悟してるわ」


リシェル嬢がフォークとナイフを使い、ケーキの先端部分を一口大に切り、上手に口に運んでいく。


ケーキに入れるナイフの角度は垂直だし、音も立ててない、食事をするとき姿勢も崩れていない。


半年前、手づかみでケーキを食べていた少女と同一人物だとは思えない。


「いかがだったかしら?」


優雅にケーキを食べ終えたリシェル嬢がナプキンで口を拭き、俺に尋ねた。


「完璧だよ、リシェル嬢。

 これは合格点を出さないわけにはいけないね」


「ふふっ、ありがとう」


俺が教えていたときより、遥かにナイフとフォークの使い方が上達している。


彼女の成長が目に見えてわかり嬉しい反面、寂しくもあった。


明日……お別れなんだな。


「次はダンスの試験ね。

 先生、最後にダンスを一曲踊っていただけるかしら?」


最後という言葉が、やけに胸に染みた。


「もちろんだよ、リシェル嬢」


リシェル嬢が席を立ってから、僕は立ち上がった。


「オーケストラの演奏はないの我慢してね」


「構わないよ」


曲が終わることがないから、ずっと君と踊っていられる。


「ワルツでいいかしら?」


「君の得意なステップで構わないよ」


俺は彼女の手を取り、反対の手を彼女の腰に手を回し、ステップを踏んだ。


俺の動きに合わせて、彼女が踊る。


初日は投げ飛ばされたし、その後も何か投げ飛ばされた。


やっとダンスの練習にこぎつけたと思ったら、今度はヒールで足をふまれる日々。


おかげで受け身を取るのと、踏まれそうになったら上手に避けるのが得意になった。


「上手くなったねリシェル嬢。

 驚いたよ」


「ふふっ、ありがとう」


上品に笑う彼女に野生児だった頃の面影はない。


「皇子様、私ね。

 皇子様がリハビリしている間、食事のマナーとダンスのレッスンだけでなくお勉強も頑張ったの」


「凄いね」


勉強嫌いなリシェル嬢が、そこまでやる気を出してくれたのは素直に嬉しい。


しかし俺がリハビリしている間、誰がリシェル嬢に食事のマナーやダンスや勉強を教えていたのだろう?


そういえば俺がリハビリしているとき、教育係が度々いなくなっていたな。


リシェル嬢と教育係が、マンツーマンで勉強している所を想像したら少しモヤッとした。


「いっぱい勉強して、わかったことがあるの。

 皇子様が住んでいた帝都ってかなり遠いのね。

 走ってもすぐには着かないくらい、遠いところにあるのね」


リシェル嬢が悲しげに目を伏せた。


「だからいっぱいお手紙書くわ!

 王国の言葉だけでなく、帝国の言葉もいっぱい勉強したのよ!

 皇子様が帰ったあともたくさん勉強する!

 だから……」


いつの間にか互いに踊るのを止めていた。


潤んだ瞳でリシェル嬢が俺を見上げてくる。


「だから皇子様、祖国に帰っても浮気しちゃだめよ!」


「えっ……?」


「鈍いわね。

 私以外の誰かと恋をしたり、付き合ったりしちゃダメって言ってるの!」


「ええっ……?!

 だってリシェル嬢は弱いやつは嫌いって……?」


「皇子様は弱くないわよ。

 く、唇だけで私を倒したんだから……」


リシェル嬢の頬がほのかに色づく。つられてこっちまで赤くなってしまった。


「この間、君の額にキスしたことを言ってるの?」


リシェル嬢がコクリと頷いた。


「ふ、不覚だったわ。

 あんな戦法があるなんて……!」


「いや、あれは戦法というか……」


「とにかく手も足も使わないで、私を気絶させたんだから皇子様は強いわ!」


あれでリシェル嬢に勝ったことになるのかな?


「皇子様のお嫁さんになってあげる!

 だから国に帰っても浮気しないでよ!」


リシェル嬢のハートを掴めだんだから、どっちでもいいか。


「しないよ絶対!

 リシェル嬢以外の誰かに恋なんてしない!

 リシェル嬢以外の誰かを愛したりしない!」


「それならいいわ」


そう言ってはにかんだリシェル嬢が可愛くて、俺はリシェル嬢を抱き上げてくるくると回っていた。


「大好きだよリシェル嬢!

 愛してる!!」


「ちょっとこんなのダンスのステップにないわよ!

 減点よ、減点!」


「減点されてもいいよ!」


俺のテンションは最高潮だった。


くるくると回っていたらいつの間にか部屋の隅に来ていて、ベッドの端にぶつかって、リシェル嬢をベッドに押し倒していた。


リシェル嬢の顔が至近距離にあって、俺の心臓がバクバクと音をたてた。


「リシェル嬢も浮気しないでね」


「しないわよ。

 弱い奴に興味ないもの」


「リシェル嬢は恋愛関係の免疫がないから心配だな。

 額にキスされただけで気絶してしまうんだ。

 唇にキスされたらどうなってしまうのかな……?」


そういった瞬間、俺はリシェル嬢の桃色の唇を意識してしまった。


リシェル嬢のみずみずしい唇に自分の唇を重ねたくて、どうしようもなくなってしまった。


「ちょっと試してもいい?」


今日を逃したら、リシェル嬢と口づけを交わす機会なんて何年も訪れない。


リシェル嬢は少し考えたあと、無言でコクリと頷いた。


俺はリシェル嬢の同意を合図に、彼女に顔を近づけた。


リシェル嬢が瞳を閉じる。俺も瞳を閉じて彼女の唇に自身の唇を重ねた。


その瞬間「ボン!」と音を立ててリシェル嬢が気絶した。


次の瞬間「皇太子殿下、荷造りをお手伝いしましょう」と教育係と辺境伯が入ってきて、俺の部屋は再び修羅場となった。


「このガキ!

 一度ならず二度までもわしの娘に手を出しおって!

 そこへなおれ!

 手打ちにしてくれる!!」


抜刀した辺境伯があちこちの物を斬りつけるので、俺の部屋は瓦礫の山と化していた。


教育係が辺境伯の怒りを静めるまで、俺は納屋に隠れることになる。







予定外のトラブルも起こったけど、リシェル嬢と両思いになれた。


次の日、俺は予定通り帝国に帰ることになった。


別れ際に「リシェル嬢のこと呼び捨てにしてもいい?」と尋ねると、

「いいわよ。私も王子様のことエカードって呼んでもいいかしら?」

「もちろんだよ!」

なんてやり取りがあって、俺たちはお互いを名前で呼び合う仲になった。


帰りの馬車の中で、俺は祖国に帰ってからの事を考えていた。


帝国に帰ったら直ぐにリシェルとの婚約の手続きをして、そのうちリシェルを帝国に呼び寄せて、彼女に皇太子教育を施して……これからのことを考えて俺の口角は緩みっぱなしだった。


しかし祖国に帰って父から聞かされたのは、辺境伯家に伝わる呪いについてで……。


皇族の俺と勇者の末裔であるリシェルは結婚できないという、残酷な事実だった。


それでも俺は諦め切れなくて、勇者の末裔に受け継がれた呪いを解く方法はないか探し続けた。


そうこうしているうちにリシェルは、ニクラス王国の王妃に目をつけられ王太子の婚約者にさせられてしまう。


王太子がリシェルを邪険に扱っていると知り、何度奴を殺してやろうと思ったことかわからない。


そのとき俺はふと気づいた。


ゼーマン辺境伯家に伝わるニクラス王家に絶対服従の呪いを解除できないなら、ニクラス王国の王族を皆殺しにしてしまえばいいんだと。


俺がその計画を実行する前に、リシェルが王太子に婚約破棄され、辺境伯が国王から百万年の休暇を勝ち取り、辺境伯領ごと帝国の領土となる。


その頃には父が隠居し、俺が皇帝になっていた。だから計画を実行に移すのは簡単だった。


俺は呪いから解放されたリシェルを自分の婚約者にし、モンスターの被害で弱っていたニクラス王国を徹底的に叩き潰し、王族の血を引く者を一人残らず処刑した。


全て上手く行きすぎていて怖いくらいだ。




読んで下さりありがとうございます。

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