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第2章・9話「おやつとの遭遇」




「さてとご飯も食べ終わったし、帰ろうか?」


「ええっ!? まだ来たばっかりだよ!」


「だってお弁当もお菓子も食べ終わっちゃったし、もうここにいる意味ないよね?」


「他にも楽しいことはあるよ!

 小川で水を掛け合うとか!

 笹で船を作って川に流して競争するとか!

 お花で冠を作るとかさ!」


「それって楽しいの?

 帰って剣の素振りでもしていた方がよっぽど楽しいと思うけど?」


「そうかもしれないけど……。

 お花で冠を作るのだけはやらせて!

 お願い!」


「皇子様がそこまで言うなら付き合って上げてもいいよ。

 今日はまだこの森にいる「おやつ」に遭遇してないし」


おやつ? 辺境伯も言ってたけど、いったいなんのことだろう?


収穫ではなく遭遇という言葉を使っているから、果実の類ではなさそうだ。


ケーキやクッキーに羽が生えて飛んでいるのかな? そうだとしたらなんだかメルヘンだな。


それともお菓子作りが得意な妖精が住んでいるのかな?


妖精たちと戯れるリシェル嬢はさぞかし愛らしいだろうな。


このときの俺は、「おやつ」のことをそんな風に軽く考えていた。


辺境伯親子の言う「おやつ」がまともなものな訳が無いのに……。


「ありがとうリシェル嬢!

 すぐに作るね!

 リシェル嬢はそこで待ってて!」


「は〜〜い」


「と、その前に。

 リシェル嬢、口に肉団子の汁がついているよ」


俺は胸ポケットからハンカチを取り出し、リシェル嬢の口元を拭った。


俺に口元を拭われたリシェル嬢の顔が、朱色に染まる。


「皇子様って、ときどきキザったらしいことするよね」


俺から視線を逸らし、リシェル嬢が呟く。


今の行動、もしかしてリシェル嬢のツボにハマったのかな??


「リシェル嬢、もしかして照れてる?」


俺が指摘すると、リシェル嬢の頬が真っ赤に染まった、


「そんなわけないでしょう!

 花で冠を作るなら早くしてよ!

 ぐずぐずしてるなら私一人で帰るからね!」


「ごめんなさい!」


リシェル嬢を怒らせてしまったが、ぷりぷりと怒るリシェル嬢も可愛くて、俺はにやにやが止まらなかった。





☆☆☆☆☆




「花の冠とそれから指輪もほしいな」


俺は自分の瞳の色と同じ紫の花を中心に使い、ときどき白い花を混ぜながら輪っかを作っていく。


「出来た!」


四半刻ほど費やして、花の冠と指輪を作ることに成功した。


彩りも良いし、形も綺麗だ!


これならリシェル嬢にプレゼントできる!


「リシェル嬢できたよ!」


リシェル嬢は花畑の隅で、キックの素振りをしていた。


リシェル嬢はどんなときでも鍛錬を欠かさないんだな、可愛いな。


「それが花の冠?

 皇子様の瞳の色と同じ花を使っているのね」


俺と一緒に勉強をするようになったリシェル嬢は、出会った頃のように無知ではない。


もしかしたら彼女は、相手の瞳の色のアクセサリーを贈られる意味も、それを身につける意味も知っているのかもしれない。


「うん。

 リシェル嬢には俺の瞳の色の冠が似合うと思って」


リシェル嬢の頭にそっと花の冠を被せる。


リシェル嬢の艶やかな黒い髪に、紫の花は良く映えた。


「よく似合っているよ」


「そう? 自分ではよくわからないわ」


次は指輪を贈らないと。


だが困ったな。


花で作った指輪とはいえ、恋人ではない女性の指にどうやって指輪をはめたらいいだろう?


そのことで頭がいっぱいで、俺はかなりテンパっていたと思う。


「リシェル嬢は今でも紫は嫌い?」


「……前ほど嫌いじゃないわ」


「本当? よかった!」


好きな人に自分の瞳の色が嫌われていたら悲しい。


「でも、最近は紫のドレスもリボンも身につけていないよね?」


リシェル嬢が今日身につけているドレスとリボンはサーモンピンクだ。


出会った頃はメイドに頼んで、リシェル嬢に紫のドレスやリボンを身につけてもらっていたけど、リシェル嬢が紫のリボンをゴミをまとめる紐の代わりにして以来、頼むのを止めた。


「……汚しちゃうから」


「えっ?」


「前に紫のリボンをゴミを縛る紐の代わりにお父様に渡したら、皇子様悲しそうな顔をしてた。

 だからちゃんとしたマナーが身につくまでは、紫のリボンやドレスは使わないようにしてたの」


「えっ……と。

 もしかしてリシェル嬢は、相手の瞳の色のドレスやリボンを纏う意味を知ってたりする?」


「……皇子様の教育係の先生に教わったからなんとなく」


「そっか……」


二人の間に気まずい沈黙が流れる。


リシェル嬢は、相手の瞳の色のドレスやリボンをまとう意味を知っている。


紫の花で作った指輪を、彼女に渡すハードルが上がった気がする。


臆するな俺!


俺の気持ちはずっとリシェル嬢に伝えてきた、ここで臆する理由がない!


「リシェル嬢」


俺は彼女の前に跪き彼女の左手を取り、花で作った指輪を彼女の薬指にはめた。


「君と初めてあった日、あなたはガーゴイルに勇敢に立ち向かっていた。

 君が黒い髪をかき上げると、汗が真珠の玉のように飛び散って綺麗だと思った。 

 そのとき俺の心は全部君に持っていかれたんだ。

 永遠に君だけを愛すると誓います。

 どうか俺の妃になってください」


彼女の目を真っ直ぐに見つめて、俺の思いを伝えた。


彼女の頬は心なしか、赤く色づいているように見えた。


出会ったばかりの頃なら『私より弱い人なんか無理!』とリシェル嬢に一蹴されていただろう。


彼女がほんの少しでも俺との未来について考えてくれるようになっただけでも、十分な進歩だ。


もっと時間をかけて彼女との距離を縮めて、何度も諦めないでプロポーズして、そうしたら彼女も俺に思いを寄せてくれるかもしれない。


「皇子様……私……」


だめだとわかっていても、答えを期待してしまう。人間とは愚かな生き物だと思う。


「おやつの匂い……!」


「えっ?」


予想していたのとは違う答えが返ってきた。


辺境伯が言っていた南の森に出現するおやつ??


俺はこのとき、クッキーやケーキやマドレーヌに羽の生えた可愛らしい生き物を想像していた。


「おやつが近づいて来る! しかも複数!」


リシェル嬢が森の奥に向かって駆けていく。


俺は何も感じないが、彼女は何ものかの気配を敏感に感じ取っているらしい。


「危険だから皇子様は馬と一緒に隠れてて!」


「そうはいかないよ!

 俺も一緒に戦う!」


危険ということは彼女の言う「おやつ」は、俺の想像しているようなメルヘンな生き物ではないらしい。


俺は念のために持ってきた剣を、馬の背からおろして装備した。


俺だって訓練して多少は強くなったんだ。


おやつの一匹や二匹狩れるはずだ!(おやつがどんな存在か知らないけど)


やがてドドドドド……! という地響きとともに、木をメキメキと倒しながら、ある生き物が姿を現した!


「おやつだ! しかも大量!」


嬉々とした顔でリシェル嬢がはしゃぐ。


彼女が視線を向けた方向から姿を表したのは、体長三メートルはありそうな鋭い牙を生やした猪の群れだった。


「あ、あれが……辺境伯とリシェル嬢の言ってたおやつ?」


「お前は丸焼きに!

 お前は塩とこしょうと小麦粉をつけてソテーに!

 お前は香草と一緒に蒸し焼き!」


リシェル嬢はスカートの裾を翻し、楽しそうに猪を一頭一頭仕留めていく。


あの巨大猪を「おやつ」という感覚が俺にはわからない。


リシェル嬢は、今日は剣を装備していない。


だから素手で猪と戦っている。


「素手なのに……あんなに強いとか反則」


彼女は自分より強い相手にしか惚れないのに、どうやって彼女に勝利すればいいのか全くイメージがつかめなかった。


「おやつを二十匹ゲットォォォォーー!!」


猪を全て倒したリシェル嬢が、倒した猪の背に乗り勝利のポーズを決めた。


「ハハ……全然、手助けできなかった」


俺は己の非力さが悲しくなった。


そのとき、視界の隅で何かが微かに動いた。


倒した筈の猪が起き上がり、リシェル嬢に向かって突進して行った。


リシェル嬢は猪と反対の方向を向いているので、猪の突進に気づかない。


リシェル嬢より俺の方が猪の近くにいる。


「リシェル嬢危なーーい!!」


俺は考えるより先に体が動いて、リシェル嬢と猪の間に割って入っていた。


猪の体当たりを受け、俺の体は為す術もなくふっとばされた。


剣を抜く余裕もなかった。


「皇子様ーー!!」


リシェル嬢の悲痛な悲鳴が森にこだました。


リシェル嬢が、俺を襲った猪を仕留めたところが視界の端に映った。


よかった……彼女が無事なら俺は……。


そこで俺の意識は途絶えた。




読んで下さりありがとうございます。

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