神の真意
クリムマギカの中にはロックジャイアントが岩を投げている音が響き続けている。
今回のイベント、カリストレムの時とは状況が違う。
守備は俺たちだけ。援軍も期待できない。
そして、前衛としてジャイアントの進行を止めることができるのは俺とリコとルナの3人だけだ。
というか、ほぼルナしかいない。
つまり、ジャイアントたちが崖を渡れるようになった時が俺たちの負けだ。
少しでも時間を稼ぐため、遠距離攻撃隊を組織して対岸のジャイアントたちへ攻撃を仕掛けてもらっている。
フーディニアスを中心とした十数人、ドワーフの機械弓研究者、それとリコとヤミンが3交代でジャイアントに嫌がらせの攻撃をしている。
魔術研究所とは言っても、魔術師たちが使える攻撃魔法のレベルはそれほど高くない。
【招来隕石】や【爆雷昇嵐】あたりの超戦略級魔法が使えたら良かったのだが、残念ながら、そのクラスの魔法使いはいなかった。
リコとヤミンが戦力にカウントされている時点でお察しだ。
ルナが崖の向うに届くほどの遠距離魔法を使えなかったのも痛い。ルナにはメルローの手伝いを任せている。
遠距離部隊はクリムマギカの山肌に幾つかあいた大きな窓のような穴から三交代で魔法を使い続けている。
もちろんMPが切れるので常にひっきりなしとはいかないのだが、クリムマギカではMP回復の研究もなされていて、回復を助けてくれる部屋があるのだ。
なんか、魔法が異常な効率で使えているようでとても羨ましい。
ヤミンも無限に矢が出てくる魔法の弓を貰って、無尽蔵に攻撃を仕掛けている。
俺も魔法が使えたらよかったのになぁ、って言ったら「羨ましがらないの! とても大変なんだから!!」とリコに怒られた。
ジャイアントたちは遠距離部隊の攻撃にさらされながらも、バケツリレーのように巨大な岩をどこかから運んできては崖下に落としていく。
岩がベルトコンベアー式に次々と流れてくるのは見ていて面白いが、そのせいで崖の埋まっていくペースが半端なく早い。
遠距離部隊の攻撃でも、時折ジャイアントを倒せることもある。
だが、そんなものは焼け石に水だ。大河の一滴といったほうがしっくり来るかもしれない。
仲間が死ぬと、巨人たちはその死体を掲げ上げて、岩と同じように崖下に投げ込む。
少しでも早く崖を埋めたいのだろうか。
何だってジャイアントたちはそうまでして俺たちを殺しに来るんだ?
この世界にモンスターが大量発生したり、レイドボスが出現したりする理由ははっきり分かっていない。
アルファンではドゥムジアブズという邪神が人を滅ぼすためにレイドボスや大量のモンスターを召喚しているという設定だった。レモンさんもそんな事を口にしていた記憶がある。
でも、ドゥムジアブズなんて居るのだろうか?
ラミトスだって居なかった。
『イベントの詳細を決めるのは神じゃ。』
クリムマギカの依頼の詳細を説明している中で、ルスリー王女はそんな感じのことを口にした。
その神って誰?
俺はルスリーがそんな事を言った時、その神を誰だと思って聞いていたっけか。
「ちょっと、すみません。」
MP回復に向かおうとしていたエルフに声をかける。
「ここに神殿ってないですか?」
「神殿? ラミトス神殿ならある。」
「えっ!? あるんですか?」
ちゃんとあった!
「地下の2階に小さな神殿がある。」
エルフに正確な場所を教えてもらって、一人地下2階に降りる。
技術サイドとも魔術サイドとも違う感じの通路・・・というか何の整備もされていない洞窟を進む。
天井はまさに洞窟の鍾乳石のような岩が大きく垂れ下がり、足元にも石筍があちこちに隆起している。
凸凹した道がとても歩きづらい。
ホントに正しい道なのか心配になりながらも、一人石筍の隙間を縫って進んでいく。
が、神殿は見つからず、程なく行き止まりにたどり着いた。
あるぇ、と思ってまわりを見渡すと、行き止まりの壁の足元に30センチ位の彫り物がある。
ラミトス神っぽい? 感じの彫り物だ。造形が街の神殿の彫刻に対して雑すぎて本当にラミトス神なのか断言できん。
あれだ。素人が彫ったお地蔵さんの祠みたいな感じだ。
こんなんで神に届くのか?
とりあえず、目をつぶって祈ってみる。
「やあ、久しぶり。」
聞き覚えのある声が聞こえた。
届くんかい。
目を開くと、見覚えのある空の上のような場所だ。
目の前にアサルがいる。
天使のような翼はなんとも神々しいけれど、見た目がただのおっさんなんだよなぁ。
「何か用?」
相変わらず軽い神だ。
「これをやってるのはあなたですか?」
「これ? どれのこと?」
「第二回イベントというか、このジャイアントによる襲撃です。」
「そうだよ。」
あまりにあっさり答えたので俺は絶句する。
「どうしたの?」
「カリストレムもあなたがやったんですか?」
「僕っていうか神様たち全員だね。」
「たくさん人が死んだんですよ!」
「ごめんね。こっちにもこっちの都合があるんだよ。一応、それなりにフェアにはやっていくつもりだから許して。」
プリン食べちゃった程度の軽さでアサルは謝ってきた。
「なにがフェアですか! ジャイアントの大群なんておかしいでしょ。」
「なんで? ここはアルファンじゃないよ? アルファンのときが弱い魔物ばっかりだったからってここでもそうとは限らない。」
「雪はどうなんですか! この真夏に!」
「そんなこと言ったら、そっちだってイベントより先に魔導装置作り始めてたじゃん。」
「ぐ。」
そう言われればそうかも知れないけど、人の命がかかってんだぞ。
「あのさ、僕達はこの世界の気に入らないものを消そうと思えば簡単に消すことだってできるんだ。僕らの言うフェアってのは『いきなりすべてを消滅させない』ってレベルのフェアだから。」
呑気な声でアサルは言った。
言葉遣いもフランクだ。
だけど、その言葉の中身は『彼の一存で世界などどうにでもできる』という宣言だった。
ようやく俺は理解した。
いみじくも彼は神なのだ。
彼にとってはカリストレムの死体の山も、アスファルトの隆起のひとつ程度のものなのかもしれない。
「そんなに俺たちが憎いんですか。」
突然心のなかに芽生えた恐怖心を抑えながら訊ねる。
もう、目が合わせられない。
今までの俺の日本人的な信仰心なんて、神に対して礼儀正しい自分に酔っていただけだったと知る。
「憎い? そんなことはないよ? むしろ、好きだよ。本当はこんなことはしたくないんだ。必要にかられてやってるって思ってくれると嬉しいな。」
「あなたはあれを見てないから言えるんだ。」
カリストレムの死体の山が思い出され、怒りがこみ上げてきた。
ダメだ。
神に喧嘩なんて売ってはダメだ。
しかし、俺の口は止まらない。
「なんで、あんな残酷な事をしなきゃならないんですか。」
「うーん。ごめん。詳しくは話せない。ただ、こうしないともっと酷いことになるんだ。」
「なんで・・・俺たちはこんな目に合わなくちゃいけないんですか!」
「神だって万能じゃないよ。理想なんてものは幻想だ。理想よりも優先されるものが世界にはあって、そっちのほうが真理なんだ。」
「だからって、なんでクリムマギカやカリストレムの何も罪を犯していない人々がこんな目に合わなくちゃ行けないんだ!!」
「・・・君はレイシストだね。」
「レイシスト?」
「君の元の世界だって、罪のない弱いものを殺して食べなきゃ生きられないシステムだったでしょ。」
「そんなの仕方ないでしょう!」
「仕方ない? 君はビーガンにだってなれたのにそうはしなかった。そういうの気にしてた? まあ、そもそもビーガンにしたって何も殺さないで生きているわけじゃないけどね。」
「そんなの屁理屈だ!」
だめだ!
この相手に感情的になっちゃだめだ。
分かっているのに感情に歯止めが効かない。
「ともかく、僕にあたっても自体は好転しないよ。ルールがあるのがせめてもの慈悲だと思って欲しいな。」アサルは感情的な俺に対して腹を立てることもなく、穏やかに宣告した。「イベントが始まっちゃった以上、あれを吹き飛ばせるだけの装置を君たちが作り上げられるかどうか、ただ、それだけの話なんだよ。」
そう言うと、言うことは言ったとばかりにアサルは俺のことを元の世界に弾き出した。




