ブラック企業というには白すぎる
「わざわざやめたいなんて言いに来るあたりがお前の愚鈍なとこだよ・・・。」店長室の大きなデスクの向こうでスージーが呆れたように言い放った。
俺はマディソン商店のボスであるスージーにこの店を辞めたい旨を伝えに来ている。
「ふつう、黙って逃げるだろ。」スージーは今度はため息をついた。
俺だって隙を見てバックレようとはちょっとは思ったんだけどさ、デスマ中にバックレた派遣のせいで死ぬ思いをしたことがあったから、そういう事できないんだよ!
社畜なんだよ! 小市民がなんだよ!
くそがあ!
スージーは俺を見てもう一回ため息をつくと、引き出しから書類を探し出して机の上に投げてよこした。
「お前を身請けするためにお前の母親に払った金だ。お前の働きを差っ引いて、お前には借金がこんだけ残ってる。」
机の書類を拾い上げて目を通す。
俺の負債分の償却額だった。こんなんちゃんとつけてんのな。
減ってねえ。
ってか勝手に利子付けられてむしろ増えてるんですけど?
「少なくともこの分はきっちり働いて返せ。もちろん、こっちも儲けが出ねえとお前を雇った意味がないから利子はきっちりつけさせてもらう。」
スージーはそう言って鼻で笑うと一言付け加えた。
「まあ、お前じゃ、無理だろうけどよ。」
「分かりました。それをこなせばいいんですね?」
「ぶぁはっは! そりゃどうも。楽しみにしてるよ!」
スージーは大声で笑った。それから、もう一つの条件を口にした。
「もう一つ。お前がそのまま外に出ても死ぬのは見え見えだ。なんせお前はグズだからな。一応身請けってことになってるから、簡単に外に出てくのを許してやるわけにはいかねえ。だから、村の外に行っても大丈夫だってことを示してもらう。」
「うちの母、そんなん気にしないと思いますよ?」
ケーゴの母ちゃんのザニア、俺が言うのもなんだが、かなりダメな母ちゃんだ。飲んだくれで息子の事なんて考え無い人だ。
さすがに、ケーゴが俺だとしても、こればっかりは自分の母だとは思えない。
母は他に居て、もう会えない。
「アホか、お前が死んだとかなったら、ザニアがある事ないこと言って酒代せびりに来るに決まってるだろうが。」
「たしかに。」
思わず口に出してしまった。
「ともかく、お前の身元引受人はあたしだ。今の二つの条件は満たしてもらう。そしたら出て行ってもらって構わねえ。」
「分かりました。」俺は黙って承諾した。
小数点思い出した俺をなめるなよ?
さて、まずは俺自身の借金についてだ。
とりあえず、ここを何とかしないと。
俺、前世社畜。仕事もせんと戦いの練習とかありえん。
利子については思うところがあるが、なんだかんだで、きちんと俺の働きを管理はしていたようなので、ちゃんと働けば認めてもらえるような気がする。スージーが何かズルしたらその時にまた考えよう。
問題は俺の信頼が無さすぎて新たな仕事を簡単には与えてもらえないであろうことだ。
つまり、昇給がムズイ。
借金額は実は多くない。カムカくらい貰えれば利子付けられても半年で借金を完済できる計算だが、仮に俺が普通に働けると分かったとしてもあんまり仕事が回わってこない可能性がある。
そんな訳で、俺はこの職場で自ら仕事を調達せんとあかん。
舐めんなよスージー。
前世の経験で、ブラック職場で何をすればいいかなんてよく分かってる。
この程度でブラックなんて甘過ぎんだよ。 俺の前世の会社に比べたらグレーにも薄過ぎる。
何だったら俺が辞めるまでに業務改革してホワイト職場にしてやんよ。
とその前に、
マディソン商店のお仕事について少し説明しておこう。
マディソン商店は魔石屋さんだ。
魔石というのはモンスターからとれる魔力の結晶みたいなもんだ。
魔力のうち、魔法にではなく魔導機器と言う機械に使うものを魔導力と呼ぶ。
この魔石ってのは前世で言うところの電池に近い。
魔力のこもった石を充魔器なるものに入れて、コンセントみたいなのを魔導機器につないで魔導力を流し込むと、ご家庭の魔導機器が動くようになる。
魔導機器ってのは家電みたいなもんで、魔導冷蔵庫とか魔導エアコンとか魔導洗濯機とかだ。思い当たる生活系の家電に魔導さえ付ければだいたい存在している気がする。どの世界でも人間のニーズって似るんだな。
貧乏だった少年ケーゴの家は魔導冷蔵庫と魔導照明以外なかったので、魔導機器はそれなりには高いのだろう。
魔導自動車はあるが概ね軍用なので見たことが無い。一般的には魔導馬車が使われている。
なんて適当な世界だ。
そういや、神もなんか適当だった。
ちなみに魔導馬車は車軸のベアリングが魔法の力で動いてる。
軸と車輪が浮いているらしい。
そんなことできるんなら魔導リニアモーターカーにすればいいのと思う。
そういや、アルファンでは鉱山用に魔導電車があったわ。あれがリニアモーターカーなのかもしれん。
いや、魔導の時点でリニアモーターじゃないのか?
それ以前に電車じゃないか。
話がズレた。
マディソン商店では魔石の販売や、魔石からの充電を行っている。
村の人やこの村を通りかかる商人たちが客だ。彼らは毎日のように生活や旅で消費してしまった魔導力を充電に来る。
客は自分の家にある魔導機器についている消費魔導力の記録板を集めてここに持ってくる。
俺たちは銘板から消費量を読み取り、それを合計した額の魔石を渡すわけだ。
満タンに充電するのが通例なので、記録板の消費魔導量の合計にぴったりの値になるように魔石を計って渡さなくてはならない。
少ないと客に怒られるし、多すぎると魔導機器が爆発するからだ。
ここで計算力が必要になるため、俺はスカウトされてきた。
なんでこの世界に魔導電卓が無いのか甚だ不思議でならん。
ともかく、
客が消費魔導力量の書かれた記録板の束を渡す。 → 記録版の数値を合計して相当の魔石を渡す。
というのが基本の流れだ。
ちなみに、旅人の場合は重い充魔器を運んでない場合が多いので、店舗の充魔器を使って充電してあげる場合が多い。
このランブルスタは村とはいえ200世帯近く住んでいる大きめの村だ。商隊も毎日5~6は通る。
今、窓口は3人で回しているので、だいたい毎日一人50件の処理をしている計算だ。
仕事はだいたい3ケタくらいの整数10個くらいの足し算と、その合計に相当する魔石を計測するっていう作業の繰り返しだ。
10分に1件、10時間ぶっ続けてこなすことになる。忙しい時は、それこそ半日以上計算と軽量に駆り立てられる。
接客4分、計算2分、魔石処理3分、記帳1分って感じのルーティーン。
全部手作業。
ほんと、ここら辺こそ魔導化してくれや。
そんな訳で、窓口はみんなイライラしている。
さて、こんな忙しい中で、役に立たない俺が業務改善提案や手伝いますなんて言っても、みんな嫌がりこそすれ喜ぶことはない。
ブラックな働き方をしている人にとってまず嬉しいのは、自分の仕事がこれ以上増えない事と手元の煩わしい出来事が減ることだ。仕事を減らすための仕事が増えるなんてとんでもない。
まず俺のやるべきことは、みんなの仕事を助けることだ。
効率社会からやって来た効率厨の実力見せてやんよ。