カリストレム攻防3
もうすぐ朝が来る。
リコと別れ、北門の防衛線の一点を任された俺は激戦を生き残っていた。
一日目はなんとか耐えきれそうだ。
実のところ、日中の最初の方はやばかった。
俺の残念な攻撃力では簡単に敵を倒すことが難しい。しかも、虫型のモンスターばっかりなので硬い。防壁を登ってくる敵を留めることができなかった。
結局、倒すことを諦めて、登ってくる敵を叩き落とすことに集中し始めてからようやく安定した。
戦いが安定してくると、カシムさんの【ウィークポイント】のおかげで【クリティカル】のレベルがどんどん上がっていく事もあって、ステータスシートを見ながら思いっきり楽しく過ごしてしまった。
だが、さすがに夜になってからはレベル上げハイテンションよりも疲れのほうが勝ってきた。
はしゃぎすぎた反動で疲労感がヤバい。
敵の行軍は時間がたって夜になっても全く勢いを衰えさせない。
夜となった今は魔導器の強力な照明を頼りに戦っている。
暗闇になってしまうと敵のほうが有利だろうから灯り様々だ。
ついでにいうと、飛行タイプが灯りに集まっていくので、迎撃部隊にとっては夜間のほうがむしろ楽なのかもしれない。
気づけば遠くの視界が薄っすらと明るくなり始めた。
もうすぐ日が昇る。
まるまる徹夜で戦ってたってことだ。
日が明けるという区切りが目の前に来たにも関わらず、何一つ状況が変わらない。休憩さえ許されないという事実が、精神的にも肉体的にも俺を蝕んでくる。
昨日からずっと戦い通しだ。
仕事の徹夜とは全然違う。
いくらレベル上げフリークとはいえ、精神が持たないのだ。
これはゲームじゃない。
一瞬でも気を抜いたら死ぬ。
寝たい。
身体が痛い。
これは今日の夜までに終わるのだろうか?
また夜までこの調子が続くと流石にきつい。
周りのみんなも消耗が酷い。
カリストレムで備蓄しているポーションや魔石も足りるか分からない。
魔導機器の照明用の魔石だって足りるかどうか分からない。
さすがに二徹目プラス暗がりの戦闘なんて、幾ら相手が弱いモンスターとはいえ無理だろう。
このまま、いつまで敵と戦い続ければ良いのだろう?
さすがにもう半分は超えてるよな?
知りたいようで、知ったら心が折れそうで怖い。
でも、やらんといかん。
リコとヤミンは無事だろうか?
心が弱気になったころ、ようやく日が登ってきた。
「気を抜くな! 集中しろ!!」
遠くで誰かの声が聞こえた。
どこも同じようだ。
希望の朝とは言うが、前日の夜の苦境がそのまま朝を侵食したときの絶望は重い。
前世のデスマの時ってどうしてたっけな?
仕事のときは達成率がなんとなく解ってたから絶望の深さが見えてたっけか。
そんな俺の耳に突然の希望の息吹が吹き込んできた。
「援軍だ!」
援軍だと!?
一気にテンションが上がる。
朝焼けに照らされた遠くに、モンスターたちを切り開らきながら騎馬の一団がカリストレムへと向かってきているのが見えた。
「決死隊を出す!北門の冒険者は集合だ! 魔術師たちは援軍が北門を抜ける援護を優先しろ!」
大声が響いた!
みんなが状況を変えそうなイベントに活気づく。
「衛兵は冒険者が持ち場を離れられるようにサポートしろ!」
聞き覚えあると思ったら、これ、ニキラさんの声だ!
「ここは任せろ! お前行け!」
隣で守って居た衛兵が俺に声をかけてきた。
「すぐに戻ります!」
俺は鞭を振り回して這い上がろうとしていたモンスターたちを突き落とすと、持ち場を隣の兵士に譲る。
「絶対に援軍を連れてこいよ!」
両側の兵士が示し合わせたように俺の抜けた分の距離を詰めた。
「【束縛】!」
俺は鞭を防壁の突起に巻き付けて、ジップラインのように北門の近くに滑るように着陸した。
「ケーゴ!! 無事だったか!」
1番乗りで派手に飛び降りてきた俺をニキラさんが発見する。
「ニキラさん! 手伝ってくれてたんですね!」
俺はニキラさんに駆け寄る。
宿で見るいつものおばちゃん服に巨大な斧の姿がなんとも雄々しい。
「急ぎ出るよ。兵士たちにいつまでも負担はかけられないからね。」
「はい、急ぎましょう。」
俺に遅れて次々と冒険者たちが駆けつけてくる。
一昨日まで一緒にレベル上げをしていた冒険者たちも何人かいた。互いに無事を喜び合う。
そして、
「ケーゴ!」
「リコ!!」
無事だった!!
思わず抱きしめる。
「お前ら、乳繰り合ってる場合じゃねえ!!」
ニキラさんが声を荒らげたので、慌ててリコと離れる。
めっちゃ恥ずい。
「お前ら! 門の前をクリアにして援軍を受け入れる! 出るよ。」
20人の冒険者を前にニキラさんが斧をかかげた。
「おお!」
「門を開く!意地でも中にモンスターを入れるな!」
北門の衛兵が叫ぶ。
彼の部下たちが緊張した面持ちで扉の巨大な閂に手をかけた。
「北門の前をクリアリングしろ!」
どこからら大声が響き、魔法や矢が頭上を飛び越えていく。
「いまだ!ひらけ!!」
衛兵たちが号令とともに閂を外し門を少しだけ開く。
俺たちはニキラさんに続いてその隙間から走りでる。
「【フレイム】!」
上級呪文が門の前のモンスターを焼き払い、大きく大地が開けた。
俺たちは示し合わせたように門の前に扇形に戦線を構築する。
俺たちの戦線がきれいに整った瞬間、敵が飛びかかるように襲いかかってきた。
防壁を登ってくる上下の動きから、大地を駆けてくるだけの動きになったせいか、敵が襲いかかってくるスピードが超絶速く感じる。
「【乱舞】!」
グリーンキラーとの戦いで身につけた連続攻撃技を繰り出し、飛びかかってきた巨大な虫たちを無理やり食い止める。
「門の前に敵を寄せるな。一人も死ぬな。後ろに抜かれたら全員死ぬぞ!」
扇形の真ん中一番突出した激戦地で斧を振るいながら、ニキラさんが声を上げた。
俺は、扇形の右側。リコはどこだろう。
たった20人の戦線でも、もうまわりなんて把握できない。
「援軍を街に入れるまで耐えきれ!!」
門の上から声が飛んできた。
背の低い敵モンスターの向こう、道の先から援軍の騎馬たちがこちらに駆けてくるのが見える。
街の遠距離攻撃部隊が援軍の周りに魔法や矢を降り注そぎ、援軍の進む道を切り開いていく。
そのかいあって、援軍は無事俺たちの元へたどり着いた。
俺たちは援軍を通すともう一度防衛戦を構築する。
「門を大きく開け! 援軍を街へ入れるぞ!」
後ろから声が響くが振り返っている余裕はない。
数十騎の騎馬隊に囲まれた六台の幌馬車が俺の横を通り過ぎていく。
援軍を追いかけてきたモンスターの群れが一気に押し寄せる。
圧がやばい!
「死んでも抜かれるな!」
誰かの叫び声が聞こえる。
後ろでは門が大きく開いているはずだ。
今、抜かれるわけにはいかない。
「【乱舞】!」
再び、鞭を振り回して敵の進行を押し返そうと試みる。
だが【乱舞】はダメージが出ない。
今度はモンスターの物量に耐えきれず、思わず後ろ足に一歩後退する。
しかし、足元はモンスターの死骸だらけで足のふみ場もなくなっていた。
俺の足は平らな地面を捉えられず、思わずよろける。
くそ!
ふんばろうにも、昨日から走りっぱなしで足が回らない!!
たまらずバランスを崩す。
まずった!
「3段突き!!」
後ろから声がして、俺の眼前に迫ったモンスターを三度貫いた。
俺に飛付こうとしていたモンスターが地に落ちた。
「無事か! 立て直せ!」
「リック!?」
俺は、助けに入ってくれた男を見て驚く。
そこには、村を出る直前に闘技会で戦ったランブルスタの衛士、リックが居た。
「久しぶり! 助けに来たよ。」
リックが俺に答えながら、襲ってきた敵を斬って落とした。
「馬車を収容した! 徐々に戦線を下げて街の中に入れ!」
頭上から大声が降ってきた。
「ケーゴ君。下がるぞ!」
「はい! 助かりました。リックさん。」
駆けつけた援軍のサポートを得て、じわじわと前線を後退りさせていく。
後退するには最悪の足場だったが、やってきた援軍の一部がフォローに回ってくれたおかげで俺たちはどうにか無事にカリストレムの中に戻ることができた。
衛兵たちがモンスターたちの突進に負けないように体で門を締め、巨大な閂で鍵をした。
「「「よっしゃあああ!!」」」
門が閉まった瞬間北門の周りから大歓声が湧いた。
「カッセルの冒険者と近郊の衛士たち、総勢100人が援軍に来た! 俺達も今から防衛に協力する! 順繰りに休憩を取られたし!」
援軍を率いていた金髪の冒険者が大声を上げた。
いい鎧を来た男性剣士だ。優男でちょっとイケメン。
助かる、これで少しは体力的にも回復できる。
「ケーゴ!」
リコが駆け寄ってきた。
「リコ!」
良かった! 無事だった!
「リックさん!?」
リックに気がついたリコが驚きの声を上げた。
「援軍に来た。礼は後だ。俺は兵士たちと代わってくる!」
そう言って、リックは防壁に登る階段へ向かって走り去っていった。
ここに来るのに相当疲れてるだろうに、とてもありがたい。
俺たちも持ち場を離れたままでは居られない。
目線で挨拶を交わし持ち場に戻ろうとした時、俺とリコの耳に北門の偉い兵士とカッセル援軍の金髪剣士が話しているのが届いた。
「敵はどのくらいだ?」
兵士の問いかけに金髪剣士は絶望的な答えを返した。
「まだ、敵は途切れない。明日まではかかるぞ!」
マジかよ・・・・
さすがに無理だぞ?
「ちくしょう! 街を照らすための魔石が足りなそうだ! 今夜は最悪の修羅場になるよ。カッセルの援軍に甘えてしっかり休め!」
ニキラさんが俺たち冒険者に声を張り上げて指示を出した。
そんなニキラの声に答えるかのように、カッセルから来た一台の馬車の荷台から一人の女性が顔を出した。
「魔石だったら譲ったげるよ!! 高く買ってくれるんだったらだけどな!」
彼女を見て俺とリコは思わず大声を上げた。
「「スージー!?」」




