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失っていく日々

「ゼロ・・・ゼロコン? なんなんですか? そのスキルは?」村人たちがケーゴのスキルの子細を聞こうと神父に詰め寄ってきた。

 

 神父はスキルを確認する時に同時に、スキルの説明を見る事ができる。

 だから、神父はこのスキルについて説明ができるはずだった。


 しかし、神父にはこれが何のスキルかは理解できていなかった。

 説明分の意味が解らないのだ。


「私にもわからない。説明を伝える。」

 仕方なく、神父は【ゼロコンマ】に表示された説明をそのまま読み上げることにした。


 「『小数点以下を見る事ができる。』ということらしい。」


「小数点ってどういう意味ですか。」

 村人の一人が声を上げ、他の村人たちも続く。

「村の皆にも分かるように説明してくだされ。」

「私にも解らんのだ。」神父はそう答え、詰め寄る村人たちに神父はお手上げというように手を広げた。


 実のところ、ケーゴだけはこの謎のスキルを自分が持っていることを知っていた。

 自分自身のステータスは見れるわけだから当然と言えば当然だ。


 【ゼロコンマ】は数多あるケーゴのスキルの中でひと際異彩を放っていた。

 そのため、ケーゴはこのスキルの存在はしっかりと憶えていた。


 このスキルは名前や説明だけで無く表示のされ方も異常だった。

 ケーゴのステータス表示では【ゼロコンマ】のスキルレベルは0だった。

 普通、0レベルのスキルはスキルリストに表示されない。

 にも関わらずケーゴのスキルリストに【ゼロコンマ】の名前は表示されていた。

 さらに、【ゼロコンマ】はレベルの表示欄を超えた変な場所によく分からない数字が表記されていた。


 ケーゴはこのスキルは壊れてしまっているのではと常々疑っていた。

 そして、この神託でケーゴはその疑念が正しかったのだと確信した。


(このスキルが壊れていたせいで、【剣聖】も他の高レベルのスキルも壊れちゃったに違いない。)


 結局、誰にとっても何が起こったか解らないままケーゴの神託は終了した。

 ただ、ケーゴにとっては絶望の神託だったのは間違いなかった。


 礼拝堂の前方で愕然と肩を落とすケーゴを残して村人たちと神父は教会を後にした。

 子供たちもケーゴがレアスキルを8レベル持っていると聞いてそれ以上ケーゴをからかうことはしなかった。

 リコだけが一人礼拝堂に残ってケーゴを励ました。

「ケーゴ、気を落とさないで。レアスキルが8レベルもあるなんてすごいことなのよ! 大丈夫だから。私、そばにいるから。」

 しかし、落ち込んでいたケーゴの耳にリコの励ましは届かなかった。

 ケーゴはその日どうやって家に帰ったのかも憶えていなかった。


 『小数点以下を見ることができる。』


 彼にはそれがどういうことなのかまったく理解できなかった。

 神父も村人も誰もこの説明の意味を理解することができなかった。

 神託の後、神父はこの内容について分かる人を求めたが、少なくとも村にはそのような人間は一人もいなかった。


 この世界に端数という概念はあったが、まだ小数という概念は流布していなかった。

 そのため、誰一人として、この説明を理解することはできなかったのだ。


 誰も理解できないこのスキルは、説明中に『数』という言葉が使われていたせいで、数学系のすごいのスキルなのではないかと噂された。


 【数学】は上げるのが困難で重宝されているスキルだった。

 スキル保持者は豪商になったり、高レベルにもなると王宮で財政の管理を行ったりすることなども多い。

 【ゼロコンマ】はその上位のスキルではないかとも噂された。





 神託の日の以降、ケーゴは家から出てこなくなった。

 母親はケーゴのことを煙たがって怒鳴り散したが、ケーゴにとっては外で誰かに会うよりもましな事だった。

 剣の訓練も辞めた。

 ケーゴの数週間後に神託を受けたリコの【剣】のレベルが4レベルだったことも、ケーゴを塞ぎこませた一つの理由だった。

 リコは【剣】のレベルは2だと言っていた。彼女が見ていたステータスよりも高いものを神託の際に受け取ったのだ。

 しかも、リコは他にも幾つもの才能を持っていた。


 その事がケーゴには妬ましくて仕方がなかった。ケーゴのリコへ対する態度は冷たいものになっていた。


 リコはそれでも毎日のようにケーゴを外へ誘いに来た。

 返事を返すこともほとんどしないケーゴに1時間も2時間も話しかけた。


 しかし、ケーゴはリコの誘いには応じることはなかった。


 リコの声から少しずつ元気が薄れていった。

 そして、別れは突然訪れた。

 

「ケーゴ。私、村を出るね。」


 リコの言葉にケーゴは一瞬ショックを受けたような表情を見せたが、すぐに無表情を装って感情を隠した。

「さっき、村に来た商隊の護衛をしてる冒険者さんたちに誘われたんだ。」

 リコの声はいつもの元気な声ではなく、ケーゴの聞いたことのない暗い、悲しい声だった。

「私、先に冒険者になる。冒険者になって街で待ってるから。絶対にケーゴが追いついて来るって信じてるから。」

 ケーゴはリコの言葉から逃げるように膝を抱えた。


 そんなケーゴの姿を見てリコは悲しかった。

 リコは本当はケーゴと一緒に旅立ちたかった。

 でも、ケーゴは止まってしまった。

 リコが好きだった大空に向けて一生懸命羽ばたこうとしているキラキラしたケーゴはどこかへ行ってしまった。

 リコはこのままではケーゴも自分も駄目になるであろうことを理解していた。


 自分だけでも前に進まないといけない。

 でないと、ケーゴと二人でダメになってしまう。


 リコは自分にそう言い聞かせて、ケーゴを残して村を去ることを決断した。

 それに、リコには考えていることがあった。


「【ゼロコンマ】についても調べてくるからね。」


 王都まで行けば【ゼロコンマ】について何か解るかもしれない。

 スキルの内容が分かれば、ケーゴの進むべき道が解るかもしれない。

 もしかしたら、【ゼロコンマ】について調べた結果、もしかしたらケーゴの進むべき道はリコの人生とは関係のない方向だと分かってしまうかもしれない。

 だが、たとえそうなったとしても、リコはケーゴの事を助けたかった。

 ケーゴを助けるのは自分しかいないと思っていた。


 もし、ケーゴに彼女を気遣う余裕があったなら、顔を上げて別れを告げに来た彼女の顔を見ることができたなら、一晩泣き腫らして思い悩んだ酷いリコの顔に気がついただろう。


「ごめん。もう、行くね。冒険者さんたちが待っててくれてるの。」


 リコは本当はケーゴと一緒に居たい。

 今だって、迷っている。

 この場でケーゴが止めてくれたら、リコは冒険者になることを諦める。

 そうなって欲しいと、リコは心の底から願っていた。


 だが、ケーゴはリコを止めなかった。

 ケーゴにリコを止められる訳も無かった。


「バイバイ・・・。」

 もしかしたら、ケーゴとはこれっきりになってしまうかもしれない。そう思って、リコはの声はうわずった。

 リコが子供のころからケーゴと一緒に夢見てきた希望に満ちた旅立ちとは程遠い、たくさんの不安に満ちた別れだった。


 それでもリコは進むと決めた。


 ケーゴが止まってしまったから、リコは前に進む必要があった。

 止まってしまったケーゴが再び前を向いて歩き出せるように、リコはだけでも進み続けなければならないと思った。


「リコ・・・。」

 ケーゴが小さな声を上げた。


 リコは自分の決断が少しだけケーゴを動かしたのを感じて笑った。

 細めた瞳から耐え切れず涙が流れ落ちた。


「頑張れ、ケーゴ。」





 リコが村を去って数日後。

 ケーゴは村の商店で働く決心をした。


 神託の後、数学の才能があると噂が立ったケーゴには村の内外のいくつかの商店から声がかけられていた。

 自分にもお金が入る事からケーゴの母ザニアはケーゴを商店に奉公に出そうと強いていたが、ケーゴはそれに応じていなかった。

 心のどこかで冒険者への未練があったし、何より自分を不幸にしたスキルの世話になるは嫌だった。


 だけど、旅立って行ったリコの背中を見て、ケーゴは【ゼロコンマ】と向き合う覚悟を決めた。


 もしかしたらリコとは違う道に進むことになるかもしれない。

 それでも、ケーゴはそんな自分のままでいるわけにはいかなかった。

 リコのあんなつらそうな声を聞いたのは初めてだったから。

 だから、ケーゴは村で魔石と取り扱っているマディソン商店に見受けされることを決断した。


 しかし、


 ケーゴが村の魔石商店に勤めるようになって1か月もしないうちに、ケーゴが数学はおろかスキルすら持たない人たちが簡単にこなすような計算すらままならないという事が発覚してしまった。


 【ゼロコンマ】はレアなだけの何の役にも立たないスキルだと村中に知れ渡ってしまったのだった。



 ――【スキル】こそがこの世界の人間の価値を決める。――



 村の人たちのケーゴに対する扱いは一気に冷たくなった。


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