リコ
日は明けて、次の日の朝。
全然、眠れなかった。
ユージとの話、リコも聞いてたらどうしよう・・・。
昨日の探索であちこち筋肉痛だ。
小数点の伸びまできっちり見えてしまう俺には、【筋肉】が鍛えられていないのが分かってしまうものだからなお辛い。
努力が完全に可視化されるのは考えもんだ。才能のあるやつが羨ましい。
茅葺き亭の階段を降りるとニキラさんがカウンターの向こうで相変わらずのぶっきらぼうに本を読んでいた。
「おはようございます。」
「おはよう。昨日は大変だったらしいな?」
「え゛っ。ななな何で知ってるんでずか?」
「今朝リコが言ってたぜ? ヤミンとお前が大変だって。」
ままま、まさか、リコに昨日のヤミンとの会話を聞かれてしまったのか!?!?
「筋肉痛は大丈夫か? リコですら疲れたとか言ってたから、大変だったろう。」
そっちか。
「あ、はい。結構痛いですが俺は大丈夫です。これから訓練場にでも行こうかと。」
「そりゃ、二人してせいが出るな。」
「二人?」
「リコも街の外に自分を鍛えに行ったぞ。」
「そうなんすか。どこに行ったか分ります?」
俺はニキラさんにリコの居そうな場所を聞いて向かうことにした。
俺の心の平穏のために、ユージとの戦いのときのことを知っているかどうか探りを入れなくてはならん。
考えてみれば、この街で再会してからのリコにはちょっと違和感がある。
元気がないというか・・・遠慮、遠慮が一番しっくりくる気がする。
久しぶりだったから、ちょっと緊張してるのかとも思ってたけど、もしかしたらユージとの情けないやり取りを見られてしまったのかもしれない。
街を出てすぐ道を外れ、ニキラさんに聞いたあたりの小さな森に分け入る。
このあたりはまだ街に近い。モンスターはめったに出ないし、出ても弱いのだそうだ。
しばらく森の中を進むと何やら前方で音がする。
音のする方へ進んでいくと、開けた場所があった。
ここが白塗りの丘だ。
そこではリコが舞っていた。
リコの後ろには木々に囲まれた白い丘のような花畑。
陽光に照らされた丘の白にリコのシルエットが黒く映える。
颯爽と剣舞を舞うリコをついて回るかのように、後ろで一本に結わいた髪がゆらりと滑らかな軌跡を描いていた。
俺はリコの剣舞に思わず見惚れてしまい、そのまま足を止めて見入った。
「ケーゴ!」
リコが見とれている俺に気がついて、舞をやめて駆け寄ってきた。
「どうしたの? こんなところに。もしかして私に用?」
あの時起きてたか確認しに来ました、とは言えん。
「いや、久しぶりにリコといっしょに訓練したいなぁなんて。」
俺がそう言った瞬間、リコの表情がぱっと華やいだ。
本当に訓練大好きだな。
「じゃあ、久しぶりにお相手願います。」
リコが頭を下げた。
「こちらこそ。」
リコは今まで振っていた剣をしまうと、ちょうどいい長さの手近な木の枝を拾ってきた。
俺もちょうど良さそうなのを探してくる。
俺たちは、子供のころのように無邪気に、じゃれ合うように木の枝を打ち合った。
リコは、リコの動きは、洗練され、とても美しくなっていた。
たくさん頑張ったのが、たくさん成長したのが伝わって来た。
俺たちは木の枝を振り回して散々踊り遊び、
そして、いつものように俺がへばって終わった。
「もうへばっちゃったの?」
「勘弁してくれよ。」
「じゃあ、少しお話しましょ。」
そう言ってリコは俺の隣に腰を下ろした。
「そうしようか。」
「!」
リコは花が咲き誇るかのように笑った。
目を細めて笑う彼女は白塗りの丘に咲くすべての白い花を背景にしてなお、一番綺麗だった。
ああ、これがほんとのリコの笑顔だ。
久しく見てなかった気がする。
嬉しくて思わず顔がほころんでしまったのを感じた。
「ケーゴ、すごく強くなった。頑張ってたんだね。」リコが嬉しそうに俺を見つめた。
「リコこそ。すごく動きが玄人っぽくなった。」
「でしょ? 頑張ったのよ。でも、ケーゴの成長のほうがすごいよ。 昔は何回だって当てれたのに、今日は一回も当てられなかった。いつの間にこんなに避けられるようになったの?」
「【回避】11の【命中】8だからね。」
「嘘でしょ? 離れてから一年経って無いのに。」
「その代わり、それしか上がってないよ? 【鞭】や【束縛(鞭)】も先週1レベルに上がったばっかだし。」
「それだってすごいのよ? だって、ムチはこの街に来てから買ったってヤミンから聞いたわ? ってことは訓練所の一日だけで憶えたって事でしょ?」
リコは興奮気味に顔を寄せてくる。
「うーん。そうだけど、元々もう少しでレベルが上がるところだったしなぁ。」
俺は【ゼロコンマ】でレベルが上がりそうなスキルを知れることや、どうすればスキルのレベルを上げやすいか知ることができる旨を簡単に説明した。
「【ゼロコンマ】ってそんなにすごいスキルだったの? 」
「あ、うん。とても役に立ってるかな。良いスキルだよ。」
「・・・【剣聖】のスキルが無かった事とか【ゼロコンマ】についてもっと悩んでるのかと思ってた。」
「あ~。そんな時もあったけどね・・・。」
と言ったところで、リコと別れた時の拗ねた自分を思い出して顔が赤くなる。
「その、あの・・・えーと・・・」精一杯にしぼりだせたのはたったの4文字。「ごめんね。」
「うん。こっちこそごめん。」
リコが俺にフワッと寄りかかってきた。
「ケーゴ、すごいよね。」
前世の記憶が蘇った事が大きいんだけどな。
その前世の俺は『小数』って概念を知ってた。ただ、それだけだ。
たった、この一つの事を少年の頃の俺が知っていたら、それだけで俺の過去はきっと大きく違っていたのだろう。
ほんと、たったそれだけのことなんだ。
「・・・ねぇ。」
リコが体を起こして俺との隙間を空けた。
「ヤミンの事、好き?」
「え~。まあ、好きかなあ? 何も考えてないように見えて、結構しっかりしてるよね。上手くやってけると思うよ。」
「そっかあ。」
リコは何だか間の抜けた声で相槌をうつと、顔を伏せて膝を抱えた。
「ヤミンってすごいよね。私も助けられてばっかり。昨日も、私はケーゴのために何もできなくて。ヤミンがケーゴのこと市長と司祭から助けて。私、敵わないなぁなんて・・・。」
そこまで言って、なぜかリコは話すのを止めた。
うつむいて表情は見えない。
「ごめんね? 変なこと言って。私、ちょっと、これはダメだわ。」
「まあ、年上だし甘えさせてもらおうよ。」
「そう言うことじゃないのよ。」リコは笑って言った。「それに、ヤミン、私たちより、少しだけ年下よ?」
「え!? そうなの?」
お姉ちゃん、ちゃうやんけ!




