転生者とNPC
「お前、人間か!!」
男は驚いたようにそう言うと一歩下がり、持っていた剣がだらりと下がった。
「うそだろ・・・人間がいたのかよ・・・。」
なに言ってんだコイツ。
「ようやく会えた。俺はユージだ。」
そう言って、男は剣を収めた。
「なんだ? 急に馴れ馴れしい。」
俺は警戒して短剣を構えなおす。
「そんなに警戒するなよ。俺も人間だ。」
彼はそう言って、攻撃する意思がないことをアピールするかのように両手のひらをこちらに見せてきた。
「俺は雄二。上桜坂 雄二だ! こっちではユージと名乗ってる。」
「・・・・。」
やはり転生者か。
しかし、急に仲良くしようとされても困る。
さっき一瞬目をやったヤミンが動いてない。
とはいえ、こっちにも手だてがない。
「お前の名前は?」
「・・・・ケーゴ。」
「お前も死んで、神とやらにこの世界に飛ばされのか。」
「そうだ。アサルに飛ばされた。」
「アサル?俺はカムサラとか言う神だったぞ。」
担当分けされてるってのは本当だったのか。
カムサラもアアルでは聞いたこと無い神だ。
「お前は、なんでこんな事してる?」
俺はユージに訊ねる。
何か理由があるのかもしれない。
時間も稼ぎたい。
「こんな事?」
「何で、新人狩りなんかしてるのかと聞いてる。」
「お前を殺しそうになったことについては謝る。まさか、俺以外に人間がいるなんて思ってなかったんだ。」
さっきから、本当になにを言ってるんだ、コイツ??
「ユージ!」
外野から声が飛んできた。
「その小僧は知り合いなのか? スキル上げが済んだんなら、これを解いてくれないか。さっきから頑張ってるが俺じゃほどけねぇ!」
すまきになってころがされてたガラドだ。
丘に上がった魚のように身体をくねらせながら、ユージのほうに転がっていく。
くそ。
このユージとかいうやつがガラドを縛っている鞭をほどいたら完全に詰みだ。
というか、ほどかなくても、ユージが本気で俺を殺しにこようもんなら終わりだ。
「女どもが気絶してる間に、縛っちまったほうが良い。3人で楽しもうぜ。それとも、暴れんのを無理やりねじ伏せる方が好み?」
今のうちにガラドだけでも、なんとかすべきか?
今なら、奴は動けない。
駆け寄って短剣を突き刺すだけで簡単に・・・。
殺せる?
人間を?
モンスターすら殺したこと無いのに?
ユージはガラドの声に答えるようにガラドに近づいていく。
クソ、だめだ。
こんな時なのに足が動かない。
ユージはゆっくりとガラドの元までたどり着いた。
「すまないねぇ、ユージ。」
「気にするな。」
ユージはそう言うと、剣を抜いて動けないガラドの喉に突き立てた。
「な、ばっ・・・。」
ガラドの驚きの声が、口から吹き出した鮮血でかき消された。
「うるさくて悪かったな。」
ユージは俺に向き直ると、再び剣を鞘に収めた。
「お前、人の命をなんだと思ってやがる。ガラドは仲間じゃなかったのか?」
「人? 仲間? さっきからお前、なに言ってんの? こいつらは所詮プログラムじゃねえか。」
!!
こいつ、この世界の人たちをゲームのキャラクターだと思ってるのか!
「お前だって気づいてんだろ? この世界はアルファンだって。こいつらはただのNPC。これはPKですらねえんだ。だったら効率よくやろうぜ。」
「なに言ってんだ! みんなには感情も考えもある。言葉だって交わせる。みんな立派な人間だろ!」
「あほかよ!? そんなこと言ったら、アルファンのAPCシステムの時からそうだったじゃねえか。アルファンとの違いは、ここではこいつらを殺せるってことだけだ。」
「そんなバカな話あるか!」
「もう一回言う。こいつらは人間じゃねえ。モノだ。プレーヤーのために用意された道具だ。俺たちとは違う。理解できるか? モノは人のためにある。」
そう言いながら、ユージは自分のこめかみを人差し指でトントンと叩いた。
「これもモノ。どうせならいっしょに楽しもうぜ! どっちがいい?俺はそっちで気絶してるマイルウンで我慢してやってもいいぜ?」
そう言って、ユージはリコの鎧の胸の辺りを踏みつけた。
「ふざけるな! そんなことするわけないだろ!」
「おいおい、どうせ、カリストレムなんてあと2週間で滅ぶんだ。だったら、使えるモノは使ってやんなきゃもったいないだろ?」
「2週間で滅ぶ?」
「知らないのか? アルファン通りなら、2週間後に襲撃イベントがあるぜ。」
「それは本当か?」
「『白染めの丘が満月にてらされる時、8万の獣たちが襲い来る。』だっけか? アルファンのイベントヒントがこの世界にもきちんとあったぜ。」
なんか、その文言、Wikiで読んだ憶えが薄っすらある。
だとすると、アルファンでそうだったようにカリストレムは滅ぶのか。
「そんなことよりさ、お前はどっちと犯りたい?」
ユージの足が、今度はリコの股間を弄るように踏みつけた。
「ふざけんな! 貴様! それ以上許さない!」
俺は一気に間を詰めて切りかかる。
「【プロテクション】!」
俺の攻撃はユージの周りに発生した魔法の障壁に弾かれた。
「お前のダメージが弱いのはもうバレてんだよ。そのダメージソースでよく今まで生きてこれたもんだ。」
そう言って、ユージは剣を抜くと、リコの鎧を止めている紐をもう一本引きちぎった。
「やめろ! クソがあああ。」
必死で剣を叩きつけるが、すべて鈍い音で魔法の障壁に阻まれる。
「お前がその気ならこっちのはくれてやるぜ? 別にこっちじゃなくてもいいって言ってんじゃん。」
俺は剣を投げ捨てて掴みかかる。
もう、戦いじゃない。
喧嘩なれもしてない俺の捨て身の攻撃は、腹を蹴り上げられてユージに届かない。
声にもならない嗚咽を上げて、俺はユージの前に膝をついた。
「たのむ・・・。」
腹に一撃を受けて息も絶え絶えな俺は、絞り出すように懇願する。
「彼女に酷いことをしないでくれ・・・。」
「ちっ。人間よりもプログラムのほうが大事かよ!」
ユージは吐き捨てるように言うともう一度俺を蹴り上げた。
「げはっ!」
「この世界に唯二人の人間がこんなんかよ! 弱いし、人とモノの区別すらついてねえ! こいつらは生き物ですらないんだ。ただのA.I.だ! プ・ロ・グ・ラ・ム。人型に見えるだけのやけにリアルな道具なんだよ!」
「違う・・・。リコは・・・。」
「プログラムは人様の役に立つために作られたもんだろうが。ゲームのA.I.なんだから人間であるプレイヤー様を楽しませてなんぼだろ!」
ユージはうずくまって動けない俺を尻目に、リコの胸倉を片手で掴んで引き上げた。
だらりと垂れたリコの手から剣が滑り落ちる。
「こいつらはモノなんだよ。コイツなんか穴がついてんだから、そういう目的のプログラムなんだろうが! こいつらには人格も人権もねえ。エロ動画やオナホと同じなんだよ!」
「そんなわけが・・・そんな訳あるか!」
無理やりに立ち上がる。
膝に力が入らない。
「なあ、この世界に俺とお前しか人間が居なかったとしても、リアルな性処理用品がそこらじゅうを闊歩してると思えば案外捨てた世界でもないのかもしれないぜ。」
ユージはうなだれていたリコの顎に手を当てて首を上に向けた。
リコはユージの手に逆らうことなくのけ反るように上を向いた。
白い喉がむき出しになる。
「やめろ! 止めてくれ! お前には心がないのか!」
「プログラム相手に人間の道理を持ち出すな。もう一度言う。こいつらは俺らが楽しむためのツールだ。」
「違う! リコは人間だ!」
ガタつく足に無理やり鞭をくれて、ユージに再び飛びかかる。
ユージは俺の特攻に対してその場を動くことすらなく、ただタイミングよく足を伸ばした。
自分からユージの足の裏に顔面から激突した俺は地面に叩きつけられるように無様に転がった。
「何で、俺以外唯一の人間がこんなアホなんだよ・・・。」
ユージは苛立たしげにつぶやくと、掲げ上げているリコの胸元にもう一方の手を伸ばした。
「もう、そこで見てろ! お前に道具の使い方ってのを教えてやる!」
ユージはリコの胸当てを無理やりに引き剥がした。
「やめろぉおお!」
「居たぞ! こっちだ!!」
突然飛んできた声に俺もユージも驚いて声の方を振り返った。
そこにはこちらに駆けつけようとしている冒険者の一団がいた。
こんなに早く!?
どうして?
でも、助かった!!
「ちっ! ギルドか。」
ユージはリコを地面に投げつけるように放り捨てた。
「ケーゴ、またな。それまでにモノと人間の区別くらいつけられるようにしておけ。」
俺はリコをかばうように覆いかぶさり、ユージが逃げ去って行くのを見届ける。
見てろよ、
そりゃ、今はまだ全然だけど、
名前も聞いたことのないプレーヤーにやられっぱなしなほど俺は甘くないからな。
次は、
次こそは・・・
ユージの背中が崖の向こうに消え、俺は安堵のあまり気絶した。




