仄暗い谷の底で
タキニオは数日前、カリストレムに到着したばかりの冒険者志望だった。
まだ、冒険者ではない。
カリストレムに到着するなり、冒険者になるのは少し待った方が良いとヤミンという女の子の冒険者に忠告された。
何やら、新人冒険者狩りが横行してるらしい。
あまりに可愛らしい先輩だったので、つい冒険者にならないと約束してしまった。
そのせいで、彼はまだ冒険者ではなかった。
タキニオにはお金がなかった。
そんな彼が冒険者ギルドの前で、どうしたものかとウロウロとしている時に声を掛けてくれたのがガラドだった。
彼は出世払いで良いと言って、見ず知らずの彼に当面の宿を取ってくれた。
上宿ではないが、1週間分の宿代を奢ってくれた。
しかし、いつまでも冒険者になるのを待っているわけにはいかない。
宿も1週間分だけだし、飯代だってかかる。
そんな折に、ガラドが小遣い稼ぎのちょっとした仕事を紹介してくれた。
ガラドが依頼してきたのは商人が谷底に落としてしまった荷物の回収だ。
依頼主は大地の裂け目の谷沿いの道を通っている時にモンスターに襲われ、谷底に荷馬車を落としてしまったらしい。
幸い命だけは助かった依頼主は新たな馬車を準備して荷物を回収しようとした。
だが崖の下には馬車では降りれない。しかも、落としたのが武具などの重い荷物がばかりだったので、運び上げるための人手が必要なのだそうだ。
大地の裂け目には多少なりともモンスターが住んでいるため、戦いがある程度できる人間でなくてはいけない。
そんなわけでタキニオのような若手がガラドによって集められ、大地の裂け目までやって来た。
そうタキニオは理解していた。
大地の裂け目と呼ばれる荒野には、いくつもの亀裂のような深く大きな谷がいくつも走っていた。
ガラドと依頼主の商人の誘導で、一つの大きな谷へと降りていく道を彼らは進んで行った。
若手の冒険者のパーティーと、タキニオのような冒険者の卵10人が商人の前後を挟むように守りながら、崖の底へ細い道をゆっくりと降りていく。
ガラドは一番最後方について、経験の少ない10人をサポートしながらアレコレ教えている。
タキニオもその中でガラドの謹言を聞き逃すまいと集中していた。
ここまでの道のりで、タキニオはすでに何度かの戦闘もこなしていた。
彼は村でモンスターと戦ったことはあったし、ある程度自信もあったが、冒険者たちはやはりみんな強かった。タキニオと同じようにこの街に来たばかりの人たちでも、タキニオにとっては目を剥くくらい強い人ばかりだった。
「もうすぐ底だ。多分、そろそろどこかに商品が落ちていると思います。」
崖をくだり、道が広くなってきたあたりで、冒険者パーティーのリーダーが告げた。
「そんなことねぇよ。」
冒険者パーティーの後ろに居た依頼主の商人が言った。
「は?」
先行していた冒険者パーティーのリーダーがさっきまで丁寧な口調だった商人の態度が突然悪くなったので驚いて商人を振り向いた。
「ここまで来れば、悲鳴も上までは届かねえ。」
商人はそう言って、剣を抜いた。
先輩冒険者たちがすぐに対応して剣を抜く。
商人を挟んで反対側、隊の後ろでは、新人たちが何事かと顔を見合わせる。
タキニオは何が起こったのかを尋ねようとガラドを探したが、彼の姿はすでにそこには無かった。
「貴様! まさか新人狩りか!」
冒険者パーティーのリーダーが叫んだ。
「正解。15連スキルガチャ、始めようか?」
商人は邪悪な笑みを浮かべた。
* * *
「嘘でしょ・・・。」
リコとヤミンは絶句した。
そこには今まさに殺されたばかりの人間のパーツが転がっていた。
血がまだ流れて固まりきっていない。
冒険者ギルドを飛び出した、リコとヤミンは、ケーゴを連れて行ったガラドを追った。
街のいろいろな所を駆けずり回った挙句、ガラドが商人と冒険者の一団を連れて街を出て大地の裂け目に向かって北上して行ったことを突き止めた二人は、崖の一つに隠されるように放置されていた空の荷馬車を発見した。
そして、足あとを追って崖の底まで降りてきたところで、彼女たちは少し前まで生きていたらしい人々を見つけた。
ヤミンとリコは死体を確認していく。
と、リコがひっくり返した一つの死体を見て絶句する。
「カラタチ・・・。」
彼はリコよりも数年前から活躍していた冒険者だ。この街では中堅どころと言ってもよい。
新人の頃、色々と良くしてもらった。
彼だけではない。彼のパーティーの面子も近くに転がっていた。
彼らがやられたのであれば、それをできる相手に自分たちが敵うすべがないことをリコは知っていた。
リコは必死で死体を確かめる。
ケーゴらしき死体は無い。
リコは少しだけホッとしたが、確認した死体の数だけいっそう不安がつのっていく。
「音がする!」
前方の音を聞きつけたヤミンが駆け出した。
音は崖の向こうから聞こえていた。
二人は駆け足で音のする方へ走った。
まだ、生き残っている冒険者が居るかもしれない。
それはケーゴかもしれない。
リコとヤミンが音の元へたどり着くと、そこには二人の男が居た。
一人の男が崖の壁際に追い込んだ冒険者に向けて剣を突きつけていた。
剣を突きつけている男とて無傷ではない。
この死体の山を築くにあたり、相当の抵抗を受けたのだろう。
体中傷だらけで、服からは血が滴っている。
だが、勝負はすでについていた。
男は防具さえ付けていないが、冒険者を完全に制圧していた。
「アンタ! やめなさい!!」
ヤミンの声に冒険者と男が彼女のほうを向いた。
「お、オマケの二連ガチャみーっけ。」
男がなぞの台詞とヤミンとリコに向かって吐いた。
「ヤミンさん・・・お願い、助けて・・・。」
冒険者がヤミンにすがるように助けを求めた。
「残念。」
男は彼の胸に剣を突き立てた。
「げぶっ。」
彼は口から大量の血を吐き出し、そのままゆっくりと白目を剥くと力なく崩れ落ちた。
「ああっ!!」
ヤミンの頭に血が上る。
ヤミンが彼とあったのはほんの数日前だった。
彼はタキニオと言った。
ヤミンが忠告して冒険者になることを思いとどまらせて救ったはずの冒険者だった。
だが、彼の最期の言葉はヤミンへの救いを求める声だった。
「なぜ殺した!!」ヤミンが吠えた。
「なぜ、殺しちゃいけない?」男は平然と言い返した。
「人の命をなんだと思っているのよ!」
男はヤミンの怒声にも反論することもなく鼻でせせら笑った。
「ケーゴはどうした!?」今度はリコが叫ぶ。
「ケーゴ? コイツで最後だ。多分そこら辺のどれかだろ?」
「許さない・・・。」
「いいねぇ。今日のスキルガチャは当たりだったし、さらに追加で回せるとかついてるぜ。」
リコが剣を構え、ヤミンも弓に矢をつがえる。
「どうする。」
リコがヤミンに問いかける。
「正直、逃げるほうが正解だと思う。」
「でもケーゴが・・・。」
「そうだとしたらもう遅い。この人数をやっつけた相手に私たちが敵うわけ無い。」ヤミンは容赦なく考えを口にした。
「でも・・・。」
「まだ、ケーゴの死体は無いわ。生きてるかもしれない。私たちがここで死んだら会える芽が完全に無くなるのよ?」ヤミンは今にも男に飛びかかりそうなリコを諭す。「隙を見て逃げましょう。あれだけ怪我してれば振り切れるかも。」
と、二人の後ろから声がした。
「それだけ威勢よく出てったのに、今更逃げるなんてなくない?」
「ガラド!!」
二人が振り返るとそこには、冒険者ギルドて何度もあったことのある男がいた。
「やっぱアンタが黒幕か!!」
「いや、リーダーはあっち。」
そういって、ガラドは男を指差した。
「もう逃げられないわよ? 私たちが戻らなかったらギルドだってアンタの事怪しむ。」
「あれま、じゃあ俺もうあの街には戻れないねぇ。」ガラドは呑気に言った。
「気にするな。あの街はどうせすぐ滅ぶ。」男が不吉なことを言った。
「ところで、ユージ。たまには訓練ばっかじゃなくて、ちょっとお楽しみってのどう?」ガラドがいやらしく笑いながら提案をし始めた。「こいつら、うちのギルドのカワイ娘ちゃんたち。いいでしょ?」
ユージはすこし考えてから、舐めるように二人を見た。
「そうだな。たまにはスキル上げ以外ってのもありか。」
「ヤミン。やるしかないみたい。」
「そうね。」
二人の間に緊張が走った。
「じゃあ行くぜ。まずは楽しませてくれよ。その後は楽しませてやるからさ。」
そう言って、男はリコに斬りかかってきた。
リコがどうにか男の攻撃をはね上げる。
「は、やるぅ。」
男は防御できて当然とでも言うようにせせら笑った。
こうして、新人狩りの二人とリコたちの戦いは幕を開けた。
10合も剣を合わせないうちにリコはこの男には決して勝てないということを確信した。
ユージという男が手を抜いているにもかかわらずだ。
ユージはリコをからかうかのように同じような攻撃を繰り返してきた。
おかげでリコはかろうじて耐えしのげている。
「いいぜ。しぶといねぇ。」
傷だらけのリコを見ながらユージは笑った。
リコはもう立っているのがやっとだった。
リコでは勝てない。
そして、ユージはリコを痛めつけて遊んでいる。
リコはただ時間稼ぎをして、ヤミンをユージから守るので精一杯だ。
一方でヤミンはガラドと対峙していた。
ヤミンは弓士だ。
一対一の対戦なんてあり得ない。
接近戦なのに未だ決着がついていなのは、ガラドがヤミンの事を剣で倒さずに組み伏せに行こうとしているからだ。
「逃げないでよ。おじさん本番前に疲れちゃう。」
ガラドがいやらしく笑いながらヤミンを見た。
「は、アンタのへっぴり腰じゃ、私を捕まえることすらできないわよ。」
ヤミンが強がる。
距離を取らないと矢をつがえている暇がない。
「まあ、そうかもね。」
そう言って、ガラドは背中の大剣を抜いた。
「ちょっと痛いよ? 死なないでね?」
と、ガラドが一気にヤミンとの間合いを詰めた。
「はやっ・・・」
「【大剣殴り(ソードバッシュ)】!」
ヤミンをガラドの剣が襲った。
ガラドの本気の一撃をヤミンは避けることなどできない。
ガラドの剣の腹がヤミンをとらえ吹き飛ばした。
「ごっ・・!」
たまらずヤミンが地面に倒れ伏し、目玉をむき出しに悶絶する。
「一丁あがり。」
ガラドはニヤリと口角を上げると、剣を背中の鞘に収めて、未だ悶絶しているヤミンを見下ろしながらズボンに手をかけた。
「ヤミン!!」
「君の相手は俺。」
リコが叫ぶも、ユージの攻撃がその場を離れることを許さない。
「助けてっ・・・誰か・・・」
まだ、満足に動けないヤミンが少しでも逃げようと身をよじる。
「お先に~。」
ガラドはユージにそう言うとヤミンに襲い掛かかった。
「【束縛】!」
どこからか声がこだました。
同時にガラドの背後から長い鞭がカエルの舌のように伸びてきてガラドに巻きつくと、そのまま慣性でガラドの事をぐるぐる巻きにしてしまった。
リコは突然現れた声の主を見て歓喜の声を上げた。
「ケーゴ!!」




