誰も動かない
西の訓練場で鞭の訓練に明け暮れている間にあっという間に時は過ぎた。
レイチェリオンさんの飯休憩もあったので今日の訓練は午前中で切り上げる。
そろそろガラドとの約束の時間だ。
もちろん、当然のごとくブッチ。
そんな新人狩りと分かってる危ない仕事に行くわけない。
約束はブッチしたけど、ガラドに呼ばれた場所からちょっと離れたところに隠れて見送ってる。
こっそり追跡して彼らがどっちの門に向かったか確認。
そして、彼らがその門から出て行った後、無理を言って城壁の上に登らせてもらって、彼らの行く方を確認した。
彼は街の西口から、15、6人の冒険者と馬車一台を連れて、街道を外れて北西へ向かって行ったようだ。
多分目的地は大地の裂け目だ。
カリストレムの北西にある荒野で、幾つもの深くて広い亀裂が大地に走っている。
現場はその亀裂の下だろう。
あそこは、イベントでもない限り滅多に降りていく人間はいない。
急いでギルドに知らせよう。
ガラドについてった15人が危ない。
そんな訳で、急ぎギルドに到着。
受付に駆け寄る。
「すみませ~ん。」
「はい、どうし・・・ケーゴ君!!」
「あっ、はい! ケーゴです。」
レモンさんがめっちゃ驚いたので俺もビビる。
俺、何かやらかした?
「リコちゃんがあなたの事探してたわよ? リコちゃんのこと知ってる?」
「はい。同郷なんです。」
おお。リコが帰って来たのか!
でも、今はそれどころじゃない。
「そんなことより、ガラドさんが15人くらいの新人冒険者を集めて、大地の裂け目に向かってます。多分、この辺りで起っている新人狩りと関係があると思います。どなたか向かわせてもらえませんか?」
レモンさんが露骨に眉をひそめた。
「ヤミンちゃんもそんなこと言ってたわね。」
おお、ヤミンもそこまでつかんだのか。
侮ってた。
さすが先輩冒険者。
「今、ヤミンちゃんとリコちゃんが追いかけてったから、その結果を待ちましょ。」
「追いかけたぁ!?」
は?
ヤミンが?
リコも!?
「さっき、あなたがガラドといっしょに出てったって聞いて飛び出していったわよ。」
まずった!
「助けに行かないと! 彼女たちで敵うわけがない!!」
「大丈夫よ、ガラドさんが新人狩りなわけないもの。ケーゴ君も彼の面倒見の良さ知ってるでしょ?」
「そんな見せかけなんていくらでもできるでしょ。現にギルドに話もなく新人を集めて連れてってるんです。このままじゃ、リコや他の冒険者たちが死ぬかもしれないんですよ!!」
「もし本当にガラドさんが犯人だったとしても、彼は私たちを通して新人を集めている訳ではないのよ。ギルドはそう言った依頼には不干渉なの。それは衛兵の仕事だわ。」
「でも、ガラド自身はギルドのメンバーでしょ! ギルドのメンバーがギルドの面子を殺そうとしているんだったら、それはもう闇クエストとかそういう問題じゃなくて、ギルドメンバー同士の紛争に相当しませんか! 」
「そもそも、ガラドさんがやったという証拠がありません!」
「15人も新人を集めてるんだ! ガラドが犯人に決まってる!!」
「おい、お前!」
俺とレモンさんの言い争いに後ろで聞いていた冒険者たちが会話に割り込んで来た。
「新人が知ったようなことをほざくな! ガラドはずっとこのギルドに居る俺たちの仲間だ。お前みたいな新参者に何が分かる!」
「冒険者仲間に助けを求めるなんて良くある話だ! 田舎から出たての小僧には分かるまいが!」
「ガラドの事も知らないくせに!」
口々に俺を責め立てる。
くそ、四面楚歌か。
「ガラドさんだって、このギルドのメンバーなんですよ。」レモンさんが俺に言う。
「新人たちが死んでからじゃ遅いでしょ! もし間違ってたら俺がガラドさんに土下座して謝りますから!」
「お前の土下座に何の意味があるんだよ。」
「俺たちの仲間に文句があるんだったら、自分で行けよ! 俺たちは協力しねえぞ!」
他の冒険者も口々にガラドを擁護する。
「ともかく、ギルドとしては、確証も無いのに大きな行動を起こすことはできません。」
「どうか! どうか、お願いします!」
俺は必死で頭を下げる。
最後は気持ちがモノを言うなんて言うが、それは最初に色々きちんとあっての話。気持ちだけで願いを立てるなんて下策の下だ。
でも、ガラドという旧知のメンバーに対して冒険者ギルドが敵対的な策を打てるだけの証拠を俺は持っていない。
「頼みます! リコたちが危ないんだ!!」
自分でも頭に血が登っているのがわかる。
「リコたちは冒険者たちを助けるために危険を犯してるんだ! リコや若手の冒険者たちは冒険者ギルドのメンバーじゃないのかよ! 俺たち新人はアンタらにとってどうでもいい存在なのか?」
「・・・・。」
ギルドの冒険者たちが顔を見合わせ始めた。
「お願いだ! ガラドさんを倒せと言っている訳ではなんです。リコやみんなが無事か見に行って欲しいとお願いしているだけなんです。何も無かったら何もないで、俺を気が済むまでぶっ飛ばしてくれればいい! お願いします!!」
俺は必死で懇願する。
「ケーゴ君、組織が動くためにはちゃんとした理由が要るんですよ。」
それでもレモンさんは諭すように俺に行った。
口調が優しくたって言ってることはクズだ!
「リコたちはこのギルドのために働いてるんですよ!」
「でも、彼女たちのやっているのもギルドが課した仕事ではないのです。」
「ふざけるな!!」
だめだ。
感情的になったら終わりだ。
絶対に気持ちなんて伝わらない。
でも、怒りがあふれてくる。
前世で憧れた場所は、今世で夢見た場所は、こんな所だったのか。
「ガッカリした! 俺は冒険者になりたかったんだぞ! 誰か、居ないのか! みんな俺よりずっと強くて、俺よりずっと長く冒険者してて、俺よりずっとリコたちの頑張を見てたんだろっ!! なんで見捨てるようなことするんだよ!」
ちくしょう。
涙が出てきた。
「落ち着けよ。若造・・・。」後ろでさっきまで俺に悪態をついていた冒険者が声をかけてきた。「ハッキリ言って、新人とはいえ15人を相手にしようとしてるのが本当だったら、簡単に倒せる相手じゃねえ。様子を見にいくだけでも人を選んだり大掛かりになるだろう。それには準備も根拠も必要だ。」
「これが、落ち着いてられるかっ!」
だめだ。
もう俺が完全に感情論だ。
これじゃ、もう、誰もついてこない。
「ちっ!」
埒が開かない。リコたちがガラドと接触したらまずい。
その前になんとかしなきゃ。
そうだ! 衛兵!
衛兵だ。
街の治安を守る衛兵たちなら動いてくれるかもしれない。
「おい! 小僧!!」
「ケーゴ君!?」
俺は騒めいている冒険者たちをかき分けてギルドから駆け出すと、一番近くの衛兵の詰め所まで全力で駆け抜けた。
しかし、衛兵たちの返答は冒険者ギルド以上に冷たいものだった。
「街の外は管轄外だ。『街』の治安を守るのが我々の役目だ。」
またかよ!
ここもかよ!!
「冒険者が危険なところに顔を出してどうなろうとそれは自己責任だ。お前たちが勝手に危険に首を突っ込んでいくのに俺たちを巻き込むな。」
「なんだよ! 人の命がかかってんだぞ!!」
「人の命がかかっていようと仕事は仕事だ。自ら危険に乗り込んでいって危なくなったら助けてくださいんなんて無責任なこと言うようなら冒険者なんてやめるんだな。」
「でもこれは殺人なんだ! ゲームじゃない。みんなリスポーンなんてできないんだぞ!!」
「何わけのわからないことを。つまみだせ!」
衛兵たちが俺の襟首をつかむ。
「クソっ! 掴むな! 自分で出れる。」
クソッ。
時間がない!
急がないと、リコたちがガラドたちに接触してしまうかもしれない。
俺一人でなんとかするしかないのか!?




