PDーK5の扱いに関する会議
「ケーゴ君は人です。PDとして扱って下さい。」
役員たちも出席している会議の末席で安藤悟は声を大にして主張した。
「データだったとしても彼は感情を有し、アアルの世界に人として生き暮らしています。」
「これは感情論ではないのだ。APCの開発者である君のほうが分かっていることであろう。」役員の一人が冷たく言い放った。
「彼は感情も知性もあります。存在が邪魔だからといって、簡単に消してしまってはいけない。」安藤は相手が相手が役員であっても引き下がらない。
「それはそうだが、彼の存在は危険だよ?」
「我々もいずれは彼らと同じ存在になる。そのときにK5の存在を同じPDとして扱われていては我々の存在意義が問われる。」
役員たちはやんわりと反論する。
「何故です。」
「解っているのか? K5はただのデータなのだぞ?」
「そうですが。」
「K5とAPCに何の違いがある」。
「ケーゴ君だって、西山圭吾として生まれ、このアアルの世界で生きている一人の人間です。」
「君は彼も人間だと言うのかね?」
「ええ、ケーゴ君と他のPDにも違いはありません。クライアントだってそうです。これからあちらへ行くかもしれないあなた方も。」
そのアサルの言葉に役員たちが一斉に騒ぎ出した。
「我々もK5と同じになると言うのか!」
「お前は言っている意味を理解しているのか?」
「NLCプロジェクト自体の意義に関わるのだぞ。」
「意義? 皆様がいったいケーゴくんの何を気にしているのか判りませんが。」安藤は平然と答えた。
彼は一切意思を曲げる気はなかった。
「とぼけるなっ!!」
役員の一人が立ち上がり、ついに感情を爆発させて怒鳴った。
彼はしばらく立ったまま安藤のことを睨みつけ、そして言った。
「西山圭吾は今もこの日本に生きているのだぞ!」
「確かに、まさかデータの転送後に彼が息を吹き返すとは思いませんでしたよね。」
「彼は遠藤エルナの墓の前で毎日のように壊れたように謝り続けている。今日だってそうに違いない。」役員の一人が静かに言った。
「可哀想なことです。」
「この世に西山圭吾がいる以上、今、我々のサーバの中にいる彼のデータは何者なのだ!」
「彼だってケーゴくんです。西山圭吾の人格と記憶を持ち、それでいてアアルの地で一生懸命に新しい生活を慈しむ立派な人です。」
「K5はデータだ! 生きている人間から取り出されPDとして記録されただけのデータなのだ! そうしなかったとしたら、西山圭吾は何になるのだ。彼に申し訳無いと思わないのか!」
安藤はようやく理解した。
この役員たちは命という尊厳を守りたいのだ。
人間が人間として生きていくための尊厳を失いたくないのだ。
でも、安藤にとっては、そんなものよりケーゴと最後に交わしたくだらないあの会話のほうがずっと尊かった。
ケーゴが人間だろうと、そうでなかろうと。
「K5はAPCと変わらない! 変わってはいけないのだ。」役員の一人が声を上げた。
「ならば、APCもまた人なのでしょう。」安藤は言い切った。
ケーゴが誰か思い、そして誰かに思われるのなら、それはもう人なのだ。
ケーゴを人間たらしめた人を安藤は知っていた。
ケーゴがその人を思い、ケーゴはその人にずっと思われてきた。
コギタス・エルゴ・スム。
誰かが思う。故に我あり。
コギト・エルゴ・スムなんかよりずっと素晴らしい存在意義だと安藤は思う。
「APCが人であるものか! あれはデータだ! 簡単に消える!」
「データは消える? 人間だって消えるます。」
「なにかの間違えで壊れることだってあるんだぞ!」
「データが壊れる? 西山圭吾だって壊れてしまった。」
「データには心が無い! 人間のような愛も存在しない。」
「ケーゴくんはAPCを愛しています。そしてAPCに愛されています。」
「そんなのはまがい物の情報と電気信号だ!」
「我々の愛だって、ただの電気信号と情報です。」
会議室がざわつく。
動揺と困惑、そして安藤の盲目的な発言に対する恐怖が会議場を満たした。
彼らにとって安藤の発言は狂気だった。
「私はPDもAPCもケーゴ君も、彼ら全てを、人間と同等の生き物と考えます。」
それは、生きとし生けるものの意味を脅かしてでも、一人の生き方を守りたいと思った技術者が心の底から口にした言葉だった。




