XXの英雄
世界崩壊時計が0を刻んでから、一週間がたった。
王城の上空に封印されていた邪竜は神に選ばれた勇者たちによって倒された。
それは、騎士エデルガルナと数名の冒険者たちだったらしい。
王城は中央部から折れ、王城の周りの建物は瓦礫と化していた。
王城の中腹にあった世界崩壊時計には999という数字が表示され、微塵も動く気配はない。
王城の前の広場だけ、魔法と工事によって平らに直されていた。
その広間の前に王都中の人々が集まっていた。
それだけではない、王都の外であっても、この時に間に合うことのできた多くの人たちが、世界を救った勇者たちを一目見ようとこの場に詰めかけていた。
広場には収まり切らず、通りの向こうまで群衆は続いていた。
今日は冒険者ギルドの月間ランキングの表彰式だ。
あまりの人の多さにギルドでは対応できなかったため、今回に限り、王国が表彰式を取り仕切る事となった。
これから王自らが勇者たちの表彰を執り行う。
開会のファンファーレを鳴らすために騎士たちが王城の前に出てきた。
そろそろ式典が始まる。
新時代の英雄をひと目見に集まった何万人もの観客は固唾を飲んで、世界崩壊時計のすぐ下に作られた広い仮設舞台を見上げていた。
***
アサルにさよならを告げて、アアルの世界に戻るとまた俺は軟禁されていた。
今回は本当に大安静。
どうやら【クリティカル】と同時に、邪竜の尻尾の攻撃が俺の背後から命中していたらしい。
邪竜の攻撃をまともに食らったうえ、アースデヴァから落下した俺は大怪我を追ってガチの入院とあいなった。
今回はマジックアイテムは使ってくれず、城の回復職たちが入れ替わり立ち代わりで俺を回復し続け、一週間かけてようやく動けるようになったところだ。
どうやら、エイイチとルナとリコの容態が悪すぎて3つも大回復のアミュレットを使ってしまったので、比較的容態が良好で前回すでに一回使ってもらった俺は渋られたらしい。
ともかく、リコもルナもエイイチもみんな無事だ。
3人ともとっくに元気になってて、俺の回復を待っているらしい。
ほんと良かった。
俺は動くとまだあちこち痛いので、今もベッドの上に転がったままだ。
暇なので【魔力集中】のレベルをどうにか上げる方法はないか、一生懸命模索している。
「おう。ケーゴの回復はどうじゃ? 大丈夫か?」
部屋の外からルスリーの声が聞こえてきた。
「そうか! よくぞ間に合わせてくれた。助かったぞ。」
げ。
なんか、不穏な会話が聞こえたんですけど。
「ケーゴ。よかったな、動いて良いってお達しが出たぞ。」
ノックもなしに扉が開いてルスリーの声が飛んできた。
「いや、まだ充分に動けないんで! 立つと足痛いんで!」
嫌な予感しかしないので反射的に言い訳から入る。
「ほい、松葉杖。」
ルスリーは容赦なく俺に松葉杖を投げてよこした。
「別に仕事を頼もうってわけではないから安心せい。」
「仕事じゃないの頼まれそうだから不安なんです。」
「頼みというかじゃな・・・
ルスリーは俺の言葉なんて無視して続ける。
「今からお前に冒険者ギルドの受賞式に出席して欲しいのじゃ。」
「えっ! もしかして俺、月間ランキングに食い込んだんですか!?」
思わず、ベッドの上に飛び起きる。
もしかして、十傑!?
表紙入り!?
「ランキングに食い込んだ? おまえなぁ・・・。」ルスリーは呆れたように俺を見て呟いた。
そりゃそうか。
よく考えたら、今月は軟禁と療養で二週間も城に閉じこもってたから黒羊の件と邪竜の討伐くらいしか仕事してなかった。
ランキングに入れるわけがない。
「良いから来い。今回は邪竜を倒したお前さんを見に国民が集まっとる。」
「国民!?」
「そうじゃ。王城の前に集まっとる。挨拶くらいしてくれんと、皆が満足せん。」
「イヤです!」
断固拒否。
恥ずかしいからイヤ!
「却下。でないと冒険者カードを剥奪する。」ルスリーがど直球に脅してきた。
「ちょ、嘘ですよね!?」
「んなわけあるか。意地でも出てもらうからな。」
うわぁ、マジだ・・・。
「ちょっと顔を見せて一言頑張りましたって言えば良いだけじゃ!」
「絶対ですよ! ホント『頑張りました』しか言わないですからね! あと誰とも目合わせませんからね。」
「女々しい男じゃの! それでよいから来い!」
ルスリーに急かされて用意されていたきれい目の服に着替えると、松葉杖をついてしぶしぶ病室を後にする。
国民が集まってるって何百人とか居たらやだなぁ。
今から緊張してきた。
「ルスリー殿下。おなかが痛いです。」
「却下!」
返事違くない?
ルスリーに連行されて城の魔導エレベーターに乗る。
エレベーターはなぜか結構上の方まで上昇して止まった。
「「「ケーゴ!!」」」
エレベーターが開いた瞬間、俺を呼ぶ声が飛んできた。
「みんな!」
そこにはリコとヤミン、エイイチが控えていた。
その他にも何人かの知らない冒険者。
そして、何故かヴェリアルドとカシムもおる。
「ケーゴ、無事で、また会えた。」
ヤミンが駆け寄ってきて俺に抱きついてきた。
尻尾が目茶苦茶揺れている。
「ヤミンも無事で良かった。」
ヤミンの後ろからリコも近づいて来た。
良かった。リコも元気そうだ。
ほっと胸をなでおろす。
「えへへ、ちゃんと生き残れたね。」
「うん。」
ふと返事をするっていう約束を思い出して、上手く言葉が出なかった。
リコにちゃんと言わないと。
邪竜と戦う前ルナに言われていたように、もしも世界が終わって何も言えないでいたら、本当に後悔してた。
今、言うべきか?
と、視界の片隅でニヤつきながら俺に手を降ってくるエイイチの姿が目に入った。
うん、後にしよう。
人がいて恥ずかしいし。
なんて言っていいかも分かんないし。
てか、本当になんて言うのがいいんだろ?
どう言ったらリコは喜んでくれるかな?
「ケーゴ、どうしよう・・・。」
すごく不安そうな声が俺を呼んだ。
ふと声の方を見ると、ヴェリアルドが顔面蒼白で立っていた。
「お前のせいだぞ!」
ヴェリアルドの隣で俺に文句を言うカシムの顔も青い。言葉もいつものツンデレじゃなくてマジで責めてる感じがする。
「どうしたんです?」
「なんか、ランキングに入ってしまったっぽい。」ヴェリアルドが答えた。
「おお! おめでとうございます!」
そういや、カリストレムNo.1になったとか言ってたっけ。
「俺たちまだそんなガラじゃないんだよ・・・。」ヴェリアルドが情けない声をだした。
「お前の持ってきたランブルスタの一件の功労点がバカ高かったんだよっ!」カシムが何故か俺を怒る。
「そんなの、他にもランブルスタに助けに来てくれた人たちはいっぱい居たんですから、お二人がカリストレムできちんと頑張ってきた証じゃないですか。」俺は二人を元気づける。
にしても、あのクエストそんなに功労点出たのか。
俺たちもあの後ギルドのクエスト真面目にやってたらランキング食い込めてたのかなぁ。
羨ましい。
「お前たち! そろそろ出番だ。再会を喜ぶのは後にしろ。」
俺たちの後ろからお硬い感じの聞き慣れた声がして、いつもの礼服に身を包んだルナが俺のところにやってきた。
「元の位置に戻れ!」
「はい! エルデガルナ様!」
ヴェリアルドたちは騎士隊長エデルガルナがランブルスタで一緒に冒険したルナだとは露ほども気づいてない様子で、背筋を伸ばしてもと待機していた場所に戻っていった。
「ルナちゃん、またこの後でね。」
「ちゃんとケーキ屋さんに行く約束守ってよ、ルナルナ。」
リコとヤミンもルナに声をかけてもと居たところに戻っていく。
「うむ。分かった。」ルナはエデルガルナの口調のまま二人の背中に答えた。
「ケーゴ。貴殿の場所はこっちだ。」
ルナは松葉杖で進む俺をリコのすぐ隣に案内すると、リコと反対側の隣にルナ自身も壁のほうを向いて立った。
「この壁の向こうが式典の会場だ。もうすぐこの壁が開く。しばらくは堂々と立っていれば良い。そして名前を呼ばれたら打ち合わせの通りに動くのだ。」ルナが説明した。
「はい。えっ!? 打ち合わせ?」
してない、してない。
「ルスリー!!」
俺は叫んであたりを見渡すがルスリーの姿は無い。
「殿下はすでに会場だ。」ルナが答えた。
「え? 俺ちょっと何も聞いてないんですけど?」
「始まるぞ。シャンとしろ。」
ルナが俺にそう言って壁のほうを向いて気をつけをする。
リコたちも壁を向いて背筋を伸ばした。
俺も慌ててみんなに習う。
目の前の壁がせり上がり始め、足元に開いた隙間から大きな拍手の音が漏れ聞こえてきた。
すげぇたくさん人居ないか!?これ!
一気に血の気が引いていく。
ヴェリアルドたちの顔色の意味が分かった。
「ケーゴ。」
横からルナの声が聞こえた。
ルナは堂々とした出で立ちで壁のほうを見つめたまま言った。
「先送りしないで、リコにちゃんと伝えなきゃダメだよ?」
「あ、はい。」
やっぱそうだよね?
もしかして今言わないとダメかな?
壁がどんどんと開いてるし。
それにしても、ずいぶん高いところに居るな。
でも高さは今言わない理由にならないよね?
むしろ吊り橋効果で告白成功しやすくなるかもしれないし。
って、よく考えたら告白されたの俺だった。
俺、その答えをする側だった。
下の方からすごいたくさんの人が見てる。
さすがにこれじゃあ言えないか。
いや、でも、こんだけ遠ければこっそり言えば下のみんなには聞こえないかも?
でも、こっそり言うのもなんか違うよな。
リコががっかりするかもしれない。
「第十位、カシム!」
盛大な拍手が聞こえてきた。
おお。
冒険者ランキングの発表か。
いいなあ。
俺もいつか十傑に入れたらなあ。
そしたら、堂々とリコに自信を持って返事できるのに。
いや、違うか。
そんなん関係無いよね。
いや、あるか?
やっぱ甲斐性は無いとダメだよね。
てことは、ランキング取るまで返事は待ってもらわないとダメか?
でも、それ、ルナに絶対怒られるよな?
カシムは両手両足ちぐはぐになりながら王の前へ出て行き、賛辞を賜っている。
ちょっと待て?
なんで王が居るんだ?
冒険者ランキングって王様から直接もらうものだったの?
王様の前で告白なんてありえないよね?
じゃあ、しょうがない。
ランキング取るまで返事は待ってもらおう、いやダメだ。
王様の前だからって今言わないでどうする。
また何かあってそのまま言えなかったら絶対後悔するって!
今、言わなきゃ。
俺は隣で凛と前を向いているリコに向けて話しかける。
「り、
「第九位! ヴェリアルド!」
ヴェリアルドを呼ぶ声と盛大な拍手が俺の言葉をかき消した。
待て待て待て待て!
あっぶねえぇええ!
何こんな所で急に言おうとしてんの?
式典の最中よ?
みんなの前よ?
王の前よ!?
ちょっと俺、今緊張とか色々でパニくってるかもしれない。
だいたい、松葉杖ついてるのに告白なんてありえなくない?
って、よく考えたら告白されたの俺だった。
俺、その答えをする側だった。
松葉杖も関係ないし。
そうだ!
式典が終わってから返事すればいいんだ!
なんて名案!
冴えてる俺!
でも、なんて言えばいいんだ?
なんて言えばリコは喜ぶのだろうか?
違うか。
俺の素直な感謝を伝えたほうがいいのかな?
「ありがとう」って伝えないと。
足りないかな?
どう言ったら良いのかな。
「第4位! エイイチ!」
エイイチ4位か。
すごいな。
エイイチくらい立派な冒険者になれれば自信を持ってリコに告白できるのに、違う告白じゃない。
返事をするだけだってのになんでこんなに訳わかんなくなっちゃってるんだ、俺は?
ただ俺の素直な気持ちを伝えればいいだけじゃないか。
だから素直な気持ちを、心から伝えよう。
だって、ランブルスタで俺の周りに誰もいなかった時からリコだけはずっとそばにいてくれて。
だから俺は一人じゃなくて。
リコがいる限りは、ずっと二人だっただから。
一緒にいてくれてありがとうって。
それだけは、心の底から伝えなきゃ。
言わなくちゃ。
って、待てよ?
リコ式典終わったら、ルナとヤミンとケーキ食べに行くとか言ってなかったか?
ダメじゃん!
言えないじゃん!
「第3位! ヤミン!」
おお!
まさかのヤミンが入賞!
おめでと・・・
ヤミンが入賞!?
は!?
エイイチより上なの!?
え・・・あれ?
そういや、ランブルスタの件の功労点がやけに高かったとかカシムが言ってなかったっけ?
え゛?
後二人残ってるよね?
・・・まさか?
「ヤミン様。一言お願いします。」
司会の放送がヤミンに挨拶を促した。
「すごく辛いこともあったけど、失いたくなくて頑張ったら、何か全部大丈夫だった!!」
ヤミンが両手を上げて叫んだ。
その叫びは魔導スピーカを通じて観客の耳へと届き、下から割れんばかりの拍手が響いてきた。
ヤミンの尻尾がこれでもかというくらいにごきげんに左右した。
「第2位! リコ!!」
再び、放送が響いた。
「先に夢かなえちゃうね。」
リコは俺にだけ聞こえるようにそう言って、前に進みだした。
リコはいつもみたいに恥ずかしそうな素振りを見せることもなく、ピンと背を伸ばして堂々と王の前へと歩いていく。
ああ、そうか。
リコはランブルスタの丘で二人で見ていた夢を叶えたんだ。
また置いてかれてしまった。
まだ、一位が残っているけど、そこに俺が選ばれなかったらどうしよう。
それじゃ、俺はリコの隣にはいられない。
締め付けるような緊張が俺を襲う。
「リコ様。一言お願いします。」
王から賛辞をもらい終わったリコに司会の放送が挨拶を促す。
「私は、・・・」
リコが話しだした。
「私は子供の頃からの夢があって、この場でこうやって立派な冒険者になれたことでその夢の半分を叶えました。今日この場で夢の半分でも叶えられてとても嬉しいです。残りの半分はもしかしたら叶わないかもしれないけど、それでもどうにか隣りにいることはできました。」
リコがこっちを向いた。
「だから、私は待ってます。」
ややあって困惑気味の拍手が鳴り、それは大きな拍手の渦ととなった。
「第一位!」
リコがこっちに戻ってくると同時に放送が次の名を呼んだ。
「邪竜を倒せし勇者! ケーゴ!」
爆発するような拍手が起こった。
俺は松葉杖を使いながらゆっくりと前へ進みでる。
良かった。
リコの隣に立っていることができた。
これで、きちんとリコと堂々と向き合える。
リコはそんな事関係ないって言うかもしれないけど、リコだって頑張ってきてたんじゃん。
俺はホッとして王の前に進み出る。
すると、たちまち巻き上がってくるド緊張!
あれ?
なんで、俺、こんな人前に居るの!?
なに?
これ・・・・。
「此度の活躍、見事であった。」王が何か喋っている。
「あ、はい。」
「貴殿は市民を洗脳し世間を騒がした教団を退け、戦争の危機を救い、さらには、そのたった一週間後には邪竜を打倒し世界をも救った。今後未来永劫、貴殿の活躍に並び立つものは現れないであろう。この世界に住まう全ての人間を代表して礼を言う。」
「あ、はい。」
「これからも国のため、この世界のため、尽力して欲しい。」
「あ、はい。」
「皆の者! 英雄ケーゴに拍手を!」
王が立ち上がって観客を煽る。
また爆発するような拍手。
はっ!
何の拍手?
俺の表彰はもう終わったの!?
「それではケーゴ様! 皆様へ一言。」
えっ!?
いきなり!?
狼狽えてどうしたら良いか分からない俺の視界に、王の横から一生懸命ジェスチャーで前を向くように指示するルスリーの姿が見えた。
こんなところに居やがった!
あ!?
そう言えば、ルスリー、なんか一言言うだけで良いって言ってなかったっけ。
それだ!
それを言ってとっとと退散しよう。
俺はこの場をやり過ごしたくて、せかせかと、会場の中央に進み出た。
えーと、何て言うんだったっけ?
あ、そうか。
「リコ、愛してます。これからもずっとそばにいて下さい。」
えっ!?




