邪竜復活
『はーい! 説明するよ!!』
広場に拡声器でも使ったかのようなアサルの大きな声が轟いた。 気づけば時計の数値は5.984*****。
みんなには5に見えてるんだろう。
俺たちはトーテムポールのところに集まった。
今到着したばかりなのだろう。エイイチが膝に手をついて肩で息をしている。俺たちはヘイワーズさんに送ってもらえて良かった。
俺たちの他にルスリーと揉めてた騎士のおっさんたちもトーテムポールの前に集まって来ている。
『何か知らない人達もいるけど、説明するよ。ざっくり説明すると、あの時計で残りが3を切ったら世界を崩壊させる邪竜が蘇ります。そして、0で世界を崩壊させます。皆さんはそれを防いでください。』
「おい、何かフランクな神だな。」騎士のおっさんの一人が隣の騎士に囁いた。
『僕が本気で喋ったら君たちなんて蒸発しちゃうからね。ワザとこういう口調にしてあげてるんだよ。分かったら黙っててね?』
アサルが適当なことを言って騎士のおっさんを脅した。
騎士たちが思わず怯む。
昔、俺たちを消そうとすればできるって言ったから、完全に嘘ってわけでもないのだろうけど。
『邪竜は普通には倒せません。まず、周りにまとっているゴミ・・・なんて言おう。』
「邪気でどうじゃ?」ルスリーが助け舟を出す。
『そうそう邪気をはらって欲しい。なに、ただ、ダメージを与えてくれれば良いだけなんで、普通に邪竜と戦ってくれればいい。邪竜自身が邪気を具現化したようなもんだから。邪気がはらえないと邪竜は倒せない。ここはエイイチくんとエルナちゃん頼み、頼んだよ?』
「わかった。」ルナが頷いた。
「任せておいてくれ。」エイイチも頷く。
『邪気は倒しても後から出てくるから、どんどん攻撃しちゃって。』
「ようは、リジェネのかかってる敵のHPをゼロにしろってことかな?」エイイチが訊ねた。
『そうそう。上手いこと言うね。』アサルはエイイチの例えを褒めた。『あと、出現直後の邪竜は邪気が目茶苦茶溜まってるから、すんごい攻撃がいくと思うんで覚悟してね。』
「そこは私のスキルの出番ですね。」ミロクさんが言った。
『うん。頼むよ。そして、邪竜の退治の最大の肝はここ。さっきHPっていってたけど、HPをゼロにしたからって邪竜は倒せない。』
「ってことは、HPをゼロにしても邪気とかいうのが湧いてきて回復するってことか?」騎士の一人が尋ねた。
『そ。だから、もし仮にHPをゼロにしても油断しないでね。』アサルは怒る様子も無く答えた。
「どうやって倒すのだ?」別の騎士が興味津々に訊ねた。
『時計がぴったり0になった瞬間に邪竜の弱点を攻撃しないと倒せない。』
「0になったら世界が崩壊するんじゃなかったんですか?」ヤミンが尋ねた。
『そう。だから、一瞬でも遅れちゃダメ。逆にちょっとでも早いと倒せない仕様になってる。』
「世界を滅ぼすような相手に狙って【クリティカル】をしろってことか!?」
「しかも、タイミングまで指定? 不可能だ!」
騎士の人たちが騒ぎ出した。
『でも、やってもらわないとダメなんだ。その代わりダメージは重要じゃない。』
たしか、神側とタイミングに合わせてスイッチ押せって言ってたな。ダメージが重要じゃないってのは、そういうことだろう。
修行用のドローンと同じだ。
『ぶっちゃけ狙えるのはケーゴくん、君一人。』
「そうか、君がケーゴ!」
「君がケーゴくんか!」
騎士たちが何か俺の方を見てくる。
最近いろいろやったし、なんか有名になってるっぽい。
『タイミングは徹底的にシビアだよ。ぴったり0を狙ってくれ、君の【クリティカル】と【ゼロコンマ】にかかってる。』
一番得意なところだ。
というか、アサルが邪竜を作ったって言ってたから、俺のスキルに合わせて仕様を決めた可能性があるな。
だとしたら、俺はその期待に答えないといけない。
『もし、ちょっとでもタイミングがズレても弱点を外しても、世界は滅ぶ。』
気負いも緊張もない。
きっと俺よりこの作業に向いてるのはこの世界にいないのだ。
だから俺が決める。
リコに返事しなきゃだし。
「任せて下さい。」俺は堂々と答えた。
ぶっちゃけ、世界ごと滅ぶんなら俺が責められることないからな。
気楽なもんよ。
「神様。最後の弱点をつくところはともかく、それまでの邪竜との戦闘に我々が手を貸すことは叶わないのでしょうか?」
一人の騎士がトーテムポールに跪いて願い出た。
『うん、無理。』
「なぜです!」
『いや、実は邪竜と戦える人数に制限があるのよ。』
「人数制限?」
『そう。今回の戦闘参加者には神の加護を与えてる。言い方難しいけど、邪竜ってのはちょっと君たちの世界の外界隈から来てる存在なのね。だから、戦いに行く人間はその攻撃をくらっただけで存在すら消えてしまうんだ。だから、神の加護がないと戦えない。でも、僕らが加護を与えれば与えるほど相手の邪気も強くなるんだ。だから、今の人員が限界。本当ならケーゴくんだけ送り込みたいくらいなんだけど、それじゃ邪気をはらいきれないだろうし、そもそも生きてられるか怪しいしね。』
ヤミンとリコが互いに顔を見合わせた。
二人はそんな事まったく知らずに、神に直談判して参加させて貰っている。
「では、人員の選別をもう一度考えて貰えないだろうか?」騎士はさらに提案した。「おそらく我々はそちらの冒険者の女性たちよりは強い。私とキルロックが代わりに入ったほうが勝率が上がる。」
正論。
『うん。でもダメ。もう彼女たちが参加する方向で準備しちゃったし。それに、彼女たちの役割は邪竜を倒すことじゃなくてケーゴくんのサポートだ。彼が万全の状態で邪竜の弱点を狙えるように仲間として参加してもらっている。いいね? 君たち。君たちを信用して参加を許したんだ。期待には応えて貰うよ。』
アサルが騎士の提案を退けたので、なぜだかすごくホッとする。
「「はいっ!」」
リコとヤミンはなぜだか俺のことを見ながら、嬉しそうに大声で返事をした。
『言うことは言った。時計も4になったし、そろそろだね。』
時計を見るともう4.891*****だ。
数字の減る速度が上がってきてる気がする。
『邪竜はこの広場の上空、王城周りに出現する。それじゃ、みんな戦いの準備を。今のうちに配置についてね。ルスリーもちゃんと逃げてね。』
アサルが話を〆た。
「皆さんこれを!」
ミロクさんが声を上げて、位置につこうとしていた俺たちを止めた。
ミロクさんの手にはケーキが5つ乗ったお盆があった。
「このケーキを食べるとステータスがしばらく上がります。大した力にはならないかもしれませんが、食べてください。ドーピングケーキです。」
ドーピングケーキ!?
「おお!!ケーキ!」ルスリーが目を輝かせてミロクさんに寄ってきた。
「ルスリーちゃんはダメです。前で戦うみんなの分です。」
「おう・・・。」ルスリーが露骨にがっかりとした声を出した。
まあ、たしかに、その気持ちがわかるくらい美味いけどな。
このドーピングケーキもとんでもなく美味い。
「終わったら、また作ってあげますから。」ミロクがルスリーに言った。
「約束じゃぞ!」
「これも神様から貰ったスキルなんですか?」俺は純粋に興味を持って訊ねた。
「いえ、せっかくケーキ作ってるんで医食同源を突き詰めたケーキを作ろうと試してみたら、何か【ドーピングケーキ】なんてスキルが取れちゃいました。すごいですよね。この世界。」ミロクさんが答えた。
スキル名かよ・・・。
「美味しい!」ミロクさんのケーキを口にしたリコが歓声を上げた。
「すごい! お姉さん、ケーキ屋さんになれますよ!」ヤミンがミロクに言った。
「ミロクさんはケーキ屋だよ。」
「「ミロクさん!?」」俺の說明に二人が大声を上げて驚いた。
「あの、王都No.1ケーキ屋の!?」
「買うためには4時間は待たないといけないという?」
そんな待つのか。
「ミロクちゃん。大人気だね。」
エイイチに言われて、ミロクさんが恥ずかしそうに照れる。
「うわぁ! 一緒に戦うって言ってよかったねぇ、ヤミン。」リコが喜びを噛みしめるようにヤミンに言った。
「ホントだねぇ。戦いに参加させてくれた神様に感謝だね!」ヤミンも心から同意する。
世界を救うための戦いなんですがそれは。
「ええのう・・・。」ルスリーが羨ましそうに呟いた。
「我々からも、幾ばくかの援護を渡そう。」
ケーキを食べている俺たちのもとに3人の騎士たちが寄って来て言った。
「【第一騎士隊の加護】!」一番イケメンの騎士が俺たちに向けて何かスキルを放った。「これで命中と回避が上がる。戦いの役に立つはずだ。」
「私からも! 【第二騎士隊の加護】!」真摯っぽい感じの騎士が続いてスキルを放った。「防御が上がって死ににくくなる。」
「俺からはこれだ。【第三騎士隊の加護】!」今度はちょっと粗野な感じのおっさん騎士がスキルを放った。「ダメージが上がる。邪気とやらをこれではらってくれ。」
「ありがとうございます。」
礼を言って頭を下げた俺に騎士たちが集まってきた。
「そなたがケーゴか。思っていたのとだいぶ違うな。」
「最近、王城の会議室は君の話題でもちきりだよ。」
「カリストレムで見た時よりもだいぶ泊がついたな。」
「え、えーと?」
俺、この人達の間でどういう扱いになってるの?
てかこの人たち何者?
「おい、お前ら、ケーゴをいじるのは後にしてやれ。これが終わればそいつは世界の救世主だ。いくらでも絡む機会はできる。そろそろこの場から避難するから馬車に乗れ。邪竜の攻撃で消されてしまうぞ。」ルスリーが騎士たちに言った。
「そうだな。世界を任せたぞ。」
「後で、君の冒険の話を聞かせてくれたまえ。」
「終わったら、手合わせしてくれ。」
騎士たちはそれぞれ俺に声をかけると、俺達が乗ってきたヘイワーズさんの馬車へと乗り込んでいった。
「おう、ケーゴ。これ。」今度はルスリーが寄ってきて、俺に何かをひょいと手渡した。
俺はルスリーに渡された物を見て驚く。
「エルダーチョイスの鞭!!」
「使い慣れたもんのほうが良かろう。」
「これどうしたんですか!」
吹っ飛んだんじゃなかったの?
「【サモン・レジェンダリー】で召喚した。今回の戦闘中くらいなら効果時間は持つはずじゃ。」
おおう!【サモン・レジェンダリー】!
過去の伝説の武器を召喚する魔法!
「そんなレア魔法使えたんですか!?」
「課金して取った。」
まじかよ・・・。
「てか、エルダーチョイスの鞭って伝説の武器なんですか?」
「ん? それも課金して追加してもらった。」
(他の神様説得するのめっちゃ苦労したんだからね。大事に使ってよ。)
頭の中にアサルの声が響いた。
「じゃあ、世界を頼んだぞ。わしはこの世界が大好きなんじゃ。」ルスリーは言った。
「はい。俺もこの世界が大好きです。」
俺は世界を救う戦いの直前だと言うのにケーキの話で大盛り上がりしている仲間たちを振り返った。
ルスリーを乗せた馬車が三人の騎士の悲鳴とともに王都の大通りの向こうに消え去っていた直後、トーテムポールからアサルの声が響いた。
『そろそろ、始まるよ。』
崩壊時計は3.101*****。
「じゃあ配置につこう。」
エイイチが合図をし、ヤミンとミロクさんが王城から距離を取った。
エイイチとルナが最前線。
そのちょっと後ろに俺が鞭を構える。
俺の隣にはリコ。
「悪い。リコ。ブレスとかは頼む。」
「うん。ケーゴ。任せて。一緒に世界を救おう。」
崩壊時計が3.00000000を刻んだ。
突如、風景が変わった。
違う。
風景は一緒。
俺たち以外の全ての物体の色がなくなったのだ。
色どころか模様や汚れもなくなる。
まさに大昔のゲームのポリゴン。
遠くのほうはポリゴンすら貼ってない。黒字に緑の線画になっている。
そして、色が残されたのは俺たちだけじゃなかった。
王城の上部。
いまにも落ちてきそうな不安定さでバランス悪く王城に張り付いていた巨大な輪っか。
それが、蛇のような巨大な竜と化して、上空を回っていた。




