勘違いの二人
それはケーゴが宿の部屋から出てきたすぐ後。
ヤミンも宿の食堂にケーゴを追いかけてきたかのように降りてきた。
実際、ヤミンはずっと自分の部屋から聞き耳を立てていて、ケーゴが部屋から出ていったタイミングを見計らって食堂に降りてきたのだった。
しかし、ヤミンが降りてきた時には、ケーゴはすでにエイイチと外に出て行った後で、すでに食堂には居なかった。
「私は何をしてるんだろう。」
朝からケーゴが部屋の外に出ていないことをヤミンは知っていた。
普通に彼の部屋をノックをして朝ご飯に誘えばよかったんだと、ヤミンは自分のズルさを恥じた。
そして、なんでリコは誘わずに一人でこっそりとケーゴと会おうとしたのかと悔いた。
ヤミンはいつものような3人に戻りたかっただけなのに、自分自身がそれを否定するようなやり方をした事を心から悔やんだ。
ヤミンは思う。
ケーゴと話さなきゃ。
リコも連れて行って三人で話そう。
なんでもいいんだ。普通の事を話そう。
いくらリコがケーゴを好きで、ケーゴがリコを好きだとしても、三人がそのままの三人で居られるってことを示さないといけない。
でないと二人は互いに気を使いすぎて、ずっと交わらない。
ケーゴが昨日この食堂で大泣きしたことが恥ずかしくて、他のところにご飯を食べに行ったであろうことをヤミンは見抜いていた。
そして、自分やリコと顔を合わせづらくて逃げていることも。
そんな男にどうして惚れたのかヤミンは自分でも甚だ不思議であった。
ヤミンは彼は優柔不断ではないことを知っていた。
彼は心の中ではずっと一筋なのにそれを自分自身で気付けないほどに鈍いのだ、ということも知っていた。
そして、その対象が自分ではないことも。
ヤミンはカウンターで世界崩壊時計について書かれている瓦版を読んでいた宿の主人に声をかけた。
「すみません。204号に停まっているケーゴという男性がどっちに出ていったかとか知りませんか?」
「204のお客様なら、先程、王城からのお迎えの方と一緒に出ていかれましたよ。」
宿の主人はそう答えたが、その答え方がよくなかった。
彼の言葉に何かもう少し情報が付随していたなら、この後の騒動は起こらなかった。
そして、その騒動がこの世界の運命を大きく動かすことなど、宿の主人が思いもよらないのは無理からぬ話だった。
宿の主人の言葉を聞いて、ヤミンは目を見開いた。
ヤミンは尻尾を逆立てると階段を踏みしめて、二階のリコの部屋へと向かった。
ヤミンにはもしかしたらという疑念はずっとあった。
ルナがケーゴの事を少なからず好きだということも本人から聞いて知っていた。
ケーゴとルナはクリムマギカから急に仲良くなって、ルナは急にエデルガルナの格好をすることが少なくなった。
ヤミンはようやく今までのケーゴの苛立たしいほど鈍感な立ち振舞についてようやく得心がいった。
ケーゴは白々しくもリコからルナに乗り換えていたのだ!と。
人間があそこまで色恋沙汰に対して鈍くいられるわけがない!
と。
「リコ! 起きろ!」
ヤミンは他の客への迷惑も考えずリコの部屋の扉を何度も叩いた。
「どうしたの? ヤミン。」
リコは扉の外から聞こえてきたヤミンのただならぬ様子に扉を開けた。
扉を開けた瞬間、ヤミンはリコがこれまでみたことないような形相でリコに向けて怒鳴った。
「リコ! あいつ、こっそり、ルナとデート行きやがった!」
「え・・・その、本当に?」
「ホント! 宿のおっさんがルナがケーゴのことを迎えに来たって言ってたもん。」
宿の主人は王城からの迎えが来たとしか言っていなかったが、昨日からケーゴとの色恋沙汰についてずっと頭を悩ませていたヤミンは迎えに来たのがルナであると言う考えに帰着してしまっていた。
「そうなんだ・・・。」
リコは泣きそうな顔で力なくうなだれた。
リコにしても、ルナがケーゴと仲睦まじくなっていくことは、ずっと心のすみに引っかかっていたことだった。
「とっちめに行こう。」
ヤミンが鼻息荒くリコに提案した。
「いいよ。だって、ルナちゃんとケーゴお似合いだもん。」リコは今にも泣きそうな声で言った。
「そういう問題じゃない。私もリコも二人にずっととぼけられて来たんだ。リコはきちんと二人と向き合わないとダメだ。でないと前に進めなくなるよ!」
「でも・・・。」
「せめて、二人が悪意を持って私たちの事を騙したんじゃないってことだけでも確認しないと。でないと、ずっと眠れないよ。」
「もし、悪意をもってたら?」リコが恐る恐る尋ねた。
「それでも! はっきりしないのが一番悶々としてダメなの!」
ヤミンはリコがかろうじて外を出歩ける服装であることを確認すると、その手を掴んで無理やり部屋から引っ張り出した。
「行くよ!」
ヤミンはリコを無理やり引き連れて、ケーゴの足取りを追い始めた。
最初のうちはケーゴの足取りを掴むのには難航した。
ケーゴは実際はルナと一緒に歩いているわけではなかったから、女連れという言葉を口にしてしまうと、ケーゴの情報は一切入ってこなかった。
それでも、どうにかケーゴらしき人影を追跡していった二人は、途中でケーゴが何故か露天でトーテムポールを購入したことを突き止めた。
その後、二人はトーテムポールを抱えた男性の情報を追いかけて、見事ミロクケーキ店の裏の通りまでたどり着いた。
「え!?」
二人はミロクケーキ店の裏口で思いもかけない人物を見つけて驚いた。
「エリーさん!?」
「リコ殿? ヤミン殿? どうしてこんな所に? 商店街はもう一本向こうだぞ。」
エルマルシェの方も思いもかけないところに二人がやってきたものだから驚いていた。
「ケーゴに会いに来たの。」ヤミンはエルマルシェに正面切って告げた。「ルナとケーゴは中に居るんでしょ?」
「二人とも中に居るぞ。」どういった経緯で二人が尋ねてきたかを知らないエルマルシェは素直に答えた。
「ちょっと話があるから通してもらえる?」
「ダメだ。今は重要な会合の最中だ。」
「なんでエリーさんがルナを庇うのさ。」
「何を言ってるのだ?」ヤミンが何を言っているのかまったく理解ができないエルマルシェは困惑して訊ねた。
「エリーさんだってケーゴのこと好きだったでしょ?」ヤミンはエルマルシェを問い詰めるように質問を続ける。
「・・・?」
「なんだって、エリーさんがルナとケーゴの逢引なんて手伝うのさ。騎士団が縦社会だから?」
ヤミンの言葉にエルマルシェはようやく二人がとんでもない勘違いをしていることに気がついた。
「二人に一言言わないと気がすまない。」ヤミンはエルマルシェを睨みつけた。「通して!」
「・・・リコ殿もそうなのか?」エルマルシェは尋ねた。
エルマルシェとヤミンはじっとリコを見つめた。
リコは理解した。
二人がこうしてくれているのは自分のためだということを。
二人ともケーゴのことが好きなはずなのに、自分のためにこんな事をしてくれていることを。
目の前の二人の気持ちにリコの目に自然と涙が浮んでくる。
零れ落ちそうな涙をこらえて、リコは言った。
「私は、もう一度、ケーゴに好きだって言います。今度は絶対に答えをもらいます。それでダメなら・・・それでダメならしかたありません!」
「そうか・・・。」
エルマルシェはそっと脇へと避けて二人に道を空けた。
エルマルシェは二人が何か大きな勘違いしていることは理解していた。
だが、そういうことではなく、二人はケーゴに会いにいくべきだと思った。
二人の気持ちをケーゴは真正面から受け止めなくてはならないのだ、と。
ルスリー殿下には後で怒られておこう。
それに、ルナはきっと分かってくれるだろう。
「思いがちゃんと聞けるといいな。」エルマルシェは小動物のように震え、涙を浮かべながら、それでも決意に満ちた目で前を見るリコに言った。
「うん。ありがとう。」
「エリーさんは行かないの?」ヤミンがエルマルシェに尋ねた。
「私は・・・いい。今のままでいいよ。私は。」
「そっか。」
「ヤミン殿は強いな。」
「そうでもないよ。」ヤミンは悲しそうに笑った。
「そうか。」
リコとヤミンはエルマルシェを外に残したまま、ケーゴに会いに店の中へと入って行った。
二人が中に入ってしまうとエルマルシェは、戸口の前に座り込んだ。
「ケーゴの気持ちなんて分かってるんだ。本人たちだけだろ。分かってないのなんて。」
エルマルシェは膝を抱えてうずくまった。




