救国の英雄
「敵は間違いなく撤退しています。」
遠見鏡を覗き込んでいるマーガレットがみんなに報告をした。
突然の光と轟音に飛び起きて警戒していた二特のメンバーたちはマーガレットの報告に戸惑を隠せない。
「いったいなぜ突然に!? さっきのあの光が関係しているのか?」
この場で指揮を取っていたカサンは困惑したように戦場を撤退していく松明の列を眺めた。
そして、安堵のため息をついて言った。
「よく解らないが、戦争は終わったようだ。」
***
ヴェリアルドたちは武器を構え、警戒しながら突然棒立ちになってしまった教団の信者の一人に近づいていく。
信者はヴェリアルドが近づくと武器を捨てて手を上げた。
「殺さないでくれ! 戦う意志はない。今までどうかしてたんだ。」
その信者の言葉に周りの信者たちも次々と武器を捨て始めた。
ヴェリアルドは隣のカシムと顔を見合わせる。
途端に彼らの顔に笑みが駆け上がってきた。
「よっしゃ! みんな! ケーゴがやってくれたぞ! 俺たちの勝ちだ!」
***
王都は昨日の朝から騒乱のさなかにあった。
王都の各所で暴動が発生していた。
大概は黒い羊の信者たちによる暴動だ。
近衛騎士隊たちが朝からずっと鎮圧に回っているが、もぐらたたきのようにいつまでも暴動がおさまらない。
ようやく王都に戻ってきたルナもその暴動にまきこまれていた。
ルナは早くケーゴのもとに戻りたかったが、どうしても目の前のトラブルを見過ごしては行けない。
彼女は自分の甘い性格を呪いながらも、暴動に巻き込まれている人々がいるとどうしても助けずにはいられなかった。
そして、3つ目の暴動を解決しようとした時、北の空が光輝いた。
その直後、暴れまわっていた黒装束の男たちが急に動きを止めておろおろとうろたえ始めた。
「ケーゴ! やったの!」
ルナはケーゴが目的を果たしたのだと確信して両手を上げてガッツポーズをした。
***
ルスリーは夜中であるにもかかわらず眠ることもせず、自室を行ったり来たりしていた。
先刻、世界崩壊時計のカウントが100を切った。
そのせいか、夜が更けてきたというのに暴動の発生は多くなるばかりだ。
黒い羊以外の市民たちも暴動に参加し始ているという報告も上がってきている。
そして、先程の北の空が爆発したかのような輝き。
いろいろなことが起こり過ぎている。
状況が判らないルスリーは頭の中でいろいろなパターンを模索していた。
と、夜中であるにも関わらずルスリー部屋の扉が気を使うようにノックされた。
「起きておる。報告か?」
「はっ!」扉の外で返事がし、そのまま扉の向こうで報告が始まった。「王都各所の暴動が鎮圧に向かっております。また、逮捕した黒い羊の信者たちの洗脳が突然解けたとの報告が上がってきています。」
「おお、吉報じゃ! ご苦労。」
信者の洗脳が解けたことが原因で、暴動がおさまった事をルスリーはすぐに理解した。
ケーゴが上手くやったのだろうか。
ルスリーはルナからの連絡でケーゴが一人黒い羊の本拠地に取り残されたことは承知していた。
以来ケーゴの状況をルスリーは把握できていない。
念のためにエリーと連絡を取ろうとした瞬間、ルスリーの頭にカサンの声が聞こえてきた。
「殿下! 夜分失礼いたします。」
「構わぬ。どうした。」
「エヴァーレイン軍が撤退をはじめました。」
「なんと!」
「空が突然爆発した後、何故かエヴァーレイン軍が撤退を開始しました。」カサンが報告する。
「その爆発はもしかしてオーンコールで起こったのではないか?」
「あ、殿下! 最初に光ったのはそっちの方向だと思います。」マーガレットの声がした。
「そうか!」
ルスリーは確信した。
間違いなくケーゴが成功したのだと。
そして、帰ってきたら何の褒美を取らせてやったらよいかと、早くも考え始めたのだった。
***
「リコ殿、落ち着いて。」
爆発によって山体の殆どが吹き飛んでしまったオーンコール山を一心不乱に登っていくリコの背中に向けてエリーが叫ぶ。
「ケーゴならきっと大丈夫だ。」
「ケーゴを助けなきゃ!」リコが叫んだ。
「きっと大丈夫だって!」ヤミンは取り乱しているリコをなだめる。「リコだって怪我してるんだから、無理して倒れたらケーゴが悲しむよ?」
「無事だったら絶対にすぐ帰ってくるもん。きっとまた、むちゃして帰ってこれないんだ。」
信者たちの洗脳が解けようやく安全になったので、リコたちはケーゴを追いかけて遺跡へと入った。そして、遺跡が崩落していることを知った。
その時からリコは取り乱し、外に走り出して吹き飛んでしまったオーンコールの山頂を目指しだした。
「絶対にあいつなら大丈夫だって。いつものようになんもなかったように帰ってくるよ。」
「・・・・。」リコはヤミンの言葉を完全に無視した。
「探すったって、この広さじゃ無理だって。どこに居るかも解らないんだよ?」
「リコ殿、落ち着こう。朝を待つかヴェリアルドたちと合流したほうが早い。」
「ケーゴ! ケーゴ!」リコは二人の言うことなど聞こえていないかのように、大声でケーゴを呼んだ。
すでに夜は深く、夜空には美しい満月が明るく輝いている。
リコは綺麗な月に目をくれることもなく、山を登っていく。
リコには何故だか確信があった。絶対にケーゴは何かやらかして困っているのだと。
彼はそういう人なのだ。
リコは道なき道を、時には四つん這いになりながらも登っていく。
そして、吹き飛んで平らになったオーンコールの広い頂上へとたどり着いた。
そこは木々も生えず、一面に降り注いだかのように岩が転がっていた。
リコは岩の隙間を覗きながらケーゴがどこかで動けなくなっていないか探す。
「ケーゴ! ケーゴ! 返事をして! ケーゴっ!」
悲痛な叫びを上げて岩の隙間を探して回るリコを、追いついてきたヤミンが両手で岩から引き剥がす。
「ケーゴを助けなきゃ。」
「落ち着いて! こんな状況で簡単に見つけられるわけ無いでしょ。」
ヤミンが怒鳴りつけたが、リコはそんな声など耳に入らないかのように虚空を見つめた。
リコの視界に一切の欠けることのない月が映っていた。
ほんの一瞬、月から一筋の光が降り注いだように見えた。
リコには確かにそう見えた。
「ヤミン! きっとあそこだ!」
リコはヤミンを振りほどいて脇目も振らず走り出した。




