大使途ユージ
目の前でルナとアルトロワ王子が消えた。
たぶん【転移】の呪符だ。
なんで牢屋にいるやつがそんなもん持ってるんだよ・・・。
どう考えても俺を一人にするための罠じゃねえか。
完全にやられた。
俺を一人にして鞭を奪うつもりに間違いない。
ミュールの手のひらの上ってことか?
だいたいなんだって黒い羊は俺の鞭の事を知ってるんだ?
栗毛たちがエルダーチョイスの魔法道具を探してたときは在処も知らない様子だったって話だ。
そん時は俺すらエルダーチョイスの槍を持ってることなんて忘れてた。
それから2ヶ月経ってないんだぜ?
この短時間ですべてを調べ上げて、メルローとエルダーチョイスをスカウトして、俺をおびき寄せたってこと?
さっきのエルダーチョイスの話じゃすでに剣も手に入れてあるってことだろ?
ちょっと早すぎないか?
「ケーゴ様。」
全く気配なく後ろから声をかけられ、心臓が縮み上がる。
振り返るとそこにはミュールが微笑んで立っていた。
「大使徒の元までご案内いたします。」
「お前はリックたちとカリストレムに向かったはずだろ。」俺は警戒と恐怖で一歩下がった。
「今更、そんな事を。」
「ルナをどこにやった。」
「ご心配なく。アルトロワ王子に与えた【転移】の護符の力で遺跡の外まで出ていっただけですよ。」
「無事なんだろうな。」
「アルトロワ殿下はアルトロワ殿下なりに国のためを思って必死で潜入捜査をしていただけです。エデルガルナ様をどうこうする意思はざいません。今頃、お二人とも王都の近くにいますよ。」
「スージーやリックたちはどうした。」俺は腰の鞭に手をのばす。
「おっと、勘弁してください。お分かりでしょうか私は武力ではあなたに敵わない。」
お分かりじゃないですが?
「全員ご無事ですよ。最初の頃は私を探していましたが、今はもうカリストレムに居ます。」
「いったいお前は何者だ。」
「私はただの道具ですよ。ユージ様やあなた方のための従順な道具です。今はあなたをユージ様の元へと案内するように仰せつかっています。」
「俺がのこのことついて行くと思うか?」
「しかし、あなたは魔導砲を壊さなくちゃなりません。あなたの鞭がなかったところで相当な威力ですよ。戦場には第二特殊大隊のみなさんもいるそうじゃないですか。」
くそ・・・。
何だこいつ。
周到にも程がある。
それに、なんで俺に対して第二特殊大隊が人質となりうると知ってるんだ・・・。
「どうぞ一緒にいらしてくださいまし。大使徒ユージ様はあなたに好意的でございます。」ミュールはそう言って頭を下げた。
「・・・分かった。」
虎穴に入らずんばって言葉があるが、今はそうではない。
他にやりようがないだけだ。
今は従うしかない。
ミュールは俺を先導して進んでいく。
メルローの言っていた通りの道のりだ。
その背中は隙だらけで、どうぞ斬ってくださいと言わんばかりだ。
「お前たちの目的はなんだ。」
「それは大使徒より直接お聞きください。」ミュールは静かにそう答えた。
遺跡を上るように進んでいくと、目の前に両開きの扉が現れた。
「この先で大使徒がお待ちにございます。」
ミュールはそう言ってかしこまると、俺のために扉を開けた。
扉の先は大きな広間になっていた。
高校の体育館よりも広く天井も高い。
入って右側の天井から壁の一部にかけてが大きく崩れていて夜空が見えている。
広間の真ん中には小山のような装置がせり立っていた。
装置の麓を円形の太いパイプがぐるりと囲い、その頂上にはクリムマギカで見たような大砲が乗っていて、何本ものパイプが下に向かって伸びている。
たぶんこれが魔導砲だ。
魔導砲の先は稼働できる作りになっているようで、筒先が天井の巨大な穴の方向を向いている。
メルローたちが試し撃ちしたって言ってたから、たぶんこの穴は魔導砲がぶち抜いたのだろう。
ミュールにうながされるままに中へと入る。
部屋を見渡すもソウルプリズムらしい装置は見当たらない。ここには無いのだろうか。
あっても、メチャクチャちっちゃいやつとかだったらどうしよう。
ここに来て作戦が完全に瓦解していることに気がつく。
仮にこの部屋にソウルプリズムがあったとしてもどれか判らない。壊す以前に見つけらんない。
本来はルナのマジックアイテムが分かるスキルで見つける予定だったんだよ。
「よお。久しぶりだな。憶えてるか?」
声がして大砲の後ろから一人の青年が出てきた。
「ユージ!」
「憶えてくれていたようで嬉しいよ。転生者ケーゴ。」
「教祖様だったとは知らなかったよ。」
「俺の考え方をAPCどもに理解させるには宗教にすんのが一番やりやすかったんだ。」ユージは答えた。「この世界の奴らに自分たちは人間様のための道具であるときっちり仕込まないといけねぇからな。ミュールはなかなか優れた道具だったろ?」
「もったいなきお言葉。」ミュールが俺の横で跪いて頭を下げた。完全に狂信者だ。
「聞いたぞ。お前カリストレムのイベントをクリアしたらしいじゃねえか。やるじゃねえか。いいポストを用意してやるよ。お前も黒羊に入れ。」
「断る。お前はこの世界の人間の敵だ。俺はこの世界のみんなのほうが大事だ。」
「この世界の人間? アイツラはただのプログラムだ。APCで【キャラ】であるかも知れねえが、【人間】じゃねぇ。」ユージは俺をバカにするように言い放った。
「この世界が何で、みんながプログラムかどうかなんて関係ない。会話ができて思いを通じ合わせることができる時点で俺たちと一緒だ。」
「言葉が通じるからなんだってんだ。最近のAIなんて、みんな人間よりまともな会話すんじゃねえか。ただのプログラムなんかより、自分の名前を理解している食用豚のほうがよっぽど可哀想だ。」
話にならない。
「わざわざみんなを洗脳して、何をしようとしている。」
「この世界をぶっ壊す。そして、俺たち人間がプログラムに支配されねぇ世界を作るのさ。」
ユージはそう言って魔導砲を片手て叩いた。
「これは高性能の魔導砲だ。これに魔力ブーストのマジックアイテムを入れることで威力を何倍にもできる。お前も知ってるだろ? クリムマギカでお前がぶっ放したあれだ。あの時の50倍近い威力が出るんだとさ。これでこの馬鹿げた世界を吹き飛ばす。」
メルロー! エルダーチョイス! ふざけんなし。
お前らのせいで世界がピンチだよ。
何が選挙がイヤじゃ・・・。
「最後にもう一度だけ訊いてやる。お前は人間だ。手伝え。お前の意思で俺にその武器を渡せ。」
「やだね。俺に言うことをきかせたいなら、お得意のソウルプリズムでなんとかしてみたらどうだ?」
「くっくっく。俺にソウルプリズムを使わせて場所を特定しようとでも考えてるのか?」
バレたか。
「分かってんのか? さっきからお前は同じ人間である俺よりプログラムのほうが大事だと言ってんだぞ?」
「悪いが俺にはお前と違って守るものがある。お前の考え方には一切共感することはない。」
「じゃあ、お前の大事なプログラム共のために、人間である俺を殺してみろよ。」
ユージが剣を抜いた。
「AIと人間、どっちが大事か、俺たちで決めようぜ!」




