サ終
20xx年。
アアルファンタジーは大人気のうちにそのサービスを終了した。
俺、西山圭吾は強制ログアウト後のモニターをただただ眺めていた。
「・・・。」
終わってしまった。
ものすごい喪失感が流れ込んでくる。
今までつぎ込んで来た時間もお金もどこかへ消えてしまった。
積み上げてきたものもどこかへ行ってしまった。
でも、散々楽しんだから後悔はない。
もう一度アアルファンタジーが始まったら、また同じことをする自信がある。
アアルファンタジーというのはネットライフサイクル社という会社の作ったMMORPGだ。
通称アルファン。
剣と魔法の世界で、自由気ままに生きる。いわゆるオープンワールドのRPGゲームだ。
ネットライフサイクル社という大手企業が突然ネットゲームに手を出したため、発売前からゲームをやらない人たちも巻き込んで話題となった。
アルファンがリリースされた当初、すでに別のゲームをやっていた俺は、規模の大きいだけの企業が作った話題性だけのゲームだろうなんて高をくくっていた。
オープンワールド?
多様なスキルとクエスト?
NPCの受け答えが人間のよう?
全部ありきたりだった。
クソゲーの匂いしかしなかった。
話題のために無課金で少しだけやってすぐにやめよう。
そう思ってた。
だけど、アルファンは面白かった
HPとMPを除くとスキルしかパラメーターがないという漢らしい設定。
その代わりにスキルが超充実。
スキルが膨大すぎて、攻略wikiが困惑するレベル。
このスキルの無限の組み合わせで、キャラごとにできる事が変わってくるという設計だ。
ここまで聞いてもよくあると思うかもしれない。
だけど、ここの運営は限度を知らないのだ。
国内で500万DL以上されているというのに一人しか持っていないレアスキルなんてものがある。それも、そんなスキルが100以上も存在するのだ。
通常、スキルは修行を行ったり関連する行動を行うことで取得することができるのだが、取得方法の不明なスキルが幾つもあるため、どんなに効率を求めてもプレーヤー同士でキャラメイクが被ることがない。偶然得たスキルに成長方向が左右されるため、各プレーヤーの最適解が同じにならないのだ。
そんな訳で、プレーヤーは各々自分のキャラを特別な存在だと思ってる。
スキルの精査を進めるタイプのプレーヤー、いわゆる効率厨のプレーヤーには実にやりがいのあるゲームだった。
俺も効率厨だったので膨大なスキルの中から組み合わせを色々と模索して楽しんだ。
そして、何といっても、アルファンで一番面白かったのが、アアルという世界が作り物の箱庭ではなく『生きた世界』だったことだ。
アルファンはAI学習でNPCが人間のように会話をしてくれるのが売りだった。
画面の向こうのNPCの対応はガチで人間みたいだった。
村人はこっちの事を憶えたりもすれば仲良くなったりもする、プレーヤーごとに対応が違いさえする。友好度とかそんなちゃちな話ではない。
会話もチャット仕様でまさに人間相手のような会話が可能だ。
しかも、所詮NPCと思って変なふうに話しかけてたりすると、きちんと嫌われたり蔑まれたりする。
NPC同士の関係性もしっかり有ったりする。倒した敵の家族から恨まれてとある街の店を俺だけ出禁になったこともある。そういうクエストとかじゃないのにだぜ?
アルファンには開始当初から語り継がれるアルファンの世界を象徴するような出来事がある。
開始当初、とある街の冒険者ギルドに新規ユーザーが殺到した。
そして、あまりの忙しさに冒険者の受付嬢がNPCにも関わらずバックれるという事態が発生した。
どういうこと? ってみんな思った。
もちろんギルドの業務は滞り、クエストすら受けられない。
新規プレイヤーにいたっては冒険者登録ができないだけではなくチュートリアルすら受けられない。
ほんと、どういうこと? ってみんな思った。
プレイヤーたちは意味不明なイベントの発生に相当苛立った。
だが、程なく、これがイベントでも何でもなく、NPCたちの独自判断と言うことが露見しネットは大炎上となった。
運営はこれを、
『おそらく冒険者ギルドのマスターが代わりの受付を雇うと思いますので、それまでお待ちください。』
と言って放置。
さらなる大炎上を巻き起こした。
結局、ギルドが活動を停止しているとクエストが受けられないので、一部の有志プレーヤーたちがNPCである冒険者ギルドのマスターと交渉。
プレーヤーが交代でギルドの受付業務を手伝うという、まさかの方法で新しい受付が雇われるまでを乗り切った。
この事件によって、開始早々アルファンユーザーたちはこのゲームは普通じゃないと理解した。
そんな感じの自由なゲーム。
世界がホントに生きているような感じだった。
そういえば、プレイヤーにそそのかされたNPCが国王に反乱を起こしたこともあったなぁ。
そんな目まぐるしく変化するアルファンの世界を俺はギリギリまで堪能した。
そしてさっき、アルファンはサービスを終了した。
仕方ない。
なんだっていつかは終わる。
それに充分に遊ばせてもらった。
終わってしまったのは非常に残念だけれど、アルファンには満足と感謝しかない。
俺にとって心残りがあるとすれば、十傑と呼ばれる月間ランキング10位に一度も選ばれなかったことくらいだ。
十傑に入るとアルファンサイトのメインページに大きく名前が載る。
サービス終了間近ならワンチャンあるかとも思ったが全然届かなかった。
忙しい仕事の合間をぬって使えるリソースをすべてつぎ込んだがそれでもダメだった。
スキル選択を間違えた。戦闘効率ばっかり重視して遊び心がなかった。
上位者は何の目的で伸ばしたか分らないレアなスキルをフルに生かして独自の方法で活躍していた。
最後の月間ランキングの8位のプレーヤーなんて、クエストで何回か対決したことがあるが、戦闘では負けた記憶が無い。
でも、彼は長年王国を苦しめてきたシーサーペントを倒して東の海洋を取り戻し、未開の島を新たに発見し、あまつさえ、最後のレイドのダメージランキングで3位に入った。その結果、優秀の十傑入りだ。
ちな、俺、36位。
ただ能力が強いだけじゃ十傑には入れないんだ。
自分しか持っていないようなレアスキルを取得して、そのスキルを生かして活躍するべきだったんだ。
最強ではなく、唯一無二を目指す。
才能なんてなくていい、もっと突き抜けた何かを持っているほうが良かったんだ。
なんか人生みたい。
こんなに長くやるとは思わなかったから最初にリセマラしなかったんだよなぁ。
もしアルファン2がリリースされたら、激レアなスキルがゲットできるまでリセマラしよう。
『Thank You for All』
真っ黒なモニターに白い文字だけが映されている。
もう、かれこれ30分以上眺めている。
さよなら、アルファン。
こちらこそありがとう。
俺はアプリを落とした。
見慣れたデスクトップがモニターに映る。
最終日だからって徹夜でやり続けてしまった。
それでも仕事には行かなくちゃいけない。まあ、徹夜なんて慣れっこだ。バグ対応のデスマーチに比べたらこの程度の徹夜はどうってことない。
眠気を覚ますためだけにつくられた濃いめのインスタントコーヒーを飲むと、スーツに着替えてアパートの部屋を後にする。
徹夜明けの陽光はどうしても目に刺さる。
俺は朝の通りを駅へと進んだ。
サラリーマンや朝練に向かう高校生たちがポツリポツリと歩いている。
いつもの横断歩道を渡る。
そこは車は少ないが、そのせいでスピードを出す車が多い通りではあった。
気をつけて渡ったつもりではあったが、もしかしたら徹夜明けで注意力が散漫になっていたのかもしれない。
その車に気が付いた時には、俺が轢かれるのは確実だった。
少なくとも俺はそう認識した。
最期を悟った瞬間、すべてがスローモーションのように進みだした。
車が迫ってくる。スピードが落ちる気配はない。
フロントガラスの向こうに、口をあんぐりと開けて俺を凝視するおばあちゃんが見えた。
死を目の前にしているのに恐怖なんて湧か無かった。
死ぬ直前って集中力と感覚がこんなに高まるんだなぁ、なんて冷静に状況を分析していてた。
「危ないっ!!」
まさに車が俺に届く直前、声が聞こえ、直後、誰かに体当たりをされたのが分かった。
やせっぽちで貧弱な俺は体当たりされるがままに突き飛ばされた。
回転するように吹き飛んだ俺の視界に、ぶつかって来た相手の姿が映った。
黒髪の清楚な女子高生だった。
彼女が俺を助けるために体当たりをしたのだ。
彼女は俺にぶつかった反動でよろめいて、完全にバランスを失っていた。
そして、そのすぐ横には猛スピードの車が迫っていた。
目の前の出来事がスローモーションのように過ぎていく。
車は女子高生と接触し、
そのまま女子高生を腰から二つ折にして突き抜け、
女子高生の長い髪が取り残されるようにたなびき、
くの字に折曲がった彼女は車ごと俺の視界からフレームアウトした。
こんなの違うだろ。
跳ねられるべきは、どうでもいい仕事に日々追われ、唯一の楽しみも終わってしまった希望も未来もない俺であるべきで、未来ある女の子であるべきじゃない。
間違ってる。
何で、命懸けで人を助けられるような良い子が死ななきゃなんないんだよ。
君は何で、俺なんか助けたんだよ・・・。
間一髪で弾き飛ばされた俺は車にかすることすらなく、無傷で反対車線に転がった。
そして、反対車線を爆走してきたトラックに跳ねられた。