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汚染された村

 マディソン商店の営業が終わり、俺は外に出た。


 久しぶりの村をふらりと散歩しながら村長宅を目指す。


 洗脳の解決方法もそうだが、マッゾの状況も気になる。

 マッゾが俺に絡んでこないわけがない。

 店内で絡まれるよりはこっちから出向いていくくらいのほうがいいと思った。


 そして、リックからのメモがある。


 『早く村から逃げろ。ガスと村長俺意外信用するな。』


 ってことは、リックはガスと村長と連絡を取っていて、まだ彼らが洗脳されていないことを知っているってことだ。

 逆に、リックと同じ衛士でありながら名前の無かったレックやロカは信用できないということでもある。

 リックはマッゾと行動をともにしてるって話だから、リックが監禁されている二人の世話をしているのかもしれない。

 もしそうなら、突破口はリックかもしれない。


 というわけで、村長宅へと押しかけていって、リックもしくはガスと話ができればラッキー、マッゾと鉢合わせたたらそれはそれで何か進展が得られるだろう。

 ヌサさんを助けた時に鞭を使ってしまっているので、バレないように鞭は持っていかず、カムカから貰った短刀を護身用に携帯。

 村をぐるりと一回りするようにして村長の家へと向かう。

 

 家の庭に立ってる顔見知りの村人がニッコリ微笑みながら俺のことを見ている。

 一瞬たりとも俺から目を離そうとしない。

「こんにちはケーゴくん。」

 今まで、商店の窓口以外で彼が俺に話しかけてきたことなんてなかった。

「こんにちは。」

「どこに行くんだい。」

「久しぶりの村なのでぐるっと散歩でもしようと。」

「そうかね。気をつけて。」

 彼はそう言って軽く会釈をしたが、その後もずっと笑顔を崩さずに俺のことを黙って見送り続けた。


 道すがらの通行人も立ち止まり、俺の方をじっと見ながら声をかけてるくる。

「やあ、ケーゴ。久しぶりだな。」

「お久しぶりです。」

 誰だっけ? 憶えてない。

「最近村の外は危ないから、村から出ないほうが良いよ。」

「出ませんよ。行く宛ありませんし。」

「なんか、昨日村の近くでひと悶着あったらしいし。君も気をつけて。」

「ありがとうございます。」


 彼もすれ違った後ずっと俺のことを見ているようだ。

 一度振り返って目があった。


 全員が話しかけてくるわけではないが、すれ違う人たちは全て俺のことを見つめてくる。


 とても居心地が悪い。というか、ものすごく怖い。

 この村は俺の敵だらけで、俺が尻尾を出すのを明らかに狙っているのだ。

 よくよく気づけば、建物の窓にも顔があってこっちを見つめている。


 俺は目が合う度に軽く会釈をしながら平静を装う。

 もう怖くて後ろが振り返れない。

 全員ついてきたりしてねえよな?


 村から人気のない細い小路に入り、村ハズレの俺の育った家にたどりつく。


 今更ながらに、よくこんなところに住んでたなというあばら家を眺める。

 中には誰もいないみたいだ。

 少しホッとする。


 家は荒れていた。

 母はもうここには住まってはいないらしい。

 敬虔な信者になってしまったとスージーから聞いた。

 酒すら飲まなくなったそうだ。

 宗教に感化されて良かったのか、悪かったのか。


 しばらく、あばら小屋を眺めた後、意を決して振り返る。

 そこにはもと来た道だけがあり、村人の影はなかった。


 少しほっとして小路を戻り、村の幹線路にたどり着く。


 途端に隠そうともしない大勢の視線に身の毛がよだった。


 俺は村人たちの視線から身を隠すようにこそこそと裏道へと逃げ込んだ。

 村をぐるっと回るようにして、村長の家の前へと到着。

 見張りの兵士が俺をガン見。

 ついでに近くの家の窓からも視線を感じる。


 俺のほうから村長に挨拶に行ったところで、特に疑われることはないはず。

 自分にそう言い聞かせて、俺をガン見してくる兵士に話しかける。


「そ、村長に挨拶に来たんですけど・・・。」

「村長様は具合が悪くて療養しておられる。誰にも会うことはない。」

「そうですか。じゃあ、マッゾはいますか?」

「マッゾ様はお仕事で出られていらっしゃる。しばらく戻らん。」

 これはホントそうだな。

「お仕事? どちらにいかれたのですか?」

「神殿だ。」

「神殿?」

「『黒い羊』の総本山だ。」

「そちらはどちらでしょう?」

「・・・ここからは遠い。」

 門番は俺を睨みつけた。

 答える気はなさそうだ。

「そうですか・・・。ではまたご挨拶にきます。」

 俺は兵士に頭を下げて村長宅を通り過ぎる。

 兵士が去りゆく俺の後ろ姿をじっと観察しているであろうことが感じられる。


 俺はつきまとう視線に寒気を感じながら、街の駐在所まで脚を伸ばした。


 駐在所の中を覗き込んで声をかける。

「こんにちは。リックはいますか?」

「げっ! ケーゴ!!」

 中にはロカが居た。

 ロカは突然訪ねてきた俺を見て嫌そうな顔をした。

「貴様、何しに来やがった。」

「久しぶり。リックに会いに来たんだけど。昼間失礼なことを言っちゃったみたいだから謝りに。」

 迂闊な嘘はつけない。

 村中の目が俺のことを見張っている。

「リックなら今はいないよ。ってか、戻ってきたの? 村から追い出されたって聞いたんだけど。」

「えーと、冒険者を廃業して戻ってきた。」

「半年もしてないのに!? は、ウケる! 」

 ロカはそう言って大爆笑した後、俺の肩を慰めるように二回叩いた。

「まあ、人生長いし、君は君なりに生きることができる道を生きればいいんじゃないかな。」

 お前年下やろ。

 そういや、こいつって、やけに俺に対して上から目線でものを言ってくるやつだった。

「君にできる生き方があればだけど。やれやれ、ダメな人間は大変だね。」

 ムカつくけど、揉め事を起こすわけにはいかない。

「まあ、マディソン商店に雇ってもらえることになったし心配はいらないよ。」

「年下のくせに口答えするなっ!」

「年下ちゃうわ!」怒り以前にツッコミ体質で思わず声が出る。

「うるさい。お前なんか年下だ! 年下のくせに口答えするな。」

「えぇぇ・・・。」

 手に負えん。

「自分を大きく見せたいのは分かるけど、若輩者が背伸びをしているのは情けないよ? もっと自分を見直すんだね。」ロカは急に冷静になって、また上から物を言ってくる。


 これたぶん、信者じゃないけどイッちゃってるパターンだ。

 スージーの時の狂犬感がする。

 マッゾもこんな感じで手に負えなくなってるのだろうか?


「だいたい冒険者にすらなれないで帰ってきちゃう人間に難しい事を言ってもしょうがないんだけどさ、そもそも君はだね・・・」

 ロカは俺が何も言ってないのにマウント系の発言を畳み掛けてくる。

「えーと、ロカ、今日はもう遅いし帰るよ。」

「お前、人がいい話をしてやってるってのに帰るはないだろ!」ロカが再び豹変して怒鳴りだす。「目上の人の話はきちんと聞くのが礼儀だろうが!」

「ええぇ・・・。」

 もう帰りたい。


 荒事を起こすわけにもいかないので、さんざんロカの上から発言を我慢して聞いた後、ようやく帰路につく。

 よく分からん恐怖より、実害のあるイライラのほうがよっぽど不愉快。

 俺は相変わらずの飛んできているはずの視線の事などもはや完全に忘れて、イライラと店へと戻ったのだった。


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