にぶ男
店の外にある順番待ちの人たちが使うベンチに二人腰をかけて、俺とリコは話し始めた。
「ケーゴ、ちゃんとみんなと働けてるんだね・・・。」リコが目に涙をためて呟いた。
リコは村のみんなと仲の悪かった俺の事しか知らない。
特に別れた時の俺は自分でもどうしようもない奴だったと思う。
リコが驚くのも無理はない。
「もう、私だけのケーゴじゃないんだね。」
言い回しがまるで恋人みたいだ。
しかし、ここで勘違いしてしまうようではマッゾと同レベル。
俺は間違わない!
「みんなとも仲良くやれてるよ。今までたくさん心配かけてごめん。」
「うん。元気になって良かった。置いていってごめん。」
リコはすまなそうな顔で俺の事を見つめた。
「ケーゴは自分の道を見つけることができたんだね。」
「え? いや、この店に勤め続けるかって意味ならそうするつもりは無いよ? すぐにでも俺は街に出るつもりだけど。」
「ホント!?」
リコは叫んで立ち上がった。
「うん。リコの後を追って冒険者に成ろうと思う。」
「ああ、ケーゴっ!!」
リコは両手を口に当てて涙ぐんだ。
そうだよな。
最初に街に出て冒険者になろうって言ったの俺だもんな。
いままで裏切っていたようなもんだ。
だいぶ待たせてしまった。
遅くなったけど俺も冒険者にならないと。
「嬉しい。私、カリストレムで待ってるから!」
そっか、もう『街』じゃ無くて『カリストレム』って呼ぶのか。
リコはいろんな街に行くようになったんだ。
「俺なんか待ってないで、今の仲間たちとどんどんランクをあげなよ。俺はまだ村を出れると決まった訳でもないし、半年も遅れてるから。リコに迷惑かけちゃうといけない。」
「むう・・・。またそういうこと言う。」
リコは不服そうに口を尖らせた。
一緒のパーティーを組めないのは残念だけど、リコの冒険者人生を狂わせるわけにはいかない。
それでも、約束通り二人とも冒険者になれるんだ。
互いに切磋琢磨していけたらいいな。
「私、絶対待ってるもん・・・。」
すごい小さな声でリコが何か呟いた。
「ところで、冒険者生活はどんな感じ? 楽しい?」
「ん? うーん。まだ全然活躍できないの。特に戦いで。」
「でも、この半年間でそうとう強くなったんじゃないの? 街だとできる事の幅も増えるし。」
街だと訓練できるスキルの種類も豊富だ。
「そうね。街に行けばもっといろいろ変わるんじゃないかと思ってたけど、私、ちょっと甘かったみたい。だから早くケーゴが来てくれると嬉しいな。」
リコがじっと俺のことを見つめた。
リコも苦労してるんだな。
「リコは何レベルになったの?」
「うん。冒険者にはスキルレベルとは別に冒険者用のレベルってものがあってね・・・。」
知ってる。アルファンで言うところのジョブレベルだ。
戦士4レベルとかいう感じのやつで、冒険者ギルドで貰える。
総合的な強さを示す指標だ。
スキルが多すぎて強さが分かりにくいのでみんなこのレベルを参考に強さの見当をつける。
でも、この事を俺が知ってるのもおかしいので初めて聞くふりする。
「冒険者になるとそれぞれの職業に対応して職業レベルが貰えるの。私はまだ魔法戦士レベル2レベル。冒険者登録してからたった1レベルしか上がってないの・・・。」
「えっ? リコ、魔法戦士なの?」
「そうよ。」
「魔法のスキルなんて持ってたっけ?」
「神託の時に目覚めたのよ。【回復魔法】と【炎魔法】」
マジか!
妬ましい!!
でも、魔法戦士はレベル上げ大変なんだよね。
戦士系全振りにしたり、魔法系全振りにして戦士か魔法使いかで大成してから、魔法戦士としてギルドに登録するほうが効率的だ。
「色々やると大変だから、まずは戦士とか剣士としてスキル上げしてみたら?」
さすがに、レベル上げのやり方が散漫で強くなれないのはもったいない。
「でも、パーティーの都合もあるから仕方ないのよ。」
パーティーの都合だぁ??
「そんなの関係ない。リコの大事な人生だろ? 駆け出しなのにあれもこれもなんて憶えきれるわけがないじゃないか! まずはきちんと土台になるものを身につけなきゃ。リコは剣士に成りたくて【剣】の修行をずっとしてきたんじゃん。まずは剣士を目指すべきだよっ!」
と、ここまで言ってちょっと熱くなっていることに気づく。
いかん。効率厨ゆえ、他人が人のスキルに口出しするのが許せん。
くそう、腹の虫が収まらん!
リコが自由に選んでいいスキルだろうが!
「俺、リコと一緒にその事、説得しようか?」
「ああ、ケーゴ! ありがとう! とても嬉しい! 本当に元気になったのね!」
リコは満面の笑顔で笑った。
その目は少し涙ぐんでいた。
ぐぬぬぬぬ。
リコのパーティーの連中、リコに涙ぐむほど辛い思いさせやがって。
「言ってくる。」
俺は立ち上がった。
「ちょ、待ってケーゴ。大丈夫だから。私、ちゃんと自分で言えるから。」
リコが慌てて俺を止める。
確かに俺はただのリコの幼馴染だし、俺みたいのが出て行って変な勘違いされるほうがリコにとってはマイナスだ。
「もし、本当に辛く当たられてるんだったら言ってよ? 俺、絶対に何とかするから。」
「うん!」
リコは嬉しそうに頷いて俺の肩にとんと頭を乗せた。
ちょっとは気が晴れてくれたんだろうか。
久しぶりに密着されてなんかドキドキする。
彼氏になれたらなぁ、なんてあり得ない妄想が一瞬頭をよぎる。
想像するだけ後々悲しくなるからやめておこう。
にしても、何故だか未だに腹の虫がおさまらん。
でも、パーティー構成をみながらキャラの構築を考えるのは良くあることだ。それにスキルに口出ししたからってそれを取るか決めるのは最終的に決めたのはリコだ。
リコがちょっと口出しされたってだけなのに、俺のほうが狭量な気がしてきた。
こういう思わずまわりが見えなくなって口出ししちゃうのってよくないよな。
「怒ってくれてありがとうね!」
く、なんて優しいフォロー。
「リコは村を出てからどんな仕事をしたの?」
スキルの話から無理やり話題を変える。
「聞いて。私、カリストレムでね・・・
リコはここ半年の彼女の活動を話し始めた。
楽しいこともいっぱいあったみたいだ。
聞けばパーティーの面子も悪い奴ではなさそうで、リコが剣士一本に絞りたいと言えば聞いてくれそうな奴らのようだった。
楽しそうに仲間との冒険を話すリコの笑顔に、ひとまず俺のご立腹は収まった。
ちょっとなんかまだ胸の辺りがモヤモヤするが、極限まで効率化を突き詰めたいという俺の理想をリコに押し付けるのは良くない。
「そっか、いい仲間なんだね。リコにスキルを取るように強いるような奴らじゃなくて良かった。」
「うん。」
充電待ちの間、リコから彼女と彼女の仲間たちの冒険譚を聞く。
リコは嬉しそうに新しい世界のことを話し、その内容は俺のあこがれる冒険そのものだった。
ああ、早く俺も冒険者になりたい。
そして、久しぶりの楽しいリコとの会話は時の流れを変え、あっという間に一時間は過ぎ去ってしまった。
残念だがリコとの楽しい時は終わりだ。
酒場から商人たちが出てきてしまったので、俺はリコをベンチに残して充魔器を外しにかかった。
「ふ~ん。」
ふと振り返ると、リコのパーティーの女弓士が近づいてきて仕事をしている俺のことを眺めていた。
珍しいな、獣人の子だ。
モフモフの尻尾と耳がついてる。
マイルウンって種族だ。
ネコ系っぽいけど尻尾がモフモフの獣人だ。
アルファンの神デザイン種族だ。
実在したのか・・・。
てか、ホントに神のデザインだったんじゃねえか。
獣人の女の子はジロジロと俺を見続ける。
「な、なにか?」
「うんにゃ。」
弓士は端的に返事をした。
「行くぞ。」
充魔器を外し終え、商人が馬車に乗り込んだのを見て、冒険者のリーダーっぽい男がリコと弓士に命令する。
さっきのスキルの話を聞いたせいか、俺なんかこいつ嫌い。
あっちも俺の事をガン無視気味だし。
「分かった。今行く。」
リコが返事を返して立ち上がった。
「早くカリストレムに来てね。私、絶対ケーゴの事待ってるから!!」
自分も大変だろうに、できの悪い俺の心配を・・・
なんて良い奴なんだリコ。
見た目も半年見ない間にますます可愛くなったし、惚れてしまいそうだ。
危ない危ない。
「俺の事ばっか心配してないで。俺は大丈夫! リコも自分の冒険者人生を大事にしなくっちゃ。」
「ぬう・・・。」
リコが俺への心配余ってか唸る。
「俺は大丈夫! 頑張るから! ありがとう、リコ。」
勤めて明るく言う。
これ以上リコに心配をかけるわけにはいかない。
「・・・うん。早くカリストレムまで追いかけてきてね。」
リコは大きなため息をつくと、何故か呆れたようにほほ笑んだ。
「またね。」
リコが俺に背中を向けた。
俺がきちんとリコの背中を追っていればきっとすぐに追いつける。
「うん、また!」
俺は馬車に向かうリコの背中にそう声をかけた。
「お前、あれは無いわ。」
「そうだな。お膳立てしてやったのは失敗だったよ。」
「お前さ、もうちょっといろいろ考えたほうが良いんじゃね?」
「言葉とかさ、もっと気を使ってやれよ。」
「ほんと、あんないい子お前にゃもったいないよ・・・。」
商隊を見送っている俺の横に、スージーとカムカが出てきて何やらガミガミうるさい。
別れの余韻もなにもあったもんじゃない。
「仲の良かった幼馴染との別れなんですから、感傷にくらい浸らせてくださいよ。」
「何が感傷だ。お前に感傷に浸れるような甲斐性なんてあるもんか!」
「なにが仲良しだ、この根性無しが!」
なんで、こんなグチグチ言われんねん。
「お二人に僕らの仲の何が分かるってんですか!」
ちょっ、何で蹴るの!?




