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暗雲

 王城の高層階にある一室。

 普段ここまで街の商人が入ってくることはない。


 しかし、一人の商人が招き入れられ、豪華なテーブルを挟み互いに豪華なソファーに座ってアルトロワ王子と談笑をしていた。

 

「所詮、ルスリーなんかに誰かを率いることなんてできるわけがない。運だよ。運。」アルトロワは叙勲式からずっと繰り返している言葉を吐いた。

「ルスリー殿下はよほどの強運の星をお持ちのようですね。」

「なにが強運だ。凶運の間違いだろ。でなきゃ狂運だ。」

 その後も王子は矢継ぎ早に今回のルスリーの功績がどれだけ運だけで成されているかを独自の解釈を添えてまくしたてた。

 商人は時々相づちをうちながら真剣に聞いている。少なくともアルトロワにはそう見えた。


 彼はミュールという商人だ。

 アルトロワとは先日知り合ったばかりだったが、考え方がアルトロワにとって好みですぐに仲良くなった。

 いろいろと騎士隊に必要な備品も安く流通してもらい、その領収書についてもアルトロワの言い分をよく理解してくれるので、アルトロワの彼に対しての信頼はすでに厚かった。


 彼の胸には白く丸い石のついた首飾りがかけられていた。

 それが新興宗教の幹部であるバルザック司祭やレゾールフを蹂躙しクリムマギカで討伐されたジェイクが持っていたものと同じものであることをアルトロワは知らない。


「たしかに、ルスリー殿下は傲慢でこの国を総べる王にはふさわしくございません。」

「そうだろう!」アルトロワはそこまで言ってから、あまりに自分の意見に従順なこの男が本気でそう思っているのかを試してみたくなった。「しかし、なんだってお前はそんな事を思うのだ?」

「わたくしはルスリー殿下をあまり好きではございませんので。」

 アルトロワは彼が自分のことを褒めそやすものと思っていたが、個人的な感情を口にしたので驚いた。

「ほう?そりゃまたなんで?」


 アルトロワはこのミュールという商人がルスリーを嫌っていると聞いて少し興味が湧いてきた。

 ルスリーははたから見ている分にはただの可愛らしい少女だ。

 この商人はルスリーを嫌うべくなにかを知っているに違いないとアルトロワは感じた。


「あの御仁は権力をかさに着て、この国やアルトロワ様をひどく貶めました。それがひどく腹立たしいのですよ。」

「よく分かってるじゃないか!」と言ったアルトロワだったが、はたしてルスリーが権力をかさに着て自分のことを貶めたことがあっただろうかと内心では記憶をさぐった。

 だが、「今の言葉は、是非ともご内密に。」というミュールの言葉に、アルトロワはミュールがわざわざ自分に弱味を見せたことに気がついて、気分を良くして忘れてしまった。

「僭越ながら、殿下が考えるべきはルスリー殿下のことではないはずでございます。」ミュールは今度は自分のターンとばかりに話し始めた。「殿下はご自身の才能を皆様にアピールして認めさせることにもっと努力を割くべきにございます。」

「自分の才能をアピール?」

「ルスリー殿下は所詮、騎士たちに命令を出すだけで戦えませぬし、魔法も使えませぬ。頭はお良ろしくとも口だけの御仁でございます。しかし殿下は剣の達人になりうる才能の持ち主でございます。ウェルフェイン様のもと卓越した技術を身に付けつつあると聞き及んでございますよ。」

「そ、そうか?」

 思わずアルトロワの頬が緩む。

 煽てられ機嫌の良くなってきたアルトロワは、ルスリーのことは気にするなと言っていたミュールが早速ルスリーのことを引き合いに出していることなど気づきようもなかった。

「アルトロワ様は武勇においても名を馳せれば良いのです。政治や改革なぞいくらでも言い訳が利きましょう。ルスリー殿下は武で名を立てられません。殿下はどちらでも名を馳せればよろしい。そうすれば最悪でも一勝一分けでございます。殿下が武で名を馳せたとあれば御師匠のウェルフェイン様もお喜びになられましょうし。」

「なるほど、だが、僕はまだそこまで強くはないぞ。」ウェルフェインの名前を出されてニヤついてしまいそうな顔を隠すため、アルトロワは思ってもいない謙遜を口に出した。

 そんなアルトロワに向けてミュールはひとつ声のトーンを落として告げた。


「基礎はすでに十分でございましょう。問題は武器です。殿下は王族なのですからしかるべき武器を持つべきです。」


「武器?」

「実は殿下に相応しき王者の剣がございます。」

「なんと! それはどこにあるのだ!」

「ルスリー殿下がこっそり手に入れて、使えもしないくせに隠しているのでございます。」

「は? なんだって!?」アルトロワは驚いて声を上げた。

「おそらく、手駒としている冒険者に渡す気なのでしょう。」

「言われてみればルスリーは最近エイイチとかいう冒険者をはべらかしている。エデルといいどうしてあいつのもとには強い人間が集まるのか。ずるい。」アルトロワはイライラとして目の前のテーブルを叩いた。

「さきほども申しましたようにルスリー殿下ご本人は武芸の才能がございません。だから他人を頼らなくてはならないのでしょう。」

「くそっ! よくよく次から次へと自らの手先となりそうな人間ばっかり見つけてきやがる! 強者にへつらう能力と、こすっからい嗅覚ばかりが他より優れているだけのくせに!」

「嗅覚もなにも、エイイチという冒険者は先日のレイド戦のトップの冒険者ですよ?」


「あいつかぁああ!」


 アルトロワ王子旗下の第一特殊大隊は先日のレイド戦で冒険者パーティーにダメージ量で負け、三傑に入るチャンスを逃した。

 彼にその憂き目をみさせた冒険者がエイイチたちのパーティーだった。

「ルスリー殿下は彼らに本来殿下の物となるべき剣を与えようとしているのですよ?」そう言いながら、ミュールは手癖のように胸のペンダントをいじり始めた。

「おのれルスリーぃぃ!」アルトロワがルスリーへの怒りのあまり立ち上がった。

「このままでは完全にルスリー王女の思うつぼです。」

「くそっくそっ!どうしたらいい?」アルトロワは自分の座っていた椅子の後ろをウロウロと言ったり来たりする。

「殿下、実はわたくし、その剣の保管場所を存じ上げてございます。」

 ずっとアルトロワに合わせて真剣な顔を崩さなかったミュールがニッコリと微笑んだ。



* * *



 王と騎士隊の代表が会議室の机を囲んでいる。

 普段は計6名の王族と公爵でなされる会議だが、今日は一つ椅子が空いている。


 今回の議題は先日二特が捕まえてきた『黒き羊』という新興宗教についての話し合いだ。


 『黒き羊』は最近唐突に勢力を拡大してきた宗教だ。

 アアル王国では信仰の自由を禁じていないが、『黒き羊』は彼らの神の元、他人に迷惑をかけることを省みなかったことに加え、王国各地で発生していた行方不明事件を主導していたことが発覚し、反政府団体と認定されるに至った。

 王国はその旨を公に発布したが、それでも、信者たちは未だに増え続け、反対運動なども起こっていた。

 彼らが反政府団体と指定された後のほうが、王都の各地における『黒き羊』と市民や衛士たちとの衝突は増えたとさえ言える。


「つまりは奴らの言うところの真の神が今のこの世界に不満を持っていて、人はその神のご機嫌をとるために隷属して生きろというのが『黒き羊』の教義ということなのか?」ウェルフェインの報告を聞いたレンブラントが首をかしげた。

「何だって、彼らはそんな救いのない生き方を求めるのだ?」レンブラントは続き質問をした。

「それが、二特の捕まえた信者たちはもちろん、救出された奴隷たちも世の中に妬み嫉みを抱いている傾向がありまして・・・。」

「だからってそんな身勝手な神に頼ると?」キルロックが尋ねた。「自分が認められないから神への信仰に頼るってのはありがちな話だが、救いのない教義にそれほど多くの人間が惹かれるのものだろうか?」

「ここ最近で、世界崩壊時計の数値が3つも進んだことが原因なのでは? 皆、神への救済を求めているのだ。」レンブラントは言った。

「たしかに、それは大きな一因のようです。」ウェルフェインが答えた。「彼らは時計の数値が変わることを予言していたようです。しかも彼らはこれからもどんどんと世界崩壊時計のカウントダウンが加速していくと予言しているようです。その通りになれば信者はもっと増えるのかも知れません。」

「奴らはどうやってそれを知ったのだろう? 本当に奴らの言う真の神からの啓示があったのだろうか?」キルロックが頭に浮かんだ疑問を素直に口に出した。

「貴殿まで惑わされてどうする。」レンブラントがキルロックを注意する。

「その謎についてはまだ解けていません。」ウェルフェインが言った。「しかし、その謎以上に大きな問題があります。」

「問題?」キルロックとレンブラントがウェルフェインを見つめた。

「この首飾りです。」ウェルフェインがポケットから無造作に白い宝石のついた首飾りを机に置いた。

「何だこれは?」

「人を洗脳する魔力がかかっているようです。二特が捕まえた司祭が持っていました。」

「何だって?よく二特は無事だったな。」と、キルロック。

「洗脳と言っても何でも思い通りにできるわけではなく、相手の思い込みや執着を増幅させる効果だけのようです。」ウェルフェインが説明した。「彼らは、まず、社会への未練や恨みを持つ人に声をかけ、その負の感情をこの道具で増幅させてから話を合わせ仲良くなり、彼らの宗教に囲い込んでいたようです。もしもそこで神への信仰を植え付けることができれば、この魔道具を使って除々に信仰を固執させて行くわけですね。」

「もしかして、今回捕まえた信者たちは全員洗脳されていたということか?」レンブラントが尋ねた。

「ざっくり言うとそうなります。今も洗脳は解けていません。」ウェルフェインが答えた。「そして、洗脳が不十分な市民たちが奴隷とされていたようです。」

「おいおい宗教と言うにはやばすぎるぞ。」キルロックの声には本気の焦りが混ざっていた。

「二特の捕まえたバルザックという元司祭の他にもう一人、教団を仕切っている人間がいるようです。」

「まだ一人、野放しになっているということか・・・どんな奴か分かっているのか?」レンブラントが尋ねた。

「はっきりとは。王都にも出入りしている商人のようです。」

「そいつがまだ健在だから王都での『黒き羊』の騒ぎは治まらないということか。」

「いえ、その上に更に大使途と呼ばれる存在が居て、問題を起こしている連中はその人物の教義に従っているようです。」ウェルフェインが説明する。

「大使徒とはまた仰々しいな。」レンブラントが感想を述べた。

「そいつが親玉ということだな。」

「おそらくは。」

「なら、その大使徒とかいう奴を見つけ出して捉えるだけよ。」キルロックが威勢よく拳を手のひらに打ち付けた。

「其奴の探索、わしが受け持とうか。」今まで黙っていたルスリーが声を上げた。

「珍しい。二特がこういったことに声を上げるとは。」と、レンブラント。

「今日はこういう仕事に飛びついてくるアルトロワ殿下も出席しておらんし、かと言って正規騎士隊や近衛騎士隊に捜査まで任すわけにもいかんじゃろ。それにわしならエイイチや冒険者ギルドを活用することもできるしの。」

「しかし、大丈夫か? 『黒き羊』は大所帯だぞ?」

「なに。さすがに討伐までは二特に任せるつもりはない。情報収集までじゃ。」


 その言葉とは裏腹に、ルスリーは転生者について隠したまま、いかにして『黒き羊』を崩壊させるか頭を悩ませていた。



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