円満退社への布石
3か月がたった。
「チェックメイト。」
俺のクイーンがスージーのルークを倒してその場に居座った。
「お前、強えぇな。」
「ボス相手だからって手は抜きませんよ?」
「あたえ前だ! お前ごときがアタシに気を使おうなんて100年早い。」
そう言ってスージーはチェスの駒を並べ直し始めた。
俺も白い駒を回収し始める。
ここ3か月で記帳方法やシャベルの変更等いろんな方法で業務効率をアップさせた俺は、ようやく結構な空き時間が取れるようになった。
そんな訳で、今は社長室でスージーに付き合わされてチェスの最中。
現在、俺は、スージーに「悪魔のようだ」と言わしめた魔石の値段の改定を経て完全に副社長ポジに収まってしまっている。
断っておくが、値段改定と言ってもたいしたことはしてない。
今までは魔石の数に忠実に値段を取っていたのを、40001~45000相当までは幾らみたいな感じでまとめて表にしたのだ。
もちろん値段は45000に合わせたので、43000とか買う人にとっては値上げだ。
だが、コレはスージー以外にもいろんな人に好評だ。
まず、客にとっては値段が分かりやすくなった。
そもそも、計算なんてできない客が多いから、毎回違う値段を言われるのは不安だったのだ。
値上げに対する心象もそんなに悪くない。
キリ番ちょっとオーバーの客、例えば41000が必要な客には、40000個の魔石を買えばお得だと説明しているからだ。
そうすると客はサービスしてもらったと勘違いする。
そこまでバカじゃなかったとしても気を使ってもらって悪い気はしない。
だが、そもそも40000の魔石を40000の値段で売るだけだし、次の日足りなかった魔石分は結局購入に来るのだ。店には何の損もない。
そんな訳で、この評判の悪くならない値上げについて「悪魔のようだ」とスージーに絶賛された。
正直、売り上げは1割も増えてないが利益に直結しているのでスージーはウキウキだ。
本来の狙いは、受付労力の削減だったんだけどなぁ。
受付を何年もやってるお姉さま方は、計算しなくてもだいたいどのくらいの合計値になるかはすぐに判断できる。
たとえば、4万前半か後半かくらいだったらすぐ分かる。
なので、4万前半だと分かった場合、その時点で40000個で買うように誘導するのだ。すると大抵みんな40000で買ってくれるので、下何ケタの計算がいらなくなって楽なのだ。
しかも、キリ番の魔石袋を大量に用意しておけば計測待ちの時間も削減できる。
よくよく考えれば当たり前の販売方法なのだが、常にギリギリまで売りたいと思うスージーには絶対思いつかない戦略。
今回も値上げ込みで提案したからようやく聞いてもらえた。
カムカは俺の活躍について良くは思っていないようだったが、甘んじて受け入れてくれているようだ。
カムカとは俺がいなくなった後にこの店の業務を引き継いで貰う点で裏取引ができてる。
なんだったら、スージーに対して現場がかなり楽になっている点は報告はしていない。スージー現場見に来ないし。
俺が居なくなればカムカは仕事が楽になった状態で元のポジションに返り咲くことができるし、給料も上がるはずだ。
「お前、本当にすぐ借金返しちまいそうだな。やっぱSレアスキルの持ち主ってすげえんだなぁ。」スージーが感心したように嘆息した。
「スキル関係ないっすよ。えーと・・・。」
異世界の経験が生きてるなんて言っても伝わらんだろうな。
スキル使っての無双はこれからよ。
「お前さ、金倍出すから残んねぇか?」
すぐ脇で、ちょうど俺らの飲み物を片付けに来ていたカムカが一瞬びくりとしたのが分かった。
「いや、俺は冒険者になってランキング上位を目指したいんで。」
「そう言うなよ。だいたいお前が冒険者に向いてるとは思えねえ。」
カムカがめっちゃ念入りに後片付けをし始めた。
この場に居座って俺たちの話の成り行きを突き止める気のようだ。
「でも、俺が冒険者になったらボスにとっていい事づくめっすよ?」
「なんでだよ。」
「俺が冒険者になったら、商人たちの護衛とかするわけじゃないですか。そしたら、いい広告塔になると思いません? 護衛してる商人たちにこの店の事話せますよ?」
もちろんただの口八丁だ。
「ほう?」
スージーが考え始めた。
その頭からリスクを取り除いてやろう。
「ぶっちゃけ俺がここでやれることはやっちゃったんで、今の店についてはカムカさんが切りまわしたほうが回ると思うんすよ。」
ついでに、当面の俺の仕事もカムカに投げれればラッキーという算段。
「確かにこうやってチェスしてる訳だし、必ずしも、お前が居なくても現場は回せないこともないか。お前が冒険者になればお前への給料もいらなくなる。オマケに運が良ければ冒険者になったお前がデカい仕事を紹介してくれるってことか。確かに良い事だらけだな。」
スージーは思い直してくれたようだ。
「よし! こんだけ散々払ってるのに辞めようってんだからな、もし冒険者になっても、うちの営業は頼むぞ!」
あ、うまく交渉してれば、スージーから営業の給料を受け取ったうえで冒険者になれてたかもしれん。
ここらへんだよな。できる人との違いって。
転生したからって簡単にこういうのは変えられんか・・・。
「言っとくけど、強くなるって約束は守ってもらうからな。アタシは約束を守らない奴は嫌いなんだ。」
「もちろんですとも。」
ついでに1個提案。
「じゃあ、三か月後の闘技会で優勝したら強くなったって認めてもらえますか?」
俺の急性な提案にチェスを再開しようとしていたスージーの手が止まり、大笑いし始めた。
「ぶぁはははは! リックも出るんだろ?お前なんかが勝てるもんかい! 相変わらずそういう大口を叩く癖は治んねえな!」
リックってのは村の衛士の一人。
訓練場のガスを除けばこの村で一番強い。ガスは強いの闘技会には参加禁止。
「見ていてください。こんな小さな村で優勝できないようじゃ強いとは言えないっすよ。」
「はっ! 大きく出たな!! いいぜ、 お前が勝ったら好きにしな。その代わり負けたら来年の祭りまでこの話はお預けだからな。」
「承知っす。」
円満退社のための二つの約束について、ようやく段取りがついた。
借金のほうは給料も上がったし、ぶっちゃけあと2か月もあれば完済する。円満解決だ
強さについても、3か月後に行われる祭りのイベントの小さな闘技会で優勝すれば良いと話がついた。
あとは俺がその闘技会で優勝できるかどうかって話だけだ。
祭りの闘技会は10人も参加しない。
ただし、村をモンスターや盗賊から守る衛士たちの間からも出場者はある。
訓練場のガスはめちゃくちゃ強いが出場しない規定だから、出場者の中では、恐らく村の衛士のリックとレックが一番強い。
ただ、リックやレックのレベルは見当がついている。
【剣】がだいたい10、【通常攻撃】が5~10、【受け】【防御】あたりが5とかそんくらい。必殺技の類のスキルはあっても1レベル。
そんなところだ。
防御関係やダメージ強化のスキルもいくつか持ってるはずだが、闘技会では盾も鎧も装備禁止、相手に大ケガさせたら負けというルールなので今回は気にしないで良い。
アルファンプレーヤーはこの辺りの衛士の弱さを頭に叩き込んである。
そうしないと、イベントでNPC衛士が死ぬ。
アルファンはNPCが人間みたいに受け答えしてくれるので死ねば悲しい。
それに、仮に衛士が死んでしまうと、新たにやって来た衛士が弱すぎるとか、雇った人間が実はならず者で外部からの襲撃時に敵側に着くとかある。
アルファン開始当時はそんな感じで、村を守るNPCがいなくなってしまい、滅びてしまった村や街がいくつもあった。
ちなみに、うっかり主要人物が死ぬと平気でイベント系の入手アイテムが入らなくなったりするから超大変だ。
そんな訳でプレーヤーは街や村の衛士の強さを把握している。
このランブルスタ村の規模だと、さっき言ったくらいの強さで間違いないはずだ。
アルファンと違って、彼らのレベルが俺の想定より高かったら・・・それは困るなあ。
アサル神もアルファンと同じと考えていいって言ってたし、とりあえずそのつもりで行動しよう。
つまり、この世界がアルファンだとすれば、
俺は自分がどこまで強くなれば勝てるか分かっているのだ!
俺は、彼らに勝てるスキル構成の最低ラインとして、【命中】7レベル、【回避】10レベルを目指せばいい。
【回避】が10あれば、防御に専念していれば衛士の攻撃くらい安定して避けられる。
【剣】のスキルは【剣】を使った攻撃や防御のすべてを包括的に上げるスキルなので、【剣】5レベル+【命中】5レベルより、【命中】に絞って10レベルを狙ったほうが命中はしやすい。
もちろん【命中】では相手へのダメージは上がらないが、闘技会は相手に良いのを一本入れればいいルールだから問題ない。
それに【剣】は【打撃】なんかのパワー系のスキルが乗りやすい武器だ。
【力の才能】の残念な俺は【剣】のレベルは上がりにくいだろうし、もっと他の武器を使ったほうがよい。
なので【剣】は上げずに【命中】だ。
祭りの日まで3か月。
この二つのスキルに絞ってレベルをすれば、アルファン時間3か月もあれば目標を達成するのは容易い。
何故なら、俺には【ゼロコンマ】8レベルがある。
小数点以下の変化を見ることで【命中】と【回避】がどうやれば伸びやすいか簡単に知ることができるのだ!!
ようやくレベリング開始だ!
しかもチートあり!
異世界転生っぽくなってきたぜ!




