黒羊
ああ。
ここは憶えている。
近所のコンビニだ。
俺が仕事帰りに寄れる店なんてコンビニしか無い。
いつものようにサラダチキンとソーセージパンをレジに置く。
こればっか買うからきっと何かあだ名つけられてるに違いない。
レジの店員がサラダチキンのバーコードを読み込むとその手を止めた。
「?」
「なあ、お前・・・。」レジの店員が顔を上げて俺を見た。
「お前、俺を殺したよな?」
背の低い栗毛の店員は俺を睨みつけた。
思わず一歩下がる。
と、後ろで並んでいた客にぶつかった。
「あ、危ない。は、早く会計、す、済ませて。」後ろの客が俺に文句を言う。
「す、すみません。」小心者の俺は相手の目を見ることもなく頭を下げる。
「だ、だって、お前、ぼ、僕のこと、こ、殺した。」
驚いて顔を上げると、顔面が半分ぐちゃぐちゃに潰れた魔法使いがそこにいた。
「ひっ!」
あまりの恐ろしさに腰が砕けて座り込む。
すると、そいつの顔のぐちゃぐちゃの部分が隆起してルナの顔が現れた。
「圭吾は前世で私も殺したの。」
「ち、違う!」
「ケーゴ、サイテー。」ヤミンが汚いものを見るかのような視線を俺に向けた。
「・・・。」リコは悲しそうな顔で俺を見て何も言わない。
「違う!違うんだ!!」
もう違わない。
俺自身が知っている。
「俺は、みんなを守るために・・・。」
他に方法はなかったか?
「違う!」
きっと無かった。
俺はリコを助けなきゃいけなかった。
みんなを助けたかった。
それに、あいつらはルナにひどいことをしたんだ。
「しかたなかったんだ! 他に方法が無かったんだ!」
「アホみたいなこと言っとらんで、そろそろ現実に戻ってこい。」
その声で俺は目を覚ました。
どこか一室のベッドの上だった。
「ル、ルスリー!?」
目覚めて最初に目に入ってきたのはルスリーだった。
俺の寝ているベッドの横に椅子に腰掛けている。
「うむ。目覚めたようじゃな。おはよう。」ルスリーは俺の顔を覗き込んで言った。
身体を起こそうとして、激しい頭痛に襲われる。
「すまんが、腕のいいヒーラーを連れてこれんかったのじゃ。そのまま寝とれ。」
「すみません。」俺は謝るとベッドに体重を戻す。
「とりあえず、容態が一山越えたというので話をしようと思ってな。」
「ここは?」
「クリムマギカのエルフの宿泊部屋だ。」
「何でルスリーがここに?」
「お前、あんだけ大地を変形させて誰も調べにこんと思っとんのか。」
ああ、それもそうか。
「皆、レイド戦で出払っておって忙しいからな。これ幸いとわしが直々に色々もみ消しに来たのじゃ。」
ルスリーはどうだとばかりに腰に手を当てて胸を張った。
「よくぞクリムマギカを守ってくれたな。上出来じゃ。それも、二度も。」
そう言ってルスリーは笑った。
「リコとヤミンは?」
あたりを見回すがこの部屋には俺とルスリーしか居ないようだ。
「適当に理由をつけて、別室に行ってもらっとる。」
「ルナは・・・エルナさんは無事ですか?」
「大丈夫じゃ。部位破壊を完治できる治療師がいないので、通常の処置だけで転がしとる。すぐに治せなかったからちょいと長引くかもしれん。」ルスリーは答えた。
「その・・・あいつらは?」
「あいつら?」
「クリムマギカを襲いに来た奴らです。」
一人、生きていたはずだ。
他の二人は俺が殺した。
「・・・・。」
ルスリーは俺の何かを確認しようとするかのように俺の目を覗き込んでから言った。
「3人共、生きとるぞ。」
「えっ?」
そうなの!?
「何じゃ、不服か?」
「てっきり、その・・・人を殺しちゃったと・・・。」
「案ずるな。お前は誰も殺しちゃおらん。」
生きてたのか。
殺してなかった。
胸のつかえがすっと降りていく。
そして、その向う側に隠れていた、彼らが生きていることが許せないという憎悪の部分が見えてきた。
俺はあの時、彼らを殺そうとして戦っていたんだ。
今度はその現実が俺を苛む。
「俺・・・でも、そうなっても良いって思って、あいつらを殺そうとしました。生きてたのはただの結果論に過ぎない。」
ルスリーは額にシワを寄せて俺に顔を近づけてきた。
「何を言っとるか。結果論も何も、あいつら全員処刑するぞ。」
「えっ?」
「数週前にケルダモの北にあるケゾーフルという村が襲撃を受けておってな。奴らはその犯人じゃったようなのじゃ。荷物から村から奪ってきた略奪品が出てきおった。ケゾーフルで何があったか詳しくは言わんが、我が国民をあのような酷い目にあわせた者には相応の罰を与えねば気がすまぬ。」ルスリーは息巻いて言った。
「ちょ、ちょっとまって。彼ら日本人です。転生者なんです。」
「だから何じゃ?」
「えっ?」
「日本人だからなんじゃという?」
ルスリーは迷いなく言い切った。
「わしは今はこの国の王女じゃ。わしは我が国民の敵を許すつもりは無い。」ルスリーは断固として言い切った。「それに、あいつらがエルナに何をして何をしようとしたか知っておろう。」
「そ、そうですが・・・。」
「こっちはこういう世界で、お前さんはもうこっちの世界の人間じゃ。前世の正義が貫けるほど甘くはない。腹はくくっとけ。次、同じことがあった時、仲間を守りきれんぞ。」
「・・・・。」
彼らを助けてやって下さいという言葉が口から出てこない。
リコの泣き叫ぶ声やルナの骨が折れる音が耳から離れない。
命をもってしても誰かの罪を許すことができないほど自分の心は狭いのだと思い知る。
「・・・・。ときに、ケーゴよ。黒羊というプレーヤーズギルドを知っているか?」ルスリーは突如話題を変えた。
「え? 黒羊!? アルファンの?」
黒羊はアルファンの中でプレーヤー同士で作られたギルドの一つだ。
アルファンサービス期間中を通じて一貫して最大かつ最強のギルドとして君臨していたギルドだ。
俺も一時期勧誘された事があったが、活動理念がシステマチックすぎるので断った。
黒羊はアルファンの世界や住人たちとの会話を楽しむというよりは、効率的に強さとゲーム内ランクを求めていくギルドだった。
「お前らが捕らえた連中から聞き出したんじゃが、黒羊のプレーヤーがこの世界に転生してゲーム知識を生かして無双をしようとしてるらい。」ルスリーは続けた。
「えっ? でも、普通はそうしようとするんじゃないですか?」
ルスリーだって課金して王女になってるし。
「エイイチやお前のようなやり方ならな。」
俺、無双してるかな?
「やり方って、黒羊のプレーヤーはなにか変なやり方をしてるんですか?」
「詳しいことは分からんが、奴はこの世界のシステム自体を変えようとしているらしいのじゃ。」
「システムを変える?」
「この世界のルールを変えると言ったほうが良いのじゃろうか? 例えば、魔法がなくなるとか、朝と夜の長さが変わるとか、人間が眠らなくても良くなるとか、そういう神の領域での世界の改変じゃ。」
「そんな事、できるんですか?」
「さあ? しかし、この世界には『神』がおるからの。」
ルスリーの言う『神』とは誰のことだろうか。
俺は怖くて訊ねられなかった。
「今回クリムマギカを襲った奴らも、そのためにエルダーチョイスの武器を回収に来たらしい。」
「エルダーチョイスの武器を使うと、何かこの世界のルールを書き換えられるのですか?」
「分からん。」
「どういう風に書き換えようとしているのですか?」
「それも、分からん。」
「彼らはなんか言ってなかったんですか?」
「やつらもあまり詳しいことは知らんようじゃ。この世界の攻略情報を教わる代わりに黒羊のプレーヤーに協力していただけのようじゃな。」
「その黒羊のプレーヤーが今回の首謀者だと?」
「そうじゃ。」
そう頷くと、ルスリーは俺のことを確認するように見つめた。
「ユージと言う男じゃそうだ。」
「ユージ!? ユージってもしかして・・・。」
嫌な記憶が蘇る。
あいつが絡んでるのか。
「おそらくそうじゃろう。お前から聞いていた行動とやつらの人をも人と思わぬ所業がダブる。」
と、
扉がノックされた。
「何じゃ。」
ルスリーが苛立った声を上げると、外から女性の声が聞こえてきた。
「殿下。そちらの冒険者の連れやこの村の住人たちが、彼に会わせろと言って聞きませぬ。流石に押し留められません。」
「・・・うむ。承知した。話すことは話したしよかろう。」ルスリーはそう言って立ち上がった。「ケーゴ。通すが大丈夫だな?」
「はい。」
みんなの顔が見たい。
リコの、ヤミンの、ルナの、クリムマギカのみんなの笑顔が、みんなの無事な顔がとても見たい。
「通すがよい。」
「はっ。」
ルスリーが扉の外に命令してしばらくすると、扉の外から慌ただしいいくつもの足音が迫ってきた。
足音がこの部屋の前まで到着したかと思うと、部屋の扉が弾け飛ぶように開かれた。
「「「ケーゴっ!!」」」
リコとヤミンを先頭に、クリムマギカのみんなが満面の笑顔で俺に向けて飛び込んできた。




