人質
「出てこねえな。」
開かない扉を見張りながらジェイクは呟いた。
亜人たちが籠城し始めてから2日。
事態は完全に膠着して動かない。
「に、逃げ場はないみたいだし、出てくる様子もないみたいだし、こ、このまま死んじゃうつもりかもよ?」と、ヘイト。
「んな訳ねえだろ。」
「でも、ほら、みんなゲームのキャラだし。」
ヘイトの返しがあながち的外れとも思えなかったのでジェイクは眉を潜めた。
「おう、戻ったぞ。」
探索に出ていたタイチが戻ってきた。
タイチはこの二日間、クリムマギカのあちこちを探索して回っていた。
いくつかの価値のあるマジックアイテムを探し当てて来てはいたが、今のところ彼らの求めている武器とおぼしき物は手に入っていなかった。
今回もタイチは目的の物を見出すことはできなかったが、その代わりに別のモノを見つけてきた。
「おい、そりゃなんだ?」ジェイクがタイチ左手に引きずるように連れてきたモノを見て驚く。
「ど、ドワーフ? ま、まだいたの?」
タイチの横には顔を晴らしたドワーフが一人立っていた。
ドワーフはタイチに乱暴に髪の毛を捕まれ、鼻からは血が流れている。
タイチのが連れてきたのはメルローだった。
逃げようとしたので数回殴られ、反抗する意思を完全に失っていた。
「今更どこに隠れてやがった?」
「のうのうと生活してやがった。」タイチが答えた。
「生活してた!? まじかよ。まあいいや。これで状況を打開できるかもしんねぇ。」
ジェイクはそう言って立ち上がると扉に向けて大声で叫んだ。
「おい、クソ亜人ども! 逃げ遅れたお前らの仲間を捕まえたぞ。こいつを見殺しにしたくなかったら、武器のありかを言え!」
扉の中からは声は返ってこない。
「タイチ、喚かせろ。中に声を聞かせる。」
ジェイクが命令するとタイチは黙って頷いて、片手で髪の毛を掴んだまま、もう一方の手でメルローの顔面を殴りつけた。
「ごっ。」
メルローはくぐもった声を上げたが、悲鳴は上げず、命乞いもしない。
「泣きわめいていいんだよ。嬢ちゃん。」
そう言ってタイチはもう一度メルローを殴りつけた。
メルローは再び悲鳴を押し殺した。
くやしさと絶望と、それでもこいつらの思い通りにはさせないという決意で涙が自然と流れ落ちる。
「こいつ、叫ぶ気がなさそうだ。」
タイチはメルローの髪を乱暴に振り回して、ジェイクとの間にメルローを転がした。
髪の抜けるブチブチと言う音がジェイクのもとまで届いてきた。
タイチが手に残った髪をパタパタと払う。
「扉の前で殴る所を見せつけたほうがいいか? どうせ格子から覗いてきてるだろ?」
「扉から魔法が飛んできたらまずい。今は、魔法無効化が切れている。念のため奴らの射線上には立たないようにしたほうが無難だ。」
「たしかにそうだな。」
「ヘイト、こいつ犯ってもいいぞ。」ジェイクがヘイトに向けて言った。
「えー。ひ、髭生えてるし、た、タイプじゃない。あ、それに顔がボコボコ。無理。」
「何だよ。女好きだろ?」
「ぼ、僕を、な、何だと思ってるのかな?」
「指を一本ずつ落としていくってのはどうだ?」タイチが平然と提案した。
「いいね。流石に悲鳴くらいでるだろ。切り取った指をすきまから投げ込むのもいい。」
ジェイクがそれだとばかりにタイチを指指した。
ジェイクは立ち上がると警戒しながら扉に向かって叫んだ。
「おい!中の奴等!聞こえてるか! ドワーフの女を捕まえた。これからこのドワーフの指を一本づつ落として行く。」
ジェイクはそう言うと、彼通路脇に置いてあった袋からナイフと言うには大きすぎる片刃の短剣を取り出した。
タイチがメルローの髪を引っ張ってジェイクの元へと連れて行く。
メルローは絶対に声を出すまいと口を真一文字に結んで、タイチに掴まれるままに大人しくついていく。
そして、メルローは少し高くなったテーブルのような岩の上に引かれるままに手を差し出した。
タイチは必死に声を押し殺すメルローの手を岩に押し付けた。
メルローの目から涙がこぼれ落ちた。
技術者でのあるメルローの指が落ちることは彼女自らの手で研究を行えなくなることを意味する。
魔法で治してもらうには莫大なお金がかかるし、クリムマギカでは治せない。どこかで治癒魔法をかけてもらえるとしても、断面が腐ってしまえば治すことはできない。
だが、その時。
扉がギイと言う音を立てて開いて、一人のドワーフが現れた。
「そいつの指を落としたら、武器の在処は教えん。」
タイチはメルローを無理やり引き寄せると首をに腕を回し、短剣の先を耳の穴に突きつけた。
ジェイクは警戒しながら懐から魔法封印の護符を取り出して握った。
「何で出てきたんだよ!」メルローが叫んだ。
ドワーフは一人、扉の前に進み出る。
扉は彼を見捨てるかのように彼の後ろで閉まり、閂を閉める音を奏でた。
「ようやく武器を渡す気になったのか? 貴様が場所を知っているのか?」タイチがメルローを盾にしたまま訊ねる。
「よく分からんが、ワシの武器ならお前たちも満足行くはずじゃ。」
「爺さん、調子乗るなよ。僕らが欲しいのは最強の剣だ。」タイチがメルローに突きつけた短剣を持つ手に力を入れた。
メルローの耳から一筋血が流れる。
そんなことは気にもとめずにメルローは叫んだ。
「何であんたが出てくるんだよ!! エルダーチョイス!」




