膠着
「とりあえず、この階にはあいつらが出てこれそうな道は繋がってなさそうだ。」
タイチがエルフやドワーフたちの閉じこもった周辺のマッピングから戻ってきて、ジェイクに報告した。
「彼奴等もちょくちょく扉格子から覗いて来てる。多分、出口はここ以外に無いみてえだな。」
扉の近くに腰をかけて、逃げ込んだ亜人たちが出てこないかを見張っていたジェイクがタイチを見上げて言った。
「長期戦になってしまったな。」
「そのうち腹が減って出てくるんじゃねぇか?」
「こっちの食料も少ないのを忘れるなよ。」
「今のところ、ぜんぜん腹が減ってこねえ。健康上の問題もなさそうだ。あのドワーフの言ってた通り3日は持ちそうだぜ。」
「まあ、それは助かるな。だが、それまでに奴らが出てくるかどうか。」
「あーあ。こういう時間ばっかかかるイベントって嫌いなんだけどな。」ジェイクはため息をつくように言うと、洞窟のような通路の壁に寄りかかった。「ゲームの世界なんだからモブキャラ共は素直に俺らに従ってれば良いのにさ。そういう存在のくせに。ケゾールフのエンチャンターどもにしろ、コイツらにしろ、何だってアルファンのキャラってのはめんどくせぇのが多いんだ?」
ジェイクは硬く閉ざされて開けることのできない扉を睨んだ。
「むしろ、俺たちがフラグを無視して動いてる可能性は無いか? もっと簡単な攻略法があるんじゃないのか?」
「アホか。誰が普通の方法なんてやるか。AIごときにあしらわれて、危ないダンジョンに潜らされたりすんだぜ? 付き合ってられるか。この世界じゃ当たればちゃんと痛いし、死んだら復活しないんだぜ?」
「まあ、そうだが・・・。」
「本来、後半にならないと手に入らない護符だって手に入れれたじゃねえか?」
アアルファンタジーにおいて、護符というアイテムが実装されたのはリリースから7年目だった。
護符を手に入れるためにはケゾールフの村の人たちと信頼関係を結ばねばならず、そのためには幾つかのクエストをクリアする必要があった。誰にでも手に入れることのできるアイテムではなかった。
彼らはそれを直接買い付けに行き、それを断った村人を虐殺して、彼らの持っていた呪符をすべて奪い取ってきた。
アアルファンタジーはキャラクター同士に繋がりがあることを知っていた彼らはケゾールフの村人たちをみな殺しにし、彼らがその村にいたというすべての証拠を隠滅した。
むろん、このクリムマギカにおいても、彼らはそのつもりだ。
「やっぱ、アイテム入手は物理よ。物理。」
「その代わり、二度と手に入らなくなったがな。」
「お陰で価値が出るってもんよ。」
「魔術無効化、一枚使っちまったぞ。」
「しゃーねえだろ。他にも呪符はあるし、魔術無効化の一枚や二枚気にすんなって。」ジェイクは吐き捨てるように言った。
「気をつけろよ。護符の効果もそろそろ切れる、あまり侮ると足元をすくわれるぞ。」
「気にするな。酔いも冷めてきたし。だいたい、俺は戦士33レベルだし、お前だって28レベルだろ。ヘイトだって俺たちに比べれば劣るっつっても22レベルある。初期アルファンのこの世界で俺らに敵うNPCなんて、王都以外にゃいねえよ。」
「さっき【ファイヤーボール】を撃たれただろ。ヘイトですら唱えられねぇ。威力もなかなかだった。少なくとも20レベル以上のNPCだと考えておいたほうが良い。」タイチは調子のいいことばかり言うジェイクを諌める。「それに、あいつが一番強いとも限らんし、全員でかかってこられたら、いくら俺たちでも無理だ。最悪、また魔法無効化の護符を一枚使うことになるぞ。」
「酔っぱらってたとは言え、始めちまったもんはしかたねぇじゃん。もう、武器を手に入れてから皆殺しか、皆殺してから武器を手に入れるかの二択なんだよ。腹くくれよ。」
ジェイクはそう言うと、隣に落ちていた小石を拾って扉に向かって投げつけた。
「なんなんじゃ、あいつらは。」
仲間に肩車をしてもらって避難所の扉の格子から外を見ていたディグドは彼らのことを襲撃してきた人間たちが待ちの姿勢に入ったのを見て、後ろで様子を見に集まっていたドワーフやエルフたちの元へと戻ってきた。
「見張られてとる。ワシらをここから出さんつもりのようじゃ。」
「一体、奴らは何なのじゃ?」後ろで聞いていたドワーフが眉を潜めて訊ねた。
「さあ。」ディグドは肩をすくめる。
「そういえば最強の剣を見たいと言われた。」一人のエルフが思い出したかのように言った。
「そんなことでグラルはぶっ飛ばされたのか?」エルダーチョイスが言った。「ワシに直接言えば見せてやったのに。」
「いや、わしの剣だろ。」
「いやいや、切れ味で言ったらワシのじゃろ。」
ドワーフたちが揉め始めた。
「どんな剣じゃと言っていた。」エルダーチョイスがエルフに訊ねた。
「仕様が不明瞭で分からなかった。」エルフは素直に答えた。
「今までに無いような剣だとしたらわしのじゃろ。」
「いや、わしのだって。」
「防具については何か言っとらんったか?」
武具を開発をしているドワーフたちがわいのわいのと騒ぎ出した。
「黙っとれ武具バカどもが。何人か殺されとるんじゃぞ!」
「なんじゃって?」エルダーチョイスが驚いて声を上げた。
「レントンとギーズが死んだ。」ディグドはぼそりと答える。「カザルフもじゃ。」
ドワーフたちは黙ったまま顔を見合わせた。
「ネルキアスとウィリクリウス、ベルモチアスも殺されたと聞いている。」後ろで見ていたフーディニアスが無感情にそう伝えた。
騒いでいたドワーフたちが始めて状況を知り、オロオロと狼狽え始めた。
「狼狽えてもしょうがない。まずは、これからどうするかじゃ。」ディグドはドワーフたちに言った。「ケーゴから閉じこもる所までは聞いとったが、その後どうするかまではワシは何も聞いとらん。お主は何かケーゴからなにか聞いておるか?」
「仕様は受け取っていない。」フーディニアスが首を振った。
「ケーゴに言われて食料を溜め込んだのをそのままにしてあったから、余裕はあるもののどうしたものか・・・。」
「地下階まで穴を掘るのが良いかな?」一人のドワーフが提案した。
「通路やホールならともかく、この部屋は魔法隔壁で構成されている。この部屋では私でも魔法で穴を開けるのは厳しい。」フーディニアスが残念そうに答えた。
「うーむ、ジャイアントの攻撃に耐えれる場所を選定したのアダになったか。」
「物理的に掘ろうにも道具がない。結構大変かもしれんぞ。」
「ゴーレムもおらんしの。」
ドワーフたちは困ったように腕を組んで悩み始めた。
「もしかしたらケーゴが来てくれるかもしれん。」一人のドワーフが自信なさそうに言った。
彼はゴーレムの研究の第一人者。
みなから親方と呼ばれている。
先程、ゴーレムを動かしてグラルを救ったのも彼だ。
「そんな都合のいいことあるかい。」親方のあまりに希望的な言い分を聞いたドワーフの一人が眉を潜めて言った。
「いや、実はさっきドサクサに紛れてゴーレムを飛ばした。」親方は言い訳をするかのように答えた。
「ゴーレムを飛ばした?」ディグドが尋ねた。
「なんぞ、こないだケーゴに作ってやったゴーレムなんじゃが、スイッチを入れるととケーゴを攻撃しに追いかけていくのじゃ。それに助けを書いて飛ばした。」
「魔法が効かなくされとるみたいじゃが大丈夫じゃろうか。」
「効果の範囲が分からんからなんとも言えん。」親方は肩をすくめた。
「にしても、お前は何だってそんな物を持っとる。」ディグドが再び親方に問いかけた。
「ケーゴに改造を頼まれてな。メルローからもらったすごく痛いだけのビームが撃てるユニットを組み込んでおったのじゃ。」
「メルローは何だってまたそんな物を・・・。」
「どうせまたロマン兵器の失敗作じゃろ。本人に聞け。」
「そう言えば、メルローはどこじゃ? 部屋では見かけとらんぞ。」
ドワーフたちは避難所を見回したが、広い避難所にメルローの姿は見つけられなかった。
「・・・おらんようじゃな。」
「まさか、まだ外か?」
「無事だとよいが・・・。」
ドワーフたちは不安そうに顔を見合わせた。




