クリムマギカはまだある
魔導装置テキコロースの砲撃により吹き飛び、断崖となったクリムマギカの入り口。
その頂上付近の崖に3人の冒険者がいた。
くさびとロープを使って断崖を登って来た二人は今まさにクリムマギカの入り口ホールに届こうとしていた。
もう一人は魔法で二人のそばを飛んでいる。
「なんでこんな苦労しなきゃいけないんだよ。」小柄な栗毛の冒険者が愚痴を漏らした。
「し、仕事だからって言ったのは、ジェ、ジェイクだよ?」空を飛んでいる魔法使いがその愚痴に反応した。
「お前が俺たちを飛ばせればよかったのに。」ジェイクと呼ばれた栗毛の冒険者は再び文句を口にした。
「じ、自分以外を飛ばすのは、ま、まだ無理。」
「【フライト】なんて一般呪文だろ。」
「そ、それはゲームの後期の話。しょ、初期はじ、実装もされてなかった。」
「ヘイト、お前だって転生者なんだからもっと効率よく魔法覚えれたろうが。」もう一人崖を登っていた長身の冒険者が言った。
「げ、ゲームとちがって、げ、現実は訓練が大変。そ、それに、ぼ、僕の【フォーリング】がなければ皆怖くて、君ら、こ、こんな崖、の、登れなかった。ろ、ロープを垂らしたのだって、僕だよ?」
三人の冒険者は、ようやく、クリムマギカの断崖をくさびとロープで登りきった。
「やっと着いた。」
ジェイクは断崖の頂上に手をかけて、身体を持ち上げた。そのまま転がるように平らな大地に転がり、仰向けになって息を切らす。
「すごいな。ここは。」
長身の冒険者、タイチが続いて上まで登ってきて半壊したドームのような巨大な岩の洞窟を見回す。
「なんだよ、ここ。街なのか? 隠し洞窟みたいだが。」ジェイクは仰向けに転がったまま、洞窟のようなクリムマギカを見回した。
「お、お疲れ様。」でっぷりとした魔法使い、ヘイトが二人のそばにふわりと降り立った。
ジェイクがヘイトの飛んできた方向に首を向ける。
そこには今まで登ってきた崖が、大地をえぐり取ったかのようにはるか遠くまで続いていた。
「おいおい、何だよこれ。」
「あ、アルファンにはこんなの、な、無かったよ。」
なにかに吹き飛ばされたかのように遥か遠くまでえぐれた大地を見ながら3人は呆然とする。
「なんか大砲の成れの果てみたいなのがあるぞ。」タイチが崖のギリギリにぽつんとおかれている巨大な鉄の筒が弾け飛んだような形状の物体を見つけて言った。「これがやったのか?」
「さあ。もうどうでもいい。」ジェイクは寝転んだままタイチのほうを見ることもなく答えた。
ふと、3人はホールの奥の方からエルフやドワーフたちが自分たちのことを見ていることに気がついた。
驚いて身を起こしたジェイクとこちらのほうを不思議そうに見ていた亜人の目が合った。
互いにほんの少しだけ不思議そうに互いに見合っていたが、亜人たちはすぐに興味を失ったかのように去っていった。
「人がいたぞ。エルフとドワーフだ。」タイチが驚いて言った。「やっぱ、ここがクリムマギカの村ってことか?」
「なんだよ。じゃあ、全然無事なんじゃねえか。」ジェイクが吐き捨てるように言う。「何でクリムマギカが残ってんだよ。廃墟からマジックアイテムを拾ってくるだけって話じゃなかったのか?」
彼らは彼らのボスであるユージという男からの使命を帯びてこのクリムマギカにやってきていた。
ユージは先輩転生者と言うことで、ジェイクたちは色々と面倒を見てもらっていた。この世界においてユージは3人にとって数少ない本当の意味での人間であり、仲間でもあった。
彼らの受けた使命は、3種のマジックアイテムを手に入れることだった。
それらの力を合わせると世界を変えられる程の力を発揮できるらしいが、彼らはそれをどう使うのかユージから教えてもらってはいなかった。
マジックアイテムの内ひとつはこの世界の最強とされるの剣のひとつらしい。
「まあ、瓦礫から探さなくてもよくなって良かったんじゃないのか。」タイチが言った。
「そうとも限らねぇ。最強の剣と鎧と宝珠?ってことしか分かってねえし、簡単に在処を教えてくれるとも限らん。隠されてたり封印されてたら面倒くせえ。」
「村の連中を痛めつけて吐かせれば良いんじゃないか? ケゾーフルの時みたいに。所詮モブNPCだろ。こんなとこ王国とも繋がってないだろうし。」
「この村の規模が分からん。それに魔法使いたちの村だったって話だから、強力な魔法使いがいるかもしれない。」
「例の護符をつかえばよかろう。」
タイチが提案したのは、ジェイクが所持している広範囲に魔法禁止の効果を付与する護符のことだ。
彼らがケゾーフルから強奪して来たマジックアイテムだ。
「最悪でも数時間は魔法や魔法を動力に動いてるもんは止められるんだろ。魔法が使えない魔法使いなんて雑魚中の雑魚さ。」
「そ、その護符、使い捨てなんだよ。も、もったいない。」
「背に腹は代えられないだろ。」
「や、やっぱ、ユージのためなんかに、も、もったいないよ。ジェイクがえ、エンチャンター殺しちゃったから、も、もう、世界に3枚しかないんだよ?」
「こっちが下手に出たのをいいことに、NPCごときがつけあがるからだ。」ジェイクは吐き捨てるように言った。「うまく行けば、お前の魔力をブーストする道具も手に入るって話だ。だから我慢しろ。」
「だが、状況が聞いていたのと違いすぎる。」タイチが慎重に言った。「戦いはとりあえず避けよう。」
「了解だ。護符じゃ物理系は防げないしな。」
「え、エルフの女の子いるといいな。」
「デブ、お前はよけいなこと喋るな。」ジェイクは魔法使いにピシャリと言うと続けた。「とりあえず情報収集だ。この街の連中から、武器の在処を聞き出さないと。」
「行きずりの冒険者なぞに教えてくれるだろうか。」
「NPCだぜ? これを使えば一発よ。」
そう言って、ジェイクはポケットから小さな卵のような石のついた首飾りを天井に向けて掲げた。
「ケゾーフルでもそんなに役に立たなかっただろ、それ。」タイチは疑わしそうにジェイクの持っている首飾りを見て眉を潜めた。
それは彼がユージからもらった魔法の首飾りだ。
これを見える所に身に着けていると、他人に催眠の効果のような影響を相手に与えることができる。なんでも思い通りにとはいかないが、所持者に共感を持たせたり、素直にならせたりできる。
転生者同士では通用しないが、この世界の住人、彼ら曰くのNPCキャラクターに対しては効果がある。
ケルダモのドヴァーズという騎士に言うことを聞かせるのにも若干の役にたっているのだが、対象が本気で嫌なことや無理な事をさせるほどの効果はない。
「ま、これに抵抗してまで、隠したいようなもんだったらそれだけの物だってことだろ? ケゾーフルの時みたいにするだけよ。」
ちょうど3人の話がまとまった頃、一人のエルフがホールの中を横切っていた。
エルフを見つけたジェイクは立ち上がると、人前で彼がいつもするにこやかな笑顔でエルフに近づいていった。
タイチとヘイトは顔を見合わせてからジェイクのあとに続く。
「こんにちは。」
ジェイクに声をかけられたエルフは怪訝そうに彼を見た。
「俺はA級冒険者のジェイクと言います。」
「そうか。」
エルフはそう答えると先に進み始めた。
「ちょ、ちょっと待って! ここに素晴らしい武器があると聞いたのですが知りませんか?」
ジェイクはエルフのそっけない反応に魔法の首飾りが効いていないのかと、焦って食い下がった。焦りのあまり聞きたい事がそのまま口をついて出てしまっている。
「素晴らしい武器?」
エルフが怪訝そうにジェイクを見た。
「そうそう。ここに、とても強い剣や槍があるって聞いてわざわざ来たんですよ。せめて見るだけでも構わないんですが。」
ジェイクの言葉には、見せてもらうくらいのお願いにして心の障壁を下げれば、マジックアイテムの効果でなんとかしてもらえるはずという腹積もりがあった。
「構わないぞ。」エルフは素直に答えた。
ジェイクは背中の後ろで仲間に向けて親指を立てた。
「だが、仕様が曖昧だ。」
「仕様?」
「そうだ、素晴らしい武器というのがどのような仕様か分からないと答えるにも答えられん。仕様が固まってからまた尋ねてくれ。」
エルフはそう言うと、ぽかんとしている冒険者達を残して、ホール奥の横穴へと消えていった。




