逃走
「気をつけて進め!」
ドヴァーズは後続の騎士たちに命じた。
総勢35騎。
これがケルダモから出兵できた全騎士だ。
松明の明かり頼りなので馬の歩みは遅い。
ドヴァーズは歩みの遅い馬に内心イライラとしながら、この状況について頭を巡らせていた。
エデルガルナといえど、よもや単騎でレイドボスに突入するような真似はしないとは思うが、女というものは時に感情で前が見えなくなるものだ。
早く合流して、うまく扱わなくてはならない。
エデルガルナという女騎士は鼻持ちならないし、堅物でプライドも高い。だが、愚鈍で世間を知らない。
王女さえいなければ簡単に転がせる相手だ。
思えば、本当についていない。
本来、北方国境守護隊なんてそれほど大変な仕事ではないはずだったのだ。
力場感知器の数値を確認して報告するくらいで、モンスターの侵入など問題が発生してから冒険者ギルドに投げておけば良いだけの仕事だった。
王都から北方に飛ばされた時はショックも受けたものだったが、リスクもなく、仕事も簡単、むしろ立場も給料も上がり、それが末代まで約束された。
最高の環境だった。
だというのに、レイドボスが物理的に移動して侵入してくるなど想定外だ。そんなリスクは今までなかった。
しかも、オーバーモースとかいう新種のレイドボスときたものだ。自分の不運を呪うしかない。
完全についてない。ただ運が悪かっただけで自分の責任にされるのだ。
こんなの、誰が北方守護についていても防ぎようはなかったはずだ。
だが、ここからは違う。
ケーゴとかいうどこぞの馬の骨に邪魔されこそしたものの、再び逆転のチャンスだ。
ここの状況下でケルダモの街を守り通せれば責任は免れる。
だから、早くエデルガルナと合流し、うまく連携しなくてはならない。
最悪失敗しても、金等級の騎士が失敗したわけだから、現場では手の打ちようがなかったことを王都も理解してくれるはずだ。
ドヴァーズは今後の進め方についてそんな風に考えつつ、馬を走らせた。
暫く進むと、前方で誰かが松明を振って合図をしてきた。
ドヴァーズたちは松明のもとに馬を止めた。
「ドヴァーズ様。どうしてこちらに?」
合図をしてきたのは、ドヴァーズに命じられオーバーモースを魔法で見張っていた兵士だった。
「エデルガルナ殿がレイドボスの足止めに向かったと聞いて駆けつけた。なにか、状況に変化は無いか?」
「夜になってしまい、対象を見ることは叶いませんが、つい先程まで、対象が居ると思しき位置で紫色の光が何度か散見され、オーバーモースのものと思われる咆哮がこちらまで届いて来ました。位置的にはまだまだずっと北方です。」
「なんと、そうか。」
紫の光。
間違いない。エデルガルナだ。
彼女の武器の光に違いない。
ドヴァーズはそう確信すると同時に呆れた。
まさか、本当に単騎で突入するとは。
「見張りはもう良い。我々はオーバーモースの元へ向かう。ついて来い。」
ドヴァーズは見張りの兵士に命じると、再び馬を進め始めた。
この夜中にレイドボスと戦うというのは正気の沙汰ではない。
この暗がりでは、こちらは相手を視認できない。
この状況で戦いを挑むというのがどれほど無謀なことか分かっていないのだろうかとドヴァーズはエデルガルナの愚行に舌打ちした。
と、ドヴァーズの進む先にほんのりと明かりが見えた。
「松明を隠せ!」
ドヴァーズが部下に命じる。
馬の歩みを遅め、緊張し進む。
謎の明かりは道の先の地面から放たれていた。
明かりの先に何やら人影のようなものが倒れている。
「隊長、誰かが倒れています。」
ドヴァーズは先行させた部下の後ろから、明かりの発生源を見た。
明かりは魔法の灯りのようで、効果が切れかかっているのか、かなり弱い。
その薄明かりに照らされるように、白い軍服を血で真っ赤に染めた長い髪の女が倒れていた。
おちらこちらが破けた軍服にドヴァーズは見覚えが会った。
「エ、エデルガルナ様! ま、まさか!?」
ドヴァーズは慌てて馬から降りて、倒れている女に駆け寄った。
完全に息がない。
顔はほとんど焼け焦げていて見る影もないが、身にまとっている服装は明らか王女お抱えの騎士たちが来ている軍服だった。
ドヴァーズが死体を調べるため、手を伸ばした瞬間。
巨大な音があたりに響き渡った。
忘れもしない、オーバーモースの咆哮だ。
ドヴァーズたちからかなり近い場所だった。
「駄目だ! 撤退だ! エデルガルナがやられた!」
ドヴァーズは悲鳴を上げると馬に飛び乗って真っ先に逃げ出した。




