心の蓋
頭上から老人の声が聞こえ、俺たちに協力しようと騒いでいたハルピエたちの声がピタリと止まった。
やがて、上空からゆっくりとした羽音とともに3人の年老いたハルピエが降りてきた。
大ボス登場。
ようやく交渉の舞台に引きずり出してやった。
「ずっと聞いておったよ。我らを引きずり出した事は褒めてやろう。」
3人のうちのばばあのハルピエが言った。なんかすげえ貫禄だ。
俺が直接交渉狙ってたことを分かってて降りてきたようだ。
手強そうだ。
説得できるかな?
「長老! お願いです。あのレイドボスに仇を撃ちに向かうことをお許しください。」ピネスが長老たちに頭を下げ、降りてきたハルピエたちも口々に「お願いします」と言いながら頭を下げる。
「ならん。長老会の決定は絶対じゃ。」じじいハルピエは静かに言った。
感情の起伏が見えない。一筋縄じゃいかなそうだ。
「それに、彼らには我々を助けて貰った恩義があります。」ピネスが食い下がる。
「同様に、我々に化け物を押し付けた奴らには仇がある。敵と恩人に等しく恩を返すのはおかしかろう。別の方法で恩に報いてやれ。」
「仇と言うなら、あの化け物もまた仇。我々の仲間や家族の敵討ちの機会をくださいませ。」
「化け物への敵討ちは我々に仇なした人間どもが仕置を受けてからすれば良いこと。」と、今度はばばあハルピエ。
「それにアレは強い。後生だから敵討ちなどという不毛なことで命を散らさないでおくれ。」もうひとりのじじいハルピエも言う。めんどくさいのでこいつは今後じじいハルピエB。最初に喋ったのがA。
「しかし、ケルダモが落ちたら次はここかも知れませんよ? ケルダモと合流して今のうちに対処するほうが得策です。」ここぞとばかりに俺参戦。協力した際のメリットをアピール。
「心配するな。あの化け物はこちらには来まい。あの手の化け物は人間の多いところに向かっていく。」じじいハルピエAは慌てる様子もない。
「ということは、あなた達はあのモンスターを撃退すれば、ケルダモの街に向かうことを知っていたわけですね。」
「我々は村を守っただけだ。その結果、あの化け物が人間の街に向かったに過ぎぬ。」
「人間たちはそうは思わないかもしれませんよ? それこそあの騎士団の隊長が、あなた方が街にレイドボスを押し付けたって報告するかも。」
「お前は何を言っているのかね? 我々は人間たちと協力してあの化け物を撃退したのだ。何を後ろめたい事があるというのかな。」じじいハルピエAは平然と言った。
「そう言えば礼がまだだったね。我々に協力してくれて感謝するよ、若い人間。」ばばあハルピエがニッコリと微笑む。
「おじじ! おばば! それはケーゴ殿にあんまりでございます。」
「ピネス、お前は人が良すぎるよ。」ばばあハルピエがケネスをたしなめる。
「心地の良い嘘で若いものを惑わせないでおくれ。人間。」じじいハルピエBが俺をの目を刺すように睨んできた。
「嘘?」
なんか言ったか?
流石に嘘と言うほどの事は言ってないぞ。
「お前はまったくあの怪物を憎んではおらんだろうに。」
「!」
「お前はあの化け物が街を襲うことに対して憤りなど感じておらん。なぜ、うちの子らにあの怪物を憎んでいるかのような口をきいたのかな?」じじハルピエBは優しいくちょうで問いかけてきた。
何故か今の一言だけで背中汗びっしょり。
「そんな事はありません。レイドボスは我々冒険者の憎き敵です。私だってあの騎士団は嫌いです。ですが、それを我慢してでもあの怪物の思い通りにはさせたくないのです。」俺は言い訳するかのようにしどろもどろで答える。
「違うな。お前はやはりあの怪物に憎しみはない。街を守りたいだけじゃ。」と、じじいハルピエB。
嫌な感じ。心を見透かされてるようだ。
この爺さんと相性悪い。
「と、当然、一番は街を守りたいのですとも。ですから、こうやってご助力を願い出に来たのです。」
「ならば、なぜ、真意と異なる思いを口にしたのかな? 何故、正直に街を守りたいと頭を下げて頼まなんだ?」じじハルピエBが俺に問いかける。
「・・・・。」
「お前は我々を信用しているのではない。自分が自らの思いを信用していないのだ。だから、我々にお前の思いを信じてもらいたいのだ。」
いかん。
額からも汗が出てきた。
「若い人間よ。お前は口先で皆を丸め込むことさえできれば、万事成立すると思っているのではないかな? それでは我々は動かない。」
言葉も出ない。
この爺さん、俺が心に蓋をしてごまかしてきた部分を的確に開けて来やがる。
まさに、老獪。
こっちの爺さんをAにすべきだった。
完全に返す言葉が見つからない。
ピネスたちがさっきまでの雰囲気とは違った目で俺たちのことを見始めた気がしてくる。
「くっくっく。」ばばあハルピエが笑った。
気づけばじじハルピエAも笑っている。
長老たちから初めて感情らしいものが出てきたので、やり込められていたにもかかわらず、ちょっとだけホッとする。
「お前は正直者だな。適当な嘘でもつけば良いものを。」じじハルピエBが言った。
そこまで悪人じゃないし、心も強くない。
「ケルダモの街を守るために、俺はどうすればいいんですかね?」思わず訊ね返す。
嫌味とか負け惜しみとかじゃない。
この人なら俺の見つけられない方法を提示してくれるんじゃないかと本気で思った。
「ワシには分からん。逆に問おう。お前の大切な街を守るためにお前は何をすればいいと思う?」
じじハルピエBは俺の質問をそのまま投げ返してきた。
禅問答じゃん。
・・・違う。
そのままじゃない。
じじいB、今、なんて言った?
『お前の【大切な】街を守るためにお前は何をすればいいと思う?』
ああ、そうか。
また、心の蓋を開けられた。
たぶん自分で閉めたわけではなく、俺すら知らない、今まで開封されることのなかった蓋だ。
言われて気づいた。
俺はケルダモの街を大切だと思ってないんだ。
だから、こんなにも冷静でいられる。
リコとヤミンがユージに殺されそうになった時とは違う。
クリムマギカで無我夢中だった時とも違う。
カリストレムの最初の頃にちょっと似てる。あの時、俺は現実に気づいた後、リコたちを巻き込んだことをひどく後悔した。
俺はケルダモの街を守りたい。
でも、それは大切だからじゃないんだ。
だって、俺はケルダモの人を知らない。
心から大切だと思える訳がない。
そこに誰かを動かせる程の本音なんて無かった。
それを心ではうすうす感づいていたから、口先だけでピネスの信用を勝ち取ろうとした。
それを老ハルピエに見透かされた。
「ケーゴ、大丈夫。私達だけで戦おう。」
ショックで黙りこんでしまった俺にリコが声をかけてきた。
「駄目だ!」
思わず大声が出る。
ケルダモより、リコが大事だ。
ヤミンが大事だ、ルナが大事だ。
大切じゃないもののために、大切なものを失うなんておかしい。
大切な者のために大切じゃない物を切り捨てて何が悪い。
ドヴァーズのもとを去っていった冒険者たちの判断に今更ながら頭が下がる。
彼らは正義ではないかもしれないが正しい。
ハルピエの老人たちもずっと正しい事を言っていた。
ハルピエたちの命を賭けてもらうほど、仲間の命を賭けて戦わなくちゃいけないほど、俺にとってケルダモの街は大切なものなのか?
「若い人間よ。お前はなぜ命を捧げてまで街を守らねばならないのかね?」老ハルピエは俺の心を見透かしたかのように優しく問いかけてきた。
あれ?
俺は・・・
俺はなんでケルダモを救いたい?
「後悔しないためです。」
リコが横から凛として答えた。
「今、そうしないとケーゴは後悔します。」
「そのせいで、お前が命を落とすことになるかも知れないよ。」老ハルピエが今度はリコに問いかける。
「それでもです。」
「なるほど。それがお前が戦う理由か。」老ハルピエは納得したように言った。
「言っとくけど、私はリコもケーゴも失う気はないからね。」今度はヤミンが割り込んできた。「無理そうだったら街を捨ててでも逃げるからね。絶対だよ?」
そうだ。
大切でないのは仕方がない。
それはそれとして俺たちはできる限りのことをやれば良い。
当たり前だ。
ハルピエたちだってそうだし、ドヴァーズの元を去った冒険者達にしてもそうだ。
カリストレムやクリムマギカを救って増長してた。
気づかないうちに自分のことを何でもできる聖人かの如く思い込んでた。
でも、それじゃ、俺ごときに街の人は助けられない。
だいたい今までだって本当に活躍したのは俺じゃない。
クリムマギカの時はルナだったし、カリストレムの時は・・・カリストレムの時もルナじゃねえか。
ともかく、今のままじゃ、どう進んでも俺はまた仲間を巻き込んで後悔する。
そして、ケルダモを救えなくて後悔する。
リコの言うとおりだ。
カリストレムで自分の不甲斐なさをどれだけ悔やんだと思ってるんだ。
今度は仲間を危険な目にはあわせない。
見ず知らずだけれどケルダモの人たちも全員救ってやる。
手段なんて選ばない。
大切なものを守るかのように。
そして本当に大切な何かは失わないように。
ただの当たり前で小ずるいだけの俺が全力でケルダモを助けてみせる。
「若者。答えは出たかね?」老ハルピエが問いかけてきた。
「はい。少しだけ時間をください。俺にできることを見極めたい。ますはルナと話をさせてください。」




