クリムマギカの英雄
今回のイベントも勝利で終わった。
犠牲はたったの一人だった。
完勝だ。
その一人が重い。
リコとヤミンがずっと泣いている。
俺も二人を慰めることすらできない。
自分の弱さを痛感している。
二回も同じ女の子に助けられて、そして、二回とも死なせてしまった。
あと少し撃つのが早ければ助けられた。
俺にできたことは、いっぱいあったはずなんだ。
サンドウルフへのクリティカルを決められればよかった。
ジャイアントをきちんと仕留めていれば、もっと堪えられた。
ドワーフたちを巻き込まないように、戦線の位置を入り口じゃなくもっと奥に置くべきだった。
きちんとメルローの開発を理解しようとしていれば、魔術師が足りないことに早く気づけたかもしれない。
後悔が頭を巡る。
ルナが引きちぎられる光景が何度も脳裏に浮かぶ。
俺はフラフラと立ち上がると、入り口ホールから出て地下へと向かった。
一人、人気のない荒れた洞窟を奥へと進む。
そして、小さくて不細工なラミトス像の前にひざまずいて祈った。
「おつかれ。」
声が聞こえた。
「イベントクリア。おめでとう。君はクリムマギカを救った英雄だ。」
だから、何だよ。
「お前は何がしたいんだ?」
「え?」
「一体、何がしたいんだよ! あんな化け物を送り込んできて、人を殺して! お前は俺たちを殺したいのかよ!」
「それについてはごめん。けど、前にも言ったようにどうしようもないことなんだ。」
「俺の大事な仲間が死んだんだ。」
「そうかね、それは残念だった。でも、君はたくさん守れた。君がいなかったらもっと死んでた。」
「ルナは俺の仲間なんだ!」
「それはたまたまだ。結果論だよ。」
「ルナだけじゃない! カリストレムでもいっぱい死んだぞ!」
俺は叫ぶ。
消されたって構わない。
消せるもんならやってみろ!
「お前は神なんじゃないのかよ! なんで、こんな事するんだよ! お前もこの世界の人たちをアルファンのキャラクターだとでも思ってるのかよ!!」
しばしの沈黙の後、神は答えた。
「君だって、僕のロックジャイアントを沢山殺しただろ?」
はぁ!?
「なんで君と君の仲間だけを優遇して悲しまなきゃいけない? 彼らのほうがたくさん死んでいるのに?」
「俺たちの死はどうでもいいってことかよ?」
「僕らは『この世界』の神なんだよ? 君のための神じゃないし、ラミトス神でもない。まして、君は僕の信者じゃないし、どこかの神の信者ですらない。だいたい君たちは普段からモンスターを狩るじゃない。散々殺しといて、君たちにとって都合の悪い人が死んだときだけ文句を言ってくるのは違うんじゃないかなぁ。」
神は俺の事を問い詰めるかの用に声を落として睨みつけ、そして言った。
「それとも、君こそモンスターたちのことをゲームのプログラムだとでも思っているんじゃないの?」
「・・・・。」
なんだよ、それ。
俺の理性を懐柔しようとするアサルの言葉が俺の感情を苛立たせる。
「な〜んてね。」
神は突然口調を軽くして肩をすくめた。
「僕らだって、線引はしているよ。」
「線引?」
「そ、前回カリストレムで死んだ人々と今回死んだ君の仲間との間に君がしているような線引。」
「違う! そんなことはしてない!」
とっさに言葉が口をついたが、心臓が何かを拒否するように早鐘を打ち出した。
アサルはそんな俺の心を見透かしたかのように、俺の言葉は無視した。
「でも、僕らの線引を明示するわけにはいかないよ? 僕らは神だから。その線引がこの世界の真実になることを僕らは望まない。」
「じゃあ俺たちはどうすれば良かったって言うんだよ。ルナの死は何だったんだよ・・・。」
「そう、むくれないでよ。君の仲間が死んでしまったのはただの不幸な結果論だ。だって、今回のイベントで君たちはほとんど死んでない。君たちの勝利だ。君のやり方は正しかったと思うよ。」
ちくしょう。
何が勝利だ。
こんなの喜べるかよ。
「・・・たしかに、死んだのはたったの一人だ。俺たちの勝ちだ。」
「うん、そう。今はそう思うしかないと思うよ。」
神は一人納得したかのように頷いた。
少しでもいい。
カリストレムで戦死した人やその家族や友人、そしてルナのためにも、コイツに思い知らせてやりたい。
「でも、その死んだ一人がお前の探していたエルナだ! ざまあみろ!」
俺は泥でも投げつけるかのように神に罵りの言葉を吐いた。
「えっ? 嘘。」
アサルは驚いたような声を上げた。
「ちょっと待ってて。」
アサルは慌てて姿を消した。
ざまあみろ!
口先程の溜飲を下げてもルナは帰らない。
なにもない空のような場所に一人残され、虚しさと悲しさが眼底から涙を押し上げてくる。
「確認した。ホントみたい。」
アサルは突然出現するとそう言った。
「お前が殺した!」俺は泣きながら懸命に神を罵る。「お前だ! お前のせいでルナは死んだんだ!」
思い知れ。
せめて、思い知ってくれ。
「う〜ん。」
神はなにか悩んだように唸っていたが、しばらくすると口を開いた。
「ところで、エルナちゃんを見つけた報酬の【スキル】って何がいい?」
は!?
「てめえ! ふざけんな! スキルなんて要るか!」
叫ぶ。
「あっそ。随分だね。」
「当たり前だろ!」
「話にならない。一回帰って、頭冷やしておいで。君は目の前の事が何一つとして見えていないようだから。」
アサルは俺の神経を逆なでするかのように落ち着いた口調でそう言った。
その瞬間、俺は再び元の世界にはじき出された。
その後、何度か祈り直したがアサルのもとへと行くことはできなかった。




