兄妹喧嘩にはリラ
私には大切なものなのに……なんでわかってくれないの。
新しいものでは駄目なのに。
新しいものでは意味がないのに。
なんで……。
なんでわかってくれないの。
私の気持ちをわかってくれないお兄ちゃんなんかーー大嫌いだ。
アラームをセットしていた時計が元気よく鳴る。それをうとうとしながら止めて体を起こすと、カーテンの隙間から入ってくる太陽の光が目に入る。その明るさに少ししわっとするけど、頑張って目を開く。
「おはよう。気持ちのいい朝だね」
と、部屋に置いてある時計とくまのぬいぐるみベナさんに話しかける私。端から見たら、ただの変人だと思う。だけどずっと愛用している時計とベナさんに挨拶しないと元気が出ないんだからしかたない。うん。
「本当に気持ちのいい朝だなあ。んー」
伸びをしながら窓の外を見ると、小鳥たちが楽しそうに空を飛んでいる。
……いいなあ。私も飛びたいよー。だって私、魔法使いなのに箒を使って飛べないんだよね。私の場合、飛ぶと言うよりジャンプと言ったほうが正しいくらいしか浮かないから。
「あ、なんか悲しくなってきたぞ……」
他の魔法使いは箒を華麗に使って飛んでるのに。な、ぜ、だ。なぜ飛べない。
「はっ……!」
いいことを思いついた。大きな鳥に乗れば飛べるかもしれない。まあ、飛ぶのは私じゃないけど。気分だけは味わえるよ。やったね。
「それは……違う! 何を考えてるんだ! 冷静になれ、リラ! 今考えることはそこじゃない。そしてのんびりしすぎだ。早く支度しないとお店が開けられないんだぞ」
と、自分で自分に言っている寂しい魔法使いがここに一人。
時間を確認しようと時計を見ると……いつの間にか開店三十分前という驚きの時間になっていた。
「え!? いつの間にこんなに時間が過ぎたの!?」
ばっとベッドから降りて、急ぎつつ丁寧に身支度をすませる。
そういえばさっき鳴ったアラーム音は最後のアラームのだった気がする。つまりその前に四回アラームを止めてる。いつもは一回目で起きてるからそのつもりだったよ。挨拶したときにちゃんと時間を確認しとくんだった。
「あとはお店の鍵を持って部屋を出るだけ……」
鍵を取りに行こうとした瞬間ーー突然大きな音をたてて部屋の扉が開いた。
「え……!? なにごと?」
私はその音と扉が開いたことに驚きながら、扉を開けた人物を凝視した。
「リラちゃああん!」
部屋に入ってきたのは、私と同じ魔法商店街に住むクレアだった。
「リラちゃん聞いてよ! お兄ちゃんがね! 酷いのよ!」
「わっ、と、なにが酷いの?」
勢いよく飛びついてきたクレアに驚きながら支えて返事をする。
「私が大切にしてた魔法石を壊したの! それでね! それで……」
「おいこらっ! クレア!」
次に私の部屋に入ってきたのは、鬼の形相をしたクレアの兄ジャンだ。私は状況の把握が出来ないまま、ぼーっと突っ立っていた。そしてそんな私を他所に喧嘩を始める二人。
……なんなんだ、この兄妹は。
「あっ……!」
時間を見ると、開店時間三分前ではないか。そりゃあそうだ。身支度の時間があったんだから。あああああ三分前……早く開けに行かなくては。
私の部屋で喧嘩を始めた二人をいったん無視して部屋を出ようとした。が、それはジャンによって阻まれた。
「リラ! お前どこに行く気だ!」
「あー、ちょっとお店のほうに」
「空気読めよ!」
いや、お前が読めよ。そう思ったけど、今よりややこしくなるのは非を見るより明らか。なので声に出して言わなかった。けど、開店時間なんだ。
そう思っていると、開いたままの扉をノックする音。それに続いて少し不思議そうな声でユンさんが部屋を覗く。
「リラさん。おはようございます。開店時間過ぎてますが大丈夫ですか?」
「ユンさん! ナイスタイミングです! ありがとうございます! それからごめんなさい! あの、お店の鍵をお願いします」
「それはいいですけど……そちらの方々は?」
「男のほうは顔見知りで、女の子のほうは友達です」
がしっと音がするような感じで頭を掴まれた。そしてその瞬間からぎりぎり、みしみしと悲鳴をあげる私の頭。
「痛い痛い痛いっ! 痛いってばっ! 暴力反対!」
「なんで俺だけ顔見知りなんだよ!」
「私の部屋で喧嘩を始めたからだよ!」
「それ言ったらクレアもだろうが!」
「あの」
ユンさんの声が聞こえたと思ったら、ぶわあっと回りの空気が一瞬にして変わった。なんだこの黒くて冷たい空気は。あまりにも居心地が悪くて目がきょろきょろと泳いでしまう。
「リラさんを放してください」
いつものユンさんからは考えられないほど低い声だ。そして言われたジャンは「あ、はい……」と頷き私の頭から手を放した。
ユンさんの一言によって私の頭は救われた。いやまあ……痛いけど。
「リラさん。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
「いえいえ」
あ、空気が優しいものに戻った。よかったよかった……そうじゃない。いや、空気が戻ったのはよかったけど。よかったけど、開店時間過ぎてる。いつも開店すぐにお客さんは来ないけど開店時間は守るよ。だってお店だもの。
「ユンさん! お願いします! 急いでお店の鍵を開けてきてください!」
「はい……!」
鍵をユンさんに渡して、私はジャンたちに向き直る。
「話はあとでしっかり聞く! だからジャンたちはお店に戻るなりなんなりして、閉店時間まで待っていてほしい」
「拒否する!」
「拒否を拒否します。最悪この部屋にいてもいいから喧嘩はしないで」
「俺のところは休みにする! お前も休みにして俺たちの話を聞け!」
おいおい勝手なことを言ってくれるな。私には私の生活があるんだぞ。
「お兄ちゃん! リラちゃんに無理を言わないで!」
気遣ってくれてありがとう、クレア。そうだぞ。無理を言わないでほしい。
「ふん……どうせ魔法石を買いに来る奴なんていないんだから、俺たちのために時間を使え! それがお前の仕事だ!」
人を小馬鹿にしたような言いように、さすがの私もちょっと腹がたった。話を聞いてもらいたくて必死なんだろうけど、言い方があるよね。
「ねえ、ジャン。私に話を聞いてもらいたいのはわかった。わかったけど……さっきから何様のつもり? 話を聞いてもらいたいなら、それなりの態度があるでしょ?」
「リ、リラ……?」
「リラ、ちゃん……?」
「それなのに人を小馬鹿にしたような言い方をした挙げ句、聞けだのなんだの喚くなら強制的にここから出して二度と入れないようにするけどーーどうする?」
「……」
「ジャン。どうするの?」
「っ! すみませんでした! リラさん! お仕事頑張ってください! 俺は店に帰って静かに待ってます!」
ジャンはなぜか冷や汗をかきながら勢いよく私に謝り、そして部屋から走り去った。
「リラちゃん……あとからお願いします」
「うん。クレア、怒ったりしてごめんね」
「ううん、お兄ちゃんが悪いからいいの! リラちゃんはなにも悪くないよ! それから私もうるさくしてごめんなさい」
クレアは頭を下げてから、ぱたぱた小走りに部屋から出ていった。そしてクレアを見送った私は、慌ててお店へと向かった。
「あ……」
またか。そう思った時には遅かった。私は……またお店で派手に転んだ。ユンさんにばっちり見られてしまったけど、この間も見られてるから気にしない。ただ、呆れられてないかが心配だけど。きっとユンさんは優しいから大丈夫なはず。たぶん。きっと。私はそう信じてる。