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この手紙は、私が魔法を使って無理矢理開いてもよかったのだろうか。
「……」
きっと駄目なことだったんだよ、そう私の心が言う。
この手紙は、お爺さんが気づいて開くことに意味があったんだ。それなのに私は……開けてしまった。
『小さな魔法使いさん』
「……!」
突然話しかけられて心臓が大きく跳ねる。
え……今、私に言ったのかな。なんか驚いて涙が引っ込んだ。
『あなたがいてくれてよかったわ』
微笑むお婆さんは確かに私を見ている。お爺さんを見ると、そのことに気づいていない。
『もう少しだけ力を貸してくださいね』
そう言うとお婆さんはお爺さんに向き直り、静かに話しかけた。
『エドワード』
「ステラ……?」
『やっぱり泣いてくれてるのね……。でも泣かないで』
「……」
『あなたには笑顔がとてもよく似合うわ』
「笑えないよ……君が私の隣にいないのだから」
ふるふると首を振るお爺さん。
『エドワード。この手紙の中にわたしの想いが、全てつまっているわ』
「……」
『だからこれを読んだら……きっとあなたは笑える』
「私は読めないよ……」
『ねえ、エドワード。わたしね、あなたに謝らないといけないことがあるの』
「……?」
『わたしのせいで、ずっと秘密を抱えることになってしまってごめんなさい』
「っ……それは違うよ、ステラ」
『秘密に気付いていたのに、言わなかったわたしも狡いわよね……。それでも、わたしはあなたの口から聞きたかったの』
「ステラ……!」
『エドワード。わたしはあなたの抱えているものを分け合いたかった……。だって幸せの形は人それぞれでしょう。わたしはあなたとなら、どんな困難にも立ち向かえたわ』
ふふ、と笑うお婆さん。その姿は堂々としている。
「ステラ。君に正直に話すよ。私は貴族出身だ。婚約者もいた……それでも、私は君といたかった。だから私は家を棄て、君と結婚したんだ」
『エドワード。話してくれてありがとう。とても嬉しいわ』
お婆さんはふんわり微笑んだ。とても幸せそうに。
『エドワード、わたしは誰よりも幸せだったのよ。だってあなたがいつだって笑みを絶やさなかったから』
お爺さんの頬に触れて、優しく目を細めて笑ったお婆さん。
『エドワード。また来世で逢いましょう。必ずあなたを見つけるから』
すうっとお婆さんの姿が透け始めた。そしてお婆さんは幸せそうな顔で、光の泡となって消えた。
消える直前に伝えられた私へのお礼。お婆さんは優しく笑ってくれていた。
そして『ありがとう』というその言葉が、すごく今の自分の心に染みて涙が出そうだ。
「……」
手紙から出た淡い光が宙を舞ったと思ったら、音をたてて封が開いた。
「お爺さん。手紙が開きました」
「……」
お爺さんは手紙を手に取り、折れない程度に優しく抱き締めた。
「ありがとうございます」
泣きながらも笑ってお礼を言ってくれるお爺さん。
よかった……。お婆さんの想いが届いたんだ。
「お爺さん。さっきのお婆さんは、手紙に込められた想いが具現化したものです。なので内容が被ってしまうところがあるかもしれません」
「いえ、本当にありがとうございます。たとえ彼女の姿が幻で、内容が被っていたとしても……もう一度彼女に会えたことが私は嬉しいんです」
目元が少し赤くなっている顔で笑うお爺さんは、とても幸せそうで。私も嬉しくなる。
「それと内容を一緒に聞いてしまって、申し訳ありません」
「いいえ。一緒に聞いてくれてよかったです。一人では……辛さから逃げ出していたかもしれません」
下げていた頭を上げてお爺さんを見ると、工房にあるはずの魔法石の姿が脳裏を横切った。
「あ、お爺さん。少し待っててください! すぐ戻って来てますので!」
そう言って私は工房へ走る。走ったら転けるかもしれないが走る。そして工房の中で光輝く魔法石を手に取り、またお店へ向かって走る。
「すみません。お待たせしました!」
持ってきた魔法石を台に乗せ、お爺さんに見えるように置く。
「これは?」
「魔法石です。私からお爺さんとお婆さんへ」
「そんな、頂けません」
「いえ、ぜひ受け取ってください。この魔法石は、お爺さんたちのところへ行きたいと言っていますから」
「本当に、いいんですか……?」
「はい!」
「リラさん。ありがとうございます」
よかった。受けとってもらえた。
お爺さんが魔法石を手にとると、嬉しそうな声が聞こえた。
持ち主を幸せに導いてね。
私は魔法石にだけ届くように呟く。
「本当にありがとうございました」
「いえ、また何かあれば来てください」
私たちはお店の外でお爺さんと言葉を交わし、帰りを見送る。そして笑って手を振ってくれるお爺さんに、私たちも笑顔で手を振り返した。
***
――カランコロン。
――コロコロ。
魔法石たちの笑い声が工房に響く。
「そうだね。私も嬉しい……」
想いが具現化したものだから意志はないはずなのに、お婆さんは確かにお爺さんと話をしていた。そして少しだけど、私とも言葉を交わしたんだ。それは、たぶんお婆さんの想いが強かったから。だから本物のお婆さんのように言葉を交わし、そして微笑みお爺さんに触れることが出来たのだと思う。
――カラカラ。
「うん。素敵だね」
――ポポ、ポロン。
「大丈夫だよ。君を必要とする人が必ず現れる。だからその人を一緒に待とうね」
楽しそうに話しかけてくる魔法石たち。
それだけ今日の仕事は、魔法石たちにいい影響を与えてくれた。
――コロン。
「うん。幸せそうだったね」
帰る時に見たお爺さんの顔が、とても幸せそうで嬉しくなった。この魔法石もお爺さんの顔を見ていたから、嬉しくなったのだろう。
「さあ、もう遅いから寝ようね」
魔法石たちが話したりないと言うように、かたかたと揺れた。私はくすりと笑い、魔法石たちを優しく撫でていく。
「今日は終わり。また明日ね」
――コロコロ。
――ポ、ポロン。
「ふふ、お休みなさい」
電気を切り、私は工房から静かに出た。