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「あの、え、どちら様でしょうか?」
私は落ち着きなく手をさ迷わせ、どもりながら女性に問いかける。すると女性は、少し寂しそうに笑った。
ああああああああなんだかとんでもないど忘れをしているんじゃないのか、私よ。こんなにも綺麗な人に悲しそうな顔をさせるなんて、この大馬鹿。思い出せ。私の脳みそ。思い出さないと、思いっきり頭を振るぞ。
……あ、駄目だ。それをやったら気持ち悪くなる。なにより大馬鹿さに磨きがかかってしまうじゃないか。それは駄目だ。だけど衝撃がないと思い出せない気がする。
「クリスさん。ミランダさんはいらっしゃいますか?」
「はい! 工房にいます! ちょっと待っててくださいね! 今すぐ呼んできますから!」
私は急ぎ足で工房の扉を三回叩き、慌てて中へ入る。そしてその慌てた感情のまま呼ぶと、ミランダ先生はなにごとだとでも言うように顔をしかめていた。
「ごめんなさい! ミランダ先生! あの、外にお客様がいらしてます!」
「客?」
「はい!」
ミランダ先生は工具を置いて、外へと出た。私も慌ててミランダ先生に続く。
「なんだい。また来たのか」
ミランダ先生の呆れたような声が聞こえてきた。
「また、来ました。私はお母様がここから出て、王宮へ戻ってきてくれるまで何度でも来ます」
「まったく懲りないねえ。私は戻る気はないよ。あの人はもう後妻でも見つけているだろう?」
「いいえ。お父様はまだお母様の帰りを待っています」
……この話の流れからして、ミランダ先生って王妃様なのかな。それじゃあ、あの人は先生の娘さん。ああ、そっか。だからどこかで見たことがあると思った。ミランダ先生に似てるんだ。でもそうだとして彼女はどうして寂しそうに笑ったんだろう。やっぱり私とはどこかで会ってるのかな。もしそうなら忘れてしまっていることに申し訳なさがある。どこかで絶対に思い出すので許してください。
私は誰に言うでもなく謝罪して頷き静かに先生たちを後ろで見守る。
「私は帰らないよ。それがあの人の、国のためなんだ」
あ――。
「ミランダ先生っ!」
私の声に振り向いた先生は、やっぱり泣きそうな顔をしていた。
私は笑顔で二人のところまで行き、自分の体でミランダ先生の左側を隠し先生の左手を握った。
……思わず出てきてしまったけど、どうしよう。なにも考えていなかった。
「……」
「……」
「……」
辺りを沈黙が占める。まずい。なにか、なにか話さなくては。
だらだらと内心冷や汗をかく私。
「あ……あのっ! お茶でもどうですか? 立ち話もなんですし」
う、わあぁあああ。なに言っちゃってるんだ私。
ミランダ先生のあんな顔を見たくなくて間に入ったのに、ゆっくりじっくり話しましょうコースへどうぞ案内します的な提案しちゃったよ。うわあああん。私のお馬鹿。
心の中で私は自分の頬を叩く。
もうちょっとましなこと言えなかったの、私。
なんて思うけど、もう遅い。ここにいる私を含む三人の耳にはしっかり私の言葉が届いてしまっている。
「リラさん。ありがとうございます。でも今日はこれで失礼します」
「あ、はい」
私に微笑んでくれるお姉さん。私は内心ほっとしつつ、返事をする。
お姉さんは私の後ろをまっすぐ見つめ、静かに言葉を発した。
「また、来ますから」
「……」
ミランダ先生に向けられた真剣な表情。
……間に入らないほうがよかったのかもしれない。だけどミランダ先生の手を握ったときに聞こえてきた『ありがとう』という呟き。私はどっちの味方でもないけど、出来れば二人が悲しまない結果になってほしいと思うのだ。
「あのっ!」
私たちに背を向け歩き出していた彼女に呼びかける。彼女は、私の呼びかけに振り向いた。
「なにかしら?」
「今度は美味しいマフィン作って待ってます!」
「……」
私の言葉に目をぱちくりさせて、それから花が咲いたように笑った。
「楽しみにしています。それでは」
彼女は私に手を振って帰っていった。




