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想い出の手紙

 あなたが考えている以上に、わたしは幸せでしたよ。


 あなたに出逢えることができて。

 あなたのそばにいられて。

 あなたに愛してもらえて。

 そしてあなたを愛すことができて。


 わたしは本当に幸せだったの。


 だからこの想いの全てを手紙に託してーー。

 どうかあなたがまた笑ってくれますように。

「ユンさん。すみませんが、あれを取ってください」


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


「いえ。あ、これはどこに置けばいいですか?」


「それはこっちにお願いします」


 昨日のてんてこ舞いが嘘みたいに、今日は仕事がはかどってる。やっぱりパートナーがいるのといないのとでは違うんだな。それに以心伝心のごとく私が言ったことをすぐに理解してくれるユンさんに、とっても感謝してる。


 それにしても……今日はお客さんが少ない気がする。いつもこの時間はお客さんで賑わってるのに。


「何か、大切な仕事が入りそうな……」


 そんな気がする。まあ、入らないかもしれないけど。


「いきなりどうしたんですか?」


「いえ。お店がこんなに静かな時は、大切な仕事が入る確率が高いんですよ。だから今日も入りそうだなって思いまして」


 そう言えば前回は何を作ったんだっけ。うーん……あ、そうだ。前回は結婚する娘さんに贈る髪飾りで、その前がペアリングを作ったんだ。そうだそうだ。そうだった。そして受け取った人が幸せになれるようにと願って、魔法石を仕上げに使って。


「あ……」


 そう言えば予備の魔法石がこの間なくなったな。パートナーのことを考えすぎていて、すっかり忘れていた。あと造り途中のも仕上げなきゃ。それにまだ手付かずでそのままにしている魔石もたくさん残ってる。これが終わったら作業しに行こう。


 私は品物を棚に並べる手を早める。だけど丁寧に、壊してしまわないようにとそっと置いていく。


「よし、これで終わりっと」


 最後に展示用の魔法石を棚に置く。


 よし。品物は整頓し終わったし、工房にこもらせてもらおうかな。


「あの、ユンさん」


「はい。なんですか?」


「すみませんが、私ちょっと工房にこもってきます。何かあったら呼んでください」


「わかりました。任せて下さい」


「よろしくお願いします」


 ユンさんに軽く頭を下げてから、私は工房に向かった。そして作業に没頭していたら、突然頬に冷たい何かが触れる。


「っ……!」


 あまりの冷たさに身体が驚いてびくりと跳ねる。


「すみません。何度呼んでも反応がなかったので」


 なるほど。冷たい何かはユンさんの手だったのか。冷たさに驚いたとはいえ、とても悪いことをしてしまった。


「私こそ、すみません。えっと、何かありましたか?」


「あ、そうでした。リラさん。お客様がいらしてますよ」


「わおっ! そうなんですね! すぐ行きます!」


 私の言葉を聞いたユンさんは、にこりと笑みを浮かべて工房から出ていった。


 ユンさんが触れたほうの頬に触れてみる。


 驚いたなあ……。昨日触れたユンさんの手はそこまで冷たくなかったのに。ユンさん、大丈夫かな。あとで体調を確認してみよ。


「……あ、そうだ」


 私は思い出して、さっきまで造っていたピアスを見る。


 よかった。失敗してない。でも作業に没頭する癖は直さないと駄目だよなあ。


「……って、そんなことを思ってる場合じゃなかった!」


 お客さん。お客さんが来てるんだった。呑気にしてる場合じゃない。


 思い出した私は慌てて立ち上がり、お店へと足早に向かう。



            ***



「本当に大丈夫ですか?」


 心配そうに聞いてくれる優しいお爺さん。


「はい! 大丈夫です! お見苦しいところをお見せてしまい申し訳ありません!」


 私は勢いよく頭を下げ謝る。足早にお店へ向かっている途中、何もないところで滑った挙げ句派手に転んだ。しかも顔面から。でも一番辛いのは顔面から転んだことではない。ユンさんやお爺さんの前で転んだことだ。あの時は立ち上がるのも嫌になるくらい恥ずかしかった。今の私は恥ずかしさを隠しながら、ひりひりと痛む顔を手のひらで軽く擦っている。


「いやいや、私の方こそ急がせてしまって申し訳ない」


「いえ。あ、そう言えばどのようなご用件ですか?」


 そう聞くとお爺さんは寂しそうに笑って、一通の手紙を差し出した。


「これは?」


「私の妻からの手紙です。これを、あなたに開けてほしいのです」


「え……?」


「開かないのです。封を開けようとしても開かず、隅を破こうとしても破れず……」


 そこで口を閉じるお爺さん。


「失礼ですが、そのご用件でしたら専門の魔法使いに頼んだほうがいいと思います」


「駄目だったんです。専門の魔法使いでもこの手紙を開くことは……出来ませんでした」


 ふるふると首を横に振ったお爺さんはそう言った。そしてお爺さんの顔がどんどん憂いを帯びていって、私まで悲しくなってきた。


「もう頼みの綱はここだけなんです」


 すがるような瞳で私を見るお爺さん。


 どうにかしたいのは山々だけど、軽々しく受けていい依頼ではない。それに私はそういうのが専門でもないし。でも……。


「……」


 ああ、どうしよう。何か……何かいい魔法はないかな。こういう時に使える魔法で、あまりお爺さんに負担のかからないものが望ましい。


 ああ……駄目だ。考えても出てこない。考えるな、ひねり出せ。


「……」


 あ、そうだ。あの魔法ならどうにかなるかもしれない。でも魔法書はどこに置いたかな。本がないと魔法が成立しないのに。でも使えるかもしれない魔法を思い出せたおかけで、光が見えた気がする。


 私は下に向けていた視線をお爺さんに戻した。そして頷く。


「わかりました。出来るだけのことはしてみます」


「本当ですか!?」


「はい! それで書いていただきたいものがあります」


 言いながらお爺さんに今書いたアンケート用紙を渡す。


「これに書かれている質問には嘘偽りなく答えてください。あと空欄はやめてくださいね」


「はい」


「それで申し訳ないのですが、私は今から探し物のために席を外します。お爺さんは気にせず書いていてください」


「はい」


「あと書き終わりましたら、隣にいる男性に渡して下さい。お願いします」


 お爺さんは頷き、そしてアンケート用紙を書き始めた。


「ユンさんは空欄がないかの確認をお願いします」


「わかりました」


 私はお店に来た時と同じく足早に書庫に歩みを進める。


 書き終わるまでに見つけられたらいいけど……。

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